嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

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《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》1

 『平沢』の表札がかった玄関先で、ふと、それまで動かしていた竹箒をわきに置き、“白桜院 皐(はくおういん さつき)”は空を見た。
 快晴。
 そこには、見るものの心まで晴らしてくれるような蒼天が広がっていた。
「よかった。今日も良いお天気です~♪」
 言って、その場で二転三転。
 くるくる、くるくる。心の高揚のまま、皐は回る。
 その動きに肩の辺りまで伸ばした黒髪や、纏った桜吹雪の描かれたピンク地の着物の裾もくるくると踊る。
 今日は家人の登校日であり、始業式のある日だった。
 なので、とくに晴れてほしかったということもあり、皐は一人、舞うように喜びを表現していた。
 そして――バタン、と。そんな皐の背後で玄関の扉が勢いよく開いた。
「ひってひまぁ――」
 果たして聞こえた、若干くぐもった声に振り向くのと同時。
「って、ぁ゛ああ!?」
「ッ!? ひょアーっ!?」
 ――ドスン。
 玄関から、それこそ飛び出す勢いで現れた少女に見事な体当たりをくらわされ、皐はあえなく転倒。二人、そろって地面に体を横たえた。
「うう……」
 顔をあげたのは少女の方が先だった。彼女はわずかに顔をしかめ、それからハタと目を剥いて今まで覆い被さる形で倒していた皐を見る。
 そこには着物姿の食パンマンが居た。
「あれ?」と、それを見た少女は首を傾げ、「! わわわ! だ、大丈夫、さっちゃん?」食わえてた食パンが皐の顔面に乗っているのだと気づき、彼女は慌ててそれを取った。
「うぬぅ……。と、とりあえず退いてください、唯さん」
 うめきつつの皐の言葉に、少女――平沢 唯は、そこではじめて自分が今だに皐の上だったことを思い出し、「あ。ご、ごめんね」と言って慌てて退いた。
 見たところ、勢いよくぶつかったにしては双方ともに傷らしい傷は無いようだ。
 そのことに一先ず安堵し、次いで手の中の朝食を見る唯。そして、「……地面についてなかったし、大丈夫だよね?」と誰にともなく呟き、再び口をつけた。
「うぬぅ。行儀が悪いですよ、唯さん」
 そんな彼女を見咎め、眉をひそめて皐。纏っていた着物の汚れを払いつつ立ち上がり、唇をとがらせた。
「ん~……で、でも、時間が――」頭一つ分ほど低い皐を見下ろし、唯。そしてそこまで言ってハッと目を剥き、「あーッ!! そ、そそそ、そうだ、時間時間じーかーんーっ!!」叫び、バタバタと駆け出した。
「うぬぅ?」
 それを首を傾げて見送る皐。
 時刻は午前の七時すぎ。なので、けっこう余裕があるはずなのだが……はて?
 唯が、じつは一時間ほど時計の時刻を見間違っているとは知らない皐は、終始不思議そうな顔をしながらも、とりあえず箒を片付けはじめることに。
「……と言うか、食パンを食わえて登校って」
 まるで、この前見たドラマの始まり方みたいですね。
 奇しくも今は出逢いの季節。……唯さんにも春到来? と、そこまで考えて「それは無い」と苦笑。彼女の場合、たとえ異性とぶつかったとしても何の発展もしないだろうと皐は思い、
「あ」
 気づいた。
 そう言えば、先ほどは正しくそのシチュエーションだったなぁ、と。女装少年は気づき、「クスリ」と小さく笑った。










 けいおん! SS


《けいおん! ~平沢家の男の娘!?~》







 ♯1 脱☆ニート宣言!





 ◇◆◇◆◇

 白桜院 皐の朝は早い。
 家人の誰よりも早く起き、普段着としている着物に袖を通す。……その際、姿見の横に描かれた線で身長をあらためては「……うぬぅ」と唸るのも、もはや恒例行事。
 そうして着替えがすめば次はキッチンへと行き、朝食を作る――のではなく、調理台や流し周りの掃除をする。
 平沢家に居候するようになって半年。未だに食卓を預けられるほどには料理ができない――と、皐は思っているので基本的に一人では作らない。
 その内に起きてきた料理担当――平沢家の両親が居れば親と。居なければ平沢家の次女――平沢 憂に料理を教わりながら作り、最後に起きてくる長女――平沢 唯とともにみんなで朝食、というのが常であった。
 そしてそのあとは料理の片付けをして、学校に行く平沢姉妹を見送り、また掃除。洗濯。事前に憂とチラシをもとに協議した買い出しメモを手に買い物。後、その日の料理担当の人間が帰って来るまで掃除。帰ってきたら夕食の準備を手伝い、夜の九時には就寝。と、皐の一日はだいたいこんな感じである。
 なので――

「聞いてよ、さっちゃん! 今日、和ちゃんがね、『部活やらないとニートになる』って言うんだよ」

 夕方。買い物帰りにばったり鉢合わせた唯の第一声に、皐は持っていた買い物袋を取り落とすぐらい動揺した。
「に、ニート……」
 呟き、ぐらりとよろめく皐。幼い容貌と百五十センチを下回る小柄な体格から、しばしば中学生どころか小学生にすら間違えられることが多い彼だが、じつは唯やその隣の少女――真鍋 和とは同い年であった。
「? どったの、さっちゃん?」
 呆然とする皐に抱きつき、唯。どことなく煤けたような雰囲気の彼の顔を覗き込み、首を傾げた。
「……私は、『このまま何もしないでいると、いつかニートになっちゃうよ』って言ったのよ」
 ほら、唯ってば今まで部活なんてしてこなかったでしょ? と、それまで静観につとめていた和が嘆息混じりに唯の台詞を訂正し、ちらり、うなだれる皐を一瞥。
 そして、「ああ」と、あることを思い出し、再び口を開いた。
「そう言えば……皐って、今」
 敢えて皆までは言わない。
 しかし「あ、もしかしてさっちゃんってニート?」と、トドメをさすのが唯だった。
「……う、うぬぅ」
 ガックリ肩を落とす皐は、今年で十六歳。本来なら唯や和と同じように高校に通っていてもおかしくはないのだが、わけあって進学していない。
 だから現在、皐は、紛う事なきニートだった。
「えーと……。さ、皐は普段、何やってるの?」
 唯の幼なじみであり、皐とは中学のころのクラスメートでもあった和は、すかさず話題を変えた。
「え? ……えーと」と、そんな和の機転には気づかず皐。唯に抱き抱えられたまま考えこみ、「か、家事、全般?」と冷や汗を流して答えた。
 そして、「……に、ニートです。ニートですよ、私!」と改めて自身の現状を思い知り、膝をつく。
 ……どうやらフォローに失敗したらしい。
 落ち込む皐を前に冷や汗を一筋。和は「えっと」と言ったきり次の言葉が見つからなかった。
 だから、

「――大丈夫だよ」

 果たして、そう言ったのは唯だった。
 彼女はそれまでのどんより気まずい空気など意に介さず、ニッコリ笑顔で言葉を次いだ。
「さっちゃんは、だっていつもがんばってるって、私、知ってるから」
 …………勝わないなぁ、と。
 唯のそんな脳天気な様を見て、皐と和は心中でこぼした。……やっぱり唯はすごい。いつも、どんなときでも、そうやって笑える唯に、知らず心を軽くしてもらっているんだと二人は思い――
「だから、さっちゃんは一生ニートでもヒモでもいいんだよ!」
 ……唯には勝わないなぁ、と。再び落ち込みだした皐を前に、和はため息とともに思った。
「はぁ……。それなら――」
 果たして、和は提案した。
 アルバイトでもしたら、と。

 ◇◆◇◆◇

 ――半年前。
 旧財閥系の家に生まれ、厳しい家庭環境のなかで育ってきた反動からか、いつしか女装趣味に目覚めていた皐。習い事や委員会などで忙しかったなか、どうにか時間をつくっては女物の着物を纏い、長髪のウィッグをつけては散歩に出ていた中学三年生のある日。

「――あ、白桜院くんだ。やっほー」

 当時、クラスメートだった平沢 唯に、一目でバレた。
「うぬぅ……。えと……ひ、人違いじゃ――」
「あれ? なんか、今日の白桜院くん、可愛いね!」
 ――それが、出逢いだった。

 ◇◆◇◆◇

 夜。夕ご飯の席にて、

「――そんなわけで、アルバイトをしようと思います!」

 と、手のひらを前に突き出し宣言する皐。瞳に『脱☆ニート』の意志を炎として宿し、同じく夕餉を囲んでいた平沢姉妹を等分に見た。
 ちなみに「そんなわけで」の前にそれを説明する言葉は無い。ゆえに、当然、和との言葉や会話の流れを憂は知らない。
「へえ、そうなんだぁ」
 それでも笑顔で受け答えするのが憂だった。
「それで、何するの?」
 ことの発端の一人であるはずの唯は、しかしそんなことなどおくびにも出さずに箸を進め、問うた。
「…………うぬぅ」
 手のひらを突き出したまま、とりあえず唸る皐。じつはまだ何も決めていなかったのだ。
 と言うより、彼はアルバイトというものを漠然としてでしか知らず、半ば途方にくれていた。
「あ。やっぱりファミリーレストランとかファーストフードのお店とかかな?」
 そして、出来た妹の呼び声高い少女は、そんな皐の心情を察してか自然とフォローの言葉を口にする。
「うぬぅ……」
 皐は、今度は気まずさからではなく思案から唸り、腕を組んだ。……ファミレスに、ファーストフード店かぁ。うぬぅ。
 どこか世間知らずの気のある皐だが、さすがにそれらのお店がどこを指しているのかはわかる。……わかる、が、それとアルバイトというものがうまくイコールで結ばれない。それ以前に――果たして、アルバイトとは何だろう?
「…………うぬぅ。憂さ~ん」
 聞くは一時の恥と自分に言い聞かせ、皐はとうとう自分がアルバイトというものをよく知らないことを打ち明けた。
「あ、そうなんだ」
 それでどうして『アルバイトをする』なんて言いだしたんだろうと疑問に思わないでもないが、憂はそこには触れず、ただ説明だけを口にした。
 そして、それを聞いてようやく就職とアルバイトの違いを皐が理解するころには食事もすみ、次いで『どんなアルバイトがあるか』に話がシフトするころには食器も洗い終わっていた。
「でも、本当に気にしなくていいと思うよ?」
 ところ変わってリビング。床に、朝刊に挟まっていた求人広告のチラシを広げ、それを睨んでいた皐に、先の話の途中でさり気なくアルバイトをしようと思ったきっかけを聞いていた憂は苦笑して言った。
「だって、さっちゃんが家のことしてくれるから、私はすごく助かってるよ?」
 たしかに世間一般からすれば、学校にも行かず働かずな彼はニートかも知れない――と、憂も思わないでもないが、これまでの経緯や皐の頑張りを知っている彼女からしたら、そのことに悩むことは無いと思った。
 昔から両親ともに家を空けることが多かった平沢家。そして家事全般が不得手な長女と、得意でも学校やら勉強やらで何かと時間が限られてしまう次女。そんななかで、教えれば何でもそつなくこなせる皐の存在は、何気に大きかった。
「そうそう。なんなら、家の家政婦さんになっちゃえば?」
 そう食後のアイス片手に追従する唯。まるで親の敵とばかりにチラシを睨む皐を不思議そうに眺め、軽い調子で言った。
「……いえ。やっぱりそういうわけにもいきません」
 対して首を左右にやり、皐。どこか気遣わしげな視線を向ける憂と、キョトンとして棒アイスを舐めている唯とを見てまわし、改めて口を開いた。
「私は……今まで考えたこともありませんでした」言って、眉根を寄せる皐。そして顔をうつむけ、「……お恥ずかしながら、私は今日まで平沢家の皆さんには家事手伝いだけでしかお返しをしてません」とこぼす。
 本当は、ニートがどうこう、ではなく。
 人一人養うには相応のお金がかる――なんて、考えてみれば当たり前のことにも気づかず、今日までただ好意に甘えるように生きてきた。そんな自分が情けない、と皐は自身を責めていた。
「……でも、」
 そんな彼を気遣い、何かを口にしかける憂。
 それを「――私は!」と、皐は半ば叫ぶように遮っり、「……私、は」一転して今にも泣き出しそうな顔になって声を震わせた。
「私は……こんな私に『ウチに来る?』って言ってくれた唯さんや、こうして私の居場所をくれた皆さんに恩返しがしたいんです」
 ……しなくちゃ、いけないんです。そう言葉を締め、再びチラシを睨む作業に戻る皐。その悲壮感すら漂う表情を見て唯と憂は顔を見合わせ、何も言えなくなった。

 ◇◆◇◆◇

 明治より続く名家にして日本有数の資産家と名高い白桜院家。
 白桜院 皐はそんな家の次男として生を受け、幼少より『白桜院の男子たるもの、かくあるべし』と母より何かと厳しく躾られてきた。
 なので、当然、女装趣味なんて他人に知られるわけには行かず。
 その日、なぜかクラスメートの女子にバレてしまった皐は、どうにか口止めをしようとして。

 ――憂と、出逢った。

「あ。そちらのよりこちらの方が実が詰まってて美味しいんですよ」
「うぬぅ?」
 何でも言うこと聞くので黙っていて欲しい、と頼み込んだ皐に、唯が『じゃあ、買い物つきあって』と返したのである。そしてそのつきあう相手が彼女の妹だった。
 ……いきなりバレされてません? と皐は思ったが、これ以上広められるわけにもいかないので付き添うことにした。
「あ。家、今日はお姉ちゃんと私の二人だけなので、こっちで」
「……うぬぅ」
 そして、憂につきあって買い物を続ける内に、皐は自分がどれだけ世間知らずだったのかを思い知った。
 これまで、彼女たちのように夕飯の買い出しなどしたことのない皐。当然、八百屋どころかスーパーにすら寄ったことの無い彼は、それまで『食材を厳選する』などという概念など無く、憂の言う『美味しい野菜の見分け方』を聞いて軽いカルチャーショックを味わっていた。
 だから――

「あ、あの! よ、よよよ、よろしければ明日からも時々、買い物につきあわせてもらっても良いですか!?」

 ――そうして、女装少年と平沢姉妹との奇妙なつきあいは始まったのだった。
「うん、いーよ」
 …………ちなみにこの日、唯は一人、試食品コーナーをめぐっていました。

 ◇◆◇◆◇

「――それで? 皐は何のアルバイトするって?」
 昼休みの教室で向かい合って座り、それぞれ弁当を広げながら、和。眼前で美味しそうに一口ハンバーグを頬張っていた唯に問うた。
「うーん……。なんかまだ決めらんないみたい」と答え、次いで銀のホイルに入ったグラタンへと箸を伸ばす唯。それから、「昨日とかもお母さんたちに色々聞いてたし」と言って、もぐもぐ。冷めていながらも美味しいそれに瞳を細めた。
 ……ほんと、相変わらず器用ね。
 唯の様子と、目の前に広げられた弁当箱の中身とを眺め、和は思った。これで半年前まで料理したことないっていう辺り、やっぱり『白桜院』の名は伊達じゃないのかしら。
「まあ皐なら、やれば何でもできそうよね」
 言って、ふと、中学時代の皐を振り返る。
 和は半年前まで彼のクラスメートであった。
 『白桜院 皐』の名は、常にトップの成績を示していた。
 運動部に入っていないにも関わらず体育祭では負けなし。小柄で、小学生にしか見えないような童顔でありながら、それを感じさせない凛とした雰囲気を持ち、『白桜院』の名を知らずとも一目で特別とわかるカリスマを放っていた。
 そんな少年のことを、中学時代はずっと生徒会に属していた和は、三年でクラスが同じになる前から知っていた。
 曰わく、白桜院家を怒らせたらその日の内に消される、とか。じつは白桜院家は国を裏から牛耳っている、とか。果ては遺伝子操作で生み出された超人説など、もともと話題に事欠かないというのもあったが、何より教師陣の態度があからさますぎて和はずっと気になっていた。
 これだけ皆に特別視される彼は、どういう人なんだろう? そう思い、同じクラスになってからもそれとなく観察していた和だったからこそ、ある日いきなり「さっちゃ~ん♪」と彼を呼び、あまつさえ抱きついた唯を見たときは開いた口が塞がらなかった。
 ……あとから聞けば、女装中の皐のことを「白桜院くん」と呼ばせないための呼称だったらしいけど、相手が唯じゃね。いろいろと、その時点でバレるのは時間の問題だったと和は思う。
「でも、なんとなくだけど……私、さっちゃんの気持ちもわかるんだぁ」
 ふと箸を止め、呟く唯。ぼんやりと件の少年が作ってくれた料理の数々を眺めやり、改めて口を開いた。
「『なにかしなきゃいけない』っていう気持ち。しなきゃ、しなきゃって焦っちゃう気持ち……」
 私も今、そんな感じだから。と、そこまでは口にせず、唯はいったん瞳を閉じ、「――だから」と言って開けた。
 そして、
「だから私も! とりあえず、軽音楽部ってところに入部してみましたっ!!」
 手のひらを和に突き出し、何の脈絡も無く宣言したのだった。

 ◇◆◇◆◇

 ――白桜院の人間は特別である。
 ゆえに、それ相応の教養をおさめるべし。白桜院の男子たるもの、かくあるべし――と、幼少のころより繰り返し繰り返し言われ、白桜院の人間として生きていくのだと信じて疑わなかった。
 だから――

「あなたにはもう『白桜院』を名乗る資格はありません」

 母に女装のことがバレた日。皐は比喩ではなく、これからどうやって生きたら良いのかわからなくなった。

 ◇◆◇◆◇

「あ。憂さ~ん!」
 夕方。下校する生徒たちに混じって中学の校門を出た憂を見つけ、皐は喜色満面で駆け寄った。
 それに「え?」と、憂は呼びかけに振り向き、「さっちゃん? なんで――」言いかけて、止まった。
 とてとて、と。小走りに駆け寄ってくる小さな影は、たしかに皐のようであった。
 しかし、
「それ、どうしたの?」
 眼前で立ち止まった、頭一つ分低い位置にある顔を指差して憂。
 それに皐は、指差されたサングラスとマスクの奥で「えへへ」と苦笑。常とは違う、髪を二つに結い上げた頭をかきかき、改めて口を開いた。
「私、中学のころは何かと有名でしたので……」
 ちらりと中学の校舎を見やる。
 そんな皐の奇抜な格好を横目でチラチラ伺ってすぎていく生徒たちに気づいているのかいないのか、今日も今日とて着物姿の彼は憂に視線を戻して言葉を次いだ。
「だから、変装です!」くるり、その場でターンして「これなら、あのころの私を知ってる子も気づかないかなぁって思うんですが、どうですか?」
 …………すごく目立ってるよ、さっちゃん。
 たしかに彼の言う通り、中学時代の『白桜院 皐』を知っている人にはバレないと憂も思う。……思うが、ヒソヒソ話をして自分たちを見る生徒たちが多いので、出来ればもう少し見た目をどうにかしてほしかったり。
「と、とりあえず行こ、さっちゃん!」
 皐の手をとり、たまらず駆け出す憂。それに不思議そうな表情をしながら、着物に草履と走りづらいことこの上ないはずの格好で苦もなく併走できるのは流石か。
 果たして、人がまばらになるまで駆け、憂が少々あがってしまった息を整える間に皐はマスクを外した。
「あの……私、なにかまた間違えてしまいましたか?」
 そう問う少年は、何気に息一つ乱していなかった。
 ただ深呼吸する憂を上目使いで見やり、『しゅん』として待つ。
「……あ。ううん」
 憂はそんな少年を見てとっさに愛想笑いを浮かべ――それからすぐにハッとして表情を苦笑に変え、言葉を次いだ。
「えっと、ね。たしかにサングラスとマスクで顔を隠せば誰だかわかんないけど……代わりに、けっこう目立ってたなぁ、って」
 皐は自他共に認める世間知らずで。だから、こうしたときはちゃんと教えてあげないといけない。……言いづらくても、しっかりはっきり告げないと彼のためにならないと憂は思い、説明を続けた。
「前にも言ったけど、着物ってけっこう珍しいから。それだけで目立っちゃうのに、サングラスとマスクなんてしたら、余計に……。それに変装なら、たぶん今やってる髪型を変えるだけで十分だと思うよ?」
 一時期、白桜院 皐に女装癖があったことが話題になった中学でも、髪を伸ばし、着物を纏った彼には気づかないだろう。
 そしてそれでも不安なら伊達メガネなり帽子なりをつければ良いのであって、着物にサングラスとマスクはよくない。傍目にも変人にしか見えないと憂は告げ、聞くにつれて落ち込んでいく皐のサングラスを外して苦笑した。
「て言うか、これ……もしかして、わざわざ買ったの?」
 サングラスには某百円均一のお店の値札がついていた。
「うぬぅ……。す、すみません」
 そこはかとなく呆れまじりの空気を察してか、うなだれる皐。
 着物の裾を握りしめ、地面を見つめること数秒。意を決し、顔を上げて言った。
「えと、憂さん……? あの、今から少し、お時間をいただけないでしょうか?」
 それがこんな格好までして迎えに来た理由だろうと察し、憂は緊張の眼差しでこちらを見る皐に「いいよ」と笑顔をむけた。
「……ほ。よかった」憂の答えに安堵の息を吐き、皐。緊張に凝り固まっていた表情を和らげて少女を見上げ、「やっぱり、よく知らない場所に一人で行くのは怖かったので助かります」そう言って微笑んだ。
 ……知らない場所?
 憂は皐の言葉に首を傾げ、「それで、どこに行くの?」と問うた。
 そして、
「はい。こすぷれ喫茶『“娘々(にゃんにゃん)”』というお店です!」
 そんな笑顔での答えに、表情を引きつらせた。
 ……こ、コスプレ喫茶?
 しかも『ニャンニャン』!?
「え、え~と……」
 さすがに言葉が続かない憂。彼女には珍しく冷や汗だらだらな心境だった。
「この求人誌にはですね――」
 そしてそんな少女の心情には気づくことなく皐。着物の袖から雑誌を取り出し、説明を続ける。
「お店の場所も近いですし、何より『コスプレできます! 男の娘大歓迎!!』って。だから私にはピッタリかな~って思うんです!」
 そう瞳をキラキラとさせて言う皐に、憂は頭を抱えたくなった。
 ……い、いや。た、たしかにピッタリかもだけど。
 …………せめて小声で言おうよ、さっちゃん。
「♪」
 憂の手をひき、笑顔で歩きだす皐は、やっぱり彼女の内心には気づいていない。
 それに『……あ、あはは』と、もはや乾いた笑いを浮かべるしかない少女と、ついには鼻歌まで口ずさみはじめた女装少年は――当然、これから向かう先で待ち受ける苦難を知る由もなかった。
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コメント


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| | 2010年09月05日(Sun)14:06 [EDIT]


ありがとうございます!

そういった肯定的なご意見は、この段階でいただけるとは思っていなかっただけに助かります。

個人的には、現在のツッコミは概ね想定内なので、むしろそれをお気にされるとこっちが心苦しいです。……違法と言われたのは完全に認識が甘かったせいですが(苦笑

ただ、狙いとして♯1~3辺りは批判も仕方ないと思って書いてますので、ご心配なく。
……というか、アレだけ「最低系SS」のテンプレを捻りもなく使用しといてツッコミ無しの方が読者のレベルを疑います。あと、一番怖かったのがスルーだったので、現状の「普通なら~」という書き込みは今後の「普通の反応」を描くうえでとても参考になるので助かってます。

おそらく、もう少しの間、感想板は荒れるかと。なので、擁護コメは「信者」呼ばわりされるかもなので、あちらでのコメは控えた方が無難やも……。

実際、もろもろの突っ込みはさておき、「どれだけ最低系SSと呼ばれる要素を組み込めるか」と「その上で、評価をひっくり返せるか」の実験でもあるので、しばらくは様子見に徹した方が書き込みやすくなるかと。

しかしながら、いくら想定しててもストレスで死に掛けてたのも事実なので、本当に助かりました。
重ねて、ありがとうございます。

嗣希創箱 | URL | 2010年09月05日(Sun)15:07 [EDIT]


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| | 2010年10月01日(Fri)09:53 [EDIT]


いや、本当にありがとうございます!

こちらでの更新は、あとでまとめて、と考えています。なので、ここに書き込んでいただいてけっこうですし、なんなら作っといて放置しまくりのBBSにでも書いてくださっても。
……まあでも、書き込み内容を伏せられないので、やっぱりこちらの方が良いのかな?

そして、個人的には私も同じく尊敬してしまう心境だったり(笑)
こちらとしては見直しの際に助かるのでありがたいのですが……ここまで来ると逆に何が言いたいのかわからくなってたり。「主人公がイヤ」とか「設定が無茶」って……あの作品になにを求めてるんだ???
もし更新停止を狙ってるのなら、もう遅いんですが……。話数に対して感想数がかなり多くなってるんで、これからは感想が無くなっても書き続けられるし、叩けば叩くほど「どんな作品だろう?」って逆に新規の方を引き込める要素になりえるんで私は大歓迎なんですが……(苦笑)

……ちなみに、一話時点で批判していた方すべてが割と致命的な勘違いをされていたみたいだったので、更新が続けばおそらく安易な否定はできなくなるかと。
なにせ主人公の設定を否定するわりに、どんな設定なのかを完全に把握している方はいませんからね。おそらく、最終話まで騙し続けられるでしょう。……というか、なんで主人公が着物なんて高価なものを普段着にしていられるのかに疑問を持たないんでしょうね? いったい誰が用意していると思って読み飛ばしてるんでしょう?

嗣希創箱 | URL | 2010年10月01日(Fri)14:59 [EDIT]


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| | 2010年10月01日(Fri)17:39 [EDIT]


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