嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

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6

 ◇◆◇◆◇

 ――きっと、こんなはずじゃなかった。

 金森 尚人の記憶が無ければ。

 わたしがあの日、調子にのってエッチなDVDを見なければ。

 その夜、『俺』に陵辱される『わたし』の夢を見なければ。

 わたしさえ居なければ……きっと、こんなことにはならなかった。

 だから――
「どう、して……?」
 夕方。帰宅途中だろう少女は呆然と問う。
「なんで、いきなりそんな――」
 視線は、わたしが取り出したカッターナイフに向け。わけがわからない、というより、聞き間違いかな? って感じの表情での問いを、
「やり直したいから、ですよ」
 遮り、いつものごとく無意味に笑う。
「この世界は間違ってるです」
 にこにこ。
 ニコニコ、と。じつに滑稽に笑う。
「この世界に佐々岡 蜜柑は必要ないです」
 夕日を背に。潮騒をBGMに。海道沿いの遊歩道にて道化の少女が無様に笑い、今さらなことを語る。
「この世界に、『俺』なんて要らなかったんです。前世の記憶を持った『わたし』なんて、居たらいけなかったんですよ」
 佐々岡 蜜柑は間違いで。
 この世界には不必要だからこそ排除すべきで。
 そして、消し去るのなら、元から無かったことにすべきだ、と。最初の最初っから、佐々岡 蜜柑なんて生まれなかった正しい世界に戻すべきだ、と。
 そのためにジュエルシードをもらう。力づくでも。たとえ、あなたを殺してでも、と。まっすぐに彼女の目を見て告げる。
「み、みかんちゃん? どうしたの? なにかあったの?」
 対するこの世界の救世主たる彼女は、わたしの言葉に混乱しながら問いを重ねる。
「そんな、いきなり自分のこと間違いなんて――」
「わたしの知る『原作』に、『佐々岡 蜜柑』なんてヘンテコなのは出てこないです」
 彼女の言葉を、その困惑ごと遮ってわたしは告げる。
「だから、わたしなんて要らないです。わたしなんて居なくても――……居ない方が、世界はきっと上手く回るです。わたしなんて存在は、初めっから無かったことにすべきだって――」
 そんな一方的な言葉を、

「それは違うよ」

 少女は――高町なのははキッパリと否定しながら遮る。
「みかんちゃん。わたしは、みかんちゃんみたいに大人じゃないし、みかんちゃんが見たっていうアニメのことも知らない」
 でもね、と。もともと数メートルしか離れてなかった距離を手を伸ばせば届くんじゃなかいというぐらいに詰め、わたしの持つあからさまな凶器など眼中に無いとばかりになのはちゃんは言う。
「間違ってるのは、きっとみかんちゃんが見たっていう『そっち』だよ」
 だって、



「なのははみかんちゃんのこと、大好きだもん」



 ……………………え?
 なのはちゃんの、笑顔での言葉に今度はわたしの方が困惑する。
 な、なにを言ってるです?
 『原作』の方が間違い? わたしのことが大好き? ……なんです、それ。意味わかんないですよ。
「……わたしなんて、なのはちゃんに好かれる価値のない人間ですよ」
 ため息を一度。笑みに自嘲の色を乗せ、わたしはことさら優しく、諭すように告げる。
「わたしはね、なのはちゃん。もともと最低な男だったです。根暗でニートで引きこもりで……。そんなだから友だちも居なくって。だから、わたしはこんなふうに『出来てる』ですよ」
 いいですか? と、断り。わたしは『わたし』という性格もしゃべり方も考え方も、行動指針のすべてを前世の自分が適当に作ったものだと話す。
 ……なのはちゃん。
 なのはちゃんが見ているわたしは、だから虚像なんですよ。『俺』が考えてつくった偶像なんです。演技なんです。嘘っぱちなんですよ。
 だから、こんなのははじめっから間違いで――
「嘘だよ」
 ……ふみゅぅ?
 わたしはなのはちゃんの言葉にキョトンとして首を傾げる。
 はい、ですから『嘘』だって言ってるですよ? と、そんなわたしの視線になのはちゃんは苦笑し、そうじゃなくて、と首を左右に振って、
「みかんちゃんの全部が演技っていうのは、嘘だよ」
 少女は、やはりキッパリはっきり迷いなく言い切る。
 って、はい? なに言ってるですかこの子は……?
 ……あれですか? もしかしてなのはちゃん……わたしの言ってることがわかんないぐらい国語がダメダメおばぁかさんだったりし――
「今、なんか失礼なこと思ってるよね?」
 わたしの可哀相な子を見る視線に気づいてか、ジト目になってなのはちゃん。もはや完全にわたしがカッターナイフを手に『ジュエルシード寄越せー!』ってしてるのを忘れてるみたいな態度である。
 って、いやいやいや!
 ちょっと待つです! こ、ここはわたし的に一番シリアスなシーンなはずです。オリ主だったら見せ場なはずですよ。それがどうして、こんなにもアレな空気になってるです?
「い、いいから、とっととジュエルシードを出せやゴラぁですよー!」
 とりあえず仕切り直そう。そう思って、改めてカッターナイフの刃先をなのはちゃんに向けるも、
「やだ」
 なのはちゃん、即答。
 ……これにはわたし、『orz』ってなっても仕方ないと思うです。くずおれて膝と両手を地面に着いてもいいと思うですよー。
「あ、あれ? ……おかしいな、悲しくないのに涙が出るですよー」
 せっかくのシリアスが。人生最大の見せ場が、とうなだれるわたし。
 対してなのはちゃんは、よしよし、とわたしの頭を撫でてくれながら、
「にゃはは。だって、みかんちゃんは――……なのはに、止めて欲しかったんでしょ?」
 サラリ、と。本当に簡単に言ってくれた。

 ◇◆◇◆◇

 思えば、きっと彼女は、初めっからわたしに止めてもらいたかったんだろう。
 きっと、ジュエルシードを使ってやり直したいって思いもたしかにあって。
 だけど、それに伴うリスクも彼女は知っていて。
 だから、わたしのところへ来た。
 他の、わたしがまだ見つけていないジュエルシードを使うのではなく。魔法を使われれば簡単に止められるだろうわたしのもとに。自分はジュエルシードを狙っている、だから止めてほしい、ってメッセージを体現するかのように――と、わたしがみかんちゃんの態度から読み取った事柄を理路整然と説明すると、
「な、なんか、なのはちゃんが頭良さげなことを仰有ってるですぅ!?」
 ひどく失礼な驚き方をみかんちゃんはしてくれました。
 ……うん。ここはわたし、怒ってもいいよね?
「ねえ、みかんちゃん? なのはね、今、新しい魔法を考えててね?」
 その的になってくれないかな? と、ニッコリ微笑んで問うと、ごめんなさいですよー、ってみかんちゃんは土下座。それこそ本気で怯えてるみたいに体を震わせて――って、そこまで怖がるのって逆に失礼じゃないかな!?
「…………もう」
 わたしはため息を一つ。対面する彼女に、それで? 何があったの? と、改めて問う。
「……わたしは、男のひとに触られるとパニックになるです。泣いて泣いて……自分でもわけわかんないぐらい泣いちゃうです」
 果たして、それでようやくみかんちゃんは答えてくれた。
「それがたとえ、お父さんでも。わたしの家族は、わたしがそんなだからバラバラになったです」
 ぜんぶ、わたしのせいなんです。と、そう自嘲するように影のある笑みを浮かべて言う彼女にわたしはたまらず、でも! と反論。
「みかんちゃん、いつも言ってたじゃん。いつかまたみんなで一瞬に暮らしたい、って。そのために内緒でお父さんに会いに行ってるって!」
 いつかは――と、その台詞の途中で。
「その『いつか』がッ! もう来ないんです!!」
 ――初めてわたしは、みかんちゃんの心からの叫びを聞いた気がした。
「お母さんが、再婚するって言ったです。だからもう、お父さんとお母さんとわたしでなんて暮らせないです。そんな『いつか』なんて来ないんです!」
 だから、と。ここで初めて、彼女は笑顔を消す。ここで初めて、わたしは彼女の激情を目にする。
「ジュエルシードでやり直すです。初めから! わたしなんて居なかった世界に! そのために――」
「ッ!? みかんちゃん――!!」
 走る、ナイフの軌跡。
 それを弾く、レイジングハートが自動で張ってくれた桃色の障壁。
「わたしが! わたしなんて生まれなければ!!」
 金属同士を削りあうような音が響く。
 何度も何度も、火花を散らすように少女の手のなかの刃が閃く。
「っっっ! そ、そんなことない!」
 魔法を使うか、躊躇う。
 友だちに、自衛以外の力を振るうことを躊躇する。
「わたしは! みかんちゃんが居たから、アリサちゃんやすずかちゃんと仲良くなれたって――」
「違う!!」
 どうにか否定しようと声を張り上げ――逆に否定される。
「佐々岡 蜜柑なんて居なくても! なのはちゃん達は友だちになれた! そうなった世界を『俺』は知ってる!」
 だから! と、彼女はなおも執拗にカッターナイフを振り回し。
 だから、と。火花散らす刃の煌めきに、彼女の流した思いの滴が混じり出す。
「……わたしに、生きる価値なんてあるですか?」
 少女は凶器を振るう。
「わたしが存在する理由って何ですか……?」
 何度も。何度も。
「わたしは間違いで……」
 その内に溜め込んでいたコトバを吐きながら。知るがゆえの疑問と葛藤を白刃に乗せ、無意味と知りながら腕を動かし続ける。
「嘘つきで……」
 そして――願う。
「作りもので……」
 違うよ、と。否定して欲しいと願い。
 間違ってるよ、と。否定して欲しいと願う。
「……わたしは、お父さんとお母さんを傷つけたです。わたしなんて居なければ、きっと二人はずっと幸せだったです。わたしなんて……」
 わたしなんて、と。涙する彼女を見て――改めて、気づく。
 ……ああ、そうか。
 いつも笑ってた彼女は、ずっと悩んでたんだ。いつもたくさんのお友だちと笑ってたみかんちゃんは、その裏でたくさんの葛藤を抱えてたんだ、と。
「わたし、なんて……」
 ――佐々岡 蜜柑は、もう一つの可能性を知っている。
 自身が居なかった世界を知っている。そんなアニメを知っている。
 だからこそ、この世界をアニメだと思っている。だからこそ、自分の存在が間違いだと思っている。
 そして、両親の離婚が自分のせいだと悩み、苦しんでいる。そんな自分に価値なんて無いと思い、泣いている。
 だから――
「わたしが……! わたしさえ居なければ、みんな――」



「違うよ」



 わたしは否定する。
 否定して――魔法の障壁を解除した。
 それで頬を浅く切られ。みかんちゃんは目を剥くけど――気にしない。
 そんなことなんてどうでもいい、とわたしは笑う。笑って、茫然自失となっている彼女を抱きしめる。
「……教えてあげる」
 え? と。心ここにあらずみたいな声を出す女の子に、
 走らせたカッターナイフをそのままに、怯え固まっている友だちに、
 佐々岡 蜜柑に――高町なのはの『親友』に、告げる。
「今から、それを。みかんちゃんの価値を、教えてあげる」
 そしてわたしはまた、ニコリと笑いかけ。少女の頬を過ぎる涙をそっと拭って、だからね、と彼女に言った。
「ちょっとみかんちゃんの携帯、貸して?」

 ◇◆◇◆◇

 習い事は、けっこうな数すずかと同じものがあって。だからこの日、学校は休んでおきながら当たり前みたいに顔を出してきた彼女を別段不思議には思わず。むしろ蜜柑のことを聞き、電話もメールも返さない彼女のことを同じように不安に思って話し合えている現状は有り難いとすら思っていた。
 だから――というわけではないが。わたしはひどく驚いた。
「…………え?」
 蜜柑から、いきなりメールが来た。
 それも件名に『助けて』なんてついたメールが。
 その内容こそ、先にすずかから聞いてた蜜柑のお母さんの再婚のことであり。そのことで彼女が深く傷ついてたと聞いていたからこそ、メールの『自分のせいで両親は離婚した』や『わたしはお母さんの再婚は嫌だ』という内容にはある種の納得があり、『わたしはお父さん、お母さんとまた一緒に暮らしたいと思ってた』や『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』という言葉には涙しそうになった。
 ……そう言えば、あの子の携帯の待ち受け画面は。と思い出し、いつだったかに聞いた、内緒でお父さんと会って話してるです、って笑ってた彼女の内心にようやく思いいたった。
「アリサちゃん」
 隣席でそう声を潜め、こちらを見るすずかと目線を交わせば、彼女のところにも同じように蜜柑からのメールが届けられたのだろうと知れる。
「…………はぁ」
 ゆえに、ため息。
 果たして泣きそうな顔のすずかに頷きを一つ。わたしは立ち上がり、急用ができたからこれで失礼する、というような内容のことを早口に言って部屋を出ていく。
 ……ああ、もう! これ、あとでママやパパに何て言おう? って言うか、やっぱり怒られるかな?
 無断で、勝手に習い事の途中で帰るなんて。と、自身の振る舞いに呆れながら、その実、後悔なんて微塵もしていない。
「……だめ。やっぱり電話通じない」
 そしてそれは、隣を行くすずかも同じか。彼女はわたしと同じく携帯電話を片手に眉を潜め、一向に蜜柑へと繋がる気配が無いことに歯噛みしていた。
「っっっ! もうっ! なんだってこんなときに!」
 わたしは、焦る。
 彼女からのメールの本文もそうだが、何より件名の『助けて』っていうのがわたしから冷静さを無くさせる。
 ……あの蜜柑が助けを求めるなんて。
 いつも笑ってて。どんなときでも、大丈夫ですぅ、って締まらない顔してた彼女が。あの日、苦手だと言ってた男のひとに無理やりくっつけたときでも『助けて』なんて言わなかったのに! と、わたしはもうパニック寸前にすら陥っており――
「あ、蜜柑ちゃんもそこに居るの?」
 すずかの言葉に、思わずその手の携帯電話を奪いたくなった。
「え! ちょ――!?」
「そっか、よかった。蜜柑ちゃん、なのはちゃんと一緒に居るんだね」
 慌てふためくわたしに、すずか。冷静に、とばかりにわたしの手を握り、それこそわたしに聞かせるように若干声を大きくして言った。
「それで、蜜柑ちゃんからのメール――……え? さっきのってなのはちゃんが出したの!?」
 は?
 ……え? 『さっきの』って、やっぱりさっきの『助けて』ってメール?
 それをなのはが出したぁ?
「……うん。……うん」
 なにやら聞き入ってるらしいすずかにわたしは気が気でない。……あーもう! どうしてわたしが電話してないの!? と、それこそ意味もなく地団太を踏みそうだった。
「……わかった。じゃあ、アリサちゃんと今から行くね!」
 そして、だからこそ、そう言って携帯電話をしまい、突然わたしの手を引いて駆け出すすずかに、ちょっ!? いきなり何!? と、わたしは目を白黒させた。
「今からなのはちゃんのところに行くよ」
 そう走ることを止めず、すずか。それこそ説明している間ももったいないとばかりに急ぎながら言う。
「さっきのメール。あれ、なのはちゃんが出したんだって。それも、一斉送信で!」
 は?
 って、『一斉送信』て、まさか――
「たぶん、その『まさか』だよ。なのはちゃん、蜜柑ちゃんの携帯に登録してあるメールアドレス全部に『助けて』って送ったんだって」
 すずかは言う。それも、なぜだか楽しそうに笑って。
「って、ちょっと待って!」
 そ、それって、かなりおおごとなんじゃ――と、わたしが慌てて言えば、だからだよ、とやっぱりすずかは笑う。
「きっとね。これは『おおごと』なんだと思うし、『おおごと』にしなくちゃいけないことなんだよ」
 駆けながらだからか、待機させてた車のところにはすぐに着き。ぜえ、はあ、とすずかに半ば引きずられるみたいに走ってたわたしは、搭乗の際にはもうグロッキーに近くて、まともに疑問を言葉に出来なかった。
「蜜柑ちゃんは、さ。前世の記憶があって、この世界をアニメで見たって言ってたでしょ?」
 幸いにも、わたしが息を整えてる間にもすずかは話してくれる。
「それってさ。考えたら、すごく怖いことなんだと思うの」
 想像してみて、と彼女は言う。
 もし、ここが昔見たアニメのなかなら。
 もし、昔見たアニメを覚えていて、自分の一挙手一投足でそのエンディングを変えられると言うのなら。
 それはどれだけ、自分の行動に責任を持たされるのか? それはどれだけ、プレッシャーを与えられるのか?
「それも、ただでさえ前世の記憶があって、自分が自分だって思えない蜜柑ちゃんからしたら……現実味なんて、あるのかな?」
 想像する。
 蜜柑は、前の自分を知っている。
 前の自分が生まれ、男として生きてきた二十余年という月日を覚えており。今の、女の子として生を受けた瞬間から、自身を客観視できた彼女のことを思う。
 そして、男のひとが苦手で、触れただけで泣き叫んでいた彼女の心を思い、今さらに顔から血の気が引いていった。
「……もしかしたら、現実味が無かったからこそ耐えられたのかも知れない」
 知らず震えだしていたわたしの手に、すずかは自分の手を重ねて言葉を続ける。
「だけど、ここは現実で……。蜜柑ちゃんが生きてるこの世界は、彼女にとってもやっぱり現実でしかなくって……」
 この世界は、彼女の前世からしたらアニメの世界で。
 この世界は、だけど今の彼女からしたら紛れもなく現実の世界でしかなくて。
 だから、
「蜜柑ちゃんにとって、きっと親の離婚とか再婚は……それほどのことじゃなくって。むしろ問題なのは、今まで蜜柑ちゃんがたった一人で、誰にも話さずに、頼らずに貯め続けてきたその疑問の方だったんじゃないかな?」
 すずかの言う、蜜柑の貯め続けてきた『疑問』。それこそが、きっとなのはが皆に送ったメールの最後に付けた問いかけ。
 つまり、
「『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』なんて……今さら、そんなの考えるまでもないでしょうに」
 わたしは、笑う。
 知らず流れていた涙を拭い、隣のすずかと笑いあう。
「あのバカに、教えてあげましょうすずか。あんたは、何くだらないこと聞いてんのよ、って怒鳴って――」
 それで、みんなでまた笑いあいましょう。と、わたしはいつもの誰かさんのように無邪気に笑って言った。

 ◇◆◇◆◇

 件名は、『助けて』。本文は、要約すると『離婚悲しい、再婚イヤン☆』って感じのメールを――なんで一斉送信なんてしてくれちゃうですかーッ!?
「え?」
 って、なに不思議そうな顔してるですぅ!? と、わたしの剣幕に対してキョトンとしてるなのはちゃんにすがりつく。な、なんで!? どうして!? わたし、何か悪いこと――って、ハッ! ま、まさか、さっきのことで怒ってるですか!?
「え?」
「って、違うんかい!? 違うんかいぃぃぃ!!」
 はい、大事なことなので二回言ってみたです。
 って、それどころじゃないです! わたしはとりあえずなのはちゃんは無視し、にぎゃー! と、改めて頭を抱える。
「はわわ、はわわわ! ど、どどど、どうするです? どうしようですぅ……!?」
 焦る。考える。悩む。
 今から、さっきのは間違いでした、って送るです?
 ……いや、でも。内容自体はほとんどわたしの本心ですし。離婚したのがわたしのせいで、またお父さんお母さんと一緒に暮らしたいって思ってるのも本当。それに自分の生きる意味を見失ってるのも――
「あ、メール」
 果たして、なのはちゃんの呟きにハッとする。あ、そうでした。まだなのはちゃんにわたしの携帯電話貸したままでした。
「って、さっそくメールですか!?」
 な、ななな、なんて書いてあるですぅ!? と、こちらに携帯を差し出すなのはちゃんに涙目を向け、おずおずと手を伸ば――
「あ、電話」
 ギャース!!
 わたしはいきなり鳴りだした携帯電話を思わず取り落とした。
「な、ちょ、待っ……!?」
 思考が、止まる。

 ――このときのわたしは、まだ、それがどうしてかはわからなかった。

 心臓が、バクバクと鳴ってうるさい。

 ――どうして自分が、こんなにも慌てているのかわからない。

 地面に転がった携帯電話に伸ばした手が、震える。

 ――何に対して心を乱しているのか、わからない。

 喉が、干からびる。

 ――わからない。

 頭が、真っ白になる。

 ――それが『わからない』からこそなのに、気づけてなかった。

 着信を告げる携帯電話を手に、固まる。
「――――ッ」
 動けない。考えられない。わけがわからない。
 着信音が、すっかり日の落ちた街道に鳴り響く。すっかり暗くなった世界で、携帯電話のディスプレイの光が着信相手の名前を浮かび上がらせる。
「…………」
 出る勇気なんて無い。
 ……わからない。
 なんて話したらいいか、わからない。
 わからないから、出られない。……出なければいけないと知りながら、出られない。
 だから…………正直、ホッとした。
 遂に沈黙した携帯電話を手に、わたしは安堵の吐息を一つ。そうしてからすぐに自己嫌悪し、顔をしかめ、自分はどうしちゃったんだろう? と、うなだれる。
「……わたしは、なに、してるです?」
 自嘲の笑みを浮かべる。
 その間にも、再び手のなかの携帯はメールが来たことを、着信を光で知らせ、鳴り続ける。
「……どうした、です?」
 果たして、どれだけの時間をそうやって無為にしたのだろう。
 果たして、どれだけの応えをそうやって無視してしまったのだろう。
「……早く出るです」
 だってせっかくメールをくれたです。電話してくれてるです。
 引きこもりで対人関係がダメダメだった金森 尚人ならいざ知らず。今は前世の自分を反面教師として生きると決めた佐々岡 蜜柑です。
「だから、早く電話に出るですよ蜜柑」
 しかし、言葉とは裏腹に、体は動かない。
「蜜柑は、彼のできなかったことをするです」
 わたしは、ずっとまえに決めていた。
 佐々岡 蜜柑が産まれ、生まれたことを認識してすぐに決めた。
「蜜柑は、彼の理想を体現するって決めたです」
 前世の自分を心の底から嫌っていたからこそ。生まれ変わった今は、金森 尚人のときにできなかったことをしよう。彼にできなかったことを平然とこなせる、理想の自分というものに今度こそなろう。
 そう決めて、そのために何もかもを作り替えてきたはずで。心のなかでは何度も挫けそうになりながら、それでもずっと貫いてきた誓いで。その『嘘』を本当にするために、わたしはいつも『嘘』をついて来たのだから――
「……だから」
 だから。
 だから!
「だから、早く! とっとと電話に出るですよ佐々岡 蜜柑!!」
 そう叫び、
 涙すら浮かべて叫んで、
 そして――



 バチン、と。なのはちゃんに頬をはたかれ、尻餅をついた。



「……え?」
 呆然と、彼女を見上げる。
 なんで? と、頭のなかを真っ白にさせながら見上げた先で、なのはちゃんは真剣な目をして口を開く。
「痛い?」
 問いに、頬を押さえて頷き。
 なのはちゃんはそんなわたしを見て微笑み、
「目、覚めた?」
 問う。
「わかった? ここはね、みかんちゃん。アニメのなかじゃなくて現実なんだよ」
 告げる。
「ここではね。ぶたれたら痛いし、ひとにひどいことしたら心が痛くなるの。それが当たり前なの」
 たった九歳の女の子が。生きた経験だけなら三十を優に越えているわたしに、告げる。
「ここは現実なんだよ、みかんちゃん」
 まっすぐ、わたしの目を見て。
 まっすぐ、わたしの心に届かせようと、言の葉を紡ぐ。
「それなのに、みかんちゃんはいつまで寝ぼけてるのかな? いつまで、夢の世界に居るつもりなのかな?」
 潮騒と行き交う車と着信音をBGMに。
 ようやく浮かび上がった月と星の光の下で、栗色の髪の少女は仁王立って問う。
「さっき言ったよね? みかんちゃんの価値を教えてあげる、って」
 その圧倒的なまでの存在感に、気圧される。
 その揺るぎなき意志を宿す瞳に、黙らされる。
「これが――答えだよ」
 少女はわたしを――わたしの手のなかの携帯電話を指差して告げる。
「さっきの、みかんちゃんからの助けを求めるメールを読んで、応えてくれるひとが居る。たくさん、居る」
 この世界の中心だろう少女は、語る。
 それがみかんちゃんの価値だよ、と。その全員が、みかんちゃんのこれまでに対する答えだよ、と。
 他の誰でもない。佐々岡 蜜柑が今日まで生きてきた証。佐々岡 蜜柑の価値。それがこの返答だ、と高町なのはは告げる。
 だから、
「…………違う、です」
 否定する。
「わたしは嘘つきです。みんな騙されてるだけです」
 笑い、嘲って、返す。
「わたしは、本当はクズでどうしょうもない男です。そんな自分が心底嫌いで……。そんな自分に恐怖して……。それで男のひとを怖がって、家族をバラバラにした大バカ野郎です」
 だから、みんな騙されてるだけです。みんな、わたしの真実を知らないだけです、と笑いながら彼女の言葉を否定する。
「それに、わたしはユーノくんの助けを呼ぶ声を無視したですよ? ……それなのに自分は『助けて』とか。そんなのを求める権利も! 価値も! あるわけないんです! わたしに生きる価値なんて――」
 そんなの無いに決まってるです、と。叫ぼうとして、



「あるに決まってんでしょうが!」



 突然の、第三者の声に遮られる。
 ……って、え? あ、アリサちゃん?
 果たして振り向き、いつの間にか居たアリサちゃんとすずかちゃんを見つけて呆然とする。
「ど、どうして……?」
 なんで彼女たちが? と目を白黒させるわたしに、はあ? と、むしろそんなわたしの反応こそがおかしいとばかりの態度でもってアリサちゃん。それこそ、何を当たり前なことをとばかりに、
「そんなの、あんたが助けてってメール寄越したからに決まってんでしょう?」
 キッパリと、言い切った。
「わたし達はね。蜜柑ちゃんの疑問に答えるために来たんだよ」
 そして、すずかちゃんも。どうしてだかとても優しい微笑を浮かべて言った。
 って、わたしの疑問?
「? それって――」
「『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』」
 なんのことだろう、というわたしの疑問に被せて、アリサちゃん。それからすぐ、……なんて当たり前なこと訊いてんのよバカ、と不機嫌さを隠さず腕を組み、
「あんたは、わたしの――わたし達の友だちなのよ」
 わたしへと歩み寄り、告げる。
「あんたはね。わたしの、はじめての友だちなのよ! わたしにはじめて声をかけてくれて! わたしがはじめて友だちになりたいって思った子なのよ……!」
 一歩。また一歩。
 アリサちゃんは歩を進め、わたしに近づくごとに表情を歪めていく。
「『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』なんて……なにくだらないこと訊いてんのよ! そんなの……あるに決まってるでしょ!? あんたは、だって友だちなんだから!!」
 一歩。一歩。
 不機嫌なそれから泣き顔へと変えながら、アリサちゃんは遂にはわたしの目の前に来て言った。
「……アリサちゃん」
 その言葉は……嬉しい。
 だけど、彼女に声をかけたのは……ただの寂しさからで。金森 尚人ではできなかったことだからで。べつに彼女だからというわけではなくて……。
 どうせ『原作』では、遅かれ早かれなのはちゃん達と友だちになれたのだから……。『原作』には、佐々岡 蜜柑なんて存在しないのだから……。
 だから――
「いつだったか、蜜柑ちゃんは言ってたよね? 『すずかちゃんが居たからアリサちゃんとなのはちゃんと友だちになれたです』って」
 声に、振り向く。
 変わらず優しい笑みを浮かべていたすずかちゃんに顔を向け、彼女の言葉に思い出す。
 ……ああ、そう言えば。はじめて保健室に運びこまれて、すずかちゃんと話して。その次の日から、なぜかなのはちゃんとアリサちゃん、すずかちゃんの三人が仲良くなってて。そのなかに自分も入れてくれた彼女に、わたしはそんなことを言った気がする。
 言った気はするが――
「? それが、どうしたです?」
 それまでなのはちゃんとは別段深く付き合っていたわけではなくて。アリサちゃんに至っては、前日のことを引きずってかよそよそしさが倍増していて。
 だから、そんな二人との仲を取りもってくれたのはすずかちゃんで。だからわたしは、彼女が三人と仲良くなれたキッカケだと思っていて。
 だから、
「わたしはね。蜜柑ちゃんの真似をしただけなの。蜜柑ちゃんの誰とでも仲良くなれるところは……わたしにとってはすごく、すごく、眩しくって憧れだったから」
 彼女の言葉に、目を丸くした。
「そんな……。そんなのは――」
 勘違いだ、と。そう見せかけているだけだ、と否定しようとして、
「わたしは、蜜柑ちゃんみたいになりたかった」
 すずかちゃんは告げる。
「蜜柑ちゃんはクラスの中心で。いつもみんなを笑顔にしてた。たくさんのお友だちが居た」
 そして、少女もまた一歩、一歩とわたしへと近寄る。
「蜜柑ちゃんは他の子なら読んでくれないようなご本でも読んでくれた。わたしが勧めた本は全部読んでくれた。いつも面白いって言ってくれた!」
 それがどれだけ嬉しかったかわかる? と。いつも笑顔で趣味の話ができるということがどれだけ楽しいかわかる? と、すずかちゃんは笑顔をだんだんと歪めませながら問う。
「……蜜柑ちゃんが居たから、わたしは変わろうって思った。蜜柑ちゃんみたいに……、学校を楽しいって思わせてくれるような子に……、わたしもなりたいって……」
 だから、と。だんだんと近づく彼女にわたしは、
「違う!」
 叫び、頭を振って否定する。
「わたしは! わたしはそんな大層なひとじゃないです! 勘違いです! 騙されてるだけです! わたしは最低の嘘つきで――」
「それでもいいよ!」
 遮られる。
 目を丸くし、すずかちゃんを見る。
「関係ない! いいんだよ、わたしの勘違いで。蜜柑ちゃんにとっては嘘でも……わたしにとっては本当だから!」
 叫ぶように。自分の思いを吐露する彼女に、気圧される。
「わたしが変われるキッカケをくれたのは! わたしに友だちができたのは! みんなみんな、蜜柑ちゃんのおかげなんだよ!!」
 ……いつから、だろう。
 最初はあんなにもオドオドしていた彼女が。あんなにも自分の思いを言葉にすることを怖がっていた少女が、いつからこんなにも強くなっていたんだろう。
「だから、わたしは、蜜柑ちゃんにはすごく感謝してるんだよ……? わたしは、だから、蜜柑ちゃんのことが大好きなんだよ……?」
 果たして、すずかちゃんは笑って告げる。
 涙を流して、それでも綺麗な笑顔を浮かべて告げる。
 だから、
「……わたし、は」
 だけど、
 ……それでも。
 彼女たちとの出逢いも、これまでも……それらが嘘だと知っているわたしは、やっぱり自分に自信なんて持てない。自分のせいでバラバラになった家族を思い、自分が居ない『原作』を知るがゆえに佐々岡 蜜柑の必然性を認められない。
「わたし、は――」
 目の前の、なのはちゃんから視線を逸らし。
 目の前の、アリサちゃんから視線を逸らし。
 目の前の、すずかちゃんから視線を逸らし。
 そして――気づく。
「…………え?」
 呆然と、見る。
 彼女たち三人意外の、今まさにこっちへと駆け寄ってくる影に。その彼ら彼女らの見知った顔に。その人数に。わたしは目を剥き、言葉を失った。
「蜜柑!」
「みかんちゃーん!」
「蜜柑ー!!」
 どうして? と、疑問が浮かぶ。だってもうけっこう遅い時間だ。それなのに、たかがメール一通でどうして? というか、どうしてみんなはここを知ってるです?
「なん、で……?」
 呆然と。
 呆然と呟いて、
「わかったかな? これがみかんちゃんの価値だよ」
 高町なのはは至極簡単だとばかりに告げる。
「……ねえ、みかんちゃん。そろそろ始めようよ。新しい自分を、さ」
 たくさんのひとに抱きつかれ。押し倒され。無様に、地面に尻餅をついたわたしに、この世界の主人公であるはずの少女は、告げる。
「みかんちゃんの――……わたし達のすべては、まだ始まってもいない」
 それは、どこか、聞き覚えのある台詞で。
「だから、ここから。本当の自分を始めるために……古い自分を終わらせよう」
 それは、だけど、他の誰でもない自分のために彼女が考え、今、口にしてくれた言葉。
「もう、逃げるのは止めよう、みかんちゃん」
 だから――考える。
 考える。自分の価値を。
 考える。自分のためにこうして駆けつけてくれたみんなのことを。
 考える。これまでのこととこれからを。
 考える。そして――
「……わたしに、生きる価値なんてあるですか?」
 問う。
 なのはちゃんに。アリサちゃんに。すずかちゃんに。みんなに。
「わたしは、生きてたですか?」
 ――生まれたとき、自分が『産まれた』ことを理解して。佐々岡 蜜柑の名前を覚え、自身の現状を考え、アニメ絵にしか見えない世界を認識して始めた第二の生。
「わたしは……生きてても、いいんですか?」
 ――現実実なんてなかった。テキトーだった。
 だから、あの日の悪夢で、はじめて自分が無力な女の子だと気づかされて。男のひとの怖さを知っているからこそ、怖くて。……本当に怖くて。
 ただ生きることがどれだけ怖いのかに気づいて。自分が生きているんだと気づいて。
 だけど、自分の存在に自信が持てなくて。自分が本当に生きてていいのかわからなくなって。
 だから――

「いいんだよ」

 この日、なのはちゃんの笑顔に、救われた。
「当たり前よ」
 こうしてアリサちゃんに言葉で肯定してもらって、はじめて救われた。
「わたしは、蜜柑ちゃんとこれからもずっとお友達でいたいよ」
 こうして、すずかちゃんに言ってもらって、
 周りの子みんなに肯いてもらって、はじめて――
「…………うん!」
 ――わたしは、頷く。
 金森 尚人の理想とした女の子の反応だからではなく。
 佐々岡 蜜柑が理想とした父親の笑顔を浮かべるでもなく。
 わたしははじめて、わたしの意志と想いで、頷く。
 彼女の言うとおり、『ここ』からまた始めよう、と。自然と浮かべていた笑顔でもって、
「みんな……ありがとうです!」
 そう言って、はじめて笑い、
 涙をぽろぽろとこぼして笑って、
 たくさんの感謝を笑顔でもって言葉にして、
 そして、わたしは――ここから始めようと思った。
「……もしもし?」
 わたしは、今だ鳴り止んでなかった電話に出る。
『…………。やっと出たわね』
 電話の相手は、奇しくもわたしのお母さんだった。
「……お母さん。わたしね、お母さんにずっと言いたかったことが――聞いてほしいことが、あるです」

 ――さあ、始めよう。

 わたしの物語を、ここから。

 みんなと一緒に、笑顔を咲かせて。











魔法少女リリカルなのは SS

《Re:助けて》


-fin-

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