嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》1-2

《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》







 ◇◆◇◆◇

 ――その日は、ただ、不運だった。
 その日も皐は憂と二人、スーパーで買い物をしていた。
 その日も、いつの間にか唯がどこかへと居なくなり。だからその日も、そんな彼女を探すように外に出て。
 そして――

 唯が、不良に絡まれていた。

 スーパーの駐車場。その駐輪スペースにてドミノ倒しのごとく横倒しになったバイクの前。
 そこで、怒り顔で唯に詰め寄っていたガラの悪い三人組みを見て、憂はたまらず悲鳴をあげた。
 そして皐は――気づけば駆け出していた。
「うわぁああああああ!!」
 それは悲鳴にも似た雄叫び。皐は荒れ狂う激情のままに声をあげ、それまで涙目で立ち尽くしていた唯の前につくや問答無用で男たちに殴りかかった。
 ――思えば、それがその後の人生を決定づけたのだろう。
 皐は女装していたことを忘れていた。それどころか、自分がどうして喧嘩をしているのか――自分が何をしているのかすら忘れていた。
 憂は怖かった。唯のこともだが、せっかく仲良くなれた皐が傷つくのが見ていられなくて――だから、叫ぶように助けを呼んだ。
 そして――女装がバレた。
 しかも警察に補導され、保護者をよばれるという最悪の形で。
「あなたのことなんてもう知りません。白桜院の家から出て行きなさい」
 迎えに来た皐の母は、しかし少年を置いて去っていった。
 そして――
「……ウチ、来る?」
 唯は、皐にそう訊ねた。

 ◇◆◇◆◇

 夕日のオレンジから夜の藍へとグラデーションがかった空の下。少し遅い下校の途中で、真鍋 和はふと目の前をすぎる小柄な影を見つけた。
「あ。皐ー!」
 その呼びかけに、着物服の少年――皐は立ち止まり、振り向いた。
 ……暗い。夜が近いからではなく、どんより縦線を背負って泣きそうな顔を向ける皐を前に和は思った。
 …………また、なにかしでかしたのかしら?
「あ……。の、和さ~ん……!」
 泣きつく、と言うのか。皐は和の姿を認めるや瞳に大粒の涙をため、パタパタと駆け寄ってきた。
 ……まるで、捨て犬みたい。そう半ば呆れ、制服の裾をちょこんと掴んで泣き出した女装少年を見る和。
 そして、ため息を一つ。よしよしと幼子をあやすように頭を撫でながら口を開
いた。
「ほら。とりあえず泣き止みなさい」
 苦笑し、視線を皐から外す。そして近くのファーストフード店を見やり、泣きべそをかく少年を伴って店内へ。
 とりあえず皐を窓際の席へと座らせ、さっさとポテトとコーヒーを一つずつ頼み、それらを手に少年の向かいに座ることにした。
「――で? なにがあったの?」
 果たして、皐はボソボソと語り出した。
「……私、このまえ和さんに言われてはじめて気づいたんです。『私、ニートだ』って」
 だから、アルバイトをしようと思った。
 アルバイトのことを憂や平沢家の両親に問い、求人情報誌を集めて自分にあったものを探した。
 そして、今日、その候補の一つに学校帰りの憂を伴って見に行き――
「へえ。っていうか、どこに行ったの?」
「コスプレ喫茶『娘々』ってお店です」
 …………。
 和は表情を引きつらせ、皐はそんな彼女を不思議そうに眺めた。
「? どうかしましたか?」
 ……和は何も言わず先を促した。
「? ……えと、それで。さっきまで行ってたんですが――」
 皐は自他ともに認める世間知らずである。
 それまで家からほとんど外に出ず、テレビもニュースも見ず、ただ白桜院の人間としての教養だけを受けてきたからだろう。同世代どころか下手したら小学生より常識や俗世に疎いかも知れない。
 そんな皐は、当然、コスプレ喫茶がどういったものかを正しく理解していなかった。……と言うより、彼はウェイトレスの制服とコスプレ衣装との違いがよくわかっていない。
 これまでの皐は、枕詞に『高級』と付かない店に足を運ぶ機会など皆無であったし、平沢家に居候してからは外で食べるということが無かったせいだろう。
 彼は、その喫茶店のことを異常とは思わなかった。……例えバニーやメイド、果ては魔法使いルックな格好のウェイトレスが居ても、である。
 当然、隣の憂が額に冷や汗を浮かべていたのを、少年は知らない。そして、そんな彼だからこそ、店内の様子を純粋に眺められたのだろう。
 いらっしゃいませ、と笑顔で接客するウェイトレス。その格好が、知る人ぞ知る有名アニメのセーラー服姿だったのだが、皐は気づかない。せいぜいで彼女のつけた赤い『団長』腕章から、この人が一番えらいのかなぁ程度の認識だった。
 ゆえに、店内で注文を取るお客が皆一様に楽しげなのには気づいていても、その理由を正しく察することが出来ず。それどころか目のやり場に困っている憂の様子にも気づかず、少年はただ『楽しそうだな』と思った。
 そしてそれは、ある意味で当たっていた。
 にやけている客も、仮装している店員も、少なくとも『つまらない』とは思っていなかったし、なんだかんだで良い雰囲気でもあった。
 だから――
「私、ウェイトレスさんに話しかけてみたんです」
 ここで働いてみたい。そう思い、瞳を輝かせて皐はウェイトレスにその旨を伝えた。
 しかし――
「…………私、すごく、怒られてしまいました」
 少年はそう言ってまた肩を震わせた。

 ◇◆◇◆◇

「――私、ここで働きたいです!」
 そう言った着物姿の皐を前に、セーラー服の胸元に『ゆかり』という名札をつけたウェイトレスは、営業スマイルをわずかに曇らせた。
「ええと……」
 ゆかり――本名を坂本 縁という彼女は、『……さすがに小学生は、ちょっと』と、皐の向かいに座す中学生だろう少女をちらりと見て思った。
 少女たちは知らないようだが、コスプレ喫茶『娘々』は、もとは喫茶店ではなく居酒屋であった。そしてその名残として、狙う客層が喫茶店にしては高く、また営業時間帯も遅い。
 なので高校生は基本的に雇わない。……小中学生なら言わずもがなだ。
「……ごめんなさいね。もう少し大人になってから、また来て」
 そう微笑み、皐の頭を『よしよし』と撫でる縁。
 それに、しばらくはされるがまま瞳を細めていた皐だったが、「――ハッ!」と、そこでハタと気づいて口を開いた。
「あ、あのあの……! でも、これには『十六歳から』って!」
 言って、『娘々』のことが掲載されていた求人誌を取り出す皐。そこにはたしかにそう書いてあり、それをフロアチーフでもあった縁は知っていたが――
「え゛ッ!? そ、そのナリで高校生!?」
 思わず素が出た。
 縁はまじまじと観察し、「いえ、高校には行ってません」と苦笑して返す皐に『そういう問題じゃなくて!』と内心、声を大にして突っ込む。
 そして――……あれ? それじゃあ、むしろ掘り出し物じゃね? と思い、瞳をキラリと輝かせた。
「そっかそっか。なら、こちらにおいで」
 にこやかに、それでいて『逃がすまい』という負のオーラを纏って縁。『?』と不思議そうに首を傾げている皐の手を取り、さっさと店の奥のスタッフの休憩スペースへと連れて行こうとする。
 それに「ぇ、あ。その……」と、慌てて憂を見る皐。付き添いで呼んだ彼女のことを気遣っての少年の態度を見て、「あ。じゃあ私はお会計して帰るね」と少女は逆に気をつかう。さらに「今日は私が夕ご飯の支度しとくから、がんばってね」とエールまで送った。
 ……あっちの子も欲しいわね。と、そんな出来た少女を見やり、縁は内心で思った。
 て言うか、あの子は中学生……よね? 手を引く、どこからどう見ても中学生以下にしか見えない皐を見やり、首を傾げる。『これで十六歳っていうんだから、もしかして……』と、どちらに対しても失礼だろう思いを抱きつつ、縁は皐とともに奥まった部屋の席へ。
「さ、座って」
 まず皐を座らせ、その向かいに腰掛けながら縁。そして「はい、失礼します」と、着ている着物もさることながら、行動の端々に気品を感じさせる所作で座す皐を眺め、『やっぱり優良物件キター!!』と内心で拍手喝采状態になる。
「えと、じゃあ改めて自己紹介しましょうか」即座に『明日からヨロ!』と言いたいのをこらえ、「私はここのチーフをやってる坂本 縁」と、縁はとりあえず名乗る。
 ちなみにこの『娘々』においての『チーフ』というのは、だいたい『店長』の次に偉い役職であり、求人や面接なども彼女の仕事であった。
「あ。私は皐です」
 …………?
 みよじ、は?
「えと……いちおう、『白桜院』、です」
 ……なんで、『いちおう』?
「えーと……。お恥ずかしながら私、じつは実家から追放されてまして。その際、『白桜院』を名乗るなって母さまに言われてしまったんです」
 果たして、この辺でだんだんときな臭いものを感じ始める縁。要領の得ない説明もだが、その一々で言いにくそうにされるのが彼女の癇に障った。
「……君、キャラ作ってない?」
 気が付くと、それまでとは違う冷めた態度と声音で縁は問うていた。
「う、うぬぅ……?」
 接客時以外は内心を隠そうとしないのが彼女のスタイルだった。
 そしてそんな豹変ぶりに皐は困惑。それまで終始にこやかだった彼女がいきなり半目になって睨んできたのだから、彼でなくても混乱しただろう。
「『うぬぅ』じゃないわよ」と、しかし開き直った縁は容赦しない。冷や汗だらだら状態の皐をジト目で睨み、「だいたい、君、本当に十六? 小学生じゃなくて?」と遠慮無くジロジロ。
「……う、うぬぅ」
 蛇に睨まれた蛙。そんな言葉を思い浮かべ、萎縮する皐に、
「て言うか、君さ――」

 男、でしょ?

 果たして縁は、ため息とともに言った。

 ◇◆◇◆◇

 へえ、と。皐の言った、コスプレ喫茶のウェイトレスの言葉に和は感心する。
 女装した皐を一目で見抜くなんて、さすがはその手のお店の責任者ね。と、それとなく今居るファーストフード店を見回して思う。
 ……たぶん、この中には気づいてる人なんて居ないでしょうね。
 自分でも、こうして目の前で『えぐえぐ』泣いてる彼のことを、時折女の子と誤認しそうになるのだから当然か。唯意外で、事前情報も無く女装した皐の性別を見抜ける人なんてそうはいないだろう、と和は半ば確信していた。
「……それで?」
 ため息を一つ。和は先を促した。
「……そ、それで、ですね」と、少女に促されるまま再度言葉を紡ぐ皐。目尻に溜まった涙を着物の裾で拭い、「わ、私、『はい』って……。そ、そしたら、ゆ、ゆかりさん、なんでか怒ってしまって……」と、つっかえつっかえ語りだす。
 曰わく、アルバイトの面接に女装してくるな、と。
 そもそも面接するんなら、まず電話しろ。
 その際は時間帯に注意。飲食店なら間違っても混みそうな時間は避けなさい。それと、電話でも言葉使いや態度にも気を配るように。そこから人となりをみるところもあるだろうし、どうせ雇うなら少しでも良い人をって普通は思うわ。それから履歴書はどうしたの? 書き方知らないって……君はもう少し一般常識を学んでから来なさい。て言うか、その馬鹿正直なのをどうにかしなさいよ!
「――って、机をバシバシ叩いて怒るんですよ? 最後には『これ書いて電話する所からやり直し!』って……」
 言って、着物の袖から履歴書を取り出す皐。
 それを見て『……相変わらずいろいろと入ってる袖ね』と思い、和は苦笑。そしてまた『えぐえぐ』と涙をこぼしだす少年を見やり、どうやら長い回想を終わったらしいと察した彼女は、改めて考える。
 それにしても……コスプレ喫茶なんて言うから誤解してたけど、けっこうまともな人が居るお店みたいね。
 皐は一般常識というものがところどころ欠けている。そのことを察し、ちゃんと怒ってあげたらしいウェイトレス。……そして、その辺を察せないところがなんとも皐らしい。
 せっかく色々と忠告してもらったのに、皐はただ『怒られた』としか受け取ってない。……まぁそれでも、人並み以上の記憶力と応用力はあるから、いずれは今日のことも彼のためになるだろうけど。
 でも――それでは勿体ない。
「……よし。じゃあ、私が履歴書の書き方を教えるわね」
 和は、思う。
 たしかに、皐がコスプレ喫茶でアルバイトしたいと言い出したときは驚いたし、多少の偏見もあって忌避の念すら覚えた。
 しかし、こうして話を聞いたあとでは違う。むしろ皐はそこでアルバイトをするべきだとすら感じていた。
 だから――
「え? で、ですが、私は――」
 困惑する皐の言葉を「ちょっと待ってて」と言って、ピシャリと遮る。
 ……たしか、これに。と、ファーストフード店の入り口に設置された無料求人誌の棚へと行き、和。何冊かをめくり、その中の履歴書が添付されたものを持って席へと戻る。
「百聞は一見にしかずって言うし、今から私が教えながら書く――」と、言葉の途中でハタと気づく和。不思議そうに、先ほど彼にあげたポテトとアイスコーヒーとを眺め、「……いらないの?」と。
 果たして、その問いに皐は――
「えと、あの……ナイフとフォークか、お箸って無いんでしょうか?」
 キョロキョロ、と。先ほどから探してるんですが見つからなくって、と苦笑して返す少年を前に、和は思った。
 ……本当に、これだから『現社』が出来るのに『しゃかい』がダメな子は。

 ◇◆◇◆◇

 その夜。皐は一人、夕食の食器を洗いながら考えていた。
 ……和さんは私に、働かないでほしいのでしょうか?
 履歴書の書き方から電話のかけ方、面接の受け方を軽くレクチャーしてくれた少女は最後にこう言った。
 ――でも、本当は皐は働く必要は無いのかも。今のままの方が、憂たちにとっては助かるんじゃないかしら?
「……うぬぅ」
 あの日、アルバイトを勧めてきたのは彼女だ。そしてそれを聞いて自分は動き出したのに、と皐は眉を寄せる。
 ……どうしたら、いいのでしょうか?
 このまま、こうして家事手伝いをして過ごすか。やっぱりアルバイトをするべきか。

 ――さっちゃんが家のことしてくれるから、私はすごく助かってるよ?

 思い出す、いつかの憂の言葉。それを皐は、自分を気遣ってのものだとしか捉えていなかったが、今日、和の話を聞いて認識を改めた。
 受験生は、じつは大変らしい。
 いつの間にか推薦、合格、入学受理、そして入学取り止めとなった自分は言わずもがな。去年、唯の受験勉強を手伝いはしたが、相手が彼女だったせいか割と気楽なものとしてしか皐は認識していなかった。
 だから、『受験生にとっての勉強時間は何より貴重』という和の言葉がイマイチ理解できていない。……疑っているわけではないが、それを言った彼女にしたって高校入試を余裕綽々でパスしていたから、なおさら。
 そして、何より皐を驚かせたのが、『皐が家のことをしてくれるからこそ、前にも増して平沢家の人間が自分の時間を持てるようになった』という言葉。……皐から見ても割かし自由奔放なきらいのある平沢家の人間が、自分の時間云々を気にするとは思えないが、その後にされた質問で何となくだが納得した。
 ――皐のしていることって、そんなに短い時間で終わること?
 答えは、否。
 いくら優秀な憂でも、専業主婦として一日中働いている皐のやっていることをすべて代行しようとすれば相当な時間がかかる。そしてその分、自由にできたはずの時間は減るだろう。
 和の言葉で、そんな当たり前の事実を再認識させられた皐は、嬉しさ半分、困惑半分になって思った。
 これまで『楽しいから』という理由でやっていた家事手伝いが、誰かの――お世話になった人たち全員のためになっていた。自分はちゃんと恩返しができていたんだ!
 そのことがたまらなく嬉しい。
「…………ですが」
 嬉しいけど――……しかし、それでも皐は働きたかった。
 和の言ったこと。憂や唯のことを考えてなお、一刻も早くアルバイトをしたい。一円でも多く稼ぎ、たしかな形として恩を返したかった。
 だから――

「さ、あ、っちゃ~ん♪」

 声と同時。いきなり唯に後ろから抱きしめられ、皐は危うく手のなかのお皿を落としそうになった。
「ひ、ひゃあッ……!? び、びびび、ビックリしました~」
 バクバクとうるさい心音をそのままに、涙すら滲ませて言う皐。
 対し、抱きついた少女は「あはは、ごめんごめん」と笑顔で謝り、自身より一回り小さい少年の体にしなだれかかって、頬ずり。唯は常のマイペースさを崩さず、楽しげな調子で口を開いた。
「どう? 少しは元気でた?」
 夕食時からこっち、ずっと何かを考えこんでいる様子の皐。それを気遣い、お風呂あがりの妙なテンションのままに抱きついた唯は、どこか相手を異性として認識していないようだった。
 そしてそれは「うぬぅ……?」と唸り、首を傾げる皐も同じか。パジャマ越しに、いろいろと女の子特有の暖かくて柔らかい何かしらを当てられ、その上頬をすり合わせながら全く動じていない。せいぜいで『シャンプーや石鹸の良い匂いがするなぁ』とか、『唯さんは暖かくて気持ちいいですねぇ』ぐらいである。
 ……健全というか、その辺りの認識がまるで幼い二人であった。
「ほら。なんか、今日のさっちゃん、ず~っとこんな感じだったし」
 と、いったん体を離して唯。眉間にしわを寄せたしかめ面を作り、言った。
「え? そ、そうでしたか?」
 そんな唯を見て、首を傾げる皐。そんな顔してたかなぁ、と自身の表情を自覚していなかった辺りはさすがか。
 ……唯もそうだが、基本的にこの二人は考えが表情や仕草に現れやすいのだったが、本人たちは気づいていない。
「うん。さっちゃん、なにか悩みごと?」
 問いつつ、冷蔵庫へと歩を進める唯。そして冷凍庫の扉を開け、本日のアイスを物色し始める。
「……わかりますか?」
 十人中十人はわかる表情だったのだが、やはり無自覚の皐。
「うん。わかるよ」
 ……ちなみに憂は、そんな彼の悩みの内容にも気づいていて、敢えて相談されるまでは待つつもりだったのだが。
 と、それはともかく――

「だって、家族だもん」

 果たして、唯は、笑って言った。
「『家族』、ですか?」
 そして、皐はだからこそ困惑も露わに問い返していた。
「あの……ですが、私と唯さんには血の繋がりはありませんし。……こうして居候させてもらっているとは言え、やはり皆さまとは他人で――」
「さっちゃん」
 そんな皐の台詞を、やはり唯は変わらず笑顔で遮り、
「こうして同じお家で一緒に暮らしてて、同じごはん食べて。それから『ただいま』、『おかえりなさい』って言いあえたら、それはもう家族なんだよ」
 他人じゃないんだよ、と。自信満々に言い切る少女を、皐は眩しく思った。
 ……家族。
 唯の言う理屈が正しければ、自動的に『白桜院』の家に家族は居なかったことになるのだが……不思議と、それに気づいていながら皐にはそんな唯の言葉が間違っていないように思えた。
「それで、家族には悩みごとを話すものです」
 果たして、だからこそその言葉にも従ったのかも知れない。
 棒アイスを舐めつつ、まるで年下の子どもをあやすように皐の頭を撫で、『ほら話せ、いま話せ』と急かすように見つめる唯に、
「私、やっぱりアルバイトをしてみたいんです!」
 少年は、まるで母に叱れるまえの幼子のように体を緊張させて言った。
「私、今日、それで見学に行ったんです」
 ……でも、私は何も知らないから怒られてしまって。
 それで帰りに和さんと会って、話して。そしたらアルバイトしなくても皆さんの役にたってるって教えてもらって……。私が家のことをしているから助かってる部分もある、って。
 だから――
「……だけど! 私は――」
 やっぱり、働きたい。と、皐はそこまでは口にせず再び顔をうつむけた。
 そして唯は、

「楽しそうだった?」

 少年の葛藤を理解しているのかいないのか。何の脈絡も無く問うた。
 だから、「…………え?」と皐は混乱し、目を丸くして顔を上げた。
「私には、よくはわかんないけど」そう苦笑し、皐の目尻にたまった涙を拭う唯。そして、「楽しそうなら、やったら良いんじゃないかな?」と言って、また笑顔を咲かせた。
 果たして皐は、「で、ですが……」と反論を口にしようとして考えた。
 たしかに、楽しそうだったかと聞かれれば、それはイエスである。少なくとも、縁に怒られる前までの皐は『ここで働いてみたい!』と瞳を輝かせていた。
 だからこそ、ただの見学のつもりだったのにも関わらず声をかけたのだ。
 しかし――
「……私が働きに出たら、皆さんにも苦労をかけてしまうかもしれません」
 言って、また『しゅん』と顔をうつむける皐。そもそもが恩返しのために働きたいのだから、それで要らぬ苦労を強いては本末転倒どころではない。そしてだからこそ悩んでいるのだが、

「――私は良いと思うよ」

 いとも簡単に、肯定の言葉が返ってきた。
「憂さん?」と、声に振り向き、皐。困惑の表情をお風呂あがりだろうパジャマ姿の少女へと向け、「ですが……」と言葉を詰まらせた。
 とくに、受験生の憂は大変なのだ――と、教わり、そして自分が家事をおろそかにするツケを一番に払うことになるだろう少女のことを思って、皐は視線を逸らした。
 そして、

「――家族だから」

 そんな少年の頭に、果たして二つ目の手が置かれた。
「家族は苦労を分かち合って、支えあうもの、なんだよ?」
 撫でられる。労りと慈しみを感じる小さな手のひらに。
「そうそう。さっちゃんは難しく考えすぎなんだよー」
 撫でられる。優しさと温もりを感じる小さな手のひらに。
「さっちゃん」
「さっちゃ~ん♪」
 …………ああ。
 皐は一筋、涙をすべらせて思う。ああ、やっぱり……いいなぁ。
 そして、皐は少女たちの笑顔につられるように微笑み、「……はい」と頷いた。

 ◇◆◇◆◇

 ――まずは履歴書の用意から。
 このとき、なるべくなら綺麗なものを。また、汚れたり折れたりした場合には新品に変える。
 そして記入はペンで。鉛筆は不可。判子はなるべく簡易型のではない、朱印で。しっかり縦に押す。
 名前とふりがなは特に型を綺麗に。スペースを考え、見栄えよく。
 生年月日に年齢、住所も綺麗に見栄えよく。電話番号その他も綺麗に、間違いのないよう記入。
 学歴、職歴、賞罰は事前にメモを。
 それぞれ『学歴』などと、まずは中央に表記し、以下中学の名前と卒業年月から高校の名前と入学年月、卒業年月と記入。無い項目には『なし』と左寄せで記入するとベスト。最後に『以上』と右寄せで付けるのも良し。
 資格、検定名称はもちろん、主催者団体まで明記できるとベスト。同じ検定で複数の級を習得していたら最も上級なものを。記入しきれない量の資格を持っているのなら、提出先との整合性を考えて選択。
 長所、短所、趣味はなるべく長めに、詳しく。ただし提出先のことを考え、長所は活かせることを。短所も、変じて長所として活かせることを。趣味も同様。
 志望動機は、なるべくわかりやすく。自己PRも聞かれる場合があるので考えておくこと。嫌みにならない程度の賛辞を添え、絡めて考えられるとベスト。
 以上のことを、履歴書を持ち込ませず面接時に書かせる場所もあるので覚えておくように。その際は書き方に注意。見られていることを常に念頭に。
 最後に写真。なるべくなら面接時と同じ髪型、服装がベスト。
 以上のことを踏まえて見直しを厳に――と、和から教えられた皐は一人、平沢家のリビングで何度目とも知れない履歴書のチェックを行っていた。
 ――どうせなら、知っているお店の方が初めては楽でしょう?
 そんな助言もあり、この履歴書は件のコスプレ喫茶用に書いたもので。そしてもう少ししたら電話をすることになっていた。
「すー……、は~……」
 深呼吸を数回。履歴書をあらかじめ用意していたバインダーにしまい、肩掛けのバッグに入れる。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
 自身に言い聞かせ、『バクバク』とうるさい心臓の上に手を置いてさらに深呼吸。
 ……大丈夫。大丈夫。
 そう念じるが、手の震えが抑えられない。
 いつもはコントロールできる発汗も抑えられず、額や背中が汗でべっとり。今日に限って白地のTシャツに赤い袖の無いパーカーと黒いジーンズという格好のせいか、いっそう肌に張り付く布の感触が不快だった。
「……あと、五分」
 手のなかの子機を睨み、どうにか落ち着こうとする皐。四時に電話すると事前に決めていたせいか、だんだんと近づく数字の表示を忌々しそうに眺める。
 ……大丈夫。大丈夫。大丈夫。
 履歴書は和の教えられた通りに書いた。それを平沢家の両親に見せ、娘姉妹と何度も面接の練習をした。だから、大丈夫。心配ない。大丈夫――と、過呼吸になりそうなほど息を荒げ、ぜんぜん大丈夫見えない表情で自身に言い聞かせる皐。
 そして、

 ――いきなり、電話が鳴った。

「ひぃゃぁぁああああ!?」
 思わず悲鳴をあげ、飛び上がる皐。いきなり鳴りだした子機を放り投げ、だらしなく尻餅をついた。
「な、ななぬぁ、ぬ゛ぁああ!?」
 もはや驚きすぎて言葉にならない。
 それでも皐は、頭を真っ白にしながらも子機へと這いより、着信相手を確かめた。
 するとそこには――
「……び、びっくりさせないでくださいぃぃぃいい!!」
 思わず電話口で怒鳴っていた。
『うえ!? え? ええ!?』
 それに当然、相手は――平沢 唯は驚いたふうな声をあげる。
 ……じつは皐が電話する時間を事前に聞いていて、それを一時間覚え間違えていた唯。朝からひどく緊張していた少年を慮って電話してみたのだが……それが完全に裏目ってる辺りはさすがか。
『え、ええと……。だ、大丈夫、さっちゃん……?』
 果たして、「……は、はは。あはははは……」と燃え尽きたように乾いた笑いを浮かべる皐。もはや緊張の糸がプッツリいってしまい、ほとんど再起不能だった。
『……あ、あれ? も、もしかして、電話……だめだったの?』
 あはは~……。いいえ~……、まだ電話してないですよ~……。
『え~と……。じゃ、じゃあ! が、頑張ってね、さっちゃん!』
 はい~……。ありがとうございます~……。
 と、半ば灰になって会話する皐。もはや理性とか緊張とかは皆無であり――だからこそ、唯からの電話が切れたのを確認し、そこに表示された時間を確かめた彼は自然にボタンをプッシュしていた。
『――お電話ありがとうございます。コスプレ喫茶「娘々」、接客担当の「ゆかり」がお伺いします』
「もしもし。私は白桜院 皐と言うものですが、本日はアルバイトの面接の件で――」
 お電話しました、と言いながら、『あれ?』と皐は思う。
 ……あれ? 私、今、どこに電話なんか――
『ハクオウイン、サツキ……? サツキって――あ。この前の着物の!?』
 ――って、キャァアアアア!?
 わ、わわわ、私ったら、何をいきなり電話し――
『はい、合格! むしろ即採用してあげるから今すぐ来なさい!!』
 ……………………はい?
『いい? 今すぐよ!? 他の店でバイトなんてさせない! って言うか、せっかくの“男の娘(ほりだしもの)”を、この縁様が逃がすわけないでしょうが!!』
 あはははははは、と笑って電話を切る縁に――……しばしの間、皐は茫然自失の体で床にへたり込んでいたのだった。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。