嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

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《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》3

《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》






 ――ある日、少年は兄に問いました。
「もし、私が女の子であったら……母さまは私を自慢に思ってくれたでしょうか?」
 それは、毎日のように叱られていたからこその疑問。『白桜院の男子たるもの、かくあるべし』と言われ続けてきたからこその逃避。
 それらをわかっていてなお、少年は――白桜院 皐は兄に問うていた。……問わずには、いられなかった。
 ただの一度も誉められたことのない皐は、自分に自信がなかった。どころか、『そんなこともわからないのか』といった類の台詞に怯えてすらいた。
 だから、そんな皐からしたら、兄は憧れだった。
 自分はダメな人間。それでいて、兄は誰よりも優秀――と、皐は思っていた。
 そしてそれは、たしかに歳の差から来る偏見もあったろう。周りの『兄は優秀、弟はグズ』という言葉も影響していただろうし、他ならぬ母が兄と比べては落胆の意を示していたのも大きいだろう。
 しかし――関係ない。
 関係ないと思わせるだけのカリスマが兄にはあった。
 だから――
「じゃあ、試してみるかい?」
 そう言って、兄が持って来させた女性物の着物を前に、皐は困惑した。
 どうして、着物なのだろう?
 どうして、あの兄さまが落ちこぼれの自分なんかに贈り物を?
 当時は、当たり前だが女性物の衣類を纏うなどという概念は皐には無かった。だから、不思議に思って――だけど、その疑問を口にすることが少年には出来なかった。
 白桜院 皐にとって、兄は誰よりも近くて遠い、憧れと崇拝のすべてだったから。
 だから、兄がわざわざ自分なんかに着物を着せようとしてくれた――それだけで皐の中の疑問は申し訳なさと幸福感でいっぱいとなり、何もかもがわからなくなった。
 そして、
「うん。かわいいね、皐」
 ――その瞬間。
 比喩でも何でもなく、白桜院 皐の世界が一変した。




#3





 ◇◆◇◆◇

「フロアにもだいぶ慣れたみたいだし、そろそろキッチンの方も覚えてみる?」
 そんな『ゆかり』の――コスプレ喫茶『娘々』のフロアチーフ、坂本 縁の台詞に、白桜院 皐は笑顔で頷いた。
「はい! がんばってみます!」
 果たして、そんなわけで。早くも『娘々』の名物になりつつある女装少年は『キッチン』――料理全般を作り、提供するスタッフの勉強を開始した。
 ちなみに『娘々』におけるフロアの制服がメイド服に猫耳カチューシャなのに対し、キッチンは至って普通。他のファミレスなどと同じような白の上下にエプロン、そしてコック帽であり、今の皐もそれに習って着替えている。……そんな彼と同性であるはずのキッチンスタッフたちが何やら嬉しそうにしている辺り、『娘々』はいろいろな意味で特殊な職場と言えるかも知れない。
 ともあれ、まずは普通の新人がそうであるように、調理場内の物の把握から。どこに何が置かれて、それが何のために置かれているのかをザッと説明。ついでに簡単な料理を見学させ、基本中の基本たるライスの盛り方や洗い場の回し方を教わる皐。
 その上で、まだメニューを覚えきっていない場合は簡易版のメニュー表を渡して覚えて来させ、伝票に表示される名称と併せて何が何の料理を指すのかを教えつつ調理法を説明――といった流れになるのだが、普通はだいたい物のある位置や簡単な料理の説明で初日は終了。そして調理法を書かれた表を渡し、『早く覚えてきてね』の流れだろうが、そこは記憶力に定評のある皐。そもそもフロアにて料理を運んでいる段階でだいたいの調理法を覚えていたり。
 なので、その日の『トレーニング』――新人にいろいろなことを教えることを指す――担当の“麻生 真紀(あそう まき)”は「……相変わらず、『見学』って言葉の意味を再確認させてくれるわね」と苦笑していた。
「……。真紀の入ったばかりのころなんて――」
「はい、フロア担当の『ゆかり』ちゃんは、さっさとキッチンから出てってくださいねー」
 麻生 真紀。新人時代の『やっちゃった☆伝説』に定評のある二十四歳。
 そして当時の彼女の『トレーナー』――トレーニング担当者の意――の縁は遠い目をして語る。……私も、まさか初日で売上金より高い賠償額を請求されるとは思わなかったわ、と。
「マキっちは天然だから仕方ないのらー☆」
「なっ!? あ、あんたにだけは『天然』言われたかないわよ!」
 ……ちなみに真面目で感情をおもてに出しやすいタイプのせいか、『娘々』一のいじられキャラとしても有名だったり。
「そう言えば、今日はちゃんとご飯炊けたのね。……いつぞやは、水量ミスって雑炊ご飯を大量生産してくれたのに」
「…………。そろそろ泣いて良い?」
 て言うか、いつの話ですか!? などと騒がしくもバカな話をしながら、皐以下キッチン内の人間すべての動きを把握し、おおよその指示を与えれているぐらいには彼女もベテランで優秀だった。
 そしてその辺を信頼しているからこそ、縁は真紀に新人トレをだいたい一任していた。……ちなみに『優秀だから』のあとに『新人の失敗談の豊富さで随一だから』という理由もあるため、真紀からしたら素直に嬉しくもなかったり。
「あ。でもアコもたまーにレンジで卵『ボン!』しまーす☆」
「だから、『も』って! 『も』って何!?」
 そして、そんなベテラン勢が揃う日が多い、人材不足を憂うコスプレ喫茶『娘々』。おかげで毎日が騒がしく、基本的にフレンドリー全開な辺りが魅力と言えば魅力だろう。
 ちなみにそこが苦手という理由で辞めてしまう人間もいるが……少なくとも皐は、そんなノリが何より好きであった。
「……いいなぁ」
 呟き、いったん洗い場につっこんでいた手を止める皐。そして羨ましげに、眩しそうに瞳を細めて彼女たちを眺める。
「……あり? サラダって二つだっけ?」
「…………。チーフ?」
「まあ、亜子だから仕方ない」
 彼女たちの間を流れる空気。経験と実績からくる、たしかな信頼関係。そういった『輝き』を、少年は羨んでいた。
 ……私も、あんな風に笑いあいたい。そう思い、彼女たちの輪に入りたいが…………どうしたら良いのかわからない。
「うん。まあアコだから仕方ない☆」
「自分で言うな!」
 ……話しかけたい。
 だけど……なんて話しかけたら良いのかわからない。
「…………」
 皐は、一人、考える。
 考えて、考えて。
 そして、
「……ねえ、さっちゃん。さっちゃんがもう少し出来るようになったら……私、本気で転職しようって思うんだけど、どうかな?」
 ――真紀に、話しかけられた。
「ぅえ!?」と、皐はいきなりの事態に素っ頓狂な声を出し、「そ、それは……」言葉に詰まって考えこむ。
 うぬぅ……な、なんて応えたら良いのでしょうか!?
 ここで話題を! そしてあわよくば私も皆さんと仲良くなれれば……! と、そんなふうにテンパっていたせいか――
「や、辞めるなんて言わないでください!」
 ただ、心のままに――

「私、真紀さんと仲良くなりたいんです! 私、真紀さんのことが好きなんです!!」

 叫んだ。
 そして、そんな少年の叫びに――……しばらくの間、彼女たちが停止したのは言うまでもなかった。

 ◇◆◇◆◇

『――ということがありまして、それから少し大変でした』
 時刻は夜の八時過ぎ。携帯電話をもらったのがよっぽど嬉しかったのか、その日もかかってきた皐からの電話に、和は自室でコーヒーを傾けながら相槌をうっていた。
「ああ……そりゃあ、大変よねぇ」
 いきなり告白まがいの台詞を言われたらね。と、和は苦笑。……皐らしいと言えばらしいけど。と言うか、どうせ顔真っ赤にしての台詞だろうし……しかも本心からの言葉だから、余計にたちが悪いわね。
『はい。……ただ、それから、何故か皆さんが私に話しかけてくれることが増えたんです』
 どうしてでしょう? と、おそらくは携帯片手に首を傾げているだろう皐。そんな少年を幻視しつつ和は笑みを深め、座っていた机の座椅子を軋ませるように背をもたれさせて考える。
 ……やっぱり、アルバイトは正解だったみたいね。
 思い返すは、いつかの泣いていた少年の姿。
 ……あの日、皐はお店の人に『非常識さ』を怒られた。そして和は、そうやって彼に『常識』を教えてくれる第三者が増えることを望み、『いい経験になる』との計算もあって勤め先の第一候補にコスプレ喫茶なんて場所を推した。……その判断は間違っていなかったと、今回の電話で彼女は確信する。
「たぶん、『放っておけない』って思ったからじゃないかしら?」
 私みたいに。と胸中でだけ付け足す和。
『うぬぅ……。やっぱりまだ頼りないんでしょうか……』
 果たして、携帯の向こうで嘆息する気配を察し、和は苦笑。……たしかに頼りないわね、と内心では同意しつつ、「ともあれ、皆さんと仲良くなれたんでしょ?」サラリと話題を変える。
「良かったじゃない。欲しかったんでしょ? 今の皐を受け入れてくれる人が」
 居場所が。
 白桜院家の皐ではない、今の皐を許してくれる人を、何より少年は欲していた。
『あ。はい、そうですね!』
 和の言葉に一転して喜色を声に乗せて返す皐。
 そんなわかりやすい少年の心境を慮り、
「それに、今は頼りなくても、皐なら見返せるんじゃない?」
 少女は話題を――調節する。
「皐は物覚え良いし。接客するのに変な緊張とかしないだろうし」
 少年を、誉める。
 ――のせる。
 少なくとも、よっぽどのことがない限りは『アルバイトをやめたい』と言わせないために。『もう働きたくない』と逃げ出さないように。なくしてしまった自信をつけさせるために、和は賛辞を述べる。
「視野も広いしね。……案外、天職なんじゃない?」
『そ、そうでしょうか……?』
 そんな彼女の台詞に照れたような雰囲気でもって皐。もともと他人に認められたり、誉められたりといったことに弱い少年は、和の言葉に完璧にのせられていた。
「…………」
 そして、そんな相手の反応に和は少しばかり頭を抱えたくなった。
 ……ね、狙ってやっといてアレだけど。この子、ぜったいに詐欺とかに引っかかるタイプだわ。
「…………。憂に金銭管理を任せたのは正解だったかしら」
 呟き、『はぁ』とため息。
 それに『? どうかされましたか?』と不思議そうに返す皐。その単純さと無垢な様子に、わずかばかりの罪悪感を感じながら、
「――さて。じゃあそろそろ私は勉強に戻らせてもらうわ」
 中間も近いし、と。ちらり、机の上に広げられた教科書類を眺めて言った。
『あ。す、すみません。ながながと――』
 そして、そんな少女の言葉にすぐさま通話を終えようとする皐の台詞を「いい息抜きになったし、別にいいわ」と遮り、
「それより、皐。お願いがあるんだけど、いいかしら?」
『? はい、私で良ければ……』
 おそらくは、現状、もっとも少年の扱いに慣れているだろう少女は告げる。
「唯の勉強……暇があったらでいいから、それとなく手伝ってあげて」
 頼られることを望み、頼りになる人間になりたいと頑張っている少年に、願う。
「あの子、どうせ言わなきゃ勉強なんてしないだろうし。皐なら問題ないでしょ?」
 和はそう言いながら、わずかに自嘲する。……最近は頑張ってるみたいだし、ご褒美がてら――って考えるのは、やっぱり変かしらね。
『はい! 大丈夫です、任せてください!』
 果たして、和の心情など露知らず。そう元気よく言って、皐は通話を切る。
 そして、
「…………」
 少女は、通話を終えた携帯を手に、静かに願う。
 ……早く、自信をつけてね、と。心から。

 ◇◆◇◆◇

 けっきょく、唯に勉強を教えられなかった。……変わりに、乞われるがままギターの入門書を熟読し、試験期間中はずっと彼女に付き合う形でギターを引いていた皐。
 そのせい――ではないのだが、唯が赤点をとった挙げ句、クラスでただ一人、追試を受けさせられると聞いたときには……少年は和に土下座して謝った。
 そして心機一転、『今度こそ、ちゃんと勉強を!』と意気込む皐をしり目に、やっぱりどこまでもマイペースな少女は『息抜きだから』とギターの教授を優先。……とくに唯に頼られることに弱い少年は、それからも変わらずギターの先生をやり続け――気づけば翌日が追試という事態に。
「……よ、よし! 今日こそは!」
 名誉挽回。汚名返上、と燃える皐。
 そして夕方。ちょうどバイト帰りに見知った少女の姿を見つけ、少年は笑顔を浮かべて駆け出した。
「唯さ~ん♪」
 呼びかけに、少女――平沢 唯は振り向き、「……え? あ。さっちゃん♪」皐をみとめ、表情を綻ばせた。
「『さっちゃん』……?」
「……ああ、この子が」
 と、そんな二人を眺める影が三つ。草履をパタパタと鳴らして近づいてくる着物姿の皐と、そんな彼に笑顔を向ける唯とを交互に眺め、呟いた。
「……あんまし、似てない姉妹だな」
 学校帰りなのだろう、同じ制服を着た少女たちの一人。軽音部部長、田井中 律は小さくこぼした。
「て言うか……なぜ、着物?」
 その横で、同じく軽音部の一人――秋山 澪も小さく呟き、皐の格好をしげしげと眺める。
 ……ちなみに彼女たちは唯に姉妹がいることを知っており、そして『さっちゃん』を女の子と誤認したままであったがために、女装少年を唯の妹だと思っていた。
 そして、そんななかでただ一人――軽音部キーボード担当の琴吹 紬だけが「…………あれ?」と首を傾げていたが、誰も気づいてなかった。
「あ。もしかしてバイト帰り?」
 果たして、少し後ろの三人のことを微妙に忘れて、唯。ちょうど良い高さにある皐の頭を撫で回し、問うた。
「~♪ はい~♪」と、そんな少女にされるがまま、瞳を細めて皐。それからチラリと彼女の背後を見て、「あ」ようやく三人の少女に気づいた。
 ……唯さんのお友だちでしょうか?
 時間帯と、同じ制服を纏っていることからそう察し、少年が改めて三人へと挨拶をしようと――
「――ッ?! つっ、つつつ、紬お嬢様!?」
 驚愕。そして絶叫。
 皐は瞳をまん丸に見開いて紬を見つめ、
「あ。やっぱり、白桜院くん?」
 対する少女は、ようやく合点がいったとばかりに両手を合わせ、笑顔を咲かせた。
「「白桜院…………くん?」」
 そしてそんな二人に、完全に置いてきぼりをくらっている律と澪。顔を見合わせ、それから揃って皐を見やり、首を傾げた。
「あれ? ムギちゃんとさっちゃんて、知り合い?」
 また、それは唯も同じなのだろう。こちらは目を丸くする皐と、そんな少年をしげしげと眺める紬とを見て回し、首を傾げる。
「あ。……い、いえ。知り合いと言いますか――」
「前に、家で開いた晩餐会でお話ししたことがあるんです」
 冷や汗ダラダラ状態の皐。そしてそんな少年を懐かしげに見る紬。
 それを遠目に眺め、『晩餐会……』と他の三人は少女の発したセレブリティな単語に絶句。
「それにしても……」果たして、唯たち三人を後目に、紬。皐の格好を上から下まで眺め、「あれ? 白桜院 皐くん、だよね?」改めて首を傾げた。
 ……たしか、前に会ったときはピシッとしたスーツ姿だったような?
 先の反応から人違いということは無いだろうが……まさか彼が女装趣味に目覚めていたなどとは露ほども思わず、紬は少し混乱していた。
「あ。は、はい」
 そして、そんな少女に対して皐の方も負けず劣らず混乱していた。
 ……え? あれ!? な、なんであの紬お嬢様が!?
 『白桜院』の名を背負っていたころならいざ知らず。今や自信や威厳なんて欠片も持ち合わせていない少年は、いきなり目の前に現れた『超』の付くVIPな令嬢に、どんな態度で接したら良いかわからずにいた。
「……なぁ、唯?」そして、このままじゃ話が進まないと思い、律。不思議そうに紬と皐を見ていた唯の裾を引っ張り、「あたしらのこと、そろそろ紹介してくんない?」
 とくに二人の関係を詳しく教えてほしい。と、内心で付け足す律に、唯は「あぁ、そうだね」とようやく紹介がまだだったと気づき、三人からやや皐側へと回って口を開いた。
「えっと。こちら、白桜院 皐くん」言って、ハタと思い出す唯。そして少しだけ慌てて「あ、でも! 女装中はみんなも『さっちゃん』って――」呼んで欲しいな、とは言わせてはもらえなかった。
 唯の言葉の途中で、思わず「「じょ、女装中!?」」と叫ぶ律と澪。二人そろって目を見開き、改めて皐を凝視する。
 ……ちなみに紬は「やっぱり」と、先ほどまでの疑問が氷解したためか、どことなく嬉しそうだった。
 そして皆の視線を一気に集めることになった皐は「あ、あの……。で、できれば声を落としてもらえますと――」と、周りを気にしながらボソボソ。とりあえず驚いている二人に冷静になって欲しいとジェスチャーを送るが、
「って、はぁ!? つまり君――男!? そのナリで!?」
「いやそれ以前に、なんでまた女装!? しかも着物って――ええ!?」
 当然、律と澪が冷静になどなれるはずがなかった。

 ◇◆◇◆◇

 ――あれは、そう。去年の秋のこと……。妹と買い物に出かけた平沢 唯は、たまたま女装して散歩中だった白桜院 皐と出逢いました。

「なぜにナレーション口調?」
「……というか、その時点ですでに突っ込みどころ満載なんだけど」

 ――それまでただのクラスメートだった唯と皐。しかし、その日を境に二人の距離は急激に近づいて行き……。

「……聞いちゃいねー」
「え゛? お、同い年……?」
「あ。同じ中学だったんだ」

 ――ついには、同じ家で暮らすまでの仲に!

「「はぁぁあああ!?」」

 ――しかも家族公認! 二人はもう家族なんだよね、さっちゃん!

「え……? あ。まぁ……」
「! ゆ、唯ちゃん、その辺を詳しく! 詳しく教えてください!」

 ――でも! そうなるまでにはたくさんの苦労がありました。

「まだ続けるのか……」

 ――それは、わた……じゃなくて、平沢 唯が、ちょっと怖い感じのお兄さんたちに絡まれた日のこと。

「唯のやつ、なにしたんだ?」
「えっと……、なんか駐輪場にあったバイクをドミノ倒しのごとく……」
「ああ……」

 ――さっちゃんが私を助けてくれ……じゃなくて、白桜院 皐という少年が困っていた平沢 唯という少女を助けてくれました。

「皐……くん、だっけ? 君ってば、なんでまた女装なんてし始めたのさ?」
「えーと、ですね……」

 ――…………ねえ、聞いてる?

「いや……なんかもう唯に聞くよか本人に聞いた方が早そうだったから」
 そう言って苦笑する律。
 それに「ちぇ……」と唇を突き出し、つまらなそうにする唯。……でもじつはいい加減ナレーション口調にも飽きてたので文句は言わない。
「白桜院家って、すごく型式に厳しいって聞いてたんですけど……」
 そして紬もまた、律たちとは違った疑問を少年に感じているのか、不思議そうに頬に手をやりながら問うた。
 ……そもそも、唯ちゃんと同じ中学だったっていうのが不思議。…………私だって、わがまま言って今の学校に通わせてもらってるのに。
 あるいは彼女たちのなかで、唯一、少年の家柄を正しく察せられている紬だからこそか。唯の通っていた中学がどんなものかは知らずとも、白桜院家の人間と同じ学校に通っていたというのが信じられなかった。
「……いや。普通の家でも『何事か』って感じになると思うぞー」
 そんな少女の話しぶりからして『この子、じつは良いとこのお坊っちゃん?』と察しながら、律。彼女にも弟がいるためか、『もし家族が女装癖に目覚めたら』というのが安易に想像できたのだろう。
 ……ちなみに澪はと言えば、あからさまにではないにしろ少年から距離を置いていた。
 これも当然。話を聞くとはなしに聞けば、この女装少年は自分たちと同い年というのだ。……ただでさえ異性が苦手なのに、そのうえ特殊な性癖まで晒されては彼女でなくともドン引きだろう。
「で? なんでそんなカッコするようになったの?」
 対して、こちらは好奇心が勝っているためか普通に疑問を投げる律。……言動からも察せられるように、彼女は微妙に皐のことを『同い年の異性』とは認識していないようだった。
「えーと、ですねぇ……」
 果たして、そんな彼女たちを等分に見て回し、皐。何から話したものか、と唇に手を当てて黙り込む。
 ……いや。考えるべきは『何から』というより『どこまで』を、でしょうか?
 ここから先、唯ならば何を説明しようとも問題ない。
 それは少なからず事情を知っているから――ではなく、彼女には大恩を感じているから。自分にとって恥部となるだろう過去の話も唯に訊かれたなら話せる、と皐は思っていた。
 だから――じゃあ、律たち三人はどうか?
 紬はともなく、少なくとも律と澪とは、今日、初めて出逢った。前者の少女にしたって会ったのは数年前。しかも挨拶程度の面識だ。
 だから…………本来ならば話したくはない。
 恥ずかしいというのもあるが――……何より、これは『白桜院家』の醜態を晒すことでもあるからだ。
 それは、現在がどうであれ関係なく。少なくとも今の自分が、さらに家の名を貶めるようなことをして良いのか、と少年は悩み――
「……すこし長くなってしまいますが、聞いてください」
 けっきょくは、彼女たちが唯の大切な友人たちなのだということを思い出し、少年は語り出した。
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