《THE SECOND LIFE》
夕暮れ時。
いつもなら寮か部活だろうそんな時間に、私は桜咲さんから剣術の指南を受けていた。
「はっ!!」
竹刀を使っての試合。初めに教わった竹刀の持ち方と振り方をおさらいしつつ実戦にならすための模擬戦。
私の振る竹刀は空を切り、桜咲さんの振る竹刀は何度となく私を打ち据える。
人気の少ない広場に反響する乾いた音。私や桜咲さんについて来てベンチに座るこのかがその音が響く度に軽く首をすくめていた。
「くぅ……!」
焦ってるのかも知れない。
期限が一週間と短く、しかも私だけでなくネギまで巻き込んでしまった。
だから早く。早く強くならなければあの子が――!!
思えば思うほどに視界は狭まり、動きにむらが生まれてしまう。
「…………」
それを知っていて、桜咲さんは何も言わない。
竹刀を振るい、私の動きの無駄を打ち据えることで私にそれを気付かせることはしても言葉での責めは一切しない。
……ありがとう桜咲さん。
打たれる度に、思考が冴える。
焦りはある。だけど痛みのためか意識は常に現実だ。今は遠い目標ではなく目の前を見れている。
乾いた音が、肉打つ音が教えてくれる。私がどこに立っているのかを。まだまだ先は長いのだということを。
だから焦り、だから貪欲に強さを求めて足掻く。
足掻く。決して諦めず、がむしゃらに。
……負けない。負けられない!
エヴァンジェリンは勿論、ネギにも。
負けたくない!!
だから――
「――特訓とはご苦労なことだな」
――その声は、まさに冷や水のよう。
熱くなっていた頭を一瞬で冷やす、少女の声。
竹刀を下げ、声に振り向く。
「――……え?」
そこにエヴァンジェリンがいた。
腕を組み憎たらしいぐらい余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべた吸血鬼が。
……それは良い。声でわかっていたから別に驚きはしない。
だから、驚いたのは彼女の隣にいる人に、だ。
「やあ」
「た、たたたた高畑先生っ!?」
片手を上げて笑顔を向ける高畑先生。それを見ただけで冷や水の効果を打ち消すように頭を沸騰させる。
私は顔を真っ赤に染めてあたふた。
「なっ、ど、どうして高畑先生がエヴァンジェリンと!?」
エヴァンジェリンと二人、私たちの方へ歩いて来る高畑先生。
彼女に警戒してかこのかを背にかばう位置に立ち、野太刀を構える桜咲さん。
私は高畑先生に視線を釘付けにして棒立ち。う〜あ〜……頭が沸騰して何も考えられない。
「士郎君が部活を巡らなきゃいけないと言うので僕が代わりに、ね」
「フン……。見張りなど満月の夜でも無いのにご苦労なことだな」
不機嫌な顔になってエヴァンジェリン。高畑先生を睨み、それから私を――私の後ろにいるこのかを、見た。
「……じじいからの伝言――いや、正確には詠春からの、だな」
振り向く。このかは目を丸くしてエヴァンジェリンを見ていた。
「何であれ、真実を知った以上、本人が望むなら魔法について色々教えて欲しい、とのことだ」
「「…………」」
このかは呆然と、桜咲さんは複雑そうな顔をしてエヴァンジェリンを見つめる。そして私は、
「え!? このかが魔法使いになれんのっ!?」
驚き、このかとエヴァンジェリンとを交互に見た。
対しエヴァンジェリンは心底つまらなそうに、
「……まぁ潜在的な魔力容量だけを見れば私や小娘に迫るものがあるからな。あとは修練しだいでどうにでもなる」
「…………なぁ、エヴァちゃん?」
「ん?」と視線を私からこのかに戻すエヴァンジェリン。私もそちらを向いて――驚く。
このかが凄く真剣な顔をしてエヴァンジェリンを見ていた。
「ウチ……魔法使いになりたい」
鬼気迫る、というほどではないにしろ、このかにしては珍しく悲壮感すら漂うほどに真剣なその表情。
私も、そして桜咲さんも絶句。
……どうしたの、このか?
思うが声には出せない。そんな空気が辺りを包み――と、チラリと私を見るこのか。
「え――?」
「ウチに魔法のこと、もっと詳しく教えてくれん?」
面食らったのはエヴァンジェリンもだったのか。彼女は目を丸くしてこのかを見ていたが、このかが私を一瞥したのを見るや何かを納得し、苦笑して返す。
「……お前には貸しがあったな、近衛このか」
言って、背を向けるエヴァンジェリン。
「桜咲刹那も一緒で構わん。私について来い」
「あ……うん!」
歩き去るエヴァンジェリン。それを慌てて追うこのかと桜咲さん。
私はそれを呆然と見送り、
「――そう言えばアスナ君」
ビクーッ!!
わ、わわわわ忘れてたー―っ!!
慌てて高畑先生に振り向く。高畑先生は私を見つめて微笑み、
「今度、エヴァに挑戦するんだって? ネギ君と一緒に」
「えっ、あ、はい……」
テンパって真っ赤な顔を俯かせる私。そしてそんな私の両手を高畑先生は取り――って、えぇぇぇ!?
「たっ、たたたた高畑先生――!?」
慌てふためく私にウィンク一つ。高畑先生は微笑み、言った。
「なら、僕のとっておきを教えてあげる」
◇◆◇◆◇
パシン、という乾いた音。
キュッ、という擦過音。
そして――
「メェェエエ――――ッん!!」
あたしと同じ――だけどどこまでもあたしとはちがう、高い声。
そして、また響く『パシン!』という乾いた音。
「すごい……」
それは一体だれの言葉だろう。
麻帆良学園の剣道場。その広い場内の中心で、今、二人の試合が行われていた。
「ハァアアア!!」
パシン!
数十といる部員と、そしてあたし、雪広、村上――
パシン!!
その全員が二人を注視し視線を逸らせずにいた。
「ヤァアアア!!」
一人は隻腕の、小柄な少女。
力より俊敏さ。俊敏さより器用さ。器用さより的確さ。的確さより卓越した技術。
文字通り子供と大人の体格差のある相手を前に一歩引かない少女。ここにいる正規の剣道部員など足元にも及ばない実力を見せるソイツの名は八神ケイト。あたしの双子の妹――という設定の、生体遺失物。
「ヤッ!!」
稼働してきた時間――彼が生きた年月は最低でもあたしの倍。そもそも古代遺失物――ロスト・ロギアとして認定されるものは良くて数百年、古ければ万や億、それ以上の年を跨いでいてもなんら不思議はない。かく言うあたしも、はやてに目覚めさせてもらってから既に百年以上は生きている。
だから――というわけでは無いが、ケイトは強い。
最低で百年。それだけ生きていれば大抵のものは人並み以上に出来るようになる。暇にかまけて棒を振るっているだけでも、長い時間続けていれば最低でも中学生の剣道部員よりは強くなれる。それでなくても、ケイトは昔、なのはの兄に剣術を教わっていたらしいのだから弱いわけがない。現に剣術だけならシグナムより上だしな。
「――――ッ!!」
しかし、そんなケイトをして――衛宮士郎には届かない。
パシン、という乾いた音。ケイトの竹刀は虚空へと高らかに飛ばされ、衛宮教諭の竹刀は彼女の面を打ち、そして制止する二人。
「「――――」」
言葉はまだ、どちらも発しない。だから、見物人であるあたしらも声を出せない。
そして――パン、と。ケイトの吹っ飛ばされていた竹刀が道場を打つ音が、静止画をようやく動画へと戻す。
「……手加減、ですか?」
まずはケイト。
「いや、違う」
次いで衛宮教諭が言葉を返す。
そして、彼は何を思ってかすぐに面を外し、そして小手を、胴を――防具をすべて解いた。
それに併せて戸惑いの声とざわめきがようやく道場内に広がる。そんな中であたしは、周りの奴らとは違った意味で驚愕の表情を浮かべて衛宮教諭を見た。
「あの男……一体なにもんだ?」
衛宮士郎。時限震を引き起こした容疑者の一人にして推定オーバーSクラスの魔導師。
彼が何らかの魔法を使ったというのならわかる。しかし今見た限りではケイトの奴にただの剣術だけで勝ったようにあたしには映った。
なんの小細工もなくケイトに勝つ――それが如何に凄いことかはあたしが一番よくわかる。そもそも、例え現役時代であろうとあたしじゃ魔法無しでは奴に勝てない。絶対に。それが明確にわかるだけの実力差があたしとケイトにはあった。
何よりケイトは――
「――衛宮先生は剣道の有段者ですわ」
あたしの思考を遮る、声。顔をしかめて横を見れば、少々興奮気味に瞳を輝かせる雪広があたしを見ていた。
「それだけではありません! 衛宮先生は柔道や弓道など武術全般の有段者という話です! それを――」
「だから、なんだ?」
ため息を一つ。雪広の言葉に一睨みをくれてやりつつ強引に遮って、返す。
「剣道有段者? ――ハッ! それがどうした? あたしが訊きたいのは奴がケイトに勝てた理由だ」
「っ、で、ですからそれは先生が……」
ちげーよ。
雪広の言葉を再び乱暴に遮って、ガリガリと頭をかきつつ先の台詞に言葉を次ぐ。
「剣道有段者。武術全般で有段者? ――そんなことは関係ねー。そんなんで、小細工も無しにケイトに勝てるぐれーなら、誰も苦労はしねーよ」
怪訝な顔をする雪広に苦々しい顔を向けて説明する。
「いいか、雪広。おめーはケイトの奴が『剣道が強い』と思ってんだろうがな」
それは――違う。
目を丸くする雪広にキッパリと告げる。
「あいつは剣道が強いんじゃねー。ただ、“上手いだけ”だ」
「は?」
わかんねーのか?
ケイトは剣道が強い? ……まあ確かに強いさ、お前らよりは。
だけど――違う。決定的に、違う。
あいつは強いんじゃねー。あたしらはあーいうのを強いとは言わない。あーいう遊びは『上手い』って言うんだよ、雪広。
「……よく見てろ、雪広」
視線を、道場で向かい合う二人へと戻す。
剣道の防具をすべて外し、竹刀ではなく木刀を握って対峙する二人へと、視線を戻し、言葉を継ぐ。
「強いってのは、な――」
二人が持つのは同じような小太刀サイズの短い木刀。それを、ケイトは思い切り体を捻って後方に向けて構え、衛宮教諭は二刀をそれぞれだらりと下げて構える。
誰に聞かなくても、誰もがわかっていた。
これからが本気。これからが全力。
いくら鈍い連中でも、この時ばかりは空気が引き絞る様が感じられただろう。道場を満たすのはそれほどの緊張感。それほどに凄まじい、気迫と気迫のぶつかり合い。
そして、そんな二人を見ていた誰かが、
チャリン、と。手の中の硬貨を落として、
「――こういうのを言うんだ」
瞬間――床が爆発した。
◇◆◇◆◇
瞬動術。一秒に満たない、瞬きの間を置いて少女に肉迫。まずは左の小太刀で刺突!
ケイトはそれを数ミリ単位で避け、体を回転。後方へ伸ばしていた竹刀を遠心力を乗せて振り抜く!
バキィン! 少女の一撃を右手の小太刀で受け止めるや、木刀とは思えない打撃音を響かせる。
「チッ!」
たまらず舌打ち。受け止めた――そのつもりが、止められなかった。
少女は打つと同時に払い、剣速を一切落とさず尚も回転。さらにはまた、その遠心力を利用しての後ろ回し蹴り!
八神ケイト――やはりただの学生じゃないのか!?
少女の鋭い蹴りを左手の木刀で払い――
「つッ!?」
俺の払おうとした、その動作に少女は逆らわず、蹴りの速度を更に早くしつつ軌道修正。蹴り足であった左足を下へ、そして今まで軸足としていた方の右足を上へ。遠心力に重力と跳躍による加速を力として乗せ、駿足のハイキック!
俺はそれを左の木刀で受けようとし――!? う、動かない!?
それはコンマ数秒という僅かな隙。どういう理屈かは知らないが、左手が痺れ、予想よりも動かすのに半瞬遅れ、
そして――ドン、と。
俺は少女の一見して華奢な足に蹴られ、
――吹き飛んだ。
「「――――ッ!?」」
驚愕、そして悲鳴。
道場の畳を半ばえぐり、パウンドして数十メートルと吹っ飛んで、
壁へと足から着地し、衝撃を逃して道場の壁面を一部倒壊させつつ前を向く。
そして、鼻先数センチという距離にあった少女の笑みに目を剥く。
「クッ!」
ガキィン!
ッ!? また――!?
とっさに木刀を交差させてケイトの袈裟斬りを防ぎ、
そして防いだにも関わらず少女の剣はそのまま一切剣速を落とさず振り抜かれ、即座に逆袈裟!
鋭く、そして速く。一切の躊躇無く、ケイトは俺の喉元目掛けて木刀を振るい――
「――――!」
どうにか避ける。そして俺が避けると同時、直角に曲がる少女の剣先。俺の動きを追尾しつつ、やはり速度を一切落とさずに木刀を振るうケイト。
……さっきとは、剣術の型が違うが――
少女のそれを、また、どうにか避ける。
――本質は、同じ。
少女の剣術は、本質的に止まらない、そのことだけを突き詰めたものだ。
その太刀筋は言うに及ばず。避けるにせよ、進むにせよ――少女は絶対に止まらない。ケイトのそれは一切足を止めず、剣速を全く衰えさせず、相手を追い詰める高速重視の剣術だった。
それは言うまでもなく異質。剣術としてはありえざる思想の下に組まれた型。
しかし――それはいい。
そんな異常とも呼べる剣術を使っていようと、それ自体はどうとでもなるからいい。
問題はそんなことではない。
「……ケイト。君は、一体――!?」
幾つもの攻防の中で感じる違和感。少女が防がず、防がせず、払い、止まらせずに剣を走らせる――その合間合間に時折混ざる異色。ケイトの剣術は剣術だが、その本質――流れとも言うべきものは、暗殺術のそれであった。
故に剣術であって剣術ではない。体術や暗殺術も混ぜられた戦闘術。それこそが少女の使う剣術なのだが――そこまでわかっていて、わかっているからこそ違和感が拭えない。
ケイトの剣術はもはや完成の域にありながら――しかし、何かが決定的に足りない。それこそ少女が隻腕であるように、彼女の剣術にはまるで、その片方が欠落しているような、そんな感触があった。
……いや、待て。
少女の剣術が完成されていながら、時折感じる違和感の正体は正に“それ”なんじゃないか?
改めて、ケイトを見る。
その動き、その剣閃を追いながら――確信する。少女の剣術には動作の合間合間に、僅かながら空白があった。
それこそが違和感の正体。完成された剣術には有り得ざる、どうしようもなく一手足りない、そういった類の隙。
要するに――少女の使う剣術はもとは二刀流なのだ。
故に隻腕の少女がいくら剣術を完成させていようとも、彼女がその剣術を完全とすることは決して無い。
そして俺がそのことにようやく気付くのと同時に、
「――……気付かれちゃいましたか?」
そう言って、ケイトは唐突に動きを止めた――。
次話/前話
夕暮れ時。
いつもなら寮か部活だろうそんな時間に、私は桜咲さんから剣術の指南を受けていた。
「はっ!!」
竹刀を使っての試合。初めに教わった竹刀の持ち方と振り方をおさらいしつつ実戦にならすための模擬戦。
私の振る竹刀は空を切り、桜咲さんの振る竹刀は何度となく私を打ち据える。
人気の少ない広場に反響する乾いた音。私や桜咲さんについて来てベンチに座るこのかがその音が響く度に軽く首をすくめていた。
「くぅ……!」
焦ってるのかも知れない。
期限が一週間と短く、しかも私だけでなくネギまで巻き込んでしまった。
だから早く。早く強くならなければあの子が――!!
思えば思うほどに視界は狭まり、動きにむらが生まれてしまう。
「…………」
それを知っていて、桜咲さんは何も言わない。
竹刀を振るい、私の動きの無駄を打ち据えることで私にそれを気付かせることはしても言葉での責めは一切しない。
……ありがとう桜咲さん。
打たれる度に、思考が冴える。
焦りはある。だけど痛みのためか意識は常に現実だ。今は遠い目標ではなく目の前を見れている。
乾いた音が、肉打つ音が教えてくれる。私がどこに立っているのかを。まだまだ先は長いのだということを。
だから焦り、だから貪欲に強さを求めて足掻く。
足掻く。決して諦めず、がむしゃらに。
……負けない。負けられない!
エヴァンジェリンは勿論、ネギにも。
負けたくない!!
だから――
「――特訓とはご苦労なことだな」
――その声は、まさに冷や水のよう。
熱くなっていた頭を一瞬で冷やす、少女の声。
竹刀を下げ、声に振り向く。
「――……え?」
そこにエヴァンジェリンがいた。
腕を組み憎たらしいぐらい余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべた吸血鬼が。
……それは良い。声でわかっていたから別に驚きはしない。
だから、驚いたのは彼女の隣にいる人に、だ。
「やあ」
「た、たたたた高畑先生っ!?」
片手を上げて笑顔を向ける高畑先生。それを見ただけで冷や水の効果を打ち消すように頭を沸騰させる。
私は顔を真っ赤に染めてあたふた。
「なっ、ど、どうして高畑先生がエヴァンジェリンと!?」
エヴァンジェリンと二人、私たちの方へ歩いて来る高畑先生。
彼女に警戒してかこのかを背にかばう位置に立ち、野太刀を構える桜咲さん。
私は高畑先生に視線を釘付けにして棒立ち。う〜あ〜……頭が沸騰して何も考えられない。
「士郎君が部活を巡らなきゃいけないと言うので僕が代わりに、ね」
「フン……。見張りなど満月の夜でも無いのにご苦労なことだな」
不機嫌な顔になってエヴァンジェリン。高畑先生を睨み、それから私を――私の後ろにいるこのかを、見た。
「……じじいからの伝言――いや、正確には詠春からの、だな」
振り向く。このかは目を丸くしてエヴァンジェリンを見ていた。
「何であれ、真実を知った以上、本人が望むなら魔法について色々教えて欲しい、とのことだ」
「「…………」」
このかは呆然と、桜咲さんは複雑そうな顔をしてエヴァンジェリンを見つめる。そして私は、
「え!? このかが魔法使いになれんのっ!?」
驚き、このかとエヴァンジェリンとを交互に見た。
対しエヴァンジェリンは心底つまらなそうに、
「……まぁ潜在的な魔力容量だけを見れば私や小娘に迫るものがあるからな。あとは修練しだいでどうにでもなる」
「…………なぁ、エヴァちゃん?」
「ん?」と視線を私からこのかに戻すエヴァンジェリン。私もそちらを向いて――驚く。
このかが凄く真剣な顔をしてエヴァンジェリンを見ていた。
「ウチ……魔法使いになりたい」
鬼気迫る、というほどではないにしろ、このかにしては珍しく悲壮感すら漂うほどに真剣なその表情。
私も、そして桜咲さんも絶句。
……どうしたの、このか?
思うが声には出せない。そんな空気が辺りを包み――と、チラリと私を見るこのか。
「え――?」
「ウチに魔法のこと、もっと詳しく教えてくれん?」
面食らったのはエヴァンジェリンもだったのか。彼女は目を丸くしてこのかを見ていたが、このかが私を一瞥したのを見るや何かを納得し、苦笑して返す。
「……お前には貸しがあったな、近衛このか」
言って、背を向けるエヴァンジェリン。
「桜咲刹那も一緒で構わん。私について来い」
「あ……うん!」
歩き去るエヴァンジェリン。それを慌てて追うこのかと桜咲さん。
私はそれを呆然と見送り、
「――そう言えばアスナ君」
ビクーッ!!
わ、わわわわ忘れてたー―っ!!
慌てて高畑先生に振り向く。高畑先生は私を見つめて微笑み、
「今度、エヴァに挑戦するんだって? ネギ君と一緒に」
「えっ、あ、はい……」
テンパって真っ赤な顔を俯かせる私。そしてそんな私の両手を高畑先生は取り――って、えぇぇぇ!?
「たっ、たたたた高畑先生――!?」
慌てふためく私にウィンク一つ。高畑先生は微笑み、言った。
「なら、僕のとっておきを教えてあげる」
◇◆◇◆◇
パシン、という乾いた音。
キュッ、という擦過音。
そして――
「メェェエエ――――ッん!!」
あたしと同じ――だけどどこまでもあたしとはちがう、高い声。
そして、また響く『パシン!』という乾いた音。
「すごい……」
それは一体だれの言葉だろう。
麻帆良学園の剣道場。その広い場内の中心で、今、二人の試合が行われていた。
「ハァアアア!!」
パシン!
数十といる部員と、そしてあたし、雪広、村上――
パシン!!
その全員が二人を注視し視線を逸らせずにいた。
「ヤァアアア!!」
一人は隻腕の、小柄な少女。
力より俊敏さ。俊敏さより器用さ。器用さより的確さ。的確さより卓越した技術。
文字通り子供と大人の体格差のある相手を前に一歩引かない少女。ここにいる正規の剣道部員など足元にも及ばない実力を見せるソイツの名は八神ケイト。あたしの双子の妹――という設定の、生体遺失物。
「ヤッ!!」
稼働してきた時間――彼が生きた年月は最低でもあたしの倍。そもそも古代遺失物――ロスト・ロギアとして認定されるものは良くて数百年、古ければ万や億、それ以上の年を跨いでいてもなんら不思議はない。かく言うあたしも、はやてに目覚めさせてもらってから既に百年以上は生きている。
だから――というわけでは無いが、ケイトは強い。
最低で百年。それだけ生きていれば大抵のものは人並み以上に出来るようになる。暇にかまけて棒を振るっているだけでも、長い時間続けていれば最低でも中学生の剣道部員よりは強くなれる。それでなくても、ケイトは昔、なのはの兄に剣術を教わっていたらしいのだから弱いわけがない。現に剣術だけならシグナムより上だしな。
「――――ッ!!」
しかし、そんなケイトをして――衛宮士郎には届かない。
パシン、という乾いた音。ケイトの竹刀は虚空へと高らかに飛ばされ、衛宮教諭の竹刀は彼女の面を打ち、そして制止する二人。
「「――――」」
言葉はまだ、どちらも発しない。だから、見物人であるあたしらも声を出せない。
そして――パン、と。ケイトの吹っ飛ばされていた竹刀が道場を打つ音が、静止画をようやく動画へと戻す。
「……手加減、ですか?」
まずはケイト。
「いや、違う」
次いで衛宮教諭が言葉を返す。
そして、彼は何を思ってかすぐに面を外し、そして小手を、胴を――防具をすべて解いた。
それに併せて戸惑いの声とざわめきがようやく道場内に広がる。そんな中であたしは、周りの奴らとは違った意味で驚愕の表情を浮かべて衛宮教諭を見た。
「あの男……一体なにもんだ?」
衛宮士郎。時限震を引き起こした容疑者の一人にして推定オーバーSクラスの魔導師。
彼が何らかの魔法を使ったというのならわかる。しかし今見た限りではケイトの奴にただの剣術だけで勝ったようにあたしには映った。
なんの小細工もなくケイトに勝つ――それが如何に凄いことかはあたしが一番よくわかる。そもそも、例え現役時代であろうとあたしじゃ魔法無しでは奴に勝てない。絶対に。それが明確にわかるだけの実力差があたしとケイトにはあった。
何よりケイトは――
「――衛宮先生は剣道の有段者ですわ」
あたしの思考を遮る、声。顔をしかめて横を見れば、少々興奮気味に瞳を輝かせる雪広があたしを見ていた。
「それだけではありません! 衛宮先生は柔道や弓道など武術全般の有段者という話です! それを――」
「だから、なんだ?」
ため息を一つ。雪広の言葉に一睨みをくれてやりつつ強引に遮って、返す。
「剣道有段者? ――ハッ! それがどうした? あたしが訊きたいのは奴がケイトに勝てた理由だ」
「っ、で、ですからそれは先生が……」
ちげーよ。
雪広の言葉を再び乱暴に遮って、ガリガリと頭をかきつつ先の台詞に言葉を次ぐ。
「剣道有段者。武術全般で有段者? ――そんなことは関係ねー。そんなんで、小細工も無しにケイトに勝てるぐれーなら、誰も苦労はしねーよ」
怪訝な顔をする雪広に苦々しい顔を向けて説明する。
「いいか、雪広。おめーはケイトの奴が『剣道が強い』と思ってんだろうがな」
それは――違う。
目を丸くする雪広にキッパリと告げる。
「あいつは剣道が強いんじゃねー。ただ、“上手いだけ”だ」
「は?」
わかんねーのか?
ケイトは剣道が強い? ……まあ確かに強いさ、お前らよりは。
だけど――違う。決定的に、違う。
あいつは強いんじゃねー。あたしらはあーいうのを強いとは言わない。あーいう遊びは『上手い』って言うんだよ、雪広。
「……よく見てろ、雪広」
視線を、道場で向かい合う二人へと戻す。
剣道の防具をすべて外し、竹刀ではなく木刀を握って対峙する二人へと、視線を戻し、言葉を継ぐ。
「強いってのは、な――」
二人が持つのは同じような小太刀サイズの短い木刀。それを、ケイトは思い切り体を捻って後方に向けて構え、衛宮教諭は二刀をそれぞれだらりと下げて構える。
誰に聞かなくても、誰もがわかっていた。
これからが本気。これからが全力。
いくら鈍い連中でも、この時ばかりは空気が引き絞る様が感じられただろう。道場を満たすのはそれほどの緊張感。それほどに凄まじい、気迫と気迫のぶつかり合い。
そして、そんな二人を見ていた誰かが、
チャリン、と。手の中の硬貨を落として、
「――こういうのを言うんだ」
瞬間――床が爆発した。
◇◆◇◆◇
瞬動術。一秒に満たない、瞬きの間を置いて少女に肉迫。まずは左の小太刀で刺突!
ケイトはそれを数ミリ単位で避け、体を回転。後方へ伸ばしていた竹刀を遠心力を乗せて振り抜く!
バキィン! 少女の一撃を右手の小太刀で受け止めるや、木刀とは思えない打撃音を響かせる。
「チッ!」
たまらず舌打ち。受け止めた――そのつもりが、止められなかった。
少女は打つと同時に払い、剣速を一切落とさず尚も回転。さらにはまた、その遠心力を利用しての後ろ回し蹴り!
八神ケイト――やはりただの学生じゃないのか!?
少女の鋭い蹴りを左手の木刀で払い――
「つッ!?」
俺の払おうとした、その動作に少女は逆らわず、蹴りの速度を更に早くしつつ軌道修正。蹴り足であった左足を下へ、そして今まで軸足としていた方の右足を上へ。遠心力に重力と跳躍による加速を力として乗せ、駿足のハイキック!
俺はそれを左の木刀で受けようとし――!? う、動かない!?
それはコンマ数秒という僅かな隙。どういう理屈かは知らないが、左手が痺れ、予想よりも動かすのに半瞬遅れ、
そして――ドン、と。
俺は少女の一見して華奢な足に蹴られ、
――吹き飛んだ。
「「――――ッ!?」」
驚愕、そして悲鳴。
道場の畳を半ばえぐり、パウンドして数十メートルと吹っ飛んで、
壁へと足から着地し、衝撃を逃して道場の壁面を一部倒壊させつつ前を向く。
そして、鼻先数センチという距離にあった少女の笑みに目を剥く。
「クッ!」
ガキィン!
ッ!? また――!?
とっさに木刀を交差させてケイトの袈裟斬りを防ぎ、
そして防いだにも関わらず少女の剣はそのまま一切剣速を落とさず振り抜かれ、即座に逆袈裟!
鋭く、そして速く。一切の躊躇無く、ケイトは俺の喉元目掛けて木刀を振るい――
「――――!」
どうにか避ける。そして俺が避けると同時、直角に曲がる少女の剣先。俺の動きを追尾しつつ、やはり速度を一切落とさずに木刀を振るうケイト。
……さっきとは、剣術の型が違うが――
少女のそれを、また、どうにか避ける。
――本質は、同じ。
少女の剣術は、本質的に止まらない、そのことだけを突き詰めたものだ。
その太刀筋は言うに及ばず。避けるにせよ、進むにせよ――少女は絶対に止まらない。ケイトのそれは一切足を止めず、剣速を全く衰えさせず、相手を追い詰める高速重視の剣術だった。
それは言うまでもなく異質。剣術としてはありえざる思想の下に組まれた型。
しかし――それはいい。
そんな異常とも呼べる剣術を使っていようと、それ自体はどうとでもなるからいい。
問題はそんなことではない。
「……ケイト。君は、一体――!?」
幾つもの攻防の中で感じる違和感。少女が防がず、防がせず、払い、止まらせずに剣を走らせる――その合間合間に時折混ざる異色。ケイトの剣術は剣術だが、その本質――流れとも言うべきものは、暗殺術のそれであった。
故に剣術であって剣術ではない。体術や暗殺術も混ぜられた戦闘術。それこそが少女の使う剣術なのだが――そこまでわかっていて、わかっているからこそ違和感が拭えない。
ケイトの剣術はもはや完成の域にありながら――しかし、何かが決定的に足りない。それこそ少女が隻腕であるように、彼女の剣術にはまるで、その片方が欠落しているような、そんな感触があった。
……いや、待て。
少女の剣術が完成されていながら、時折感じる違和感の正体は正に“それ”なんじゃないか?
改めて、ケイトを見る。
その動き、その剣閃を追いながら――確信する。少女の剣術には動作の合間合間に、僅かながら空白があった。
それこそが違和感の正体。完成された剣術には有り得ざる、どうしようもなく一手足りない、そういった類の隙。
要するに――少女の使う剣術はもとは二刀流なのだ。
故に隻腕の少女がいくら剣術を完成させていようとも、彼女がその剣術を完全とすることは決して無い。
そして俺がそのことにようやく気付くのと同時に、
「――……気付かれちゃいましたか?」
そう言って、ケイトは唐突に動きを止めた――。
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