嗣希創箱の消閑

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《ゼロの使い魔〜雷槍の騎士〜2》18

《ゼロの使い魔〜雷槍の騎士〜》





 ニューカッスルの城にある一室。ルイズは自分用にあてがわれたそこでベッドに体を横たえ、先ほどウェールズより渡されたアンリエッタ姫の書状を見つめていた。
 そこに書かれている内容は、例えランプの光に翳したとしてもわからないだろうが、これが姫から皇太子へと送られた恋文であることは知っている。
 トリステイン王女――アンリエッタ姫とアルビオン皇太子――ウェールズは恋仲だった。
 自分をこの任務を与えた際のアンリエッタの様子や、手紙に対するウェールズの態度で薄々はそうだと思っていた。そしてだからこそ、ルイズは彼らの関係を確認するや反射的にトリステインへの亡命をウェールズに勧めた。
 しかし、アルビオンの皇太子である彼はそれを――拒んだ。
「……そんなに、死にたいのかしら?」
 ため息とともに呟く。
 わかってる。彼が死にたいのではなく、名誉のある敗北のために残ることを望んでいることぐらい、わかってはいる。
 だけど――納得できない。
 ルイズだって貴族の端くれだ。名誉というものが如何に大事かということぐらい知っている。それこそ、貴族の名誉が命よりも重いということぐらい痛いほどわかっている。
 だけど、
 ……それでも、
「…………姫さまは逃げてって言ってるのに」
 アンリエッタとウェールズは恋仲だった。愛し合っていた。
 だから、ルイズは彼の意向を理解は出来ても納得など出来ない。何より、大切な者に先立たれるものの痛みを知るが故に、少女は胸が苦しい。
「……愛する人より大事なもの、か」
 わかっている。
 大して考えもせずにさっきはウェールズに亡命を勧めたが、しかしそれによって訪れるだろう未来にぐらいルイズにも見えた。
 レコン・キスタ――ハルケギニアの統一を望み、アルビオンの内戦を引き起こした組織。そいつらが次の標的にトリステインを選ぶ可能性を思えばこそ、安易に亡命など勧めてはならない。安易に、トリステインへと攻め入る理由を与えられない。
 一介の学生たる自分にわかって、皇太子である彼がそれに気付かない訳が無い。故に、ウェールズは亡命を断ったのだろう。愛する者を守るため、せめて一矢報いる覚悟で彼は明日、死地に挑むつもりなのだろう。
「……わかってる」
 手紙から視線を外し、天井を見上げた。
 わかってる。
 ウェールズの思いにぐらい気付いている。その覚悟にぐらい気付いている。
 わかってる。
 彼が亡命を断る理由も。彼が姫さまの恋文を返した理由も。
 ……わかってる。
 だけど、
 それでも……!
「――ねえ、アリス」
 アンリエッタ姫の想いを思えばこそ、黙ってられない。
「例えば、わたしが……ウェールズ皇太子を亡命させたら、どうなると思う?」
 視線を天井から左へと向ける。
 そこに、
「……まず間違いなく、トリステインがアルビオンの戦争に巻き込まれます」
 赤いてるてる坊主――アリスは嘆息混じりに返した。
 相変わらずの神出鬼没。扉を開けるでもなく、いきなり部屋へと現れた少女は、ベッドに横たわるルイズの横に『ちょこん』と腰掛けて言葉を次ぐ。
「もっとも……遅かれ早かれ、彼らはトリステインへと戦を仕掛けるでしょうが」
 チリィン、と。アリスの動作に合わせて鈴が鳴る。
 ……どうする?
 そう視線で問う少女にルイズはため息を一つ。未だに手の中にあった手紙へと視線を戻し、口を開いた。
「……選択肢は、わたしの手の中、か」
 ぼんやりと、手の中の手紙を眺める。
 アルビオン皇太子であるウェールズに手紙を渡し、当初の依頼を達した。だから、自分はこのまま、手の中の手紙を持ってトリステインへ帰れば良い。
 それが一番単純で、最も大事な選択。
 本来なら悩む必要なんてない。独断で亡命を勧め、母国を戦火に巻き込むのは絶対にいけない。
 わかってる。
「……ねぇ、アリス」
 これから自分がしようとしていることが、
「わたしは――」
 間違っているということにぐらい、
 わかってる。
 それでも、
「――見殺しには、出来ない」
 彼らに意地があるように、
 彼らが逃げないように、
 わたしも――
「――対価は?」
 アリスは問う。
 すべての前提を根底から覆せる魔女が、問う。
 それに、
「払わないわ」
 キッパリと、返す。
「……怖いの?」
「まさか!」
 アリスの再度の問いにニヤリと笑う。
「あんたの力は――借りないわ」
 そう答えて、
 そして、そう答えてから――
「ウェールズ皇太子には亡命してもらうわ」

 ――覚悟を、決めた。

「……トリステインを戦火に巻き込むの?」
 それは苦笑を孕んだ問い。アリスはわたしの覚悟を試すように真っ直ぐに瞳を覗き込んで訊いた。
「巻き込むわ」
 それに表情を引き締めて返す。
「……なぜ?」
 アリスは尚も問う。
 しかしそれには答えず、視線を再び手紙へと向ける。
「……アンリエッタ姫がそれを望んだから?」
「いいえ」
 少女の問いに考え、答えてから――
「では、彼らのために? 彼らがそれを望んでいないのを知りながら?」
「そうね」
 曖昧な思考が、
 朧気だった道筋が、

 ――見えて、来た。

「これはわたしのわがままよ」

 ――覚悟すべき事柄が、実像を結んだ。

「自己満足……。わたしはただ、目の前で誰にも死んで欲しくないだけ。もう誰にも、大切なものを失って……泣いて欲しくないだけ」
 言葉にすれば、それだけのこと。本当にそれだけのことのために、わたしは今までウジウジと悩んでいたのだ。
「誰も死なせない。死んで欲しくない!」
 それは、わたしのわがまま。ただの自己満足。
 わかってる。それが間違っていることぐらい、わかってる。
 自分のわがままに国を――たくさんの人を巻き込むことの罪深さにぐらい、気付いている。
「それは大層な目標ですね」
 そんなわたしに嘲笑を向けてアリス。『あなたにそれが出来ますか?』とでも言いたげな見下しきった視線を向けて少女は嘲笑う。
「そうね」
 対してわたしも嘲笑で返す。
 ……本当に、そうね。
 アリスのような常識外の異能も無く、エリオとも離れ離れになったわたしに出来ることなど限られている。
 わかってる。それこそ、彼女に対価を払って願いを叶えてもらった方が楽で確実なのだろうことも理解している。
 だけど、これは他人の力を借りてまで成さなければならない事柄ではない。どんなに綺麗な言葉で着飾っても、所詮はわたしのわがまま。わたしがわたしのために――ただの自己満足のためにしたいこと。
 だから――
「もう一度言うわ。あんたの力は借りない」
 わたしは迷わずそう言い切り、
 そして、
「……では、ルイズさんはただの自己満足のために戦争をするんですか?」
 アリスは容赦なく、その矛盾点を指摘する。
 それにわたしは――

 ◇◆◇◆◇

 翌朝。ニューカッスルの中にある礼拝堂に三人はいた。
「では、式を始める」
 その内の一人。始祖ブリミルの像の前で王族の象徴たる明るい紫のマントとアルビオン王家の象徴、七色の羽飾りのついた帽子を被るという礼装に身を包んだウェールズが言った。
 その前に立つのはルイズとワルドの二人。子爵はともかく、少女は魔法学院の黒マントではなく純白のマントを纏い、頭に清楚可憐な花飾りのついた冠を乗せていた。
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか?」
 ワルド発案の結婚式。
 これから死地に赴くウェールズに子爵は婚姻の媒酌を頼み、皇太子はそれを快く了承。ルイズも彼の言葉を断らず、今に至っている。
「誓います」
 現在、礼拝堂には三人意外いない。皆、正午とともに始まる戦に備えているのだ。
 故に――これが最後のチャンス。
 ルイズは終始俯けていた顔を上げ、子爵の返答に『にこり』と笑って頷いたウェールズへと向く。
「新婦、ラ・ヴァリエール侯爵三女、ルイズ・フランソ――」
 朗々と紡がれる皇太子の詔を、
「――殿下」
 遮る。
 ルイズは目を丸くする二人をとりあえず無視して言葉を次ぐ。
「殿下、失礼を承知で再度申し上げます。トリステインに亡命なされませ」
 その言葉に再び虚をつかれたように目をしばたくウェールズ。そしてすぐさま怪訝顔となり、子爵と少女へと蔑み混じりの視線を向けて口を開いた。
「……なるほど。そのために君たちは――」
 自分に最後の説得を行うため、まんまと嵌められた――そう思ってのウェールズの言葉を、
「そんな――!」
「違います」
 再び遮り、何かを口にしかけた子爵へと顔を向けるルイズ。
「子爵、これを」
「――――!?」
 少女は懐から、先日ウェールズから返却された手紙を取り出し、目を剥く子爵へと手渡した。
「ルイズ……何を――!?」
「子爵、申し訳ありませんがわたしは今、あなたと結婚は出来ません」
 戸惑う二人を置き去りに、ルイズは続ける。
「殿下……殿下が危惧する通り、今アルビオンの王党派の皆がトリステインに亡命なされば、『レコン・キスタ』が攻め入る格好の口実を与えることになりましょう。しかし、殿下! もし殿下が亡命をせずとも遠くない未来、ハルケギニア統一を掲げる『レコン・キスタ』がトリステインへ攻め入るは必至! それをおわかりですか!?」
 固い表情を向けるウェールズに詰め寄り、必至の剣幕でまくし立てるルイズ。
 対して皇太子は苦い顔をしつつも毅然と返す。
「わかっているさ! だからこそ我らが彼らに示すのだ! 勇気と名誉を!」
「それは勇気ではありません!」
 それをキッパリと否定する。
「考えてもみて下さい殿下! もし今の殿下とアンリエッタ姫の立場が逆であったなら! 殿下はそれを勇気と受け取りますか!?」
 もはや、相手がどんな立場の人間だろうと関係ない。
「名誉ある敗北? お言葉ですが、それが愛するものに先立たれたものを癒やしてくれますか? 殿下はアンリエッタ姫を泣かせるおつもりですか!?」
 不退転の覚悟を決めたルイズはもう、止まらない。
 ここからは意地だ。信念と信念のぶつかり合い。覚悟と覚悟の比べ合いだ。
「しかし! 今、私たちが我が身可愛さで敵に背を向けたとあっては先に死んでいった者たちに顔向けができん! 何より! 今日、この戦のために残った者たちの覚悟を否定などできようか!?」
「一時の恥を甘受するのもまた、勇気です殿下!」
 一歩も退かない。ここで相手に譲歩するつもりは、微塵もない。
「殿下! 殿下は勝たなければいけないんです! 先に逝った英霊たちのため! そして――アンリエッタ姫のために!!」
 その言葉にウェールズは目を丸くする。
 当然だ。彼は皆のため、そして姫のために命を賭けると心に決めていたのだから。
「姫の、ため……」
「そうです殿下。殿下が本日、討ち死にされれば敵の次なる標的はトリステインとなりましょう。つまりその時、彼らと戦うのは誰ですか? 当然、王女であるアンリエッタ姫もです殿下!」
「――――!」
 だからこそ――その信念を、砕く。
「し、しかし――!」
「殿下が守るべきは名誉だけに非ず! 本日の敗戦が名誉ある敗北? ――否!」
 反論は許さない。
 相手が大国の皇太子だろうが関係ない。もはやそんな身分の違いに頓着しているだけの余裕など――無い!
「殿下! 近い未来、愛するものが戦に巻き込まれると知りながら先に逝くなど言語道断! 愛する者を守れずして逝くことの何が名誉かっ!?」
「――――ッ!!」
 絶句する皇太子。
 ルイズは彼から視線を、半ば呆然と事の推移を見守っていたワルドへと向けて言葉を次ぐ。
「ワルド。あなたはすぐにここから出て、姫さまに手紙を届けて」
「! ルイズ、きみは――!?」
 再び驚愕に目を剥く子爵に対し、もはやルイズは迷いなく返す。
「わたしたちは殿下に代わり、敵軍を抑えます」
 絶句する二人を置いて、ルイズは歩き出す。
 ――……では、ルイズさんはただの自己満足のために戦争をするんですか?
 わかってる。
 誰かを助けるために、誰かを傷付ける。誰かを守るために、より多くの誰かに犠牲を強いる。
 その矛盾。そんなのはわかっている。
「……それでも、わたしは――」
 呆然と見送る二人。
 それを置き去りに、新婦の格好のまま礼拝堂の出口へと向かい、

 ――ガコン、と。扉はひとりでに開き、

 そして――

「――お待たせ、ルイズ」

 世界最強の使い魔の笑顔に、

「――それでも、大切なものを守ってみせるわ」
 ルイズは笑顔を向けて、呟いた――。

 ◇◆◇◆◇

 無茶苦茶だ、とシルフィードは思った。
 エリオを背に乗せ、幾多の竜騎兵となし崩し的に激突したのが昨日の深夜。その内の幾人かからウェールズ皇太子の居場所を聞き出したのが日の出前。そして、

 ――ニューカッスルに居るすべてのメイジを縛り上げたのがついさっき。

 ……お、お姉さまも無茶苦茶だけどエリオのはもっとひどいのね! きゅいきゅい!
 礼拝堂の外。扉の隅の、暗い廊下に隠れるように潜みつつシルフィードはため息。青い髪を押さえ、サイズの合わないアルビオン貴族の軍服を纏った体を折ってうずくまる。
 韻竜の使える先住魔法の一つ。それを使い、シルフィードは今、青い髪の少女の姿をしていた。
「き、きみは――!?」
 声に振り向く。扉の向こう――礼拝堂にいた紫のマントを纏った男がエリオに問う。
「はじめまして、ウェールズ殿下。僕はルイズの使い魔です」
 それに青年は常の笑顔を向けて返す。
「使い魔、だと……?」
「殿下。彼は『ガンダールヴ』です」
 怪訝顔で問い返すウェールズにルイズが答える。
 ……『ガンダールヴ』?
 何やら驚愕している皇太子とは違い、シルフィードは少女の台詞に首を傾げる。
「殿下。それと、申し送れましたが、わたしは伝説の『系統魔法』――『虚無』の使い手です」
「――――ッ!!」
 ウェールズ、再び絶句。
 そして、
「それから、殿下」
 ルイズは、それはそれは悪女然とした嘲笑を口元に浮かべて言った。
「言い忘れていましたが、トリステイン亡命の件――あなたに拒否権など初めからないわよ」
 雰囲気と口調をガラリと変えてルイズ。それに唖然呆然とするウェールズを小馬鹿にするようにくつくつと喉を震わせるようにして笑い、言葉を次ぐ。
「王軍総勢三百余名。既にその全員を、わたしのガンダールヴが潰したわ」
 っ!
 再び絶句するウェールズ。
 『ガンダールヴ』に『虚無』の使い手。にわかには信じがたいが、もし本当ならば千の軍勢を壊滅させたという伝説の使い魔であるならば、あながち不可能だとは思えない。
「……きみたちは、まさか――」
 腰の杖に手を伸ばす。
 そして、

 ――ウェールズは傍らの男による奇襲に合い、くずおれた。

「なっ――!?」
 驚愕に目を剥くルイズ。
 その視線の先で、今し方皇太子を気絶させた男――ワルドは苦笑を浮かべて口を開いた。
「まさか、この僕が道化となるとはね」
 そう言って視線を青年を向ける子爵。対してエリオは苦笑し、未だに状況が飲み込めていないルイズの前へと出ながら口を開いた。
「痛み分け、です」
 その台詞に『フッ』と笑い、ワルドは出口へ向かって歩き始めた。
「なるほど。では、この決着はいずれつけさせてもらうとしよう」
 そしてすれ違い様、目を白黒とするルイズへと視線を向けて告げる。
「残念だよ、ルイズ」
「ワルド……?」
 首を傾げる少女にそれ以上は構わず、ワルドはさっさと礼拝堂から出て行く。
 それを見送り、さり気なくデルフリンガーへと伸ばしていた左手を戻してエリオは少女の肩に手を置き、
「さあ、ルイズ。僕らは僕らのやるべきことをしよう?」
 笑顔で告げる。
 それにルイズはハッと我に返り、
「エ、エリオ!」
 突然顔を真っ赤にして、叫んだ。
「え、えっと……、こ、ここここれからわたしと、け、けけけ結婚式しましょう!?」
 そして、
「……………………はい?」
 エリオは思い切り首を傾げたのだった――。

 ◇◆◇◆◇

「――ま、こうなるような気はしてたけどな」
 アルビオン大陸上空。ニューカッスルの城の直上数キロ。地上の人が豆粒以下のもはや模様にしか見えないようなそこで赤いてるてる坊主と銀髪黒スーツにサングラスの少年はいた。
「……忠告をことごとく無視しますか」
 ため息混じりにアリス。対してニヤニヤと軽薄そうな笑みを顔に貼り付けてカオルは返す。
「ま、ほら。彼はあのなのはさんの教え子だしな」
「…………それで納得出来てしまう辺り、如何なものかと」
 はあ、と。再び疲れきったため息を吐くアリス。それにカオルは『おっ!』と何かを思い出してか人差し指を一本立てて口を開いた。
「そう言えば、こっち来てたななのはさん」
 その台詞にアリス、再び嘆息。
 ……言ってはなんだけど、なのはさんが関わると大事件になりそうで怖いんだよね。
「つか、アリスは何してんだ?」
 カオルの問いに赤いてるてる坊主は心底どうでも良さそうに、
「ジャミング」
 軽く、返した――。








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