玄関のチャイムを鳴らして待つこと数秒。すぐに、は〜い、という年若い女性の声と共に玄関の扉が開けられた。
「こんばんは。あの、なのはちゃん居ますか?」
「はい、こんばんは。……あら、あなたはなのはのお友達?」
玄関を開けたのはどうやらなのはって子の母親らしい。
彼女は、外見だけを見れば娘と同じ歳頃の少女である俺の、やけに大人びた雰囲気を感じ取ってか不思議そうにしていた。
……ま、中身中学生だしね。
「初めまして。私はケイト・テスタロッサ。こんな時間にすみません」
内心で苦笑を浮かべつつ、そう笑顔で言って一礼。頭の両脇で束ねられた金色の髪がサラリとその動きに合わせて流れた。
「あの、今日はウチのリスがお宅のなのはちゃんにお世話になりました件で、お礼を言いに来ました」
言って、俺は肩に乗っているリス――フェイトさんを示した。
「なのはが……お世話?」
首を傾げるなのは母。ま、その気持ちをわからないでもないけど、
「はい。ウチのフェイトって、いっつも目を離すとどこかに行っちゃうんです。それで今日も町中を探して歩いていましたら、お宅に入る所をご近所の方が見たって。なので、失礼かと思ったのですが勝手にお邪魔させて頂いたんです。そうしたら、寝ているなのはちゃんの横でフェイトも一緒に寝ていたんです。なのはちゃんを起こすのも悪いと思いましたので、その時はそのまま私は帰りました。それで、お世話になった、というよりご迷惑をおかけしたなのはちゃんに一応ご挨拶したいと思いまして、この度はお邪魔させて頂きました次第です」
ザーっと相手に言葉を挟ませ無いよう嘘を並べ立てる俺。それから、言い終わった頃合を見計らって、フェイトさんが俺の肩から跳び降りた。
「あっ、フェイト!」
そのままフェイトさんはなのはって子の元へ走って行く。……うん、作戦通り。
「あっ、あのっ……」
若干、涙目になってなのは母を見あげた。
それに、
「はい、どうぞ」
まったくこちらを疑うことなく中へ導くなのは母。しかも、
「……ごめんなさいね、玄関で長話させちゃって。さ、さ、上がってちょうだい」
などと、初対面でありながらやけに友好的な態度で言った。
……おや? どうやら信用してもらえた模様。
「し、失礼しますっ!」
慌てた風を装って、俺は室内へと上がらせてもらう。
それとほぼ同じタイミングで、遠くから『ふぇいとちゃんだぁ』という女の子の声が聞こえた。
「ケイトちゃんて日本語お上手ねぇ。何処から来たの?」
「いえ、私はこの国で生まれたんです。両親の出身はアメリカの……」
そこまで言って、首を傾げる。
……あれ? アメリカって、なんて都道府県があったっけ?
「え〜と、たしか……『ミッドチルダ』?」
……嘘じゃない、はず。
俺はあたかも申し訳なさげな微笑を浮かべて言った。
「……すみません、今度確認しておきますね」
「いえ、良いのよ気にしなくて。そう、日本で生まれたの。まだ小さいのに言葉使いが丁寧で、偉いわねぇ」
……まぁ、中身は十四の純日本人ですから。
「ありがとうございます」
俺は笑顔を作って答えた。
――あ、ちなみに現在俺は、フェイトさんに変身しています。
◇◆◇◆◇
……女の人って、どうしてこう、一緒にお風呂に入りたがるんだろう?
夕暮れ時にフェイトさんのお願いを聞き、俺はフェイトさんに変身して高町家へとお邪魔する事にした。
流石にぶかぶかの制服や、まして男ものの下着なんかをはいて訪れるワケにもいかないので、それらを事前に調達&着替えて、とりあえず見れる格好にしてから来た。
正直、子供――それも女の子の服なんてよくわからなったが、そこはそれ、フェイトさんの意見を鵜呑みにするというかたちで事なきを得た。
そして現在、それらは他の衣類と同じく脱衣所の籠の中。
つまり、俺は今――真っ裸であった。
「……長居するつもりは無かったのになぁ。ぶくぶく……」
薄靄のかかる高町家の湯舟につかりながら、呟く。
眼前ではなのはちゃんがフェイトさんの体を洗っていた。両者、とても楽しそうだ。
「こ、こらっ、なのはっ。じっとしてないと背中が洗えないだろうっ」
その、全く動きを止めない少女の体を四苦八苦しながら洗おうとしているのは高町 恭也さん。今年、高校に上がった、なのはちゃんのお兄さんだ。
そもそもの事の起こりはなのはちゃんの、『ふぇいとちゃんとけいとちゃん、一緒にお風呂入ろう?』という言葉から始まった。
それをやんわりと断ろうとしたら、なのはちゃんのお母さんが何故か乗り気になってしまって、あれよあれよという間に『じゃあ夕飯も食べて行ってね』という事になってしまった……。
賑やかで和やかや夕食。家族の団欒。
笑顔が場を満たす、暖かな空間。
それは、
――俺の知らない、『家族』の一時。
夕食後、どうにかそのまま御暇しようと思ったのに……なのはちゃんのお母さんに捕まった。
諦めて一緒に入る事にした俺だが、そこへ更になのはちゃんのお母さんまで入ると言い出してさぁ大変。
本調子じゃないなのはちゃんをお客様であるケイトさん一人に押し付けるワケにはいかない、というのがその理由。
「……でも、中身は男……ぶくぶく」
……紆余曲折の末、どうにか保護者を恭也さんに出来たのは我ながら頑張ったと思う。
「『死んだお兄ちゃんに似てるから……』我ながらナイス演技……ぶくぶく」
……今日一日でどれだけの嘘をついただろう?
仲の良い二人と一匹を視界に、俺は湯舟につかる口元に苦笑を刻んだ。
◇◆◇◆◇
「すみません、長居してしまって」
そう言って、俺は玄関まで見送りに来ていたなのはちゃんとそのお母さんにお辞儀した。
「いえ良いのよ。またいつでも来てね、ケイトさん」
「バイバイけいとちゃん、ふぇいとちゃん」
ぶんぶか大きく手を振るなのはちゃんに手を振り、俺はそれでは、と言って玄関から一歩外へ出た。
――その時だった。
『っ! 敬人!!』
脳内というか、俺の身の内から響くフェイトさんの緊迫した声。
「ぅをっ!? ふぇ、フェイトさん?」
突然キョロキョロし始めた俺になのはちゃん達が首を傾げているのが見えた――って、それはともかく、
「……な、何?」
二人には聞こえないよう小声で俺は肩に乗ったフェイトさんに問うた。
『来る……!』
……は?
首を傾げる俺を無視して、ソレは高速で来た。
――キィィイイイー―っ!!
「――っ!?」
空気を切り裂くその音で、俺もようやくソイツの襲来に気付けた。
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