嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

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《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》2

《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》









「――採用」
 コスプレ喫茶『“娘々(にゃんにゃん)”』内、スタッフの休憩スペース。店内にある四人掛けのボックス席と同じ作りをしたそこで向かい合って座り、『いざ面接』の段階になったと思っての第一声に、白桜院 皐は思わずテーブルに突っ伏した。
「どうしたの?」
 と、しかし面接官であるところの坂本 縁は、不思議そうな表情を向けるだけ。『……っていうか、なんで今日は女装してないの?』なんて、以前に『バイト面接に女装して来るな』と怒鳴ったことなど忘れ、普通にラフな格好をして現れた少年をしげしげと眺める。
「い、いや、あの……。め、面接を……」
 この日、この時のために練習してきたのだ。せめて志望動機ぐらいは聞いて欲しい皐だったり。
 しかも普段は着ないパーカーだのジーンズだのを纏ってまで来たのだから、なおさらである。
「ん? なに? もしかして練習して来たの?」
 そんな少年とは対照的に、今日も今日とて某人気アニメのセーラー服姿で縁。頭の黄色いカチューシャはともかく、腕の腕章が『超監督』に変わってる辺り無駄に芸が細かい。
 ……というか、完全に無駄だろう。皐などは意味がわかっておらず、『昇進?』と内心で首を傾げている始末だった。
「は、はい!」
 ともあれ、今は面接を。皐は再び背筋を伸ばして気合いを入れる。
 さ、さぁ、まずは何を訊いてきます!?
 長所? 短所? 趣味? それともやっぱり志望動機ですか? と、身構える皐に、縁は――
「そっか。じゃあ、明日っから来れる?」
 …………再び少年は、テーブルに突っ伏しましたとさ。




#2 アルバイト!




 ◇◆◇◆◇

 夕方。帰宅途中の歩道で、誰かに呼ばれた気がして振り向くと、そこには見慣れぬ格好をした知り合いがいた。
「え……?」
 一瞬、誰だかわからなかった。
 中学生、だろうか? 肩にかかるぐらいの髪の、まだまだ幼く見える中性的な整った容貌――と、そこでようやく相手が皐だと気づき、和は表情をやわらげた。
「その格好……もしかして面接?」
 普段着が女性物の着物という奇特な少年が珍しくまともな格好だったことで察する。……それでも、下手したら女の子に間違えられそうな顔立ちなのは、美形というか童顔というか。
 ともあれ、履歴書の書き方から面接時のあれこれをレクチャーした身としては、採用されたのかどうかは気になるところ。即日即答ではない可能性もあるが、手応えがあったかどうかぐらいは聞けるだろう。
「あ、はい! さっそく、明日っからアルバイトです!」
 果たして、次いで皐が語ってくれた面接時の応対についての話をきいた和は――……喜んで良いのか真剣に悩んだ。
 ……本当は、もっとちゃんとした面接っていうのを皐には経験して欲しかったんだけど。
 和はもともと、本人には悪いが皐が落ちることも視野に入れていたし、半ば望んですらいた。というより、採用されるまでの流れや、面接に必須とも言える緊張感をこそ経験してほしかったのである。
 皐には少し社会の荒波にのまれ、もう少し視野を広くして欲しい――と、願うのは、我ながら過保護すぎると思わなくもないが……目の前で困ってる子がいたら放っておけない性分なのだから仕方ない。
 そして何より……これからを思えばこそ、『今の内に』と思う。
 自分も彼も今年で十六歳。三年もすれば高校を卒業し、唯の進路如何では一人暮らしもありえる。……そうなれば、彼女の好意で始まった奇妙な同居生活だって変わらざるを得まい。
 今でこそ――いや、今ですら、普通に考えたらあり得ない状態なのだから、これからを見据えるなら『今』しかないと和は思っていた。
 だから――
「……まぁ、でも。なんにせよ、採用おめでとう皐」
 ともあれ、アルバイトの面接で無事に採用されることが決まったのは素直に喜ばしい、と和。
 考えてみたら、採用か不採用かがすぐにわかったのはありがたいし、それを心配する時間が無くなったと思えば、むしろ行幸。面接時の不安や緊張感にしたって、練習時ですらカチコチになっていたのを思えば、また次の機会でも良いかな? と即座に考え直す辺りはさすがである。
「はい! それもこれも、和さんのおかげです!」
 そんな少女の思いなど露知らず、皐。彼女の言葉に満面の笑みで応え、あらためて「ありがとうございました」と頭を下げた。
「ふふ。……でも、大変なのはこれからよ」と、少年の裏表を感じさせない謝辞にわずかに照れながら、和。皐には気づかれないよう、「あ。もう唯たちには教えたの?」と、さり気なく話題を変えた。
 ……たしか、ホームルームの後に唯が電話してたような? そのときにでも話したのかな、と少し前のことを思い返して少女が返事を待っていると、
「いえ、まだです」
 皐は、いま気づいたとばかりに目をパチクリさせながら答え、「か、帰ってから、じゃ遅いでしょうか?」眉根を寄せ、恐る恐る問い返した。
 ……あー。そうだった。と、和はある事を思い出し、苦笑。そしてポケットから携帯電話を取り出し、
「はい。貸してあげるから、唯たちにも教えてあげなさい」
 果たして、それに「あ、ありがとうございます!」と言って恐々としつつボタンをプッシュする少年を眺め、和はあらためて苦笑するのだった。

 ◇◆◇◆◇

 『軽音楽』と聞いたら、まずギターやドラムといった楽器や、『ライブ』、『バンド』といった単語を思い浮かべる人間が大多数を占めるだろう。……そして、『軽い・音楽』という字面だけで『カスタネット』や『口笛』ができれば大丈夫だろうと判断し、初めての部活動に軽音楽部を選択、入部届けを出せるのは世界広しと言えど平沢 唯ぐらいのものか。
 そんなわけで、本来の活動内容を知った彼女が入部を取り消そうとするのも当たり前と言えば当たり前である。……しかしながら、そんな少女が他の軽音部の部員たち全員に『ぜひ入部して欲しい』と頼まれるのだから、世の中わからない。
 運が良いのか悪いのか。当時の軽音部は部員全員が卒業し、『月末までに部員を四人集めなければ廃部』という状況だったのである。軽音部存続のため、音楽無経験者だろうと何だろうと、是が非でも人数を揃えたかったのである。
 しかし、だからと言って「わかりました、入部します」とは軽々しく答えられない唯。彼女からしたら、『軽い音楽って書くから、簡単なことしかやらないだろう』程度の認識であったのだから、困惑するのも当然である。
 そして『あと一人』の入部を切望してやまない三人の少女からしたら、『他に入りたい部も特にない』と言う唯には、是非とも入部して欲しかった。……廃部までの期限が迫っていた、ということもあり、それこそ『名前だけ貸して』発言が飛び出すぐらい切羽詰まっていたのである。
 果たして――結論から言って、唯は軽音楽部に入部することにした。
 それは彼女たちからの熱烈な勧誘活動に流されて――ではなく、三人の部員が唯のために演奏してくれた、その様がすごく楽しそうだったからである。
 かくて、ギター経験者でも無ければ音楽用語の一切を知らない彼女は軽音楽部に入り、そして三人の仲間からギターを教えてもらうことになったのだが――……現在、そんなことなどすっかり忘れ、部室でまったり放課後のティータイムを満喫中の唯だったり。
「あ、ホントに!? そっか。おめでとう、さっちゃん!」
 私立桜が丘高校、第二音楽室。そこで今日も今日とて部員の一人が持ってきたティーセットとお菓子を広げ、のんびりしていた少女にかかってきた一本の電話。
 携帯電話に表示された着信相手は、唯の親友にして幼なじみの真鍋 和とあったが、出てみると元クラスメートにして現・平沢家居候の白桜院 皐だった。
『はい! これも唯さんのお力添えがあったからこそです。本当に、ありがとうございました!』
 内容は、皐のアルバイトの採用を報せるものだった。
 ……ここ数日、彼のその面接のために慌ただしかっただけに、その報告を純粋に喜ぶ唯。それこそ場所を忘れ、思わず携帯片手に立ち上がって大声で話しだす辺り彼女も彼女なりに気がかりだったのか。
 …………その割に、部室に着くやまったりし始めてたようだが。
「うんうん! じゃあ今日はお赤飯だね! ……あれ? でも何でお赤飯なんだろ?」
 紅白饅頭がめでたいから? と、首を傾げる唯に『あ、それは「赤い色には邪気を祓うちからがある」っていう考え方から始まってですね――』と、こういった事なら人一倍詳しい皐が説明。
 墓石や壁画などの呪術的な意味あいがどうの。神話の賀茂別雷命や比売多多良伊須気余理比売出世の話に丹塗矢の伝承があることから云々。古代では赤米を蒸したものを神に備える風習があったからどーのこーの。……皐は唯の頭が容量オーバーを訴えて煙を上げているなどとは知らず、ながながと赤飯を起源を語って聞かせた。
『――で、本来なら凶事の際に食べるはずだった赤飯を、あえて吉日に食すことによって「縁起直し」を図ったのではと』
 ……………………果たして、唯はゆっくりと携帯電話の通話を切った。
 ごめん、さっちゃん。聞いといてアレだけど……そこまで詳しく説明されたら、逆にわかんないよ。
 少女は一人、額に汗して沈黙した携帯に手を合わせ、そして何事も無かったかのようにまた席に座した。
「……あのさ。ちょいといーかな、唯さんや」
 そんな彼女に、隣りに座っていた少女――茶色のショートカットにカチューシャをし、額を出しているのが特徴的な軽音楽部の部長、田井中 律がジト目を向け、じつに言いづらそうな調子で言った。
「な、なんの報告かは……まぁ、聞かないけどさ」……あたしも女だし、と小声で呟いて「……やっぱ、そーいうのって、さ。あんましおおっぴらにすべきじゃない、って言うか。ここは女子校でも……えーと」
 ? なんの話?
 律の言葉に唯は首を傾げる。……『さっちゃん』という女の子みたいな名前と『お赤飯』発言が原因で勘違いさせているのだが、まったく気づいていない。
 そしてそんな唯を相手に『何で察してくれないんだぁ!?』と逆に頭を抱えたい律。「だから、えーと……」と、本当に言いづらそうにし、どんどんと顔を紅潮させていった挙げ句――
「っっっ! 澪、パス!」
 ――向かいの幼なじみに丸投げした。
「って、オイ!」
 果たして当然、いきなり話を振られた少女――腰まで伸ばした艶やかな黒髪と若干吊り目がちの美少女、秋山 澪は困惑と焦りから声を荒げた。
 ……ちなみに、そんな彼女の隣りでは、部室にティーセットとお菓子を持ち込んだ少女――天然パーマの髪をロングヘアにした、太い眉毛が特徴的なお嬢さま、琴吹 紬が若干うっとりして微笑んでいるのだが、澪と律は気づいていない。
「い、いやぁ……なんか、あらためて言葉にすんのは、ちょ~っと恥ずかしいって言うか~……」
「だ、だからって私に振るな!」
「? ね~、なんの話~?」
 果たして、なぜだかいきなり精神的に追い詰められてしまった澪は――
「! そ、そう言えば、唯ってもうギターは買ったの!?」
 ――強引に、話を変えました。

 ◇◆◇◆◇

 コスプレ喫茶『娘々』の基本制服は、スタンダードなメイド服に猫耳カチューシャである。
 それに名前をひらがなで表記した名札を付け、お盆を持てば完成であり、期間限定の仮装シーズンでは衣装は変更。店員の見分けは胸元の名札とお盆だけとなる。
 そんなわけで、絶賛コスプレウィークな現在。新人であるところの皐には衣装――もとい、制服が無かった。
 なので――
「皐と私は、今からビラ配りに行くわ」
 皐の面接のあった日の翌日。
 午後三時。『娘々』の開店に合わせて現れた少年に、今日も今日とてセーラー服で『超監督』な縁は言った。
「ビラ配り、ですか?」
 対し、こちらも常の着物姿――今回は縁が指定した――の皐は、胸元の『さつき』と書かれた名札をいじりつつ首を傾げた。
「そうよ」
 と、縁はそんな彼に軽く頷いて店を出る。
 そして後ろを行く女装少年を流し見て、「『“娘々(うち)”』は、ほら。外からじゃわかりにくいでしょ?」と、視線で、今あとにした店を示して告げる。
 ……あ。たしかに。
 コスプレ喫茶『娘々』は駅ビル内のテナントの一つにあり、外からでは窓の張り紙でしか場所が把握できない。
 より近づけば、各階の店名の書いた看板もどきや簡易版の間取り図に名前があるが、はっきり言って知らない人が興味本位で見つけだすには苦労しそうな立地に皐にも思えた。
「……正直、この手のお店でそれは痛いのよ」
 縁は盛大なため息を一つ。店を出て少し歩いた先のパーキングエリアで黒いワンボックスカーの鍵を開け、助手席に皐に乗るよう促しながら言った。
「一目でわかるっていうのも入りにくいからアレなんでしょうけど……、わかりにくけりゃそれだけ客の絶対数が減るっていうね」
 そして、だからこそのビラ配りなのだ、と語る。
「そもそもが居酒屋崩れだし? 駅から近いから『ちょっと飲んでくか』って客は多いし、中身が中身だからりコアリピーターだってそれなりに居るわよ?」
 ……でも。それだけで回せるほどの稼ぎは難しい、と縁は告げる。
「うぬぅ。それでチラシ配り、ですか?」
 問いつつ、ちらり。後部座席に乗せられたダンボール――その中のカラフルなチラシを見て、皐は考える。
 ……なるほど。知名度の底上げによる客足の向上、ですか。
 見れば、チラシにはお店の場所や内容は元より、割引券なども付いているよう
だった。
「そ。ついでに生きた看板による宣伝効果も考えてるわ」
 答え、思案顔の皐をニヤニヤと眺める縁。彼女からしたらビラが撒き餌なら皐はルアーだった。
 しかも、お腹の空いてるお客さんにはとびきり美味しそうに見える最上級の、である。……まぁ本当に美味しくいただかれたらアレなんで、しっかり『糸』は結んでおくつもりだが。
「――と、そうだ。はぐれる前に、皐のケー番おしえといて」
 何かあったときの『糸』――もとい、携帯電話の番号を訊く縁。それから、そう言えば、と彼から受け取った履歴書には携帯の番号が書いてなかったのを思い出す。
 ……って。ま、まさか、ねぇ。
 今どき、ケータイを持ってない子なんて――
「? 『ケーバン』て、なんですか?」
 …………。
 ……け、携帯電話の番号、の略よ。
「へえ。あ、でも私、携帯電話って持ってませんよ?」
 なん……だと……?
 縁は『ギギギィ』と軋んだ動きで皐をみた。あ、あははは……。まったくこの子ったら~。ホント、
「君ってば、どこまでキャラ作りに命賭けてんのよ!」
 て言うか、なんかあったときどーすんのよ、あ゛あ!? と、思わず怒鳴る縁。
 それに皐はビクリと肩を震わせ、
「え、ぁ。その……だ、大丈夫です! わ、私、こう見えて武道やってたんで!」
 言って、『ほあちゃー!』と虚空に拳を突き出すが……素人目にも明らかになってない正拳突きだった。
 そして――ブチ、っと。それを見た縁の堪忍袋の緒が音を立てて切れたのだった。

 ◇◆◇◆◇

 ――ビラ配りは二種類ある。
 まず集合住宅やマンションなどのポストへの投函。そして路上に出ての手渡し。
 新人にこのビラ配りをやらせる理由は、とくに後者が大きいように思われがちだが……実際は、そのどちらでもなく、その両方を通して新人の子と知り合うことに意義があった。
 縁は、最初に『知名度の底上げのためのビラ配り』と説明することにしているが……はっきり言って、この作業によっての集客率の上昇と人件費とを鑑みれば、むしろ損の方が多いというのだから嘘と知れよう。
 すべては、これから先同じ職場で働くようになる新人の人となりを知るために。『ビラ配り』という課題を与え、アドバイスをした上でどう動くのかを見、要所要所で仕事ということを忘れさせるような態度をとって接し、先輩後輩のわだかまりを薄れさせつつ人間性を観察する。
 そして、その観点で言えば、今度の新人――白桜院 皐は未だかつて出会ったことのないタイプだった。
 前者の投函を先に行うのは、まだ接客慣れをしていないだろう子に仕事というものに慣れてもらうためである。
 ポイントとしては、あらかじめ投函用のチラシをある程度手に持っておくこととポストの見つけ方、見分け方の三つ。
 もともとチラシすべては車の後部座席に置いたダンボール箱の中にある。だから、目標となるマンションなりを教わったらそこにあった枚数をあらかじめ取り、それを持ってポストを探して投函しなければならないのだが……要領の悪い子は、ここでどれだけ持って行ったら良いのか判断に迷ったり、少なかったり多かったりするのだが、皐は違った。
 慣れるまでは大抵、だいたいの目安を教えるのだが……彼は三つのポイントを聞くや即座に動き、難なくこなして見せた。
 『一を聞き、十を知る』とでも言うのか。教える段階になって初めて気づいたのだが、白桜院 皐という少年はずば抜けて飲み込みが早いようだった。
 そしてこれには……少し驚いた。普段がぽやーっとして、天然気味で世間知らずの、すぐに感情をおもてに出す子どもにしか見えなかったせいか、縁にとってこれは嬉しい誤算だった。
 ……まさか本当に掘り出し物だったなんてね。と、テキパキと動く少年を眺めて縁は思い、それから少し試したくなった。
「次は、人に直接渡してもらうわ」
 夕方の商店街で、縁。本来なら慣れるまで二人で行うのだが……その辺りは話さず、ただチラシを渡すときは笑顔でお店の名前を言って、『よろしくおねがいします』と言うようにとだけ教えた。
 ……ちなみに、この手渡し時のポイントは、ちゃんとターゲットをターゲットとして認識した上で声をかけることにある。
 考えれば当然なのだが、普通、往来で仮装した子に近づこうとは思わないだろうし、その手のチラシだって受け取ろうとはしない。なので、本来よくわかっていないだろう新人の子は、失敗と挑戦を繰り返してその辺りを学びつつ軽く接客にも慣れてもらうものなのだが――着物姿の少年は、しかし縁の予想の斜め上をいっていた。
 このチラシ配りは、『娘々』の客層を把握してもらうためでもあった。だから当然、中高年の男性ないし興味心の強い女子高生なりがターゲットであるのだが――皐は、あろうことか主婦層にもチラシを配りだしたのである。
「…………うわ」
 車内から眺めていた縁は、思わず目を丸くした。
 ……重ねて言うが、普通、仮装した子のチラシを受け取ろうとする人はいない。せいぜいで外見の奇抜さに惹かれ、興味本位で眺める程度だろう。
 しかし、皐は違う。
 たしかに女装をしているが、それはそもそも彼が男と知らなければその異質さに気づかない。というより、外見の幼さから言って本来は珍しいはずの着物姿だろうと逆に微笑ましく見えるのだから、彼の場合は前提条件が前提条件たりえない。
 それゆえか、皐の場合は誰にでも声をかけられ、少なからず話を聞いてチラシを見てもらえていた。……っていうか、主婦層はウチにとって鬼門ってわかってないのかしらね。
「でも……これはちょっと面白くなりそうね」
 言って、縁は瞳をキラリと輝かせる。
 コスプレ喫茶という特殊な職種上、人手不足は避けては通れない。……というより、どちらかと言うとヴィジュアル優先で採っているせいか、長く続けてくれる優秀な子が少ないのだ。
 それゆえ、ほぼ毎日同じような顔ぶれになりがちなのだが……皐は、そんな現状を予想以上に早く打破してくれるかも知れない。あるいは、今から帰って接客のいろはを教え、メニューを貸し与えれば、早ければ次のシフトにはフロアに出せるんじゃないのか――なんて、そんな希望を持たせてくれるほど、彼は飲み込みが早かった。
「……試してみようかしらね」
 そう呟き、期待の眼差しを皐に向ける縁は――忘れていた。
 どれだけ物覚えが良かろうと。どれだけ接客センスがあろうと、関係ない。
 ……現状、なんだかんだでベテランばかりがフロアに揃っていたからこそ、失念していた。
 新人では決して持ち得ない、あるいは才能以上に接客業には必須だろうそれの重さを……後日、縁は少年の涙とともに痛感させられることになるのだが――
「くくく……! ここは上に赤い革ジャン着せて、ナイフ片手に『生きているのなら、神様だって殺してみせる』とか言わせようかしら!」
 車内で不審者まるだしのニヤケ面を惜しげもなく晒している今の彼女は、当然、知る由も無かった。

 ◇◆◇◆◇

 夕食ができた、と言われ、妹と二人でリビングへと降りてきた平沢 唯は、テーブルに広げられた料理を見て目を丸くした。
「うわ、どうしたのコレ」
 向かって左から、串焼きの盛り合わせ、お刺身、ミニおでん、シーザーサラダ、シーフードサラダ、キュウリ味噌、枝豆、おにぎりのセット、チャーハン、スパゲッティ、カルボナーラなどなど。種類もそうだが、おかずには向かないものも多く、一目でいつもとは趣旨が違うとわかった。
「あ。いらっしゃいませ~♪」と、不思議そうな顔で料理を眺めていた唯に、皐。それまで着けていたエプロンを外し、「お客さま、一名ですね? こちらのお席でよろしいですか?」と笑顔で問い、椅子の一つを示す。
 ……ああ、なるほど。少年の様子とセリフで、なんとなく事態を把握する唯。これって、さっちゃんのアルバイトの練習なんだ。と、「メニューをどうぞ」そう言って借り物らしいメニューまで渡してきた皐を見やり、少女も表情を綻ばせた。
「あは。じゃ、じゃあ……!」
 唯は楽しくなり、少年から渡されたメニューをめくる。
 皐はそれを瞳を細めて眺め、「では、ご注文がお決まりになりましたら、またお声がけくださいませ」と言い置き、それまで少し離れた位置で微笑ましげに眺めていた憂に視線を向け、
「ご新規、一名さまご案内です、ニャンニャン♪」
 とても楽しそうに、言った。
 そしてそれに憂も「ニャンニャン♪」と、笑い混じりに返すのを見て、唯は「? 『ニャンニャン』?」と首を傾げた。
「あ。えっとね」
 憂は、そんな姉の様子に若干声を落とし、心持ち内緒話をするような体勢をつくって「これ、さっちゃんのお店の『わかりました』とかの返事みたいなの」と、やっぱり遊んでいるとき特有の楽しそうな雰囲気のままで言った。
 へえ、そうなんだぁ。憂の言葉に頷きを一つ。ちらり、テーブルを挟んだ向こうでこちらを見つめる皐を見やった。
「あ。ご注文、お決まりになりましたか!?」
 と、そんな唯の視線に瞳のワクワクキラキラを数倍にして問い返す皐。じつは少女が注文をとるのを今か今かと待っているのだった。
 そしてそれを察した唯は「ぅえ!? ぁ。え、え~と……」と慌ててメニューをめくる作業に戻る。
「…………」
 ワクワク、ワクワクと少女を見つめる皐。
「…………」
 少年の無言のプレッシャーに焦り、額に汗を浮かべる唯。
 そんな二人の沈黙を、
「はい! 注文いいですか?」
 と、いつの間にか唯の隣に座っていた憂がやぶる。
「あ。はい、ただ今お伺いいたします!」
 そんな少女に喜色満面、皐はパタパタとスリッパを鳴らしてその隣まで行き、袖からメモ帳とボールペンを手に、「お待たせいたしました、ご注文をどうぞ」と。
「おねがいします」憂は一度そう軽く頭を下げ、「えっと、じゃあミニおでんとおにぎりセットを一つずつ。それからオレンジジュースをください」
 皐はその注文を「ミニおでんをお一つ」、「おにぎりセットをお一つ」、「オレンジジュースをお一つ、ですね?」と、それぞれ復唱。その際、メモからいちいち顔をあげ、憂の表情まで確認している辺り、割と真剣にやっているようだ。
 そして、「ご注文ありがとうございました」と、一礼。少女のもとから去り、「ご新規オーダー入りましたー、ニャンニャン♪」と誰にともなく言ってパタパタと冷蔵庫へ。
「「ニャンニャン♪」」
 果たして、オレンジジュースとコップの用意をしている皐に、唯と憂。そんな二人の反応に僅かに目を丸くし、それからすぐに笑顔を咲かせた皐は、
「お待たせいたしました! ご注文のオレンジジュースです!」
 どうぞ、と。注文した憂はもちろん、まだメニューを手に何も頼んでいない唯の手元へとそれぞれコップを一つずつ、二人の間にオレンジジュースのパックを置いた。
 ……あはは。なんだかさっちゃん、本当に楽しそう。
 注文通りのものをマニュアルの通りに持って来れたことを喜ぶ皐と、そんな少年に「ありがとう」とお礼を言っている妹を見て唯は思った。
 ……アルバイト、かぁ。
 果たして、脳裏に浮かぶ、自分が入部した軽音楽部のメンバーのセリフ。これからギターを始めることになっている唯がした、「ギターっていくらぐらい?」という問いへの回答は、「最低でも五万円ぐらいのものを」だった。
 五万円イコールお小遣い十ヶ月分。そんな大金を捻出するのに、唯は小遣いの前借りを母に頼むつもりだったが――
「……私もバイト、しようかな」
 楽しげな様子の皐たちを前に少女は誰にも聞こえないような小声で呟き、そしてまた手のなかのメニューへと視線を落としたのだった。
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