《ゼロの使い魔〜雷槍の騎士〜》
彼らは当初、三人の少年少女たちを往生際の悪い王軍による時間稼ぎとしてしか見ず、『我らはトリステインの大使だ』という少女の言葉に耳を貸す者はいなかった。
故に彼らは進軍を止めず、
故に少女らの再三に渡る警告を無視し、
そして、
彼らは五万という大軍でありながら、たった三人の少年少女たちによって無理やり進軍を止められた――。
◇◆◇◆◇
十人いれば多いと感じ、百人いれば多勢と感じ、そして千人を超えれば最早数の多さなんてどうでも良かった。
遠くで動く人の波。対する自分たちは石ころか。そんなとるに足らない存在を前に波は止まらず、一切気にせず、軍靴の調べを潮騒のように響かせ続ける。
「……まあ、そうするでしょうね」
ルイズは苦笑し、呟く。
再三に渡る、叫ぶような大声をあげての説得は徒労となり、対する五万ものアルビオンの反乱軍は一切進軍を止めなかった。
だから、仕方ない。
少女は視線を、隣に浮遊していたアリスへと向け、
「いいわよ、やっちゃって」
肩をすくめ、一言。
そして、
「了解。『オプティックハイド』――解除」
幻術の隠れ蓑が剥がれ、赤いてるてる坊主の眼前に現れる桃色の魔力光。
それは巨大な魔法陣。
それは超大な魔力球。
半径にして十数メートルという巨大なミッド式魔法陣の前に収束する、三十メートルは優に超えた直径を有する桃色の魔力の塊。
それをアリスは躊躇無く――
「起動――『スターライト・ブレイカー』」
――放つ!
ド……ッゴォオオオ!! 桃色の閃光が駆け、人の波を抉って過ぎる!
正に圧倒的。アリスの放った砲撃魔法は驚愕し恐怖して目を剥いているだろう大多数を飲み込み、そのすべてを等しく地に伏せさせる。
「……ぅわ」
それを見て、ルイズは目を丸くした。
スターライト・ブレイカー。
事前にアリスからその魔法について聞いていたし、エリオからもその魔法がいかに強力かは聞かされた。もともとは、青年の師に当たる魔導師が編み出したそれは、強大な魔力を周囲から集め、収束させて放つ強力無比なる砲撃魔法で、その威力たるや彼の知る魔法の中では最高位だとか。
アリスのはその模倣で、本家本元のそれとは比べものにならないぐらい威力や収束率などで劣っている上に、その魔力の収束から砲撃までのシークエンスがあまりにも長くかかってしまうため実績には向かないという話。少女が言うには見た目の派手さなら負けてはいないが、それは上手く魔力を一点に収束しきれていないせいであり要はムラの成せる技だとか。
しかしそれでも、ルイズの目には反則的なものに映った。
どれだけエリオやアリスに『本物はもっと凄い』と言われようと、一撃で百を超える兵士を昏倒させ反乱軍の陣形を抉ってみせたそれを、ルイズは過小評価なんて出来ない。
……これが異世界の魔法。
これが異なる世界において最高位とされる魔法。
「さて、ここからが本番ですね……」
そして百を超える兵を凪ぎ払って尚、傲るでもなく純粋に事の推移を見定めるアリス。
「うん。彼らも少しは僕らの危険性がわかったろうしね」
そんな少女を誉めることも忌避することもなく、逆にそれが当然とばかりに肩から大剣を抜き放って彼女に同意するエリオ。
ルイズは戸惑う。文字通り次元の違う二人の魔導師を前に、思ってしまう。
自分が、どうしようもなく足手まといな存在ではないか、と。
自分一人が、彼らと違う、平均以下の落ちこぼれではないか、と。
だから――
「――大丈夫です」
一歩、下がろうとした少女に、かかる声。
「あなたは役立たずじゃありません。だから、ルイズさんはルイズさんの役割をこなして下さい」
振り向くルイズに顔を向けず、
不安を宿す瞳に笑みすら向けず、
「あなたが居なければわたしたちは生き残れません」
アリスはただ、遠くを睨んで告げる。
少女はただ、それが当然だと言わんばかりの態度で告げる。
そして、
「行くよ、ルイズ!」
エリオは一瞬だけ笑みを向けて、すぐに駆けだした。
二人はルイズを励まさない。
彼らは少女を叱咤しない。
「『プロテクション』――自動起動設定。『ジャンプ』――起動準備開始」
何故なら、その必要が無いから。
「さあ、行こうデルフリンガー!」
「おう!」
何故なら、ルイズは既に、前を向いていたから。
「……ふん! いいわよ、やってやるわよ!!」
少女は凶悪な笑みを刻み、
左手に、青年より借りた『ストラーダ』を、
右手に、少女より渡された『始祖の祈祷書』を持ち、
「――……エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ」
紡ぐは、祈祷書に記されし古代のルーン。
アリスが予めトリステインの王宮から盗んで来たらしい国宝――『始祖の祈祷書』に記された、始祖ブリミルが記した古代語を唱える。
それに伴い、『ジャキン!』とストラーダのカートリッジがロードされ、少女の消費する魔力を補う。
「――……オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド」
長い、長い、詠唱。
それは初めて読む、生まれて初めて紡ぐ詠唱でありながら、まるで子守歌のような懐かしさをルイズに感じさせた。
「――……ベオーズス・ユル」
懐かしい。
ルイズは呪文に陶酔していくように、体内に生まれた波をうねらせていく。
「スヴュエル・カノ・オシェラ」
リズムが刻まれ、うねり、大きくなっていく。そんな感覚に身を任せ、周囲の一切を無視して謳い続ける。
「…………」
その様子をアリスは横目で眺め、すぐに視線を前に戻した。
それと同時、
ヒュッ……!
幾百、幾千という矢が、砲弾が二人へと殺到!
そして、
「邪魔です」
ギィギィィイイイ――――……ン!
そのすべてを数センチという小さな魔法陣が防ぎ、弾き、無力化させる。
「……いいえ、邪魔ではありません。邪魔にすらなりえませんね」
アリスは笑う。
異界の魔女はかくも皮肉げに嘲う。
「強い魔力を持つエリオさんやお姉ちゃんならまだしも」
アリスは嘲笑する。
対物理攻撃に特化させた自動起動型の魔力障壁を前に、幾百の矢は、幾千もの弾は無力。
「対魔特性の攻撃をするルイズさんやお兄ちゃんならまだしも」
アリスは狂笑する。
それら一つ一つは無力でありながら、しかし魔力を消費し続けることには変わり無く、数の暴力は確実に少女を致死へと追い込む。
「あなた方ではわたしを終わらせることは出来ない」
それでも、笑う。
刻一刻と死へと近付きながら、それをこそ笑いに変える。
「殺せるものなら殺して――」
果たして、その言葉はルイズの放った魔法の光にかき消された。
「……『エクスプロージョン』」
それは小さな太陽のような、凄まじいまでの閃光をもった一撃。数十メートルという広範囲を包み、吹き飛ばす無音の爆撃魔法。
ストラーダのカートリッジ・ロードによって魔力や威力を上乗せしたからこそ、だとルイズは思う。そうでなければ自身の魔法が先ほどのアリスのそれと同等かそれ以上の威力を持って大部隊を吹き飛ばしたとは思えなかった。そうでなければ――怖すぎる。
先の魔法は我ながら反則だ。強すぎる。もしストラーダの『非殺傷設定』という加護を持たず自力でのみ放っていたら……何十という人間が死んでいたかわからない。
「これが……『虚無』」
これこそが伝説……。
これこそがわたしの――
「ルイズさん」
自分の力に愕然としていたルイズは、不意に呼ばれて我に返った。
「……なによ?」
隣に浮遊し、真紅の魔法陣でもって殺到する矢や銃弾を無力化していたアリスを見る。
それに赤マントに赤い帽子の少女は悪戯っ子のように茶目っ気たっぷりの微笑を浮かべて、一言。
「じゃ♪」
瞬間――アリスの姿はかき消えた。
すべての攻撃をわたし一人に集中させて――。
◇◆◇◆◇
敵主力艦を叩き落とすこと事態は難しくない、とエリオは思っていた。沈めるだけなら、それこそ先ほどアリスの放った砲撃魔法だけでも十分だったろう。
「来やがったぜ! 相棒、竜騎士だ!」
しかし、それではダメだ。
誰一人として殺さず、殺させずに済ますには危険を冒してでも接近し、艦に乗り込んで直接叩かなければいけない。
故に、エリオは単身、敵主力艦目指して滑空する。
「無視だよデルフリンガー!」
接近する数十からなる竜騎士隊の、そのすべてを無視しする! 降りかかる火炎を、風の刃を、すべて避けて一直線に空を駆ける!
「! 本気か相棒!?」
視界の先――目標である艦で光が瞬き、轟音が上がる。
砲撃。たくさんの鉛を一気に放つ散弾。それを眼前に張った魔力障壁で弾き、速度を上げる!
ガガガガギィィイイ……!!
障壁を削る散弾に怯まず、デバイス抜きでの魔法使用による莫大な魔力消費に構わず、一分一秒でも早く敵主力艦へ!
「はは! おでれーた! さすがは相棒! さすがは伝説の使い魔、ガンダールヴだ!!」
砲撃を避けず、竜騎士たちを無視して一直線! 果たして数分という、短くも長い激戦区を潜り抜けてようやく敵主力艦へと突っ込む!
ドッグォオ――……ン!!
相手が船だからといって素直に甲板に上がる必要は無い。エリオはそれこそ一直線に、今まで散々砲撃をしてくれた砲台を吹き飛ばして艦内へと侵入した。
「う、うわぁあああ!!」
「ヒィイイ!?」
混乱と驚愕と戦慄をもって自分を見るすべての人間に向けて視線を走らせ、柄にもなくニヤリと笑って口を開く。
「我が名はガンダールヴ! 始祖ブリミルに仕えし最強の使い魔なり!!」
若干頬を染めるのはご愛嬌。エリオは当初の目的通り相手に畏怖と混乱を招くために精一杯悪人顔をして叫んだ。
それに、侵入者に気付いたのだろう迎撃部隊が雄叫びを上げて特攻。そして即座に暗く狭い室内を縦横に吹き飛ばされる。
「ぅわぁあああ!!」
「ヒィイイイ!!」
絶叫が、悲鳴が、恐怖と混乱を呼び、艦内に轟き満たす。
「我は千の軍を滅ぼす者!」
その中にあって青年の言葉に疑う者は、もはや居なかった。
僅かばかりの戦意や勇気を振り絞って彼に挑む者はすべて彼の紫電散らす大剣によって凪ぎ払われ、また及び腰の残存部隊も含めた逃げ遅れていた者すべてが昏倒させられる。
そして、すぐさま室内に火の手が上がり、更なる絶叫が艦内に響き渡る。
もはや青年に挑もうとする者は一人とておらず、艦内に残ったすべての者たちは我先にと脱出し始めていた。
「我はガンダールヴ!」
それらすべてに青年は等しく鬼のような形相を浮かべ、悪鬼羅刹のように狂ったような笑みを口元に刻んで応対。雷光纏う大剣を振るい、逃げ惑う者たちをこれでもかと追い立てる。
「我は始祖に仕えし最強の使い魔!!」
――その日、その艦に乗るすべての兵士は後にこう語る。
どうして自分たちが生きているのか――そのことが逆に不思議に思えた、と。
◇◆◇◆◇
エリオが単身『レキシントン』号、及び航空戦力を叩いて、わたしとアリスの二人が地上部隊を抑える。
……そう、二人で。
なのに――わたしは今、一人だった。
「アリィイイ――――ッス!!」
雨霰と降りしきる矢の中、ストラーダが張ってくれた障壁に守られ動けないわたしはとりあえず叫ぶ。
状況は最悪。カーリッジをロードし続けてバリアを維持しているけど、それでも現状は苛められている亀のよう。
距離の離れた相手に攻撃する手段なんてわたしには『虚無』しかなく、それを打とうものならたちまちバリアが消えて矢の餌食になってしまう。
つまりは手詰まり。
エリオは航空戦力を一手に引き受けているだろうから呼べないし、アリスはいないしで、もう最悪!
『――……どうにも状況は芳しくないみたいですね』
ようやくの念話での返事は彼女にしては冴えないもの。無機質無感動な声音に焦りを匂わせる雰囲気を纏ったアリスの声に額をまた冷や汗が伝って過ぎた。
『あちらの「目」――遠距離の戦況を把握し伝える手段は、ほぼ潰しましたが……まだ「頭」――戦況を判断し指示する者たちが潰し切れてません』
わたしは歯噛みしてアリスの言葉を聞く。なによ、らしくなく焦ってんのよ……。
冷静沈着な彼女がそんななのだ。それだけで現状が如何に不味いのかが知れるというもの。
「な、なんか打開策は無いの?」
「今はそれより相手の『槍』を――城へと向かった別動隊をどうにかするのが先です」
問いへの答えは隣から。アリスはいつものような神出鬼没っぷりを遺憾なく発揮して気付いたら隣に浮遊し、向かって左手側を睨んでいた。
「流石に一筋縄では行きませんね。こちらの『主砲』が長い詠唱を必要とする『大砲』だと気付かれているようです」
! それで――!
アリスの言葉にハッとする。つまりわたしの『虚無』を抑えるために矢の雨を!?
「ちょっと! どうする――」
「ルイズさんは向かって前方の『矢』を――遠距離攻撃に特化した弓兵部隊に向けて『虚無』を」
遮り、らしくない早口でアリス。そして視線を左手側に向けたままわたしの前に浮遊し、
――ニコリ、と笑った。
「……先に申し上げておきます。わたしは――死にません」
呆然とアリスを見た。
その浮遊する足下に浮かぶ三角と十字架で描かれた魔法陣――エリオのそれと酷似した真紅の図形を見ながら言葉を失う。
「『デアボリック・エミッション』開始――闇に、染まれ……」
その言葉と共にアリスはルイズを守る楯から飛び出し、
――その身を少女の楯とするように滞空した。
「っ!? アリス――!!」
叫ぶ間もあらばこそ。即座に数百数千もの矢に打たれ、その身に纏う赤いマントや帽子を打たれるアリス。
ルイズは目を剥く。
少女の纏うそれがバリアジャケットであったからこそ未だ彼女に傷は無いが、しかしそれは『今は』というだけ。遠からずアリスの防護服が貫かれるだろうことは段々と端から傷付いていくのを見れば嫌でも知れる。
そしてだからこそ――ルイズはアリスから目を逸らした。
……わたしは死なない? ――だから何よ!!
彼女の狙いがわかったからこそ、ルイズは迷わない。ストラーダに張らせていたバリアを『虚無』の魔法へと転じ、消す。
今は一刻も早く攻撃を!
それだけを念頭に、二人は魔法を詠いあう――。
◇◆◇◆◇
『レキシントン』号の動力部を墜落しないギリギリまで破壊するのに思いの外時間がかかった。
「皆逃は……まだ、か」
次なる航空戦艦へと向かいながら、眼下の戦況を見回すエリオ。瓦解し始めた部隊や混乱し停滞する部隊もチラホラと窺えるも、未だに数千数万という兵は無傷にして戦意を損なっていない。しかもルイズたちだろうと思しきそこに矢を降らせて動きを封じ、その脇を迂回するように城へと向かう部隊を見つけて顔をしかめた。
「戦況はまだまだ芳しく無いな相棒」
手に下げたデルフリンガーが苦い声で言い、エリオもそれに苦い表情になって頷く。
「……もともと勝てるような戦力差じゃなかったから、ね!」
言葉の途中、向かって来た竜騎士たちに向けて剣を振るう。
……正直、手間がかかりすぎる。
相手を傷付けず、無力化する――それだけでも難しいのに高高度での空戦では、下手に無力化すれば墜落死の危険性もあるため必要以上に神経をすり減らす羽目になる。
「ぐぁ――!?」
「ギャアア!!」
数十数百という竜に跨る騎士たちを睨み、最も近い飛行戦艦へと向かう道すがら片っ端から片付けていく。
……マズいな。
途中、ルイズの爆発魔法によってだろう眩い閃光や、アリスが使ったのだろう対照的に漆黒の闇を視界の端に捉えるも、しかしエリオは内心の焦燥を止められない。
「……相手方の司令官は優秀みたいだね」
チラリと眼下を見つつ、デルフリンガーにしか届かないような声音でエリオ。出来ることなら今すぐにでも少女たちのもとへと向かいたいが――そんなことをすれば間違いなく敵軍を抑え続けることなど出来ない。
「たしかに! こっちの唯一の航空戦力である相棒をご自慢の竜騎士隊総出で抑えるたー並の軍師じゃ出来ねー判断だ! 恐れ入るぜ」
皮肉を多分に含んだ賞賛の言葉でデルフリンガー。エリオは内心で苦笑してそれに同意。
……本当に、恐れ入る。
敵軍の主戦力である航空戦力をすべて自分に当てているため下手に合流出来ない上に、地上へも降りられそうにない。相手の狙いが戦力の分断にあるのだとしても、エリオは今、デバイスも無しに飛行や攻撃の魔法を使っているせいで魔力を浪費し続けているため、その点でも頭が痛い。
開戦するやアリスの『スターライト・ブレイカー』にルイズの『虚無』の魔法をくらい、主力艦を早々に失って尚、戦意を失っていないらしい敵軍とその動きを見れば、彼らに指示する立場の人間が如何に優秀かがわかる。
「……マズいな」
そしてわかっているからこそエリオは焦る。
眼下ではあまり動きを見せないルイズとアリスへ向かって幻獣だろう巨大な鬼人が数十匹、数百からなる歩兵と共に駆けていた。
「ルイズ、アリス……どうか無事で!」
助けるすべの無い青年はそう叫び、また敵戦艦の一つへと突撃するのだった――。
◇◆◇◆◇
例えば、とある『文明が進み過ぎて滅んだ世界』があったとして、その文化の遺産が何らかの理由で異世界へと流れたとする。
それは、その流れついた世界からすれば自分たちより進んだ世界の遺産であろう。それはさながらオーパーツであり、そしてとある世界の住人たちからそれは『ロストロギア』と呼称されていた。
『ロストロギア』――進み過ぎて滅んでしまった世界から流出した遺産。その中には、願いを叶える魔力結晶――『ジュエル・シード』や、圧縮された魔力の結晶――『レリック』があった。
そしてその二つに共通する『莫大な魔力を内包する宝石』はもう一つ、とある少女の一部にも存在していた――。
「……だから、わたし、は……死なない……と、言ったん……で、す」
ルイズの代わりに文字通り矢面と立ったアリスは全身至るところを矢で貫かれた酷い有り様で、それでも笑顔を作って言った。
「わたしの……右目、と……頭の、一部は……固ぃんで、す……」
右手や左肩に矢を生やし、
右肺を、心臓を、貫かれ、
左右脇腹から血を流し、
両足は削られ、
服を血の赤に染め、
「……だぃ……じょ……ぶ、です」
辛うじて無事に残った顔の右半分で微笑み、
見るも無惨な有り様となった顔の左半分で真紅の涙を流して、
「アリス……」
ルイズは言葉をかけられない。
少女の着ていたバリアジャケットがボロ雑巾のように成り果て、血と臓腑を垂れ流す死体であるはずの彼女は、しかし人で無いが故に地上には降りない。辛うじて残ったマントの残骸と四肢を拘束する漆黒のベルトで赤く醜い裸体を隠し、アリスは真に化け物であることを証明するように未だに滞空し続けていた。
『――とりあえず体の修復は後回しにしますので今は念話でお話させて頂きます』
アリスは視線を遠くの敵部隊へと向けながら念話を介して言う。
『現在、相手方の歩兵部隊とオーク鬼による部隊がこちらに向かって来ています』
その言葉と同時にルイズの前に出現する三十センチ四方のウィンドウ。
その、いきなり現れたウィンドウとその中に映る雄叫びをあげて駆ける敵部隊とを見て目を丸くするルイズに、しかしアリスは一瞥もくれずに言葉を継ぐ。
『しかし先行する部隊は……おそらくは陽動でしょう。その後方から近付く魔導師――メイジを中心とした部隊と、大砲を担いだ部隊こそが本命かと』
ルイズの眼前に新たなウィンドウが開き、先ほどの歩兵部隊やオーク鬼を中心とした幻獣を使役する部隊と違って歩みの遅い、ローブを着た部隊と大砲を運ぶ部隊とを写す。
『……歩兵部隊が平民でのみの編成から見て、おそらくは彼らに足止めさせている間に、最悪、彼ら共々砲撃の餌食とするつもりでしょう』
その台詞に『……最悪』と呟くルイズ。その作戦は自分たち『誰の犠牲を強いることのない終戦』を目指す者からすれば是が非でも止めなければならないものだったが――
「……状況は芳しくありません」
――そう言う少女の状態からして、困難は必至。
ルイズがウィンドウに視線を向けた一瞬で、どうやってか顔や大体の部位を修復したらしいアリス。血糊がベッタリと張り付いた、ボロ雑巾のようなバリアジャケット姿でありながら少女の視線や声に疲労や苦痛の色は無い。
「こちらの傾向は分析されているようですね。……どうやら、相手方のブレインに――『頭』となり指示する立場の人間に優秀な方がいるようです」
そしてまたウィンドウが開き、航空戦艦や竜騎士隊と戦うエリオを映す。
青年は見た限りでは目立った外傷は無かった。それに思わず安堵の息を吐きかけ――彼が相対する大部隊を目にしてルイズは顔をしかめた。
「あちらの思惑が何であれ、結果的にこちら側からすれば現状は最悪です」
その体に纏うバリアジャケットも見る間に修復しながら、アリスは淡々に語る。
「取れる作戦としてはわたしが先行する部隊を抑えている間にルイズさんが」
魔導師部隊を――そう言いかけ、アリスはいきなり目を見開いて驚愕の表情となった。
それを見てルイズもギョッとして目を剥き、口を開こうとして――
「しまっ――!? 気付かれ――!!」
らしくなく慌てふためくアリスと、
そして目を丸くするルイズの前に、
『――アリス!!』
ウィンドウが開き、
ルイズが見たことの無い焦った表情をした金色の髪の、
――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが叫ぶようにして少女を呼んだ。
そして、
「……………………お姉ちゃん」
ポツリ、と。アリスは申し訳なさそうな表情で呟き、ウィンドウから視線を逸らした――。
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