《THE SECOND LIFE》
橋の上の上。麻帆良学園端にある橋の、それを支える支柱の上。
本日、一斉停電となったおかげで映える夜空のよく見える場所に私とお嬢様はいた。
「お嬢様……やはりお身体が――」
「あー! またお嬢様言うたー!」
夕方に倒れたお嬢様――このちゃんを心配して幾度目ともなる問いを発するも、ご覧の通り、聞く耳を持ってくれない。
「で、でもな、このちゃん! ここ、寒いやん? うち、このちゃんが心配やねんけど……?」
「大丈夫やて」
双眼鏡を下ろし、私へと振り向くこのちゃん。あぅ……だからその笑顔は反則やん……。何も言えんくなる……。
「ここ、せっちゃんがお札貼ったからあんま寒ないで?」
「それは……」
視線を逸らして口ごもる。た、確かに最小限の防寒と退魔の符は貼ったけど……それでも心配は消えない。
なにせ倒れたのだ。少なくとも私としては一晩ぐらいゆっくり休んで欲しい。
「ほわぁ……やっぱり凄いなぁネギちゃんは」
また説得しようと視線を戻せば、このちゃんは双眼鏡を通して下を――エヴァンジェリンや神楽坂さん達の試合を見ていた。
……いや。正確には『決闘』、か。
そこにルールなどなく、恐らくはギブアップするまでやり合うだろう月下の決闘。私はそれを見るとはなしに見ながら、
「……驚きました。ネギ先生は魔法だけでなく棍棒術――いや、槍術まで使えるんですか」
軽く目を見開いて、驚く。
熟練度こそ低いものの、素人にしてはやや鋭く完成に近い感がある。更に、以前拝見した際も驚いたのですが……あの歳で縮地まで使えるなんて凄すぎです。
「……でも、やっぱりアカンな」
え? 寂しげに、悲しげに呟くこのちゃんを、見た。
このちゃんは真剣な顔で双眼鏡から下を見つつ、
「ネギちゃん……無理しとる」
視線をネギ先生と茶々丸さんの戦闘へと戻した。
「あ……」
気付いた。
確かに少女の振るう杖は鋭く、あのエヴァンジェリンの従者たる茶々丸さんをもってしても御し難いようだが――その杖を持つ両手は血で真っ赤だった。
「……せっちゃんはネギちゃんの裸、見たことある?」
え? 呆然とこのちゃんを見る。
「ネギちゃんな……。体中に傷があんねんて」
双眼鏡で顔の半分は隠れていたが、わかる。このちゃんは今、もの凄く悲しそうな顔をしている。
「アスナが言うとったわ。他ん人には気ぃ使われたないから、ネギちゃんがお風呂誘われたらなるだけ自然に断ってなー、て」
ネギ先生を見た。
……その気持ちはわかる。ネギ先生だって女の子だ。体に消えない傷があれば、なにはなくとも気にして当たり前だ。コンプレックスになっていても不思議はない。
『でも……』と思う。そのコンプレックスを神楽坂さんは知っているんだ、と少し驚く。
このちゃんの口振りや彼女たちの態度からも分かるとおり、神楽坂さんとネギ先生は凄く仲が良いのだろう。
それこそ――例えば、自分の醜い姿を見せてしまえるほどに……。
「……春休みにな。ネギちゃんと手ー繋ごうとしたんよ」
……なんとなく、言わんとしていることがわかった。
「そしたらな……ウチ、いきなり突き飛ばされたんや」
ため息を、吐いた。
「『なんでやの?』って不思議に思たんやけどな……ネギちゃんがそん後に必死んなって謝るから訊けんくて。それでそのこと、後でアスナに話したんよ」
そしたらな……。そう悲しげな微笑をたたえて語るこのちゃんの台詞を、
「――ネギ先生の手は、ボロボロだった」
遮るように、次ぐ。
「……やっぱりわかる?」
笑みに苦みを少しだけ加味し、このちゃん。それに「はい……」と返し、視線を件の少女へと戻す。
……見ればわかる。
少女の戦い方を見れば、簡単に知れる。
……ネギ先生は自分の体を労らない。
全力で、一切の手加減を無くその技能を使う。
結果――体は傷つき、心もまたボロボロになっていく。
「……ネギちゃんが寝た後に、な。悪い思たんやけど……アスナと二人で見たんよ」
そう言って、小さなため息を零すこのちゃん。私はそちらへの視線を向け、
「だけどそれは……」
このちゃんが気にすることじゃない――と言っても恐らく無駄だろう。
「まったく、ネギちゃんはむちゃくちゃなんや。ホンマに」
……だってこのちゃんはもう、笑顔を作っていたのだから。そう、わざと明るい声を作って会話を結めてしまったのだから。
だから――
「…………あれ?」
首を傾げるこのちゃん。そして、
「あれー? せっちゃん、せっちゃん」
双眼鏡を四方八方に向けてキョロキョロ。
? このちゃん、どないしたんやろ?
「……このちゃん?」
私の呼びかけに双眼鏡を下ろして首を傾げるこのちゃん。不思議そうな顔で私を見て、
「あんな……。アスナがな……、見当たらへんのや」
え?
下を見た。
……確かに神楽坂さんが見えない。それに彼女が相手をしていたエヴァンジェリンもいない。
……これは――
◇◆◇◆◇
――作戦は単純明快。
“一番(いっちゃん)”厄介なエヴァンジェリンの奴を姐さんに遠ざけてもらって、そんでもってまずは従者の方を叩く!
「ふっ!」
「っ」
しっかし……ネギの姉貴の棒術にも驚いたが、姐さんには驚かされっぱなしだぜ。
姉貴が苦労して無理して暴走してまでして倒せなかったエヴァンジェリンのヤローを一般人である姐さん一人で抑えてもらえるたー思わなかったぜ。……まぁエヴァンジェリンが手加減してる上に遊んでるっつーのもあるが、正直ありがてーことに変わりはねー。
「ハッ!」
「――――」
そんでもってエヴァンジェリンの従者であるこのロボ。姉貴の刺突を難なくかわし、姉貴と違って瞬動術なんて出来ねークセに、姉貴の動きについて来やがるバケモンだ。
……だけどまー、コイツにならまだ勝てる。
姉貴単体じゃあ、ちぃ〜っと難しいが、姐さんと二人でボコにすりゃあ簡単なんとかなる。
そしてそのための手は打ってある。だから、あとはそう――
「はっ!!」
ネギの姉貴の刺突がついに命中! そんでもって思いっきり吹き飛ぶロボ。
ッシャー! 心ん中でガッツポーズをしつつ、
「姉貴!」
「うん!」
以心伝心。俺っちの言いたいことを正確に読み取る姉貴。……まぁ事前に作戦を言ってあるからなんだが、しかしこいつはタイミングが命だ。ついでに言やあ、失敗は許されねー。
姉貴は一旦瞬動で距離を稼ぎ、スーツの内から姐さんの仮契約カードを取り出す。
「“召還(エウォケム・ウォース)!! ネギの従者、神楽坂明日奈”!」
呪文と同時、発光するカード。そして浮かび上る魔法陣とそこに召還される姐さん!
ネギの姉貴は姐さんを見て笑い、
姐さんは姉貴に微笑んで頷き、
そして、
「「ハァアアア!!」」
同時に駆け出す二人。
ウォッシャー! どうでい! これならさしものエヴァンジェリンでも間に合わねーだろうが!!
二人はロボを挟むように迫り、
大剣を、杖を、
構えて切りかかり、向けて突き出し、
そして――
「――甘いな」
――ロボへと向けられた姉貴の刺突を、奴の影から出て来たエヴァンジェリンが捌き、吹き飛ばした。
◇◆◇◆◇
しずな先生などには『過保護ですね』とよく言われるが、俺としては過保護のつもりなどない。
あの日――俺がウェールズを起つ時だって、珍しくわがままを言うネギを叱ったり強引な手で無理矢理別れるのではなく、現実の厳しさと世界の広さというものを実力でもって教えたし、次に会う時までに多少は強くなるように約束までして自発的に別れるように仕向けたのだ。
それに……神楽坂にも言ったが、俺は少女の目標にならないといけない。故に甘やかすつもりなんて無い。
だからこれは……――そう。ただほんの少しだけ心配になって――いや、ネギの成長が見たいだけだ。
ビルの屋上から橋を見る。
……確か、近衛が教えてくれたのは橋の上で十時開始だったハズだ。もう結構な時間がたったから、そろそろ終わる頃か?
魔力を込めて視力を上げる。
さて……ネギは?
◇◆◇◆◇
夕食後。
どーいう経緯でこうなったんかは定かじゃないが、あたしは今だにあやかと一緒に居た。
「……ケイトさん、遅いですわね」
リビングのこたつに向かい合うように座り、時折そう言って時計を確認するあやか。……ああ、そうか。たしかあたしが何かの拍子にケイトが外出してて今晩は一人だって言っちまったんだった。
「……今さらだが、あたしは一人で平気だぞ?」
停電のせいか、あたしとケイトの住まう部屋の光源はテーブルの上に立てられた蝋燭のみ。そしてその頼りない灯火の向こう――あやかはどこか複雑な表情になって「……ですが」と戸惑い混じりの声で返した。
……ああこいつはまた、なんか勘違いしてやがんな。あやかの表情や雰囲気からそう判断し、ため息。
「なにをまた勘違いしてんだ、あやか?」
担当直入に訊く。どっかの馬鹿と違ってあたしは表情一つで内心を見て取るなんて芸当は出来ねーし、あやか相手に腹の探り合いなんてしたくねーからな。担当直入上等だ。
そしてそんなあたしにあやかは小さく目を見開き、それから微苦笑へと表情を改めて、
「『勘違い』ではありませんわ。私はただ、もっとお二人とお話がしたい、そう思っているだけですわ」
……はあ? あやかの台詞に怪訝顔になって首を傾げる。
「話って……それこそ明日でも良かないか?」
明日は……まあ、学校が休みではあるが、それでも今日に拘る理由にゃなんねーだろ?
「今日は停電とかで危ねーんだし、さっさと帰って寝た方が――」
「そうですわ!!」
不意に遮るあやか。って、いきなり大声出すな!
「……おい。もう今日は遅い時間なんだから――」
「はい! ですから私、今日は泊まらせていただきますわ」
再び遮られる。
「……あ゛あ?」
今こいつはなんて言った?
泊まる? いきなりなんでだ?
「――って、よく見りゃでっけーバッグ持って来てやがるし!」
あやかの背に置かれた四角くて固そうなバッグを指差して叫ぶ。こいつ始めっから泊まる気だったのか!? 準備万端かよ!!
そんなあたしの突っ込みに「ふふふ」と上品に笑うあやか。それから、いつもの自信に満ちた表情になって、
「ヴィータさんも仰いました通り、すでに遅い時間ですし、停電のため夜道は危険ですわ」
……いや、夜道て。薄暗いとは言え帰り道は寮の廊下だけだろ? しかも五分もかかんねーだろ?
「……危険か?」
すっげー怪訝な顔んなってあたし。それに、
「はい!」
元気いっぱい頷くあやか。その上、
「これはもう泊まるしかありませんわ」
…………いいや、それで。
あたしは面倒んなってあやかの言葉を受け入れ――携帯が着信を知らせる。
「ん?」
あたしは何の気なしにポケットのそれを見――『ケイト』の表示に目を剥き、慌てて出る。
「な、なんだ?」
若干上擦った声であたし。……どうやら、知らず知らずの内にケイトのことを心配していたらしいな。
そして、
「…………? おい、ケイト……?」
声が、返って来ない。変わりに『ヒュー、ヒュー』という、まるで全速力で走った後の呼吸音のような『音』だけが聞こえる。
「…………おい」
普通なら悪戯電話を疑うのだろうが――そんなのは有り得ない。
あの馬鹿はその手の稚拙な悪戯をしないし、その電話を他人に使われるなんてことはもっとしない。ケイトはその辺、キッチリしてやがるから自分以外が勝手に電話を使えないようにぐらいはしてるだろうし、少なくとも危険性のある電話をあたしの携帯にかけさせるなんて事態を未然に防げない筈が無い。
だから、電話の向こうに居んのはケイトで間違いなくて、
つまり、この空気の漏れるような呼吸は奴のもので、
「っ! ケイト!!」
声が出せない。
それでも電話をかけなければならない状況。
それはつまり――
『――失礼』
――不意に、言葉を伝え始める電話。
『お電話代わりました、ケイトさんの代理の者です』
目を剥く。
『現在、ケイトさんが“諸事情により話せない”ようですので、僭越ながら私が“彼”の言葉を代弁させていただきます』
驚愕に言葉が出ない。心境的には、それこそ心臓が飛び出そうなぐらい驚いている。
『あなた様が現在、どちらに居られるかは存じませんが――』
声は、少女のものだ。
『――今すぐ、外へ出て下さい』
知っている声。
『……聞いていますか?』
知っているからこそ、有り得ない声。
『…………繰り返します。今すぐ外へ出て、ランサー様と合流して下さい』
生きているはずの無い人の声。
生きていたら、こんなにも幼くは無いだろう。だけど――何よりも大切で大好きだった人の声に、それは酷似し過ぎていた。
「……………………うそ、だろ?」
それは、
その声は、
まるで、
子供の時の、
――はやての声、だった。
次話/
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