《THE SECOND LIFE》
半壊する剣道場の中心。ケイトと衛宮教諭の試合は唐突にその幕を下ろした。
「……強いの、ではなく……上手い」
そしてそんな二人へと詰め寄りまくし立てる生徒たちを尻目に、呆然と立ち尽くして呟く雪広。あたしはそれに苦笑し、「そういうこった」と嘆息混じりに返す。
「強いってのはな、ちゃんとそれを学んで実力を付けたやつを言うんだ」
例えば魔法戦。持てる魔導を駆使し、戦略を立てて戦う試合で強い奴は他のやつも大抵は人並み以上にこなせるやつばかりだ。
だから、たまに勘違いする。一番、強いと認めて貰いたいものを頑張って挫折し、副業で成功した奴を指して強いなんて言う輩がたまにいる。
そもそも強いってのはこの場合、如何に相手よりも敵を倒せるのかが上手い奴を指すものであり、ケイトや衛宮教諭のやった剣道なんてのは所詮は前座。児戯の延長でありそれで二人の実力を図ろうなんてのが間違いなんだ――という理屈をなるだけ噛み砕いて雪広に説明する。
「……つまりある一つの武術に秀でた方というのは、他の格闘技でもそれなりにお強い。しかし、彼らの本質はあくまで一つであり、だからこそ他の――例えばこの場合でいう剣道などは、彼らからすれば『強い』のではなく人より『上手く』出来るというだけのことなのですね?」
あー……まぁ、そうなのか? 自分で例や比喩なんかを混ぜて説明するならまだしも、他人にそう噛み砕いてニュアンスだけで同意を求められても困る。
「まあ、あれだ。料理出来る人間ってのは包丁の扱いが上手い、ってのと一緒さ」
「なるほど……」
あたしの二度目の説明に雪広は大いに頷き、再び視線をケイトと衛宮教諭へと戻した。……ん? いつの間にか村上もケイトたちを囲う群集の一人になっていたのであたしはまた苦笑。
「しかし、驚きましたわ……! 先ほどの……衛宮先生もですが、ケイトさんの動きを私は目で追うのがやっと……! 木刀の動きに至っては全く見切れませんでしたわ……!」
あ゛あ?
なにやら静かな興奮を乗せて呟いている雪広に再び視線を戻して目をしばたく。
「雪広……おめー、あいつの動きを追えたのか?」
「ええ、どうにか……」
…………こいつ、本当に一般人か? それこそプロのアンパイアとかでもなければ一瞬で見失うぐれーの速度でやってたぞ連中は。
そんなあたしの驚愕をよそに、雪広は視線を二人に固定したままため息を一つ。なんだか妹だか弟を見守る姉みたいな顔をして苦笑し、再び呟くように言った。
「……私が手を貸す必要は無かったようですね」
その台詞、その表情で彼女の内心が知れた。
ああ、なるほど。雪広はあたしら二人の保護者にでもなろうとしてたってわけか。
「……なに勝手に勘違いして、勝手に落ち込んでんだよ」
内心で苦笑する。なんだかな……。実年齢以上に大人びてると思えば、年相応に幼いとこもやっぱりあるんだな。
「雪広――いや、“あやか”はあたしらに全部で勝ってるつもりか?」
「え……?」
半ば呆然とした表情を向けるあやかにニヤリと意地悪く笑って言葉を次ぐ。
「いいか? あたしとケイトは、おめーに守ってもらわなきゃ何にも出来ねーガキじゃねーし、見ての通りあいつはおめーより“強(つえ)”ー」
でもな、あやか。
「それでも……あいつに左手がねーことは変わらねー」
「!」
目を丸くするあやかから視線をケイトたちへと向ける。
「たしかにあいつは大抵のことは人並みに出来るし、あーいうのだけなら人並み以上にこなせる」
……でもな、そこで勘違いすんなよ。
あやかと二人、群集の中心でもみくちゃにされている少女を眺めながら言葉を次ぐ。
「じゃあ、あいつは――人より楽してると思うか?」
「っ!!」
考えてもみろ。
例えば、ただ服を着たり脱いだりするだけで大変だとは思わねーか? 靴紐を結ぶだけで苦労しそうだとは思わねーのか?
隻腕てのはそーいうことだろ? 五体不満足ってのはそーいうハンデを背負ってるってことだろ?
「あやかは気付かなったみてーだけどな。ケイトの使ってた剣術……アレはもともと二刀流用のなんだよ」
確か御神流って言ったか? なのはの兄や父親なんかが使う古武術の一つで、本家本元のは小太刀二刀を使った高速剣術だったはずだ。
それをケイトは習い、能力と自身の資質に合わせてアレンジを加えたらしいが、それでも何故かあいつの剣術はどこまでも二刀流用だった。
「で、では……ケイトさんが剣術をマスターすることは――」
愕然とした風に声を震わせて言葉を紡ぐあやかを「違う」とキッパリと遮って告げる。
「あいつは既にマスターしてる。そして完成の域まで高めた剣術が二刀流であることを前提として組まれているからこそ、あいつはどうやっても完璧にはなれねーんだよ」
わかるか、あやか。あたしの言わんとしていることがわかるか?
……昔、シグナムやフェイトたちが言ってたな。たぶん、ケイトはもともとは隻腕じゃなかったんだろうって。途中で左腕を失っただけで、剣術を編み出した当初は普通に二刀流だったんだろうって。
だから、ケイトはあんなにも弱い。
だけど、ケイトはあんなにも強い。
本来の実力を発揮出来ないくせに人並み以上の戦闘能力を持つケイト。奴がどうしてそこまで強くなったのか、お前にはわかるか?
「私は……」
あやかは何かを口にしかけ、
しかし言葉は続かなかった。
「……あたしらに同情なんてする必要はねー」
ため息を一つ。言葉を失うあやかには視線を向けずに言の葉を放る。
「だけど、手を貸してくれるってんならありがたく借りる。その理由が同情ってんなら良い気はしねーが――」
そして、隣に突っ立ってるあやかにだらしなくあぐらをついたまま手を伸ばし、
「――もし、おめーが手を貸す理由が、友人だからってんなら喜んでおめーの手を借りるよ」
ニヤリと、目を丸くするあやかに笑みを向ける。
――勘違いすんなよ、あやか。
おめーは何もあたしらに全てで勝つ必要はねー。ケイトの奴より全然弱くたって構わねー。
だってな、あやか。
おめーが手を伸ばし、相手を助けようって思うのは、相手が自分より弱いからか?
「……そうですわね」
あやかは清楚可憐な笑みを咲かせて、あたしの手を取った。
――手を伸ばすのは、手を貸すのは、
「何も、上からでなければいけないというわけでは、ありませんわね」
あたしはあやかと手を繋ぎ、立ち上がる。
――真横からでも人は支えられるし、時には下からでも良い。
大切なのは、きっと、手を伸ばすこと。
その人を助けたいと思う、気持ち。
「そういうこったよ」
完璧な人間なんていねー。だからこそ、人間ってのは支え合える。手を伸ばし、繋ぎ、一緒に歩いて行ける。
すべてを支える必要なんてない。何か一つでも助けてあげられればそれで良いし、何もしてやれなくても繋いだその手は相手に温もりを与えられる。
きっと、あたしらみたいな孤独を最も恐れるのにはその温もりこそが一番、助けになってくれる。
だから――
「……早速だが、あやか。おめーも場の収集をすんの手伝ってくれねーか?」
どうにも収まりそうにない喧騒の中、
あやかはクスリと小さく笑って言った。
「ええ、もちろんですわ」
◇◆◇◆◇
日も暮れ、寮に帰ると――
「――って言うのが、俺っちとネギの姉貴の出会いなんでさー♪」
何故かオコジョがいた。しかも喋った。普通に、何の違和感なく普通に会話した。
「フッ……」
別にロボだの吸血鬼だのがいるんだし、魔法少女に喋る小動物がいたって今更驚かないけどさ。なんで私はナチュラルにそんな連中と会話出来るのかがさ、もう疑問もさ、わかないって言うかさ……。
「――と、そう言えばシロウの旦那はどうしたんで? 一緒に暮らしてんじゃなかったんスか?」
……は?
「何アンタ、『シロウ』ってヘルパ――衛宮士郎先生のこと?」
オコジョに向き直って問う。もう違和感どころか常識とかもかんぷなきまでに叩き潰して、普通に会話する私。あぁ……涙出そう。
「おうさ! シロウの旦那はネギの姉貴のパートナーだから一緒に暮らしてるもんだと――」
「か、カモくん!?」
真っ赤な顔して遮るネギ。あっ、そう言えば前にパートナー云々の騒ぎん時に誤魔化されたまんまだったわね。
私はニヤリと笑ってネギを見る。
「パートナーって……確か、恋人のことよねネギ?」
「えぅ!?」
顔を引きつらせるネギ。ほう〜? 私が高畑先生のことであーだこーだと悩んでる時にこのガキは既に恋人をね〜?
「ち、ちちち違いますよアスナさん! こっ、恋人じゃなくて、パートナーっていうのは!」
「良いから白状しなさいマセガキ! なにアンタさり気なく私より先に進んでるのよ!?」
とりあえず胸ぐらを引っ掴んでネギの引きつった顔を睨んで言う。
「で、ですから違いますって! ぼ、ボクとシロウは――」
「あっ! だからアンタ年上のヘルパー相手に呼び捨てなのね!?」
くぁ〜、ナ〜マ〜イ〜キ〜!
「だから違いますってば! ぼ、ぼぼぼボクはまだシロウに――告白すらしてないんですからっ!」
――ピタ。
言ったネギと、ネギの首をしめようとしていた私の動きが止まる。
思わずじーっとネギを見つめる私。まばたきを一回、二回。見る見る内に真っ赤になり、今にも泣き出しそうな顔になるネギ。
……え? 告白してない?
「……シロウの旦那が郷を離れる時に、」
視線をオコジョに向ける。オコジョはどこか遠くを見ながらタバコを――タバコを奪って火を消す。
「ネギの姉貴が……その……」
「……ボクがわがまま言って、仮契約だけしてもらったんだ」
赤い顔を俯かせて、ネギ。
? どうにも話が見えてこないわね。
「……あのさ。その仮契約ってのは――」
「シロウには、さ」
遮るネギ。俯かせていた顔を上げて私を見――っ!? なんて顔してんのよ……?
「今は遠くに……離れ離れになっちゃった恋人が、いるんだ」
照れくさそうな笑顔で、
今にも崩れ落ちてしまいそうな泣き顔で、
「アスナさん……ボク――」
少女は話してくれた。
彼との出会いを。
彼の正体を。
そして自分の思いを。
「それでも、シロウが……好き、なんです……!」
嗚咽混じりに、
苦しそうに、
幼い少女は私の胸に抱きついて、語ってくれた。
衛宮士郎の聖杯戦争を――
◇◆◇◆◇
――この世界は大まかに二つの世界の影響を受けている。
その内の一つが、俺がもといた世界。魔術や魔法に英霊や抑止力などのルールがこちらの世界――ネギの世界に俺を通して流れて来ているらしい。
そして二つ目が八神ヴィータとケイトの二人がいた世界だ。
「――つまり君たちは俺と同じ、こことは違う世界から来た人間だと言うのか?」
声を潜め、常人には絶対に聞き取れないだろう声量で隣を行く隻腕の少女に問う。
それにケイトは「はい♪」とこちらとは違って屈託の無い笑顔と普通の声音で返した。
そして――
『――本来、交わるはずのない世界が交わる。それによって“世界観(ワールド・ルール)”や“常識の根底(スタンダード・ルール)”に齟齬が生まれ、しかしそれらは自動的に均されます』
その理屈は解りますか?
そう『念話』により語りかけるケイト。それに「ああ」とこちらは『念話』が使えないので、声で頷きを返す。
――今、俺はケイトの密談を交わしていた。
あれだけ常人の度肝を抜く試合をしたのだ。当然の帰結として、互いに相手の事情に興味がわいた。
だから俺は自分の過去を語り、そして少女も自分が異世界から来た魔導師だと話してくれた。
そして話の矛先は、互いの世界に関することを踏まえた上で、今いるこの世界のことへと向けられていた。
「世界は矛盾を嫌う。それはどこの世界も同じということか……」
――いや、違うな。
俺の世界の“常識(ルール)”で考えること事態がそもそもの間違いなのではないか?
『同じ、と言えなくも無いですが、それは世界の常識が均された結果、その常識に縛られているものの感覚なので厳密には違います』
例えば『食べられないパンとは何か』というなぞなぞの答えが『フライパン』という世界の人間が、『パンダ』という答えが常識の世界に行った場合、その答えは条件付きでその世界の常識となる。この場合で言えば子供のなぞなぞの答えが『意外な答え』という形で常識が均される――らしい。
……つまり世界の常識に縛られる我々は、異世界に渡ったとしてもその世界に適応出来る。寒い地方で暮らす人間が暑い地方に移っても生きて行けるようなものか?
そう半ば少女の言いたいことに納得しかけていた俺に、しかしケイトは尚も説明を加えた。
『例えば衛宮先生が魔法使いではなく魔術使いであるように。例えばネギ先生が魔術使いではなく魔法使いであるように』
そしてその台詞にギョッとした。
俺は自分のことはともかく、ネギのことは何も語っていない。つまり少女は事前にそれを知っていたのだ。
「それをどこで――」
『例えば、』
俺の問いを遮ってケイト。僅かに目を剥く俺ににこやかに笑って、告げる。
『わたしが魔術使いでも魔法使いでもなく、魔導師であるように。中身は同じ“幻想使い(ファンタジスタ)”でありながらその根底や概念が違う――それなのに異世界の“幻想(ファンタジー)”を行使出来る理由がそこにあります』
良いですか、衛宮先生。そう断りを入れ、少女は俺にしか見えない角度で笑顔の質を変える。
『あなたがこの世界に異色を混ぜた。そのせいで変色した世界は、もうあなたが居なくなっても元には戻りません。どころか、あなたからすれば異世界であるこの世界は、既にあなたを自身の常識の一つとして組み込んでしまいました』
それは嘲り。
それは憐れみ。
それは慈しみ。
それは愛おしみ。
それはそれらが当分に混ざり合った不可思議な笑み。
『だから、あなたはあなたの世界の魔術を使える。だから、あなたは二度と、もといた世界には還れません。あなたのもといた世界は既に、あなたという人間を世界から削るなり、元から“居なくなっていない”ことにするなりして世界の損失を補っています』
つまり、例えもといた世界に帰れても、衛宮士郎は居なかったことになっているか、“居なくなっていない衛宮士郎”がいるので、もとの世界にもともとの衛宮士郎としては還れない――そうケイトは笑って言った。
「……では君たちも還れないのか?」
『いいえ。わたしたちの世界はもともと“異世界に渡れる(ルールに反していない)”ので還れます』
そこが衛宮士郎と八神たち双子を縛るルールの違い。異世界に渡るのが常識とされる世界と異端とされる世界のルールの違い。
『……ただ、衛宮先生のルールには一部ですが異世界へと渡る手段ないし渡った人間がいるようなので、もしかしたらもとの世界に還れるかも知れません』
あくまでも可能性の上では、ですが。そう言葉を続けた少女に軽く視線を投げ、
「……そう言えば、まだちゃんと訊いてなかったな」
本気の敵意を向けて、問う。
「ケイト……君は何者だ?」
対して少女は――少女の形をしたそれは、
『とある世界の「抑止力」――そう言えば通じますか?』
さらりと簡単に、そう返した――。
次話/前話
半壊する剣道場の中心。ケイトと衛宮教諭の試合は唐突にその幕を下ろした。
「……強いの、ではなく……上手い」
そしてそんな二人へと詰め寄りまくし立てる生徒たちを尻目に、呆然と立ち尽くして呟く雪広。あたしはそれに苦笑し、「そういうこった」と嘆息混じりに返す。
「強いってのはな、ちゃんとそれを学んで実力を付けたやつを言うんだ」
例えば魔法戦。持てる魔導を駆使し、戦略を立てて戦う試合で強い奴は他のやつも大抵は人並み以上にこなせるやつばかりだ。
だから、たまに勘違いする。一番、強いと認めて貰いたいものを頑張って挫折し、副業で成功した奴を指して強いなんて言う輩がたまにいる。
そもそも強いってのはこの場合、如何に相手よりも敵を倒せるのかが上手い奴を指すものであり、ケイトや衛宮教諭のやった剣道なんてのは所詮は前座。児戯の延長でありそれで二人の実力を図ろうなんてのが間違いなんだ――という理屈をなるだけ噛み砕いて雪広に説明する。
「……つまりある一つの武術に秀でた方というのは、他の格闘技でもそれなりにお強い。しかし、彼らの本質はあくまで一つであり、だからこそ他の――例えばこの場合でいう剣道などは、彼らからすれば『強い』のではなく人より『上手く』出来るというだけのことなのですね?」
あー……まぁ、そうなのか? 自分で例や比喩なんかを混ぜて説明するならまだしも、他人にそう噛み砕いてニュアンスだけで同意を求められても困る。
「まあ、あれだ。料理出来る人間ってのは包丁の扱いが上手い、ってのと一緒さ」
「なるほど……」
あたしの二度目の説明に雪広は大いに頷き、再び視線をケイトと衛宮教諭へと戻した。……ん? いつの間にか村上もケイトたちを囲う群集の一人になっていたのであたしはまた苦笑。
「しかし、驚きましたわ……! 先ほどの……衛宮先生もですが、ケイトさんの動きを私は目で追うのがやっと……! 木刀の動きに至っては全く見切れませんでしたわ……!」
あ゛あ?
なにやら静かな興奮を乗せて呟いている雪広に再び視線を戻して目をしばたく。
「雪広……おめー、あいつの動きを追えたのか?」
「ええ、どうにか……」
…………こいつ、本当に一般人か? それこそプロのアンパイアとかでもなければ一瞬で見失うぐれーの速度でやってたぞ連中は。
そんなあたしの驚愕をよそに、雪広は視線を二人に固定したままため息を一つ。なんだか妹だか弟を見守る姉みたいな顔をして苦笑し、再び呟くように言った。
「……私が手を貸す必要は無かったようですね」
その台詞、その表情で彼女の内心が知れた。
ああ、なるほど。雪広はあたしら二人の保護者にでもなろうとしてたってわけか。
「……なに勝手に勘違いして、勝手に落ち込んでんだよ」
内心で苦笑する。なんだかな……。実年齢以上に大人びてると思えば、年相応に幼いとこもやっぱりあるんだな。
「雪広――いや、“あやか”はあたしらに全部で勝ってるつもりか?」
「え……?」
半ば呆然とした表情を向けるあやかにニヤリと意地悪く笑って言葉を次ぐ。
「いいか? あたしとケイトは、おめーに守ってもらわなきゃ何にも出来ねーガキじゃねーし、見ての通りあいつはおめーより“強(つえ)”ー」
でもな、あやか。
「それでも……あいつに左手がねーことは変わらねー」
「!」
目を丸くするあやかから視線をケイトたちへと向ける。
「たしかにあいつは大抵のことは人並みに出来るし、あーいうのだけなら人並み以上にこなせる」
……でもな、そこで勘違いすんなよ。
あやかと二人、群集の中心でもみくちゃにされている少女を眺めながら言葉を次ぐ。
「じゃあ、あいつは――人より楽してると思うか?」
「っ!!」
考えてもみろ。
例えば、ただ服を着たり脱いだりするだけで大変だとは思わねーか? 靴紐を結ぶだけで苦労しそうだとは思わねーのか?
隻腕てのはそーいうことだろ? 五体不満足ってのはそーいうハンデを背負ってるってことだろ?
「あやかは気付かなったみてーだけどな。ケイトの使ってた剣術……アレはもともと二刀流用のなんだよ」
確か御神流って言ったか? なのはの兄や父親なんかが使う古武術の一つで、本家本元のは小太刀二刀を使った高速剣術だったはずだ。
それをケイトは習い、能力と自身の資質に合わせてアレンジを加えたらしいが、それでも何故かあいつの剣術はどこまでも二刀流用だった。
「で、では……ケイトさんが剣術をマスターすることは――」
愕然とした風に声を震わせて言葉を紡ぐあやかを「違う」とキッパリと遮って告げる。
「あいつは既にマスターしてる。そして完成の域まで高めた剣術が二刀流であることを前提として組まれているからこそ、あいつはどうやっても完璧にはなれねーんだよ」
わかるか、あやか。あたしの言わんとしていることがわかるか?
……昔、シグナムやフェイトたちが言ってたな。たぶん、ケイトはもともとは隻腕じゃなかったんだろうって。途中で左腕を失っただけで、剣術を編み出した当初は普通に二刀流だったんだろうって。
だから、ケイトはあんなにも弱い。
だけど、ケイトはあんなにも強い。
本来の実力を発揮出来ないくせに人並み以上の戦闘能力を持つケイト。奴がどうしてそこまで強くなったのか、お前にはわかるか?
「私は……」
あやかは何かを口にしかけ、
しかし言葉は続かなかった。
「……あたしらに同情なんてする必要はねー」
ため息を一つ。言葉を失うあやかには視線を向けずに言の葉を放る。
「だけど、手を貸してくれるってんならありがたく借りる。その理由が同情ってんなら良い気はしねーが――」
そして、隣に突っ立ってるあやかにだらしなくあぐらをついたまま手を伸ばし、
「――もし、おめーが手を貸す理由が、友人だからってんなら喜んでおめーの手を借りるよ」
ニヤリと、目を丸くするあやかに笑みを向ける。
――勘違いすんなよ、あやか。
おめーは何もあたしらに全てで勝つ必要はねー。ケイトの奴より全然弱くたって構わねー。
だってな、あやか。
おめーが手を伸ばし、相手を助けようって思うのは、相手が自分より弱いからか?
「……そうですわね」
あやかは清楚可憐な笑みを咲かせて、あたしの手を取った。
――手を伸ばすのは、手を貸すのは、
「何も、上からでなければいけないというわけでは、ありませんわね」
あたしはあやかと手を繋ぎ、立ち上がる。
――真横からでも人は支えられるし、時には下からでも良い。
大切なのは、きっと、手を伸ばすこと。
その人を助けたいと思う、気持ち。
「そういうこったよ」
完璧な人間なんていねー。だからこそ、人間ってのは支え合える。手を伸ばし、繋ぎ、一緒に歩いて行ける。
すべてを支える必要なんてない。何か一つでも助けてあげられればそれで良いし、何もしてやれなくても繋いだその手は相手に温もりを与えられる。
きっと、あたしらみたいな孤独を最も恐れるのにはその温もりこそが一番、助けになってくれる。
だから――
「……早速だが、あやか。おめーも場の収集をすんの手伝ってくれねーか?」
どうにも収まりそうにない喧騒の中、
あやかはクスリと小さく笑って言った。
「ええ、もちろんですわ」
◇◆◇◆◇
日も暮れ、寮に帰ると――
「――って言うのが、俺っちとネギの姉貴の出会いなんでさー♪」
何故かオコジョがいた。しかも喋った。普通に、何の違和感なく普通に会話した。
「フッ……」
別にロボだの吸血鬼だのがいるんだし、魔法少女に喋る小動物がいたって今更驚かないけどさ。なんで私はナチュラルにそんな連中と会話出来るのかがさ、もう疑問もさ、わかないって言うかさ……。
「――と、そう言えばシロウの旦那はどうしたんで? 一緒に暮らしてんじゃなかったんスか?」
……は?
「何アンタ、『シロウ』ってヘルパ――衛宮士郎先生のこと?」
オコジョに向き直って問う。もう違和感どころか常識とかもかんぷなきまでに叩き潰して、普通に会話する私。あぁ……涙出そう。
「おうさ! シロウの旦那はネギの姉貴のパートナーだから一緒に暮らしてるもんだと――」
「か、カモくん!?」
真っ赤な顔して遮るネギ。あっ、そう言えば前にパートナー云々の騒ぎん時に誤魔化されたまんまだったわね。
私はニヤリと笑ってネギを見る。
「パートナーって……確か、恋人のことよねネギ?」
「えぅ!?」
顔を引きつらせるネギ。ほう〜? 私が高畑先生のことであーだこーだと悩んでる時にこのガキは既に恋人をね〜?
「ち、ちちち違いますよアスナさん! こっ、恋人じゃなくて、パートナーっていうのは!」
「良いから白状しなさいマセガキ! なにアンタさり気なく私より先に進んでるのよ!?」
とりあえず胸ぐらを引っ掴んでネギの引きつった顔を睨んで言う。
「で、ですから違いますって! ぼ、ボクとシロウは――」
「あっ! だからアンタ年上のヘルパー相手に呼び捨てなのね!?」
くぁ〜、ナ〜マ〜イ〜キ〜!
「だから違いますってば! ぼ、ぼぼぼボクはまだシロウに――告白すらしてないんですからっ!」
――ピタ。
言ったネギと、ネギの首をしめようとしていた私の動きが止まる。
思わずじーっとネギを見つめる私。まばたきを一回、二回。見る見る内に真っ赤になり、今にも泣き出しそうな顔になるネギ。
……え? 告白してない?
「……シロウの旦那が郷を離れる時に、」
視線をオコジョに向ける。オコジョはどこか遠くを見ながらタバコを――タバコを奪って火を消す。
「ネギの姉貴が……その……」
「……ボクがわがまま言って、仮契約だけしてもらったんだ」
赤い顔を俯かせて、ネギ。
? どうにも話が見えてこないわね。
「……あのさ。その仮契約ってのは――」
「シロウには、さ」
遮るネギ。俯かせていた顔を上げて私を見――っ!? なんて顔してんのよ……?
「今は遠くに……離れ離れになっちゃった恋人が、いるんだ」
照れくさそうな笑顔で、
今にも崩れ落ちてしまいそうな泣き顔で、
「アスナさん……ボク――」
少女は話してくれた。
彼との出会いを。
彼の正体を。
そして自分の思いを。
「それでも、シロウが……好き、なんです……!」
嗚咽混じりに、
苦しそうに、
幼い少女は私の胸に抱きついて、語ってくれた。
衛宮士郎の聖杯戦争を――
◇◆◇◆◇
――この世界は大まかに二つの世界の影響を受けている。
その内の一つが、俺がもといた世界。魔術や魔法に英霊や抑止力などのルールがこちらの世界――ネギの世界に俺を通して流れて来ているらしい。
そして二つ目が八神ヴィータとケイトの二人がいた世界だ。
「――つまり君たちは俺と同じ、こことは違う世界から来た人間だと言うのか?」
声を潜め、常人には絶対に聞き取れないだろう声量で隣を行く隻腕の少女に問う。
それにケイトは「はい♪」とこちらとは違って屈託の無い笑顔と普通の声音で返した。
そして――
『――本来、交わるはずのない世界が交わる。それによって“世界観(ワールド・ルール)”や“常識の根底(スタンダード・ルール)”に齟齬が生まれ、しかしそれらは自動的に均されます』
その理屈は解りますか?
そう『念話』により語りかけるケイト。それに「ああ」とこちらは『念話』が使えないので、声で頷きを返す。
――今、俺はケイトの密談を交わしていた。
あれだけ常人の度肝を抜く試合をしたのだ。当然の帰結として、互いに相手の事情に興味がわいた。
だから俺は自分の過去を語り、そして少女も自分が異世界から来た魔導師だと話してくれた。
そして話の矛先は、互いの世界に関することを踏まえた上で、今いるこの世界のことへと向けられていた。
「世界は矛盾を嫌う。それはどこの世界も同じということか……」
――いや、違うな。
俺の世界の“常識(ルール)”で考えること事態がそもそもの間違いなのではないか?
『同じ、と言えなくも無いですが、それは世界の常識が均された結果、その常識に縛られているものの感覚なので厳密には違います』
例えば『食べられないパンとは何か』というなぞなぞの答えが『フライパン』という世界の人間が、『パンダ』という答えが常識の世界に行った場合、その答えは条件付きでその世界の常識となる。この場合で言えば子供のなぞなぞの答えが『意外な答え』という形で常識が均される――らしい。
……つまり世界の常識に縛られる我々は、異世界に渡ったとしてもその世界に適応出来る。寒い地方で暮らす人間が暑い地方に移っても生きて行けるようなものか?
そう半ば少女の言いたいことに納得しかけていた俺に、しかしケイトは尚も説明を加えた。
『例えば衛宮先生が魔法使いではなく魔術使いであるように。例えばネギ先生が魔術使いではなく魔法使いであるように』
そしてその台詞にギョッとした。
俺は自分のことはともかく、ネギのことは何も語っていない。つまり少女は事前にそれを知っていたのだ。
「それをどこで――」
『例えば、』
俺の問いを遮ってケイト。僅かに目を剥く俺ににこやかに笑って、告げる。
『わたしが魔術使いでも魔法使いでもなく、魔導師であるように。中身は同じ“幻想使い(ファンタジスタ)”でありながらその根底や概念が違う――それなのに異世界の“幻想(ファンタジー)”を行使出来る理由がそこにあります』
良いですか、衛宮先生。そう断りを入れ、少女は俺にしか見えない角度で笑顔の質を変える。
『あなたがこの世界に異色を混ぜた。そのせいで変色した世界は、もうあなたが居なくなっても元には戻りません。どころか、あなたからすれば異世界であるこの世界は、既にあなたを自身の常識の一つとして組み込んでしまいました』
それは嘲り。
それは憐れみ。
それは慈しみ。
それは愛おしみ。
それはそれらが当分に混ざり合った不可思議な笑み。
『だから、あなたはあなたの世界の魔術を使える。だから、あなたは二度と、もといた世界には還れません。あなたのもといた世界は既に、あなたという人間を世界から削るなり、元から“居なくなっていない”ことにするなりして世界の損失を補っています』
つまり、例えもといた世界に帰れても、衛宮士郎は居なかったことになっているか、“居なくなっていない衛宮士郎”がいるので、もとの世界にもともとの衛宮士郎としては還れない――そうケイトは笑って言った。
「……では君たちも還れないのか?」
『いいえ。わたしたちの世界はもともと“異世界に渡れる(ルールに反していない)”ので還れます』
そこが衛宮士郎と八神たち双子を縛るルールの違い。異世界に渡るのが常識とされる世界と異端とされる世界のルールの違い。
『……ただ、衛宮先生のルールには一部ですが異世界へと渡る手段ないし渡った人間がいるようなので、もしかしたらもとの世界に還れるかも知れません』
あくまでも可能性の上では、ですが。そう言葉を続けた少女に軽く視線を投げ、
「……そう言えば、まだちゃんと訊いてなかったな」
本気の敵意を向けて、問う。
「ケイト……君は何者だ?」
対して少女は――少女の形をしたそれは、
『とある世界の「抑止力」――そう言えば通じますか?』
さらりと簡単に、そう返した――。
次話/前話


