嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

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《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》2-2

《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》







 ◇◆◇◆◇



 夕食ができた、と言われ、妹と二人でリビングへと降りてきた平沢 唯は、テーブルに広げられた料理を見て目を丸くした。

「うわ、どうしたのコレ」

 向かって左から、串焼きの盛り合わせ、お刺身、ミニおでん、シーザーサラダ、シーフードサラダ、チャーハン、オムライス、スパゲッティ、カルボナーラなどなど。種類もそうだが、おかずには向かないものも多く、一目でいつもとは趣旨が違うとわかった。

「あ。いらっしゃいませ~♪」と、不思議そうな顔で料理を眺めていた唯に、皐。それまで着けていたエプロンを外し、「お客さま、一名ですね? こちらのお席でよろしいでしょうか?」と笑顔で問い、椅子の一つを示す。

 ……ああ、なるほど。少年の様子とセリフで、なんとなく事態を把握する唯。これって、さっちゃんのアルバイトの練習なんだ。と、「メニューをどうぞ」そう言って借り物らしいメニューまで渡してきた皐を見やり、少女も表情を綻ばせた。

「あは。じゃ、じゃあ……!」

 唯は楽しくなり、少年から渡されたメニューをめくる。

 皐はそれを瞳を細めて眺め、「では、ご注文がお決まりになりましたら、またお声がけくださいませ」と言い置き、それまで少し離れた位置で微笑ましげに眺めていた憂に視線を向け、

「ご新規、一名さまご案内です、ニャンニャン♪」

 とても楽しそうに、言った。

 そしてそれに憂も「ニャンニャン♪」と、笑い混じりに返すのを見て、唯は「? 『ニャンニャン』?」と首を傾げた。

「あ。えっとね」

 憂は、そんな姉の様子に若干声を落とし、心持ち内緒話をするような体勢をつくって「これ、さっちゃんのお店の『わかりました』とかの返事みたいなの」と、やっぱり遊んでいるとき特有の楽しそうな雰囲気のままで言った。

 へえ、そうなんだぁ。憂の言葉に頷きを一つ。ちらり、テーブルを挟んだ向こうでこちらを見つめる皐を見やった。

「あ。ご注文、お決まりになりましたか!?」

 と、そんな唯の視線に瞳のワクワクキラキラを数倍にして問い返す皐。じつは少女が注文をとるのを今か今かと待っているのだった。

 そしてそれを察した唯は「ぅえ!? ぁ。え、え~と……」と慌ててメニューをめくる作業に戻る。

「…………」

 ワクワク、ワクワクと少女を見つめる皐。

「…………」

 少年の無言のプレッシャーに焦り、額に汗を浮かべる唯。

 そんな二人の沈黙を、

「はい! 注文いいですか?」

 と、いつの間にか唯の隣に座っていた憂がやぶる。

「あ。はい、ただ今お伺いいたします!」

 そんな少女に喜色満面、皐はパタパタとスリッパを鳴らしてその隣まで行き、袖からメモ帳とボールペンを手に、「お待たせいたしました、ご注文をどうぞ」と。

「おねがいします」憂は一度そう軽く頭を下げ、「えっと、じゃあミニおでんとオムライス。それからオレンジジュースをください」

 皐はその注文を「ミニおでんをお一つ」、「オムライスをお一つ」、「オレンジジュースをお一つ、ですね?」と、それぞれ復唱。その際、メモからいちいち顔をあげ、憂の表情まで確認している辺り、割と真剣にやっているようだ。

 そして、「ご注文ありがとうございました」と、一礼。少女のもとから去り、「ご新規オーダー入りましたー、ニャンニャン♪」と誰にともなく言ってパタパタと冷蔵庫へ。

「「ニャンニャン♪」」

 果たして、オレンジジュースとコップの用意をしている皐に、唯と憂。そんな二人の反応に僅かに目を丸くし、それからすぐに笑顔を咲かせた皐は、

「お待たせいたしました! ご注文のオレンジジュースです!」

 どうぞ、と。注文した憂はもちろん、まだメニューを手に何も頼んでいない唯の手元へとそれぞれコップを一つずつ、二人の間にオレンジジュースのパックを置いた。

 ……あはは。なんだかさっちゃん、本当に楽しそう。

 注文通りのものをマニュアルの通りに持って来れたことを喜ぶ皐と、そんな少年に「ありがとう」とお礼を言っている妹を見て唯は思った。

 ……アルバイト、かぁ。

 果たして、脳裏に浮かぶ、自分が入部した軽音楽部のメンバーのセリフ。これからギターを始めることになっている唯がした、「ギターっていくらぐらい?」という問いへの回答は、「最低でも五万円ぐらいのものを」だった。

 五万円イコールお小遣い十ヶ月分。そんな大金を捻出するのに、唯は小遣いの前借りを母に頼むつもりだったが――

「……私もバイト、しようかな」

 楽しげな様子の皐たちを前に少女は誰にも聞こえないような小声で呟き、そしてまた手のなかのメニューへと視線を落としたのだった。



 ◇◆◇◆◇



 皐に対し、フロアチーフの縁をして『掘り出し物』と言わせるのには、わけがあった。

 コスプレ喫茶『娘々』は読んで字のごとく、『コスプレした店員』の居る『喫茶店』である。なので当然、メニューにしろ接客マニュアルにしろ、それなりに覚えることがあった。

 まず初日。いの一番に教えるのが『あいさつ』。『おはようございます』から『お疲れさまです』、『お先に失礼します』の基本中の基本から入り、『いらっしゃいませ』、『ありがとうございました』、『申し訳ございません』などの基礎用語とお辞儀の角度。フロアスタッフなら店内の見取りをざっと説明し、キッチン担当なら料理を作るまでの動きをレクチャー。……これに加えて、ビラ配りなどもあったり無かったりもするが、とりあえず初日はだいたいこんな感じか。最後にマニュアルとメニューを渡し、「なるべく早く覚えてきなさい」と告げて終了。

 しかしながら、これらを渡されてすぐに覚えて来るという方が稀なのは『娘々』の新人が外見優先で採る傾向があるせいか。縁にしろ、他の教える側の人間にしろ、その辺はあまり期待していなかったし、こんなのは叱られながら経験で覚えていくものだと思っていた。

 だからこそ――白桜院 皐は、勘違いさせてしまった。
 
 皐は、縁たちが半ば諦めていたそれらを一日で暗記していた――どころか、大抵は一度の問答で覚えてみせたのである。……これには、縁以外のスタッフも嬉しい悲鳴をあげた。

 教えれば、覚える。そして見る間に成長する。……そんな当たり前のことが、教える側にとって何より楽しかった。

 そして――だからこそ、忘れてしまった。

 たしかに、人一倍記憶力のある少年は、教われば大抵は覚えられる。どころか、覚えた知識を応用して教わっていないことでも想像ないし予想できる。

 しかし――それだけ、なのだ。

 白桜院 皐は教わったことは覚えられる。応用できる。考えて動ける。

 しかし――



「あ? ……おいおい。こりゃ、注文しとらんがね」



 ――『経験』は、無い。



「そもそも、なんでお前さんみたいなんが居るんよ。……気持ち悪い」



 ――当然、接客のマニュアルはイレギュラーへの対応には不向きであり。



「だいたいお前さん、そんな格好して恥ずかしくないん? それともアレか? ワシをバカにしてん?」



 ――『経験』の少ない皐ぬは、判断材料が少なすぎた。



「もしかしてわざとか? ……黙っとらんと、なんか答えんね!?」

 なんと返したらいいか、わからなかった。

 だから、混乱して……焦って、怖くて、逃げ出したくて、そんなことはできなくて、怖くて、焦って、これは仕事で、怖くて、怖くて、混乱して。

「…………ぅえ」

 皐は、泣いた。

 ……泣いて、しまった。

「あーあー。おい、責任者ぁ! 責任者、ちょー、こっち来いや!」

 果たして――そこから先のことを皐はよく覚えていない。

 縁が頭を下げるのを、見たはずなのに。自分の不甲斐なさを怒鳴る男のを罵倒を聞いたはずなのに。手を引き、奥へと連れていってもらったはずなのに……。覚えているはずなのに…………涙がすべてを洗い流したかのように、少年からそれらの記憶を失わせていた。

「……ぅぇ。ぅぁ゛あ」

 泣いていた。

 一人、うずくまるようにして泣いていた。

 怖くて。情けなくて。悔しくて。申し訳なくて。……逃げ出したくて。

 皐はしばらく、そうやって泣いていた。

 泣いて、

 泣いて、

 そして――



 ◇◆◇◆◇



 一日目にフロアサービスの基本動作と用語を。そしてメニューを、覚えた。

 二日目に、誰かに付いて行かせる形で席を回らせた。挨拶をさせて、席に案内させた。テーブルを片付けさせ、レジ打ちの基本を教えた。……多少、笑顔が引きつったりもしていたが、それでも十分以上に動けていた。

 三日目は、ほとんど一人させた。そして他のベテランスタッフは遠巻きに眺め、何かあったら助けようと構えていた。だけど、その日は特に何事も無く、少年は「飲み込み早いね」と皆に誉められた。

 四日目も、一人。

 五日目も。一人でこなし、誉められ、働くことを楽しく感じはじめているのが見てとれるようになり。

 だから――忘れていた。

 ……誰も、気づかなかった。縁でさえ、失念していた。ベテランだからこそ、忘れていた。

 常人より早く覚え、上手くでき、教えなくてもある程度は考えて動けるセンスがあったから……忘れてしまった。

 だから、六日目。

 だから――



 皐は…………失敗、した。



 運が無かった――なんていうのは、やはり言い訳か。

 そのお客は、明らかに酔っていた。そして、そもそもからして皐に対して怒っていたわけですら無かった。

「どーいうつもりだ? ぁ゛あ!?」

 絡みたかったのだろう。

 酔っている人間は、得てして態度が大きくなりがちであり。自己評価を高く持ち上げることが多い――そんなことは、ある意味で常識であり、敢えて口に出して教えることではないと縁は思っていた。

「申し訳ありません。こちらのトレーニング不足です」

 そう姿勢を低くし、頭を下げながら思う。

 要は、威圧し、見下したかったのだろう。……その証拠に、さっきから同じようなことしか言っていないし、自分で言った言葉で勝手に怒りのボルテージを上げていってる。

「ワシがこんなんだから、あんなガキを回したんか!?」

 そう怒鳴る、スキンヘッドで人相の悪いオヤジ。……誰もそんなこと言ってないし、思ってもいないので完全な自爆なのだが、本人に自覚は無い。

「お前さんら、そんなカッコして恥ずかしく無いんね!?」

 ……コスプレ喫茶に来て、それを言うか。

 などと思いはしつつ、「申し訳ありません」と頭を下げる縁。こういった手合いでは正論だろうと反論が悪手にしかならないことを熟知しているだけに、「はい。申し訳ありません」と返すに留める。

「ちゃんと言って聞かせーよ?」

 最後にそう言って去っていく男。その、終始『親切心で注意した自分は偉い』とでも思っている様にいろいろと内心穏やかではないが、「はい。またのお越しをお待ちしております」と頭を下げて縁は見送る。

「……。さつきは?」

 果たして、騒がしくさせてしまったことを店内に残る他のお客に詫びてから、縁。少年のことを奥へ下がらせたスタッフに問う。

「休憩室に居るッス。……っていうか、チーフ」

「ええ」

 顔をしかめる彼女に言葉少なに首肯で返し、縁は改めて思った。

 ……失敗したわ。

 縁は――少年より随分と長い時間を働いてきたフロアスタッフたちは、後悔していた。

 皐がどうこうではない。縁たちは、フォローが遅れたことを――放っておいても大丈夫だろうと放っておいたことを、後悔していた。

 ……忘れていた。

 彼がまだ新人だったことを。少年には、まだ、決定的に『経験』というものが少なかったことを、忘れていた。

 接客にマニュアルはあれど、正答は無い。

 人が人に対して行うそれは、いわばコミュニケーションの延長であり、相手によって千差万別、十人十色の応対が求められるのが必定。そしてマニュアルとは、その最大公約数に過ぎず、場合によっては間違いとなりえる。

 例えば、今回の場合。おそらく覚え間違えていたのは件の酔っ払いの方だろう。……少年の記憶力がどうこう、ではなく、注文の際に確認しているのだからそちらの可能性の方が高い。

 そして、後に続いた問答でもわかる通り、そもそもからして相手は少年に難癖をつけることが目的なのだから、ことの正否は関係ないのである。

 ……ちなみに縁以下ベテラン勢にしたって結果は同じだったろう。男は『ミス』を指摘し、難癖をつけ、自分の言葉で勝手にヒートアップした挙げ句に「今度からは気をつけろ」と寛大な態度でもって許してやったはずだ。

 だから、間違えたのはむしろフォローが遅れ、皐を追い詰めてしまった自分たちにある――と、縁は思っていた。

 もし自分や他の子であったなら、難癖つけられようと怒鳴られようと平然と流せた。それをなすための判断材料があり、それを選択できる余裕が――経験があった。……それでも内心、穏やかではいられなかったろうが、そんな思いを面には出さない胆力と、それら不平不満を分かち合える絆とが他のスタッフにはあった。

 しかし――少年は、違う。

 これまで失敗らしい失敗をせず。これまで表面的にしか周りの子と語り合ってない彼には、こうした剥き出しの敵意に対する術を持ち得なかったのだろう。

 そして、だからこそ。今こそ、縁は教えなければならない。

「あとで、あの子の保護者に電話しといて。『今夜は遅くなる』って」

 ウィンクを一つ。縁は笑みを浮かべて告げ、「あ。じゃあ他の子にも声かけときまーッス」と笑顔で返す子とハイタッチ。

「あ。ついでに店の予約も頼んだわよ?」

「ニャンニャ~ン♪」

 そして、休憩室で膝を抱えてるだろう少年のもとへと行きながら思う。

 ……教えてあげるわ、皐。

 今日、失敗の味は覚えたわね?

 ……じゃあ、次。

 次はそれを楽しむ術を――皆と共有する不平不満は、何より美味しい酒の肴になるってことを、教えてあげるわ。



 ◇◆◇◆◇



 ――思えば、叱られてばかりいた。

 白桜院の家は特別であり、そこに生まれたからには人の上に立つ責任がある。白桜院の男子たるもの、かくあるべし――と、物心つく前から言われ続け、たくさんのことを教えられた。

 しかし、褒められたことはなかった。

 同年代の子どもがようやく文字を文字として認識しだすころには書道を習い。指折り数えられるようになったころには九九を言えるようになっていても、白桜院 皐が母に褒められることなど無かった。

 だから――嬉しかった。

 褒められて。スゴいと言ってもらえて嬉しかった。

 だから、楽しかった。

 白桜院の人間は、一度で覚えるのは当然であり。二度、同じことを聞いてはならない。そもそも無知は罪であり、人に教わることは恥だと教わってきた少年にとって、『物覚えが早い』というのは当たり前だった。

 それでなくても懇切丁寧に、わからない人間にわかって貰えるよう噛み砕いて説明してくれる人間が教えてくれるのである。記憶力と理解力とを半ば強制的に鍛えられ続けてきた少年にとって、それは暗記という作業にすらならなかった。

 そして、『そんなこと』でも褒められるのだから楽しくって仕方がない。それがまた、彼の物覚えの良さに磨きがかかるのだから教える方だって楽しかったろう。

 しかし――失敗した。

 それで自分が叱られるなら良い。……慣れているし、自分のいたらなさは理解していたから。

 だけど、怒鳴られたのは縁だった。……そのことが、何より皐を追い詰め――



「飲みいくぞ!」



 …………どうしてそうなったのか。

 皐は、気がつくと縁ほか数人に連れ出され、居酒屋に居た。

 そして居心地悪そうに、申し訳ない思いで押しつぶされそうだった少年に、彼女たちは頭を下げた。

「ごめんね、皐。気づくのが遅れたわ」

「あたしもごめんねぇ。つい、大丈夫って思っちゃっててさぁ」

 ……皐には、わからなかった。

 彼女たちは、なぜ謝っているのだろう? なぜ、失敗した自分を叱らないのだろう?

「あ。それ、私もだ。皐なら『大丈夫』って、なんか自然と思ってた」

「……物覚えが早いからねぇ、さっちんは」

「これでまだ六日目とか。……あたしん時なんてさ。まだメニューもうろ覚えで――」

 …………どうして?

 どうして、そんなに楽しそうなんだろう?

「誰だっけ? フロア出た初日に麺汁と醤油間違えて怒鳴られてたの」

「……ダ、ダレデシタッケネー?」

「ちなみにアコは昨日、ラッシュ中にミニすき焼きセットをぶちまけました☆」

「あんたは反省しなさいよ! 料理長ブチギレてフォロー大変だったのよ!?」

 わからない。

 わからないから、皐は呆然としていた。

 そして、

「――で? 皐は何を失敗したって?」

 果たしてそれは、とても自然な流れだった。

「……ぁ」と、皐は言葉を失う。そして「…………えっと」皆から視線を逸らし、着たきりの着物の裾を握りしめた。

 しかし、

「いや、あれはむしろチーフのせいっしょ」

 と、そんな少年の暗い雰囲気など吹き飛ばすように明るい声が続く。

「チーフってば、さっちんに『テラ、酔っ払いウザス。ヨロ☆』って丸投げしたんスからねぇ」

「マジで!? ……うわチーフ、サイテ~」

「…………。そこはかとなく反論できないのが痛いわね」

 再び、皐はぼんやりと彼女たちの会話を聞きはじめた。

「私、酔っ払い嫌いなのよ。つか、酔っ払いなんてみんな死ねば良いのに……」

「ちょっ!? なんか言っちゃってますよ、このサービス責任者!!」

「あ~……可哀相にね、さっちゃん」

 そして、よしよし、と。話に置いてきぼり状態の少年の頭を撫でる『娘々』のスタッフたち。

 それを縁は胡乱気に眺め、

「そう言う佳奈実は、よく皐に料理聞いてたわよね? 亜子はいまだに大ポカやらかすし、真紀の入ったばかりのときの伝説は――」

「う、うわぁぁああ!? ち、チーフ、それ内緒! 内緒で!!」

「……カナ先輩」

「その『何年目だよアンタ』って目をやめなさい、『娘々』一のトラブルメイカー」

 だいたいねぇ!

 ちなみに伝説って何スか?

 き、聞いちゃらめー!!

「…………」

 ぼんやり。皐は、そんな姦しい彼女たちを眺め、

 そして、「……はは」と。いつしか、小さく笑い出していた。

「あははは……!」

 ……いつしか、心を締め付ける鎖が砕け散っていた。

「あ、あの。わ、私も先輩の伝説を聞きたいです……!」

 皐は、そして思った。

「うわ、さっちゃん!? そ、そそそ、そんな大したことじゃ――」

「伝説一。料理運んでるときに『ありがとうございました』。手のなかのお刺身セット、ザバー」

「伝説二~。クリーム白玉ぜんざいをよりにもよってお客さんの白いコートにぶちまけた。で、三十万円弁償」

「ザ☆天然ドジっ娘ktkr」

 許されるなら、もう少し彼女たちと一緒に働きたいと、心から――。



 ◇◆◇◆◇



「――で、二日酔いなんだ」

 明けて翌日。居間のソファにてぐったりしている皐を見下ろし、憂。呆れ混じりの苦笑を浮かべ、いつにも増して「うぬぅうぬぅ」唸ってる少年の額に濡れタオルを乗せた。

「……うぬぅ。ず、ずみまぜ~ん」

 そう低い声で返す皐は、昨日から同じ着物姿で。記憶力に定評のある少年にしては珍しく、いつ帰ってきたのかすら覚えていなかった。

 どころか――

「……うぬぅ」

 目眩がして、頭痛がひどい。吐き気がする。憂曰わく「お酒くさい」らしいので二日酔いなのだろうが……アルコールを摂取した記憶がない皐。

 だから、おそらく。誰かが自分の飲み物にお酒を混ぜたのだろう、と少年は推測。……昨日の面子を思えば、それぐらいのお茶目はしていても不思議はないし。

 と、それよりなにより――今はこうして動けそうにない現状が問題だった。

「……も、もうじわけありまぜ~ん」

 濡れタオルの下、青ざめた顔で謝る皐。判然としない意識と言うことを聞かない体で家事をこなそうとしてぶっ倒れた挙げ句、今やこうして付きっきりの看病状態なのだ。情けなくて仕方ない。

 ……わ、私は、また迷惑をかけてます。

 アルバイトを始めようと思ったのは恩返しのためだった。……そのスタート地点に立つまでにも、いろいろと迷惑をかけて。だから、バイトをしてからは迷惑をかけないようにと思っていたのに……今日などは完全に足手まとい状態である。

 申し訳なくて、情けなくて、涙が出そうな皐だった。

「はいはい。もう、今日はいいから、ゆっくり休んでなよ」

 そんな少年の内心を正しく察して、憂。しっかりと言っておかないと、また無茶しそうだったので多少なり言い方をキツくする。

 ……と言うか、普通、這ってまで雑巾がけはしないと思うんだけど。

「で、ですが……」

「だ~、め」

 このままだと本当にふらつきながら買い物に行きそうだったので、「今日は休んでなさい」と厳命。「……うぬぅ」と唸る少年の額に、あらたに冷やした濡れタオルを乗せた。

「……あ。そう言えば唯さんは?」

 とりつく島も無さそうだったので、とりあえず話題を転化してみる皐。

 それに「今日も軽音部のみんなとバイトだって」と軽く返す憂。唯は欲しいギターを手に入れるため、先日から交通量調査のバイトを、軽音部の四人で始めたのだった。

「……私のお給料も、少しは足しになるでしょうか?」

 そんなにギターが欲しいのなら自分の初任給全額、彼女に与えても良いと思って皐。

 平沢家の生活費の足しになれば、とやりだしたアルバイトだが、唯がお金を欲してるんなら話は別。もともと自分で使うつもりの無かった少年にとって、給金で少しでも恩が返せるのなら誰であっても問題ないのである。

「あー……」と、そんな皐の考えを正しく察した憂は、「ちょっと待ってて」と言いおいて部屋を出る。

 そして、「はい」と。

 戻ってきた憂は、ぐったり投げ出された皐の手にそれを握らせた。

「? なんです――」濡れタオルをずらし、手元を見る皐。そして「……携帯電話?」青い顔で眉根を寄せた。

 そんな少年に、「それ、お父さんから」と笑って説明。

「さっちゃん、これまで携帯電話って持ってなかったから。アルバイト始めて、家に居ないことも増えるだろうからって」

 お古であれだけど、と。憂は苦笑し、

「で、それの通信料とかは――」

「はい! 私が払います!」

 果たして、手のひらを突き出し、皐。そしてその突然の動作で「うぷ……」となりつつ、「あ、ありがとう、ございました……!」とお礼。

 それから、少年は瞳を輝かせて手のなかの携帯電話を見た。

 お古というのは本当なのだろう。事実、それは型遅れであり、皐にも見覚えがあった。それに細かいキズなども見てとれることから、当然、値打ちなんて無いに等しいだろうが――そんなことは関係なかった。

 誰かが自分のために何かをくれる。ただそれだけの行為と、向けられた好意とが嬉しくて仕方ない皐。

 憂は、そんな少年の様子に瞳を細め、

「あ。そう言えばまだ、浅見先生のところに電話して――」

 電話してなかった、と言おうとして、「はい! 任せて下さい!!」と皐に遮られる。

 そして、「あ、あのあのあの! こ、これで電話しても大丈夫でしょうか!?」と、少年は手のなかの携帯電話を突き出して問う。

 ……よっぽど嬉しかったんだなぁ。

 憂はそんな、一時的に体調不良を忘れたのだろう、すっかり血色のよくなった皐に「うん」と笑顔で頷き、

「あ、でも。電話するんなら、ちゃんと『また後日にお願いします』って断って
ね?」

 今日は体調が悪いんだから、と。釘を刺すが、「はい!」と喜色満面で頷かれると何と反応していいのか。

「えーと……」と、そんな少女の思いなど気づかず、「たしか、番号は……」少年は鈍痛のする頭をひねりつつボタンを押し、携帯電話を耳に。

 そして、



『――はい。浅見精神クリニックです』



 少年は慣れた口調でカウンセリング延期の旨を伝えるのだった。

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