嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

《THE SECOND LIFE》13

《THE SECOND LIFE》






 俺がネギの受け持つ3‐Aに赴任してから今日で四日目。半ば習慣化しつつあった部活動巡りも半ばを終えた今、俺は麻帆良大学工学部のとある研究室にいた。それも……泥だらけで。
 ここに来る途中で川に流されていた猫を拾い塗れネズミとなり、木に引っかかった風船を取るために跳べば高さを誤って枝に激突し、何故かまとまり付いて来た園児と遊び、お婆さんを背負って歩道橋を上がったりと色々やったせいか、思い切り汚れてしまった。
「……衛宮先生。どうしたんですか?」
「ん? ――って、うわ!? へ、ヘルパー! 泥だらけじゃん! どしたの?」
 雑多な資料やら機械などが乱立する部屋。そこにいた絡繰と葉加瀬が、入室する俺に気付いてそれぞれ反応する。
 それに苦笑。まぁ話しても良いが笑われるのが目に見えているので、ここは黙っておこう。
「……なに。猫の餌やりでちょっと、な」
「あ」
 椅子に座り色々なコードに繋がれていた絡繰が俺の台詞に口をポカンと開けた。
「衛宮先――」
「先生って柄じゃない」
 絡繰の言葉を遮って、苦笑。
「気にするな絡繰。お前のマスターからの頼みを聞いただけだ」
「え?」
 キョトンとする絡繰。その彼女と俺とを交互に見ると、葉加瀬はニコリと笑った。
「そだヘルパー」
「ん?」
 絡繰に繋がれたコンピューターの一つへと歩いて行き、葉加瀬。画面へ視線を向けたまま、
「あのさ。ヘルパーって……何者?」
 カタカタとキーボードを叩く音。チラリとこちらを見る葉加瀬の視線は真剣そのもの。
「超さんも気にしてました。何せ私たちが生み出した茶々丸をこうも簡単に破壊されたとあっては――」
「なるほど」
 茶々丸は二人に生み出されたんだったか。つまり親であり、子……まぁ確かに正体不明の男に自慢の娘を傷付けられたとあっては黙っていられない、か。
「……かなり荒唐無稽な話になるが、良いか?」
 腕を組み、壁に寄りかかって虚空を眺める。
 ……さてどうしたものか。
 ネギのこともあるから俺の過去についてはあまり語りたくない。しかしある程度は情報を開示しないと彼女らは独自に調べ、そして無駄に危険な橋を渡らせることになるやも知れん。
 そうなるぐらいなら、と触りだけ話すことにする。
「――五年前、」
 ……そうか、もう五年も前だったか。
「俺はこことは違う世界にいた――」

 そして――語る。
 俺がいた世界でのことを。
 冬木市。聖杯戦争。“使い魔(サーヴァント)”。それから――

「――俺は聖杯を破壊して、この世界に来た」
 ……正確には“跳ばされた”。
 宝石剣だの莫大な魔力を持つ聖杯の破壊だのが原因か。俺は気付けばもといた世界と似て非なる異世界にいた。
「俺が強い理由は――『これ』だ」
 汚れたワインレッドのスーツを脱ぎ捨て、黒いワイシャツをはだけて見せる。
 左腕に巻かれた真っ赤な聖骸布。
「『英霊』――伝説や神話に出てくる英雄達」
 例えばアーサー王。
 例えばクーフーリン。
 例えばヘラクレス。
「俺の左腕はそういう連中のを無理矢理くっつけたものだ」
 ……まぁ連中みたいに有名かはともかく、一応『“エミヤ(あいつ)”』も英霊だしな。間違いではないはずだ。
「普段は“聖骸布(コイツ)”で力を封印してるが」
 しかし……一度、その封印を解けば――

「……正直に言って、信じられません」

 苦笑して葉加瀬を見る。まぁそうだろう。
「ですが、信じないにしても」
 葉加瀬は言いながらチラリと絡繰を見た。
「……はい。現に私はあなたに敗北しました」
 絡繰は頷き、俺を真っ直ぐに見た。
「なるほど……だからあの時『アーチャー』と」
 絡繰の言葉に、苦笑を濃くする。
 俺は……なんだってよりによってアイツのように名乗ったんだ?
「……いや。悪いが『アーチャー』はやめてくれ」
 ……柄じゃない。それは『先生』って以上に柄じゃない。
 俺はアイツとは違う。アイツみたいにはならない。だからそう、衛宮士郎はやはり衛宮士郎らしく、
「『ヘルパー』で良い」
 そうさ。俺は『“弓兵(アーチャー)”』じゃなくて『“助っ人(ヘルパー)”』で良い。
 黒いワイシャツのボタンを締め、スーツを着る。
 ……さて、絡繰の調子も確認出来たしエヴァンジェリンの所に行くか。
 葉加瀬と絡繰に背を向け、俺は研究室を後にした――。

 ◇◆◇◆◇

 ――まどろみの中を行く。
 ゆったりと鈍重に。優しさと暖かさの中を行く。
 夢。夢の中。

 ――……バカ。

 声がして、視界が切り替わった。
 そこは白い部屋――保健室で、ボクはそこに寝ていた。
 白いベッド。視線を横にすると、少しだけ目を赤らめた不機嫌顔のアスナさんがいてボクを睨んでいた。
「バカネギ……。あんた魔法、使えなかったんでしょ……?」
 弱々しい声。だから笑って口を開いた。
「でも……ボクは先生だから」
 アスナさんにはいつでも元気に笑っていて欲しい。そう思って、体中痛いのを我慢して笑顔を作ったのに、
「バカ……!」
「えぅ……」
 ひどいな。そんな泣きそうな顔をして言わなくても良いのに……。
「私が……どんだけ心配したか、わかってんの……!?」
「あ……」
 ギシ、とベッドが鳴って、気が付くとボクはアスナさんに抱きしめられていた。
 ……痛い。全身が、痛い。
「女の子が……こんなにいっぱい、怪我して……」
 アスナさんの声が震えていた。だからボクも、泣きそうになって、
「あ、アスナさん。そう言えば……テスト、は?」
 話題を変えた。
 そうだ……ことの発端は期末テストのことで図書館島の魔導書探しをして――
 ゴーレムが現れて、
 アスナさんがボクをかばって怪我をして、
 それでボクは最後にエレベーターの前で、
「……あんたがこんなになってるのにテストなんて受けれないわよ」
「う……」
 ごめんなさい……。そう呟いたら――デコピンされた。
「うぅ……! い、痛いですよアスナさん……」
 ほら……デコピンが痛いから涙が出てきちゃったじゃないですか?
「ばか」
 いっそう、抱きしめられる。
 暖かい……優しさに包まれて、涙が止まらない。
「教えてよ……ネギ」
 まどろみに包まれる中。
「あんたが頑張るわけ……教えてよ……」
 全ては夢の中。
 視界が白く、白くなって。
 鈍重に、過ぎて行く。
 ――……眠っちゃった?
 遠くで声がした。
 ――……ねぇ、オコジョ?
 大好きな声。でも……誰だっけ?
 ――……“仮契約(パクティオー)”するとどうなるの?
 思い出せない。ううん……考えられない。
 眠い……。
 暖かい……眠い……。

 ――……バカ!

 声がして、また視界が切り替わった。
 女子寮の大浴場――その脱衣場。
 お風呂は嫌いだって言ったらアスナさんが怒って無理矢理ボクを引っ張って来た。
 そして――見られた。
「……あ、あの、その」
 脱衣場でボクの上に馬乗りになるアスナさんを多少引きつってるだろう笑顔で見上げる。
 ……だから、お風呂は嫌いなのに。
 アスナさんはボクの裸を見て固まっていた。
 いや――正確にはボクの体中に刻まれた、いくつもの傷跡を見て、固まっていた。
「……あんた、それ――」
「べ、別にいじめとかじゃなくて……!」
 慌ててアスナさんの言葉を遮る。
 そうだ……ボクの体の傷は全部、誰かにつけられたものじゃなくて、
 自分で、頑張って、だから――
「き、気にしないで下さい! こ、これはあの――」
「バカネギ!」
「は、はいっ!」
 アスナさんは……ボクにはよくわからない、怒っているのか悲しんでいるのかわからないような顔をして、
 ボクを抱きしめた。
「あ……」
 暖かい……。
 眠い……。
 まどろみが、視界を白く染めて行く……。
 ――……ばか。
 遠くで声がした。
 ――ばか。
 優しくて暖かい声がした。
 うん……ボクは……ばか、みたいですね……。



 ――――ドクン!



『――――……大丈夫――――』
 ――ドクン!
 視界が白から黒へ。赤へと切り替わった。
『――――■■■■は―――が守――――……から―――』
 ザー――――……。
 砂嵐のように不鮮明な視界。ノイズばかりで聞き取り難い、まるで耳に水が詰まった時のような聞きずらさ。
『――――来るぞ!』
 ドクン! 声に胸が一際大きく鼓動を刻む。
 これは……何? なんでボクは――“テレビの中に”いるの?
 ドクン!
『■■■■――あんたは私が――――』
 ザー――……。
 ザー――……。
 ザー――……。
『オイ、まだかっ!? 早くしろ!』
『――――うるさいわねぇ――私は――■■■■――』
 ザー――……。
 聞き取り難い。なに? 何て言ったの?
『――――……?』
 あ、あれ……?
 おかしいな……どうしてアスナさん――“真っ赤”な、の……?
『――――避けろ! 神楽坂――――!!』
『――――!』
 ――ビシャァアアア! 画面に、まるでバケツの水をかけるかのように『それ』はかけられた。
 ドクン!
 …………え?
 画面が真っ赤で……見えないよ?
 真っ赤……。
 血が……。
 アスナさん……?
 アスナ……さん?

 ◇◆◇◆◇

 寮に戻るや――絶句。あたしはリビングの扉を開けた、その格好で固まった。
 目を剥くあたしの視線の先にいるの一人の少女。まるで鏡写しのようにあたしと瓜二つの容姿をし、まる一日居なかった上に全く音沙汰の無かったケイトがそこでぐったりとして座布団の上に体を横たえていた。
「……なんで」
 呆然と、呟く。
 ケイトがどこで何をしていたのは知らない。だけどこいつがぐったりしている理由はわかる。
 一目瞭然と言ってもいい。
 ケイトが体を横たえる赤い座布団。そしてこいつが着ている真っ赤な制服。その二つの染料を垂れ流す、ケイトの左胸の穴。
 おそらくは致命傷。よく見ずとも、その傷が心臓まで届いていることぐらいわかる。
「お前……なんで……」
 混乱する。思考がぐちゃぐちゃだ。それでもケイトの流血量が既に致死量を軽く超えていることぐらいはわかる。
 それこそ――ケイトでなければ既に死んでいるだろうほどの傷。
「……ぁ、おねぇ……ちゃん………」
 ッ!
 掠れた声、焦点の合わない視線。いつ死んでもおかしくない、既に死んでいない方がおかしい、そんな状態でありながらケイトはあたしに微笑んで見せた。
「ケイト!!」
 それだけで頭がいっぱいになった。
 あたしはがすぐに鞄を投げ捨て、一も二もなくケイトへと駆け出し――

「――おっと、そこまでだ嬢ちゃん」

 ――肩を掴まれ、止まった。
 っ!? 振り向く!
 そこに蒼衣の男がいた。
「これは親切だ。そいつが大事なら動かさねー方がいいぜ」
 男は肩をすくめ、目を剥くあたしの肩越しにケイトを見る。
「どういう体の作りをしてんのかは知らねえが、よく心臓を貫かれて生きてやがるな。恐れ入るぜ」
 …………なんだコイツは?
「……呪いは……そろそろ、“解呪(ディスペル)”……できます」
「おいおい、そりゃどんな奇跡だ? 嬢ちゃんの方がよっぽどバケモンに見えるぜ」
 呆然と二人の会話を眺める。
「……あなたに……言われたく……ない」
 ……なんだ?
 なにがどうなってやがる?
「そうか? まあしかし、俺のマスターになるってんだからそうでなくっちゃいけねえわな」
 俺は『ククク』と喉を震わせて笑い、横たわるケイトをそっと抱き起こす。
 そして、男はまるで赤ちゃんを抱くようにケイトを横抱きにして抱え、振り向く。
「! な、なんだよ!?」
 視線が合った。ただ、それだけで――わけもなく震えた。
 な、なんだコイツ……!? 感覚が常人と大差ない今のあたしですらわかる。この男のバカでかい魔力――本当に何もんだ!?
「そう言えば、挨拶がまだだったな」
 ギョッとするあたしに獰猛な笑みを向ける男。あたしはそれだけで体を竦ませ、一歩後退。
「初めまして、“主の主(グランド・マスター)”」
 ダメだ……。コイツはもう、相対しただけで負けだ……。摩耗し錆び付いたあたしの中の生存本能ってやつが警笛を鳴らしっぱなしだ……。なんなんだよ、いったい!?
「……少し、黙っててくれますか? ――“ランサー”」
 半ば茫然自失となっていたあたしを現実に引き戻すケイトの声。それにあたしはのろのろと視線をケイトへと向けた。
「……ごめんね、おねえちゃん」
 ヒュー、ヒューという空気の漏れるような呼吸音を挟みながら、ケイト。青ざめた顔に大量の冷や汗を浮かべ、弱々しく笑って言葉を次ぐ。
「……驚かせて、ごめんなさい」
 そしてそれにあたしが何かを言う前に、
「へえ、本当に“ゲイボルク”の呪いを解呪したのか」
 男――ランサーがケイトを少し驚いたような視線を向けて言った。
「……“世界の定義(ルール)”への干渉はわたしの十八番ですから」
 それにケイトは、先ほどとは打って変わった普通の声音で返す。
「……“因果の逆転(ゲイボルク)”事態はどうにも出来なかったけど、それによって与えられた“呪い(おまけ)”ぐらいなら問題ありません」
 そして、さっきまで死にかけていたはずのケイトはランサーの手を離れ、自身の力で立って見せる。
「……世界への干渉力ならまだしも、自身への干渉力ならまだわたしでも対処出来ます」

 額の汗を拭い、先ほどまで自分を抱えていたランサーへと向くケイト。
「忘れましたか、ランサー? あなたのマスターにしたことを」
 あたしが本能的に怯え、何も言えなかった男を相手に不適な笑みを向けて告げる。
「いいや。忘れたわけじゃあねえ」
 それに肩をすくめてランサー。ケイトから一歩離れ、リビングの壁へと背を預けて腕を組み、
「ま、俺としちゃあ、誰がマスターだろうと関係ねえ。せいぜい簡単には死んでくれるなよ嬢ちゃん」
 獰猛に、まるで犬や狼のような殺意を乗せた笑みをケイトに向けて返す。
「もう……! 本当にあなたは発言が一々物騒ですねランサー」
 それにため息一つ。間接的にその殺意を感じたあたしですら絶句するランサーの気迫を真っ向から受けて尚、ケイトは『八神ケイト』という“設定(キャラクター)”を崩さない。
 ……これが、人を超える者。
 唐突に、思い出す。
 『“英霊(サーヴァント)”』そして『“槍兵(ランサー)”』の呼称と、その意味。
 おそらくは先日、あたしの記憶に刷り込まれたのだろう知識。
 ――今なら、わかる。
 『英霊』に人は勝てない――それが、異世界のルールであり常識。
「なにが『ジャンケン』だ……!」
 今ならわかる。
 本気を出した衛宮教諭には絶対に勝てないと言ったケイトの言葉の意味が。
 そしてそれを相性という言葉だけで片付けて見せたケイトの強さが。
 世界の構成、定義、根底、根源、基本に基礎の情報――即ち、ルール。
「……おねえちゃん?」
 そしてそれに干渉し、書き換える能力――『イデア・ハック』を使うケイトの異常さがようやく。その反則さが本当に、ようやくわかった。




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《THE SECOND LIFE》12

《THE SECOND LIFE》





 ――やられた。
 あたしはリビングのテーブル上にあった書き置きを見下ろして肩を落とす。
「……バカ野郎」
 顔をしかめる。
 畜生。朝起きて、隣のベッドが空な時点で気付くべきだった。あたしはドサッと床に膝を落とし、頭を抱えて後悔する。
 ――探さないで下さい。
 そう書かれたノートの切れ端を睨んで盛大にため息。畜生……人がせっかく昨日の“あれ”を“謝ろうと”思った矢先にどっか行きやがった……。これはあれか? 遠回しな嫌がらせか?
 あたしは頭をガリガリとかいて、ふと、視線を自身の腹部へと向けた。
 昨晩、あたしはケイトに“腹部(そこ)”を貫かれて意識を失った――はずだ。少なくともあたしの記憶ではそうだし、その時に感じた痛みや人の腕が強引に体内を走る独特の異物感なんかも本物だろう。
 しかし、パジャマの上から触れたそこに怪我など無く、ましてや痛みなど露ほども感じない。
「……畜生」
 要するに貫かれたのは、体ではなく――心。
 精神体、とでも呼べば良いのか。そいつをそいつとする“自己の根底(パーソナリティ)”――ケイトの言葉を借りるなら、あたしをあたしとしている“根源情報(イデア)”を奴は昨日、攻撃したのである。
 なんのためか、と問われれば単純明快。ケイトにやられる前には知り得なかった情報が今のあたしの頭ん中にある時点で理由は明白。あたしに情報を渡すためだ。
 ……ぜんぶ、あたしのせいだ。
 昨晩、大浴場であたしは、ケイトのことを『八神ケイト』という偽名ではなく、『ケイト・ハラオウン』という本名で呼んでしまった。そしてその事により、本来なら知らせない予定の人間に裏の情報を流す羽目となり、ケイトはあたしに口裏合わせの情報を即座に、しかし誰にも感知されないような方法で渡す必要に迫られた。
 機密レベルAのケイトの内情――つまり、非合法なやり方かもしくは諜報機関にでも頼らないと知り得ない、言わば『裏の事情』を、あたしは奴の特殊能力――『イデア・ハック』によって直接脳内の記憶野に刻まれ、それに対する処置も同時に刷り込まれた。
 おかげで奴が昨晩、あたしに何をしたか、そしてこれからそのことで起こるだろう騒動にも当たりを付けられる。
 ……だけど、
「それにしたって……ハラオウン家が暗殺者一家ってのはねーだろ?」
 呟き、苦笑する。ハ! そりゃまた最悪の類の冗談だな、ケイト! もしそんなことをフェイトやクロノたちが知ったら、天国から怒鳴りつけに来るぞ?
 そう呆れる反面、ケイトが自分の設定をそうした理由もわからないではない。
 ……あいつが魔法や能力じゃねー、純粋な剣術を本気で使うにはそれなりの“過去(りゆう)”がいるだろうし、万一ケイトがケイトらしくない行動をしても『二重人格』って設定がありゃ幾らかごまかしも利く。
 何より昨日みたいにあたしがミスって『ハラオウン』と呼んでもどうにかなるしな。
 あたしはそこまで考えて『やれやれ』と頭を振った。ったく、どこまで人を手のひらの上で転がしたら気が済むんだ、あのヤロウは! そう苛立たしく思いつつも、しかし同時にそれが頼もしくもある。
 ……ま、そういうケイトだからこそ、あたしはあいつを信じてやれんだけどな。
 脳裏に浮かぶ不吉な予言――昨晩、ケイトの寄越した未来予想図にはこうある。
 今日、これからの衛宮教諭の反応しだいであたしの余生が決まる、と。あたしがケイトを『ハラオウン』と呼んでしまったせいで広がった波紋は、やがて彼へと集約し、結果、未来を二分させる。
 即ち、あたしが学園生活を送れるのか否かの二つに。
 ……たく、あのバカは今ごろ何やってんだか。
 リビングの窓の外へと視線を向けて思う。今ごろ、ケイトはあたしが学園に残るための“切り札(カード)”を手に入れるために何かやってるはずだ。
 それこそあたしが昨日言った通り、本気で。あのバカは約束を守るためなら平気でむちゃくちゃしやがるから厄介なのである。
「……昨日はああ言ったが、本気のあいつってのはあんま好きじゃねーんだよな」
 あたしは小さく、未だ朝靄のけぶる空を見上げて呟いた――。

 ◇◆◇◆◇

 一限の休み時間。
 昨晩の八神姉妹の騒ぎを終結させるべく、ネギは雪広、那波、村上の三人を職員室へと呼び、彼女らの事情を話している。
 そして俺は、
「……話って何ですか、先生」
 生徒指導室で件の双子の姉――八神ヴィータと二人、向かい合って座っていた。
「ヴィータ……『先生』ってのは――」
「早く本題を、“先生”」
 ……良い度胸だな。
 こちらが何を訊こうとしているかぐらいわかっているだろうに、ヴィータはどこまでも余裕然とした態度を崩さず、不適な笑みまで浮かべて俺を見返していた。
 そんな彼女に『フッ』と軽く笑い、口を開く。
「では、単刀直入に訊くが――ケイトはどこだ?」
 ――今日、八神ケイトは欠席した。
 風邪で休む、ということだが……それを額面通り受け取る輩は昨晩の騒ぎを知らん連中だけだろう。昨日の今日、ということもあり休んだ――とネギや雪広たち事件の当事者は思っているはずだ。
 かく言う俺もその一人。だからヴィータが「風邪です」と軽く返したのに対し、苦笑。
「……まさか俺が、何も知らないとは思っていまい?」
 そう確認するように言った俺にヴィータは若干眉をひそめる。……ん? その反応にこちらは態度には出さず、内心で同じように眉をひそめた。
 ……どうやら交渉ごとや情報戦と言った舌戦は苦手らしいな。妹と違ってすぐ顔に出る。
「ヴィータ……君の妹は今、麻帆良に居ないな?」
 ――昨日、ケイトから意外な自己紹介を受けた俺は、それとなく学園側に彼女の身辺調査と監視を頼んだ。
 そして昨晩、騒ぎの終結後、皆が解散してすぐに――少女の姿を見失ったらしい。
「……生徒の監視をしてたんですか?」
 どことなく固さの感じられる声音で問い返すヴィータに「そうなるな」と肩をすくめて返す。
 ……監視させていたのは当然、素人では無い。そして彼女らが“監視(それ)”に気付いていないとも思っていない。
 仮にも『抑止力』を名乗った少女を俺は過小評価しない。
「君の妹は少し前まで『ケイト・ハラオウン』という名前だったみたいだな」
 そして彼女が意図的に流布したのだろう、ダミーの情報も無碍にはしない。
 俺はケイトが『異世界から来た魔導師である』という情報と『暗殺者一家の末弟』という情報を頭から信じていないが、完全に嘘だとは思っていない。
「では、『八神』という姓はどこからの引用だ? 君の姓か?」
 確実にケイトとヴィータは赤の他人だ。少なくとも生まれと育ちが同じでないことは似ているのが容姿しかない時点でわかる。
 だからケイト・ハラオウンと八神ヴィータは姓が違う――可能性が高い。
「……あんたももう、あいつのことは知ってんだろ?」
 少なくとも、ヴィータの反応から察するにその推測は正しかったのだろうと判断。
「君は彼女のことをどこまで知っている?」
 目の前の少女は俺でもわかるぐらいに嘘が下手そうに映る。そしてだからこそ、彼女への情報提供にケイトは気を配っている可能性が高い。
 ……あの子はこういった舌戦のプロみたいだからな。
 内心で苦笑する。俺は今まで彼女のように相手の思考を手玉に取り、情報戦を仕掛けて来る者と敵対したことがない。
 だからこその慎重さ。だからこその苛立ち。相手の予想にどこまで自分が嵌っているのかわからない不安。どれが虚実でどれが真実か思考する――それこそが狙いなのでは無いかという疑念に次ぐ疑念。相手の狙いが読めないが故に袋小路化する疑心暗鬼の思考。
「……少なくとも先生よりは知ってる」
 そんな少女と、もしかしたら敵対しなければならない。そしてそうなった場合に有効打たりえるのは、おそらく目の前の彼女の存在だけだろう。
 ……ケイトは単身である時が最も厄介だ。
 その思考能力と戦闘能力。試合とは言え、直に剣を交えたからこそ、わかる彼女の本質。
「君は彼女を信じているのか?」
 ケイトは嘘つきだ。それこそ目の前の少女にすら何かを隠している。
「ああ」
 不適に笑い、さも当然と頷くヴィータは――彼女にとって足手まといだ。少なくとも嘘を嘘と見破られる者が身内にいては、ケイトの舌戦能力が半減してしまう。
 ……見たところ、直接的な戦闘力は彼女より下なのは間違いないしな。
 そして、それが故に――
「……なるほど」
 ――俺は彼女を信じてやれる。

 何故なら、
 今のヴィータは、ケイトから俺への、

 ――人質、なのだから。

 ◇◆◇◆◇

 場所は階段隅。人気のあまり無い場所で私たちは向かい合っていた。
 八神さんたちの事情を聞かされた私は、さっそく二限の休み時間にヴィータさんと話すことにしました。
「……驚いたな。あたしらのことを聞いても、まだあたしに話しかけようとするなんてよ」
 壁に背を当て、どこかあたしを小馬鹿にするように笑いながらヴィータさん。いつもの私なら、その不遜な態度に文句の一つでも言うところなのでしょうが、彼女たちの過去を聞いた今、そんな気にはなれません。むしろそうやってどこまでも攻撃的な態度を取るヴィータさんに涙すら出そうですわ。
「ヴィータさんは私の友人です。ですから話しかけるのに遠慮はいりませんわ」
 僅かに目を丸くする少女にやんわりと微笑む。
 ――ヴィータさんは親から執拗に虐待を受けて生きていました。
 先日の身体測定や昨晩の大浴場で彼女の体を見た私たちだからこそ、ネギ先生の言葉はすんなりと入って来た。ああ、やはりそうでしたか。おそらくそう感じたのは私だけでは無かったはずです。
「……ケイトさんは今日は?」
 ――妹のケイトさんは産まれてすぐに……所謂、殺し屋家業を営む祖父方の実家に引き取られて……ずっと、人を殺す技術を教わって来ました。
「風邪で休み」
 そう答えてすぐに苦笑するヴィータさん。私の顔を見上げて頭をかき、視線を明後日に向けて再度口を開く。
「……そう言ってくれ、ってさ。悪いけど今はそっとしておいてやってくれ」
 ――人が人を殺す……それがどれほどのストレスなのかボクにはわかりません。ですが幼いケイトさんがそのせいで多重人格障害になってしまったことから、その精神的苦痛は察せられます。
「……わかりました」
 内心で唇を噛む。悔しい。ケイトさんが所謂裏家業と呼ばれる家柄からそういった技術を強制的に学ばされていたなんて思いもしなかった。
 ――あいつは剣道が強いんじゃねー。ただ、上手いだけだ。
 昨日、剣道場で私はそうヴィータさんに言われた。そしてその言葉の意味を理解したつもりだった。
 ――強いってのはな、ちゃんとそれを学んで実力を付けたやつを言うんだ。
 ヴィータさんはケイトさんのことを知っていた。ちゃんと理解した上で共にいることを選んだ。
 ――まあ、あれだ。料理出来る人間ってのは包丁の扱いが上手い、ってのと一緒さ。
 その言葉の意味と重さに、あの時の私は気付けなかった。
 ――それでも……あいつに左手がねーことは変わらねー。
 それを、今は恥る。
 ――じゃあ、あいつは……人より楽してると思うか?
 気付けなかったことを、恥る。
 ――あやかは気付かなったみてーだけどな。ケイトの使ってた剣術……アレはもともと二刀流用のなんだよ。
 そう言ったヴィータさんの気持ちに気付けなかったことを、
 ――……あたしらに同情なんてする必要はねー。
 そう言ったヴィータさんの思いに気付けなかったことを、恥る。
「……ヴィータさん」
 涙が出そうだった。
 ――ケイトさんに『ハラオウン』という姓はトラウマの象徴です。だから絶対に彼女をそう呼んでは行けません。
「ああ?」
 怪訝顔の彼女はどうして、こんなにも強いのだろう?
 ――ケイトさんはずっと、姉であるヴィータさんを恨んでいました。そしてある日、彼女はハラオウン家から脱走し八神家へとヴィータさんを殺しに行きました。
 実の両親に虐待され続け、双子の妹に殺されかけ、
 ――……でもケイトさんは途中で気付きました。自分が不幸であった時、自分の半身もまた不幸であったのだと。だから……ケイトさんは憎しみの矛先を両親へと変えた。
「ヴィータさん……私は、同情しません」
 吐き出すように、苦い表情で告げた。
 ――ケイトさんはお姉さんのことを知って、ヴィータさんは妹のことを知り、そうして二人は今みたいな関係になりました。
 言葉にするは容易く、実行するには至難を極めたろう双子の相互理解。それを思えばこそ、ネギ先生は泣きそうなのをどうにか堪え、私たちは何も言えなくなりました。
「……そいつは助かる」
 そう答えた少女に私は同情しません。その小さな体で辛い過去を背負い、そして妹のことをも受け入れた彼女を私は可哀想だとは思いません。
 だから、
「……ヴィータさん。これからも私と友達でいてくれますか?」
 それは支えるための、
 これから先を一緒に歩いて行くための、
 苦労を分かち合い、喜びを共にするための、
 手を、差し出す。
「……悪いけど、あやか」
 それを見てヴィータさんは首を横に振って、
「“あたしら”は、両手じゃないと掴めない」
 だから、もう少し待って欲しい。そうヴィータさんは苦笑して言った――。






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《THE SECOND LIFE》11

《THE SECOND LIFE》






 結局、夕飯をあやか達に呼ばれるがまま一緒に食い、そしてそのまま大浴場へ。あたし、ケイト、あやかに那波と村上はバスタオルと洗面用具を手に手に、揃って入浴した。
「――衛宮教諭が異世界から来た魔導師?」
 頭をわしゃわしゃと泡立てつつ隣に問う。
「うん。正確には魔術使いらしいんだけどね」
 それに、同じく頭を泡立てながらケイト。必要なんて無いだろうシャンプーハットを律儀に付け、瞳をギュッと閉じて返す。……これはあれか。遠回しに喧嘩打ってんのか、コノヤロー。
「……つーか、世界観の平均化、だったか? そんな理屈……あたしは聞いたことねーぞ?」
 剣道場での一件により、自然に互いの自己紹介をしたらしいケイト。その際にした会話を一通り聞き終え、改めて問いを重ねるあたしにケイトは、
「え? それはそうだよ。だって“適当に言っただけ”だもん」
 実にあっけらかんと、言った。
「どうにもね、衛宮先生の世界観っていうのが、全部が全部理屈を並べないと説明出来ないっぽいから、その場しのぎで適当なこと並べただけだよ」
 呆れた。
 ……ああ、そう言えばこいつ……真生の嘘つきだったな。
「じゃあ――……なんだっけ? 『抑止力』……だったか? それも適当か?」
 頭の泡を流しつつ改めて問う。
「うん」
 それに、やはりサラリと簡単に答えてケイト。目を瞑ったまま蛇口を探し当て、捻る。
「うひぁああ!?」
 水だった。
「……で? 結局、衛宮教諭は“犯人(くろ)”なのか?」
 呆れつつ隣のバカのためにお湯の蛇口を捻ってやる。
「あ、ありがとうお姉ちゃん」
 シャンプーハットを付けた脳天をあたしが出したシャワーへと伸ばしてケイト。そして、
「衛宮先生はたぶん違うよ。むしろ被害者みた――ぃみ゛ゃあ゛あああ〜ッ!?」
 シャンプーハット、水圧に負けて降下。『ジャバァアアア!』と思いっきりお湯とシャンプーの泡をかぶるケイト。……バカだ。
 ため息を一つ。あたしは手元にあったタオルを軽く絞り、顔を『ぐしぐし』とこすってるケイトへと当てる。
「あ、あ、あ、あ、ありがとう、お姉ちゃん」
 ごしごし、ごしごし。手間がかかるっつーか、このバカは何がしたいんだ?
「……結局、衛宮教諭には勝てそうなのか?」
 頭の次は体。髪の毛を頭の上に纏めて、ケイトの顔を拭ったタオルにボディーソープを付ける。
「うーん……たぶん、本気でやられると無理、かなぁ?」
 それを追うようにケイトも開いた両膝にタオルをかけ、中心にボディーソープを流す。ああ、そう言えばこいつ、片腕しか無かったな。
「どうにもね、相性が最悪みたい。だからわたしが衛宮先生に勝とうとすれば、絶対に“彼が本気を出せない内”っていう条件が必要なの」
 へえ、そりゃ凄いな。
 ケイトはその本質的に相手の力量を計り間違えることは無い。だからこそ、そんなケイトがそこまで言う衛宮教諭の本気が気になった。
「……やっぱ現役ん時のあたしより強いのか?」
 この質問に意味は無い。それはわかっているが、なんか訊いてみたくなったんだから仕方ねーだろ。
「ん? ……ああ、違うよお姉ちゃん。衛宮先生とわたしが相性悪いだけで、先生はそんなに強く無いよ?」
 ぐしゅぐしゅと泡立てつつ、小さく苦笑するケイト。
「たぶんね、先生は魔導師と相性悪いはずだから以外と楽勝なんじゃないかな?」
 先生は魔法攻撃に弱そうだしね。
 そう言ってぐしぐしと体を洗い始めるケイト。あたしはそれを怪訝な顔をして眺めて問う。
「……まさか、それが理由で相性悪いってのか?」
 ケイトはあたしを学校に通わせるために魔法を禁じられている。
 もし本当に衛宮教諭と対峙した時、それが理由でケイトが負けるっていうのなら、あたしは――
「違うよ」
 ケイトはまた苦笑する。
「衛宮先生が本気になると種族が人を逸脱して人を超えるものに近付くんだけど……その特性がどうにも、わたしみたいな存在を倒すことに特化してるみたいなの」
 ため息を挟み、泡を流す。それに慌ててあたしも自身の体を流しつつ、ケイトの次の台詞を待つ。
「……それ以前に『英霊』は『常人を超えた存在』っていう“属性(カテゴライズ)”だから、わたしみたいに“人の枠内に収まる災厄”はどうしても『エミヤ』には勝てない」
 そういう風に世界が加護を与えてるの。
 言ってケイトはあたしを見た。
「簡単に言えば、この世界でわたしが衛宮先生と戦うっていうのは、『チョキ』が『グー』に勝つぐらい難しいの」
 その言わんとしていることはわかるが――納得出来ない。
 あたしは不機嫌顔をケイトに向けて黙り込む。
 ……前々から気に入らなかったが、どうにもケイトはやる前から相性がどーのと言って勝敗を計る癖がある。あいつはあれがあーだから自分は勝てないって感じでやる前から負ける理由を言い当てて勝敗に拘らないのだ、ケイトは。
 その見立てが悪いとは言わない。相手の質を正確に見定め、勝敗に相性を持ち出すのが間違っているとも思わない。
 だけどな――

「じゃあ、おめーは何もしねーのか?」

 ――それは勝つために努力してからでも遅くねーんじゃねーか?
 あたしはそんな思いを乗せてケイトを睨む。
「ううん」
 それに――そんなあたしの内心を正確に察していながら、ケイトはどこまでも気楽に返す。
「ジャンケンっていうのはさ、お姉ちゃん。普通、最低でも三枚は手札がいるでしょ?」
「あ゛あ? つまりおめーは……勝つために自分が強くなろうとするんじゃなくて“勝てる奴を用意する”ってのか?」
 ケイトの言わんとしていることに気付き、更に機嫌を悪化させる。ああ、くそ! あたしはそういう、人を駒の一つみてーに見る奴が嫌いなんだよ!!
 あたしはそれこそ睨んだだけで猫ぐらいは殺せるんじゃないかってほどの視線をケイトに向ける。
「ひ、人聞き悪いよお姉ちゃん。せめて仲間を増やすって言ってよ」
 それに表情を引きつらせてケイト。
 その態度が、今は――

「……ふざけんな」

 ――妙に、勘に触った。

 だから、

「いつまで上から見下ろしてやがる? ふざけんな! いい加減本気になれよケイト・ハラオウン!!」

 怒鳴りつけ、

 そして――



「――ああ、このヴィータには俺の名前を教えてたんだっけ?」



 ――……あ?
 あたしは気付いたら、ケイトの腕に腹部を貫かれていた――。

 ◇◆◇◆◇

 それまでは、ただ、見守っていた。
「――本気になれよケイト・ハラオウン!!」
 そう、ヴィータさんがいきなり怒鳴りつけ、
 ケイトさんがそんな彼女の――

 “首を、掴みあげるまで”、

 私は何もしなかった。
「ァグぁ……!?」
 最初は、ケイトさんが何をしているのかわからなかった。
 だけど、“首を掴まれた”ヴィータさんの顔色がみるみる内に青ざめ、そして彼女の体から力が抜け落ちるのを見て、
「ケイトさん!!」
 そこで初めて動けた。
 私は急いでお風呂から上がり、赤い髪の双子の元へと駆け出す。
 そして、
「……聞いたな?」
 ケイトさんが、私を見た。それも先ほどまでのふんわりとした雰囲気を一切感じさせない、別人のように冷たい笑みを浮かべて。
「け、ケイト、さん……?」
 動きを再び止めた。
「聞いたな、あやか」
 止まらざるを得なかった。
 ヴィータさんから手を離し、ケイトさんは完全にこちらを向いた。
 その表情、その声を聞いて戦慄した。
「あ、あなたは……」
 ――誰?

 ◇◆◇◆◇

 半裸の村上さんに引っ張られるまま向かった先で、ボクは見た。
 女子寮にある公衆浴場。
 そこに、
「なっ――!?」
 赤髪の少女が、いた。
 その小さな手で、クラスメートの首を掴んで。
「ん?」
 絶句し立ち尽くすボクらに振り向くケイトさん。それを見て、気付く。
「……いいんちょさんから手を離して下さい、“ハラオウン”さん」
 静かに、告げる。そしてそれに少女は『ニィイ』と頬を引きつらせるようにして笑い、
「――――ッ!?」
 瞬きの内に、十メートル近くあった間合いを詰める!
 そして、
「――なんだ、先生も俺の名前、知ってたんだ?」
 それはケイトさんに解放された、気絶しているいいんちょさんが倒れるまでの内。それほどに短い、本当に瞬きの内の出来事。
「く――!?」
 瞬動――じゃない。だけど殆どそれに匹敵しそうな駿足。
「きゃっ!?」
 即座に、ボクは隣で棒立ちとなっていた村上さんを突き飛ばして、バックジャンプ! 鋭く手刀を振るったケイトさんの一撃を鼻先すれすれの所で避け、念のためにと持って来ていた杖を横凪に振るう!
「! へえ……」
 パシン、と。ボクの杖による一撃を軽く払ってケイトさん。今日まで何度か直接話したことはあったけど、その時の彼女とはうってかわった冷徹な眼差しをボクに向け、少女は静かに佇む。
「ケイトさん……」

 ――ボクがクラスを受け持って初めての転校生――八神ヴィータさんとケイトさん。
 この赤い綺麗な髪が特徴的な、年齢より若干幼い容姿の双子には秘密がある。

「……本当に、『二重人格』だったんですね」

 ――姉のヴィータさん。彼女は幼い頃から酷い虐待にあっていたらしく、その体には一生消えないだろう、無数の傷がある。

「ん? ……ああ、もしかして八神の糞親父から俺のこと聞いてんのか?」

 ――そして妹のケイトさん。彼女は幸いにも姉のヴィータさんのように虐待には合わなかった。

「村上さん……危険です。下がっていて下さい」

 ――何故なら姉が虐待にあっていた頃、彼女は違う家に居たからだ。

「えっ? え、ええ? な、なにがどうなってるの!?」

 ――ケイトさんは産まれてすぐに、祖父方の実家であるハラオウン家の者に引き取られ、そして特殊な鍛えられ方をして育った。

「っ! ケイトさん……!!」
 シュパン!! いつの間にか、ケイトさんの手に握られていた濡れタオルがボクの杖に巻き付く! ぅグ!? よりにもよって中点で受け止めちゃった!?
「俺の名前を知ってんだ……当然、知ってんだろ?」

 ――殺人術を、
 人が人を殺すために編み出した戦闘術を、少女は姉が受けた虐待の代わりに叩き込まれた。

「なあ、先生よお……!」
「っ? なんですか……?」
 ギリギリ、と杖とタオルで力を拮抗させるボクとケイトさん。
 それは端から見れば間抜けに映ったかも知れない。なにせボクはともかくケイトさんは全裸に濡れタオルという姿である。これで互いに緊迫感のある表情で睨みあっているのだから間抜けに見えても仕方がない。
「あんたは――どこまで知ってる?」

 ――人が人を殺す。
 幼い少女がそのために受けた苦痛は、もしかしたら姉の虐待などよりも上だったのか。

「おい、夏美!」
「ぇあ、な、なに? ケイトちゃん!?」

 ――その苦痛から、少女は自分の心を必死に守った。
 こうして自分が嫌な思いをするのは親のせいだ。
 自分と姉とを左腕で繋がった奇形児として孕んだ母親のせい。自分の左腕を切り、ハラオウンの家に売った父親のせい。
 そして、自分がこんな思いをしているのに八神の家で普通の女の子として暮らしているだろう、姉のせいだ。
 そうしていつしか、少女の人格は二分された――らしい。

「……俺はな、夏美。今までに何人も――」
「ケイトさん!!」
 それ以上を語らせるわけには行かない!
 ボクは即座にケイトさんとの間合いを詰め、杖を――
「ばぁか」
「ぐぁ……!?」
 ――振るった、そのつもりが、それより先にボクの動きに合わせて間合いを詰めたケイトさんによって動きを変えられた。
 タオルによって自然に攻撃のベクトルを変えられ、呆れるぐらい簡単に彼女から打点をずらされるボク。
 そしてケイトさんはそのまま、ボクに肉迫する勢いのままに――頭突き!
 ゴ……! 一瞬、目の前で火花が散った。
 そして、
「ほい、“王手(チェック)”」
「ぅぐぁ……!?」
 硬直も、また一瞬。そしてその一瞬でボクはケイトさんに首を掴まれていた。
 ……動けば、殺される。
 少女の握力が人並み以上だからではなく、おそらくは頸動脈などの急所を突かれてボクは殺される――それがわかったからこそボクは動けなかった。
「ね、ネギ先生!! ケイトちゃん……!?」
 気道を押さえられたせいでぼやけ始めた視界を、呆然と呟く村上さんへと向けた。
 に、逃げて下さい……!
 声は、出せない。
 だから、祈るしかない。
 しかし、
「なあ、夏美。お前は人を殺したことはあるか?」
「え……?」
 その願いは――届かない。
 ケイトさんはニヤリと冷笑を口元に刻んで、告げた。
「無いよなぁ。無いに決まってるよなあ夏美! あひゃはははは!」
 ……やめろ。
 それ以上は言うな。
 言っちゃ、ダメだ!
「……だけどなぁ夏美」
 そして、その願いはどうしようもなく――届かない。
「俺はあるぜ。それもたくさん」
 ぼやけた視界にケイトさんの暗く濁る瞳が映った。
 ……ああ、最悪だ。
「う、そ……」
 最悪だ。
 本当に……ボクはなんて無力なんだろう。
「ひゃは! 嘘じゃねぇよ! 俺は殺人鬼! なんせ俺は、自分の母親もブチ殺したんだからな!!」
 本当に……なんて役立たず。
 本当の本当に、なんて今さら――
「っ!」
 ――ケイトさんの注意が、一瞬、逸れた。そしてその隙を逃すつもりはない!
 ド!
 ボクは手に持ったままの杖でケイトさんの胸部を殴打。
「が……!?」
 形成は逆転。一瞬で握力を失ったらしいケイトさんの手から離れ、杖を反転。
 ゴ! 彼女の後頭部を打ち、一撃で昏倒させる。
「…………」
 ケイトさんは完全に意識を失い、浴室に力無く横たわる。
 そしてそれで終わり。それで決着――
「…………先生」
 ――するわけがない。
「……はい」
 本当に、それで終わりならどれだけ良かったか。
 ボクはゆっくりと倒れ伏すケイトさんに肩を貸し、そして呆然と立ち尽くす村上さんを見た。
「……話は後日、また」
 視線を逸らす。その視界に映る、青痣だらけのいいんちょさんと虐待の跡が体中に刻まれたヴィータさんに涙が出そうになった。
 ……どうして、ボクはこんなにも無力なんだろう。
 そしてボクは結局、千鶴さんと彼女が連れて来たシロウが現れるまで立ち尽くしていた――。






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《THE SECOND LIFE》10

《THE SECOND LIFE》







 半壊する剣道場の中心。ケイトと衛宮教諭の試合は唐突にその幕を下ろした。
「……強いの、ではなく……上手い」
 そしてそんな二人へと詰め寄りまくし立てる生徒たちを尻目に、呆然と立ち尽くして呟く雪広。あたしはそれに苦笑し、「そういうこった」と嘆息混じりに返す。
「強いってのはな、ちゃんとそれを学んで実力を付けたやつを言うんだ」
 例えば魔法戦。持てる魔導を駆使し、戦略を立てて戦う試合で強い奴は他のやつも大抵は人並み以上にこなせるやつばかりだ。
 だから、たまに勘違いする。一番、強いと認めて貰いたいものを頑張って挫折し、副業で成功した奴を指して強いなんて言う輩がたまにいる。
 そもそも強いってのはこの場合、如何に相手よりも敵を倒せるのかが上手い奴を指すものであり、ケイトや衛宮教諭のやった剣道なんてのは所詮は前座。児戯の延長でありそれで二人の実力を図ろうなんてのが間違いなんだ――という理屈をなるだけ噛み砕いて雪広に説明する。
「……つまりある一つの武術に秀でた方というのは、他の格闘技でもそれなりにお強い。しかし、彼らの本質はあくまで一つであり、だからこそ他の――例えばこの場合でいう剣道などは、彼らからすれば『強い』のではなく人より『上手く』出来るというだけのことなのですね?」
 あー……まぁ、そうなのか? 自分で例や比喩なんかを混ぜて説明するならまだしも、他人にそう噛み砕いてニュアンスだけで同意を求められても困る。
「まあ、あれだ。料理出来る人間ってのは包丁の扱いが上手い、ってのと一緒さ」
「なるほど……」
 あたしの二度目の説明に雪広は大いに頷き、再び視線をケイトと衛宮教諭へと戻した。……ん? いつの間にか村上もケイトたちを囲う群集の一人になっていたのであたしはまた苦笑。
「しかし、驚きましたわ……! 先ほどの……衛宮先生もですが、ケイトさんの動きを私は目で追うのがやっと……! 木刀の動きに至っては全く見切れませんでしたわ……!」
 あ゛あ?
 なにやら静かな興奮を乗せて呟いている雪広に再び視線を戻して目をしばたく。
「雪広……おめー、あいつの動きを追えたのか?」
「ええ、どうにか……」
 …………こいつ、本当に一般人か? それこそプロのアンパイアとかでもなければ一瞬で見失うぐれーの速度でやってたぞ連中は。
 そんなあたしの驚愕をよそに、雪広は視線を二人に固定したままため息を一つ。なんだか妹だか弟を見守る姉みたいな顔をして苦笑し、再び呟くように言った。
「……私が手を貸す必要は無かったようですね」
 その台詞、その表情で彼女の内心が知れた。
 ああ、なるほど。雪広はあたしら二人の保護者にでもなろうとしてたってわけか。
「……なに勝手に勘違いして、勝手に落ち込んでんだよ」
 内心で苦笑する。なんだかな……。実年齢以上に大人びてると思えば、年相応に幼いとこもやっぱりあるんだな。
「雪広――いや、“あやか”はあたしらに全部で勝ってるつもりか?」
「え……?」
 半ば呆然とした表情を向けるあやかにニヤリと意地悪く笑って言葉を次ぐ。
「いいか? あたしとケイトは、おめーに守ってもらわなきゃ何にも出来ねーガキじゃねーし、見ての通りあいつはおめーより“強(つえ)”ー」
 でもな、あやか。
「それでも……あいつに左手がねーことは変わらねー」
「!」
 目を丸くするあやかから視線をケイトたちへと向ける。
「たしかにあいつは大抵のことは人並みに出来るし、あーいうのだけなら人並み以上にこなせる」
 ……でもな、そこで勘違いすんなよ。
 あやかと二人、群集の中心でもみくちゃにされている少女を眺めながら言葉を次ぐ。
「じゃあ、あいつは――人より楽してると思うか?」
「っ!!」
 考えてもみろ。
 例えば、ただ服を着たり脱いだりするだけで大変だとは思わねーか? 靴紐を結ぶだけで苦労しそうだとは思わねーのか?
 隻腕てのはそーいうことだろ? 五体不満足ってのはそーいうハンデを背負ってるってことだろ?
「あやかは気付かなったみてーだけどな。ケイトの使ってた剣術……アレはもともと二刀流用のなんだよ」
 確か御神流って言ったか? なのはの兄や父親なんかが使う古武術の一つで、本家本元のは小太刀二刀を使った高速剣術だったはずだ。
 それをケイトは習い、能力と自身の資質に合わせてアレンジを加えたらしいが、それでも何故かあいつの剣術はどこまでも二刀流用だった。
「で、では……ケイトさんが剣術をマスターすることは――」
 愕然とした風に声を震わせて言葉を紡ぐあやかを「違う」とキッパリと遮って告げる。
「あいつは既にマスターしてる。そして完成の域まで高めた剣術が二刀流であることを前提として組まれているからこそ、あいつはどうやっても完璧にはなれねーんだよ」
 わかるか、あやか。あたしの言わんとしていることがわかるか?
 ……昔、シグナムやフェイトたちが言ってたな。たぶん、ケイトはもともとは隻腕じゃなかったんだろうって。途中で左腕を失っただけで、剣術を編み出した当初は普通に二刀流だったんだろうって。
 だから、ケイトはあんなにも弱い。
 だけど、ケイトはあんなにも強い。
 本来の実力を発揮出来ないくせに人並み以上の戦闘能力を持つケイト。奴がどうしてそこまで強くなったのか、お前にはわかるか?
「私は……」
 あやかは何かを口にしかけ、
 しかし言葉は続かなかった。
「……あたしらに同情なんてする必要はねー」
 ため息を一つ。言葉を失うあやかには視線を向けずに言の葉を放る。
「だけど、手を貸してくれるってんならありがたく借りる。その理由が同情ってんなら良い気はしねーが――」
 そして、隣に突っ立ってるあやかにだらしなくあぐらをついたまま手を伸ばし、
「――もし、おめーが手を貸す理由が、友人だからってんなら喜んでおめーの手を借りるよ」
 ニヤリと、目を丸くするあやかに笑みを向ける。
 ――勘違いすんなよ、あやか。
 おめーは何もあたしらに全てで勝つ必要はねー。ケイトの奴より全然弱くたって構わねー。
 だってな、あやか。
 おめーが手を伸ばし、相手を助けようって思うのは、相手が自分より弱いからか?
「……そうですわね」
 あやかは清楚可憐な笑みを咲かせて、あたしの手を取った。
 ――手を伸ばすのは、手を貸すのは、
「何も、上からでなければいけないというわけでは、ありませんわね」
 あたしはあやかと手を繋ぎ、立ち上がる。
 ――真横からでも人は支えられるし、時には下からでも良い。
 大切なのは、きっと、手を伸ばすこと。
 その人を助けたいと思う、気持ち。
「そういうこったよ」
 完璧な人間なんていねー。だからこそ、人間ってのは支え合える。手を伸ばし、繋ぎ、一緒に歩いて行ける。
 すべてを支える必要なんてない。何か一つでも助けてあげられればそれで良いし、何もしてやれなくても繋いだその手は相手に温もりを与えられる。
 きっと、あたしらみたいな孤独を最も恐れるのにはその温もりこそが一番、助けになってくれる。
 だから――
「……早速だが、あやか。おめーも場の収集をすんの手伝ってくれねーか?」
 どうにも収まりそうにない喧騒の中、
 あやかはクスリと小さく笑って言った。
「ええ、もちろんですわ」

 ◇◆◇◆◇

 日も暮れ、寮に帰ると――
「――って言うのが、俺っちとネギの姉貴の出会いなんでさー♪」
 何故かオコジョがいた。しかも喋った。普通に、何の違和感なく普通に会話した。
「フッ……」
 別にロボだの吸血鬼だのがいるんだし、魔法少女に喋る小動物がいたって今更驚かないけどさ。なんで私はナチュラルにそんな連中と会話出来るのかがさ、もう疑問もさ、わかないって言うかさ……。
「――と、そう言えばシロウの旦那はどうしたんで? 一緒に暮らしてんじゃなかったんスか?」
 ……は?
「何アンタ、『シロウ』ってヘルパ――衛宮士郎先生のこと?」
 オコジョに向き直って問う。もう違和感どころか常識とかもかんぷなきまでに叩き潰して、普通に会話する私。あぁ……涙出そう。
「おうさ! シロウの旦那はネギの姉貴のパートナーだから一緒に暮らしてるもんだと――」
「か、カモくん!?」
 真っ赤な顔して遮るネギ。あっ、そう言えば前にパートナー云々の騒ぎん時に誤魔化されたまんまだったわね。
 私はニヤリと笑ってネギを見る。
「パートナーって……確か、恋人のことよねネギ?」
「えぅ!?」
 顔を引きつらせるネギ。ほう〜? 私が高畑先生のことであーだこーだと悩んでる時にこのガキは既に恋人をね〜?
「ち、ちちち違いますよアスナさん! こっ、恋人じゃなくて、パートナーっていうのは!」
「良いから白状しなさいマセガキ! なにアンタさり気なく私より先に進んでるのよ!?」
 とりあえず胸ぐらを引っ掴んでネギの引きつった顔を睨んで言う。
「で、ですから違いますって! ぼ、ボクとシロウは――」
「あっ! だからアンタ年上のヘルパー相手に呼び捨てなのね!?」
 くぁ〜、ナ〜マ〜イ〜キ〜!
「だから違いますってば! ぼ、ぼぼぼボクはまだシロウに――告白すらしてないんですからっ!」
 ――ピタ。
 言ったネギと、ネギの首をしめようとしていた私の動きが止まる。
 思わずじーっとネギを見つめる私。まばたきを一回、二回。見る見る内に真っ赤になり、今にも泣き出しそうな顔になるネギ。
 ……え? 告白してない?
「……シロウの旦那が郷を離れる時に、」
 視線をオコジョに向ける。オコジョはどこか遠くを見ながらタバコを――タバコを奪って火を消す。
「ネギの姉貴が……その……」
「……ボクがわがまま言って、仮契約だけしてもらったんだ」
 赤い顔を俯かせて、ネギ。
 ? どうにも話が見えてこないわね。
「……あのさ。その仮契約ってのは――」
「シロウには、さ」
 遮るネギ。俯かせていた顔を上げて私を見――っ!? なんて顔してんのよ……?
「今は遠くに……離れ離れになっちゃった恋人が、いるんだ」
 照れくさそうな笑顔で、
 今にも崩れ落ちてしまいそうな泣き顔で、
「アスナさん……ボク――」
 少女は話してくれた。
 彼との出会いを。
 彼の正体を。
 そして自分の思いを。
「それでも、シロウが……好き、なんです……!」
 嗚咽混じりに、
 苦しそうに、
 幼い少女は私の胸に抱きついて、語ってくれた。
 衛宮士郎の聖杯戦争を――

 ◇◆◇◆◇

 ――この世界は大まかに二つの世界の影響を受けている。
 その内の一つが、俺がもといた世界。魔術や魔法に英霊や抑止力などのルールがこちらの世界――ネギの世界に俺を通して流れて来ているらしい。
 そして二つ目が八神ヴィータとケイトの二人がいた世界だ。
「――つまり君たちは俺と同じ、こことは違う世界から来た人間だと言うのか?」
 声を潜め、常人には絶対に聞き取れないだろう声量で隣を行く隻腕の少女に問う。
 それにケイトは「はい♪」とこちらとは違って屈託の無い笑顔と普通の声音で返した。
 そして――
『――本来、交わるはずのない世界が交わる。それによって“世界観(ワールド・ルール)”や“常識の根底(スタンダード・ルール)”に齟齬が生まれ、しかしそれらは自動的に均されます』
 その理屈は解りますか?
 そう『念話』により語りかけるケイト。それに「ああ」とこちらは『念話』が使えないので、声で頷きを返す。
 ――今、俺はケイトの密談を交わしていた。
 あれだけ常人の度肝を抜く試合をしたのだ。当然の帰結として、互いに相手の事情に興味がわいた。
 だから俺は自分の過去を語り、そして少女も自分が異世界から来た魔導師だと話してくれた。
 そして話の矛先は、互いの世界に関することを踏まえた上で、今いるこの世界のことへと向けられていた。
「世界は矛盾を嫌う。それはどこの世界も同じということか……」
 ――いや、違うな。
 俺の世界の“常識(ルール)”で考えること事態がそもそもの間違いなのではないか?
『同じ、と言えなくも無いですが、それは世界の常識が均された結果、その常識に縛られているものの感覚なので厳密には違います』
 例えば『食べられないパンとは何か』というなぞなぞの答えが『フライパン』という世界の人間が、『パンダ』という答えが常識の世界に行った場合、その答えは条件付きでその世界の常識となる。この場合で言えば子供のなぞなぞの答えが『意外な答え』という形で常識が均される――らしい。
 ……つまり世界の常識に縛られる我々は、異世界に渡ったとしてもその世界に適応出来る。寒い地方で暮らす人間が暑い地方に移っても生きて行けるようなものか?
 そう半ば少女の言いたいことに納得しかけていた俺に、しかしケイトは尚も説明を加えた。
『例えば衛宮先生が魔法使いではなく魔術使いであるように。例えばネギ先生が魔術使いではなく魔法使いであるように』
 そしてその台詞にギョッとした。
 俺は自分のことはともかく、ネギのことは何も語っていない。つまり少女は事前にそれを知っていたのだ。
「それをどこで――」
『例えば、』
 俺の問いを遮ってケイト。僅かに目を剥く俺ににこやかに笑って、告げる。
『わたしが魔術使いでも魔法使いでもなく、魔導師であるように。中身は同じ“幻想使い(ファンタジスタ)”でありながらその根底や概念が違う――それなのに異世界の“幻想(ファンタジー)”を行使出来る理由がそこにあります』
 良いですか、衛宮先生。そう断りを入れ、少女は俺にしか見えない角度で笑顔の質を変える。
『あなたがこの世界に異色を混ぜた。そのせいで変色した世界は、もうあなたが居なくなっても元には戻りません。どころか、あなたからすれば異世界であるこの世界は、既にあなたを自身の常識の一つとして組み込んでしまいました』
 それは嘲り。
 それは憐れみ。
 それは慈しみ。
 それは愛おしみ。
 それはそれらが当分に混ざり合った不可思議な笑み。
『だから、あなたはあなたの世界の魔術を使える。だから、あなたは二度と、もといた世界には還れません。あなたのもといた世界は既に、あなたという人間を世界から削るなり、元から“居なくなっていない”ことにするなりして世界の損失を補っています』
 つまり、例えもといた世界に帰れても、衛宮士郎は居なかったことになっているか、“居なくなっていない衛宮士郎”がいるので、もとの世界にもともとの衛宮士郎としては還れない――そうケイトは笑って言った。
「……では君たちも還れないのか?」
『いいえ。わたしたちの世界はもともと“異世界に渡れる(ルールに反していない)”ので還れます』
 そこが衛宮士郎と八神たち双子を縛るルールの違い。異世界に渡るのが常識とされる世界と異端とされる世界のルールの違い。
『……ただ、衛宮先生のルールには一部ですが異世界へと渡る手段ないし渡った人間がいるようなので、もしかしたらもとの世界に還れるかも知れません』
 あくまでも可能性の上では、ですが。そう言葉を続けた少女に軽く視線を投げ、
「……そう言えば、まだちゃんと訊いてなかったな」
 本気の敵意を向けて、問う。
「ケイト……君は何者だ?」
 対して少女は――少女の形をしたそれは、

『とある世界の「抑止力」――そう言えば通じますか?』

 さらりと簡単に、そう返した――。






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《THE SECOND LIFE》9

《THE SECOND LIFE》







 夕暮れ時。
 いつもなら寮か部活だろうそんな時間に、私は桜咲さんから剣術の指南を受けていた。
「はっ!!」
 竹刀を使っての試合。初めに教わった竹刀の持ち方と振り方をおさらいしつつ実戦にならすための模擬戦。
 私の振る竹刀は空を切り、桜咲さんの振る竹刀は何度となく私を打ち据える。
 人気の少ない広場に反響する乾いた音。私や桜咲さんについて来てベンチに座るこのかがその音が響く度に軽く首をすくめていた。
「くぅ……!」
 焦ってるのかも知れない。
 期限が一週間と短く、しかも私だけでなくネギまで巻き込んでしまった。
 だから早く。早く強くならなければあの子が――!!
 思えば思うほどに視界は狭まり、動きにむらが生まれてしまう。
「…………」
 それを知っていて、桜咲さんは何も言わない。
 竹刀を振るい、私の動きの無駄を打ち据えることで私にそれを気付かせることはしても言葉での責めは一切しない。
 ……ありがとう桜咲さん。
 打たれる度に、思考が冴える。
 焦りはある。だけど痛みのためか意識は常に現実だ。今は遠い目標ではなく目の前を見れている。
 乾いた音が、肉打つ音が教えてくれる。私がどこに立っているのかを。まだまだ先は長いのだということを。
 だから焦り、だから貪欲に強さを求めて足掻く。
 足掻く。決して諦めず、がむしゃらに。
 ……負けない。負けられない!
 エヴァンジェリンは勿論、ネギにも。
 負けたくない!!
 だから――

「――特訓とはご苦労なことだな」

 ――その声は、まさに冷や水のよう。
 熱くなっていた頭を一瞬で冷やす、少女の声。
 竹刀を下げ、声に振り向く。
「――……え?」
 そこにエヴァンジェリンがいた。
 腕を組み憎たらしいぐらい余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべた吸血鬼が。
 ……それは良い。声でわかっていたから別に驚きはしない。
 だから、驚いたのは彼女の隣にいる人に、だ。
「やあ」
「た、たたたた高畑先生っ!?」
 片手を上げて笑顔を向ける高畑先生。それを見ただけで冷や水の効果を打ち消すように頭を沸騰させる。
 私は顔を真っ赤に染めてあたふた。
「なっ、ど、どうして高畑先生がエヴァンジェリンと!?」
 エヴァンジェリンと二人、私たちの方へ歩いて来る高畑先生。
 彼女に警戒してかこのかを背にかばう位置に立ち、野太刀を構える桜咲さん。
 私は高畑先生に視線を釘付けにして棒立ち。う〜あ〜……頭が沸騰して何も考えられない。
「士郎君が部活を巡らなきゃいけないと言うので僕が代わりに、ね」
「フン……。見張りなど満月の夜でも無いのにご苦労なことだな」
 不機嫌な顔になってエヴァンジェリン。高畑先生を睨み、それから私を――私の後ろにいるこのかを、見た。
「……じじいからの伝言――いや、正確には詠春からの、だな」
 振り向く。このかは目を丸くしてエヴァンジェリンを見ていた。
「何であれ、真実を知った以上、本人が望むなら魔法について色々教えて欲しい、とのことだ」
「「…………」」
 このかは呆然と、桜咲さんは複雑そうな顔をしてエヴァンジェリンを見つめる。そして私は、
「え!? このかが魔法使いになれんのっ!?」
 驚き、このかとエヴァンジェリンとを交互に見た。
 対しエヴァンジェリンは心底つまらなそうに、
「……まぁ潜在的な魔力容量だけを見れば私や小娘に迫るものがあるからな。あとは修練しだいでどうにでもなる」
「…………なぁ、エヴァちゃん?」
 「ん?」と視線を私からこのかに戻すエヴァンジェリン。私もそちらを向いて――驚く。
 このかが凄く真剣な顔をしてエヴァンジェリンを見ていた。
「ウチ……魔法使いになりたい」
 鬼気迫る、というほどではないにしろ、このかにしては珍しく悲壮感すら漂うほどに真剣なその表情。
 私も、そして桜咲さんも絶句。
 ……どうしたの、このか?
 思うが声には出せない。そんな空気が辺りを包み――と、チラリと私を見るこのか。
「え――?」
「ウチに魔法のこと、もっと詳しく教えてくれん?」
 面食らったのはエヴァンジェリンもだったのか。彼女は目を丸くしてこのかを見ていたが、このかが私を一瞥したのを見るや何かを納得し、苦笑して返す。
「……お前には貸しがあったな、近衛このか」
 言って、背を向けるエヴァンジェリン。
「桜咲刹那も一緒で構わん。私について来い」
「あ……うん!」
 歩き去るエヴァンジェリン。それを慌てて追うこのかと桜咲さん。
 私はそれを呆然と見送り、
「――そう言えばアスナ君」
 ビクーッ!!
 わ、わわわわ忘れてたー―っ!!
 慌てて高畑先生に振り向く。高畑先生は私を見つめて微笑み、
「今度、エヴァに挑戦するんだって? ネギ君と一緒に」
「えっ、あ、はい……」
 テンパって真っ赤な顔を俯かせる私。そしてそんな私の両手を高畑先生は取り――って、えぇぇぇ!?
「たっ、たたたた高畑先生――!?」
 慌てふためく私にウィンク一つ。高畑先生は微笑み、言った。
「なら、僕のとっておきを教えてあげる」

 ◇◆◇◆◇

 パシン、という乾いた音。
 キュッ、という擦過音。
 そして――
「メェェエエ――――ッん!!」
 あたしと同じ――だけどどこまでもあたしとはちがう、高い声。
 そして、また響く『パシン!』という乾いた音。
「すごい……」
 それは一体だれの言葉だろう。
 麻帆良学園の剣道場。その広い場内の中心で、今、二人の試合が行われていた。
「ハァアアア!!」
 パシン!
 数十といる部員と、そしてあたし、雪広、村上――
 パシン!!
 その全員が二人を注視し視線を逸らせずにいた。
「ヤァアアア!!」
 一人は隻腕の、小柄な少女。
 力より俊敏さ。俊敏さより器用さ。器用さより的確さ。的確さより卓越した技術。
 文字通り子供と大人の体格差のある相手を前に一歩引かない少女。ここにいる正規の剣道部員など足元にも及ばない実力を見せるソイツの名は八神ケイト。あたしの双子の妹――という設定の、生体遺失物。
「ヤッ!!」
 稼働してきた時間――彼が生きた年月は最低でもあたしの倍。そもそも古代遺失物――ロスト・ロギアとして認定されるものは良くて数百年、古ければ万や億、それ以上の年を跨いでいてもなんら不思議はない。かく言うあたしも、はやてに目覚めさせてもらってから既に百年以上は生きている。
 だから――というわけでは無いが、ケイトは強い。
 最低で百年。それだけ生きていれば大抵のものは人並み以上に出来るようになる。暇にかまけて棒を振るっているだけでも、長い時間続けていれば最低でも中学生の剣道部員よりは強くなれる。それでなくても、ケイトは昔、なのはの兄に剣術を教わっていたらしいのだから弱いわけがない。現に剣術だけならシグナムより上だしな。
「――――ッ!!」
 しかし、そんなケイトをして――衛宮士郎には届かない。
 パシン、という乾いた音。ケイトの竹刀は虚空へと高らかに飛ばされ、衛宮教諭の竹刀は彼女の面を打ち、そして制止する二人。
「「――――」」
 言葉はまだ、どちらも発しない。だから、見物人であるあたしらも声を出せない。
 そして――パン、と。ケイトの吹っ飛ばされていた竹刀が道場を打つ音が、静止画をようやく動画へと戻す。
「……手加減、ですか?」
 まずはケイト。
「いや、違う」
 次いで衛宮教諭が言葉を返す。
 そして、彼は何を思ってかすぐに面を外し、そして小手を、胴を――防具をすべて解いた。
 それに併せて戸惑いの声とざわめきがようやく道場内に広がる。そんな中であたしは、周りの奴らとは違った意味で驚愕の表情を浮かべて衛宮教諭を見た。
「あの男……一体なにもんだ?」
 衛宮士郎。時限震を引き起こした容疑者の一人にして推定オーバーSクラスの魔導師。
 彼が何らかの魔法を使ったというのならわかる。しかし今見た限りではケイトの奴にただの剣術だけで勝ったようにあたしには映った。
 なんの小細工もなくケイトに勝つ――それが如何に凄いことかはあたしが一番よくわかる。そもそも、例え現役時代であろうとあたしじゃ魔法無しでは奴に勝てない。絶対に。それが明確にわかるだけの実力差があたしとケイトにはあった。
 何よりケイトは――
「――衛宮先生は剣道の有段者ですわ」
 あたしの思考を遮る、声。顔をしかめて横を見れば、少々興奮気味に瞳を輝かせる雪広があたしを見ていた。
「それだけではありません! 衛宮先生は柔道や弓道など武術全般の有段者という話です! それを――」
「だから、なんだ?」
 ため息を一つ。雪広の言葉に一睨みをくれてやりつつ強引に遮って、返す。
「剣道有段者? ――ハッ! それがどうした? あたしが訊きたいのは奴がケイトに勝てた理由だ」
「っ、で、ですからそれは先生が……」
 ちげーよ。
 雪広の言葉を再び乱暴に遮って、ガリガリと頭をかきつつ先の台詞に言葉を次ぐ。
「剣道有段者。武術全般で有段者? ――そんなことは関係ねー。そんなんで、小細工も無しにケイトに勝てるぐれーなら、誰も苦労はしねーよ」
 怪訝な顔をする雪広に苦々しい顔を向けて説明する。
「いいか、雪広。おめーはケイトの奴が『剣道が強い』と思ってんだろうがな」
 それは――違う。
 目を丸くする雪広にキッパリと告げる。
「あいつは剣道が強いんじゃねー。ただ、“上手いだけ”だ」
「は?」
 わかんねーのか?
 ケイトは剣道が強い? ……まあ確かに強いさ、お前らよりは。
 だけど――違う。決定的に、違う。
 あいつは強いんじゃねー。あたしらはあーいうのを強いとは言わない。あーいう遊びは『上手い』って言うんだよ、雪広。
「……よく見てろ、雪広」
 視線を、道場で向かい合う二人へと戻す。
 剣道の防具をすべて外し、竹刀ではなく木刀を握って対峙する二人へと、視線を戻し、言葉を継ぐ。
「強いってのは、な――」
 二人が持つのは同じような小太刀サイズの短い木刀。それを、ケイトは思い切り体を捻って後方に向けて構え、衛宮教諭は二刀をそれぞれだらりと下げて構える。
 誰に聞かなくても、誰もがわかっていた。
 これからが本気。これからが全力。
 いくら鈍い連中でも、この時ばかりは空気が引き絞る様が感じられただろう。道場を満たすのはそれほどの緊張感。それほどに凄まじい、気迫と気迫のぶつかり合い。
 そして、そんな二人を見ていた誰かが、
 チャリン、と。手の中の硬貨を落として、

「――こういうのを言うんだ」

 瞬間――床が爆発した。

 ◇◆◇◆◇

 瞬動術。一秒に満たない、瞬きの間を置いて少女に肉迫。まずは左の小太刀で刺突!
 ケイトはそれを数ミリ単位で避け、体を回転。後方へ伸ばしていた竹刀を遠心力を乗せて振り抜く!
 バキィン! 少女の一撃を右手の小太刀で受け止めるや、木刀とは思えない打撃音を響かせる。
「チッ!」
 たまらず舌打ち。受け止めた――そのつもりが、止められなかった。
 少女は打つと同時に払い、剣速を一切落とさず尚も回転。さらにはまた、その遠心力を利用しての後ろ回し蹴り!
 八神ケイト――やはりただの学生じゃないのか!?
 少女の鋭い蹴りを左手の木刀で払い――
「つッ!?」
 俺の払おうとした、その動作に少女は逆らわず、蹴りの速度を更に早くしつつ軌道修正。蹴り足であった左足を下へ、そして今まで軸足としていた方の右足を上へ。遠心力に重力と跳躍による加速を力として乗せ、駿足のハイキック!
 俺はそれを左の木刀で受けようとし――!? う、動かない!?
 それはコンマ数秒という僅かな隙。どういう理屈かは知らないが、左手が痺れ、予想よりも動かすのに半瞬遅れ、

 そして――ドン、と。
 俺は少女の一見して華奢な足に蹴られ、

 ――吹き飛んだ。

「「――――ッ!?」」
 驚愕、そして悲鳴。
 道場の畳を半ばえぐり、パウンドして数十メートルと吹っ飛んで、
 壁へと足から着地し、衝撃を逃して道場の壁面を一部倒壊させつつ前を向く。
 そして、鼻先数センチという距離にあった少女の笑みに目を剥く。
「クッ!」
 ガキィン!
 ッ!? また――!?
 とっさに木刀を交差させてケイトの袈裟斬りを防ぎ、
 そして防いだにも関わらず少女の剣はそのまま一切剣速を落とさず振り抜かれ、即座に逆袈裟!
 鋭く、そして速く。一切の躊躇無く、ケイトは俺の喉元目掛けて木刀を振るい――
「――――!」
 どうにか避ける。そして俺が避けると同時、直角に曲がる少女の剣先。俺の動きを追尾しつつ、やはり速度を一切落とさずに木刀を振るうケイト。
 ……さっきとは、剣術の型が違うが――
 少女のそれを、また、どうにか避ける。
 ――本質は、同じ。
 少女の剣術は、本質的に止まらない、そのことだけを突き詰めたものだ。
 その太刀筋は言うに及ばず。避けるにせよ、進むにせよ――少女は絶対に止まらない。ケイトのそれは一切足を止めず、剣速を全く衰えさせず、相手を追い詰める高速重視の剣術だった。
 それは言うまでもなく異質。剣術としてはありえざる思想の下に組まれた型。
 しかし――それはいい。
 そんな異常とも呼べる剣術を使っていようと、それ自体はどうとでもなるからいい。
 問題はそんなことではない。
「……ケイト。君は、一体――!?」
 幾つもの攻防の中で感じる違和感。少女が防がず、防がせず、払い、止まらせずに剣を走らせる――その合間合間に時折混ざる異色。ケイトの剣術は剣術だが、その本質――流れとも言うべきものは、暗殺術のそれであった。
 故に剣術であって剣術ではない。体術や暗殺術も混ぜられた戦闘術。それこそが少女の使う剣術なのだが――そこまでわかっていて、わかっているからこそ違和感が拭えない。
 ケイトの剣術はもはや完成の域にありながら――しかし、何かが決定的に足りない。それこそ少女が隻腕であるように、彼女の剣術にはまるで、その片方が欠落しているような、そんな感触があった。
 ……いや、待て。
 少女の剣術が完成されていながら、時折感じる違和感の正体は正に“それ”なんじゃないか?
 改めて、ケイトを見る。
 その動き、その剣閃を追いながら――確信する。少女の剣術には動作の合間合間に、僅かながら空白があった。
 それこそが違和感の正体。完成された剣術には有り得ざる、どうしようもなく一手足りない、そういった類の隙。
 要するに――少女の使う剣術はもとは二刀流なのだ。
 故に隻腕の少女がいくら剣術を完成させていようとも、彼女がその剣術を完全とすることは決して無い。
 そして俺がそのことにようやく気付くのと同時に、

「――……気付かれちゃいましたか?」

 そう言って、ケイトは唐突に動きを止めた――。











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《ゼロの使い魔〜雷槍の騎士〜2》18

《ゼロの使い魔〜雷槍の騎士〜》





 ニューカッスルの城にある一室。ルイズは自分用にあてがわれたそこでベッドに体を横たえ、先ほどウェールズより渡されたアンリエッタ姫の書状を見つめていた。
 そこに書かれている内容は、例えランプの光に翳したとしてもわからないだろうが、これが姫から皇太子へと送られた恋文であることは知っている。
 トリステイン王女――アンリエッタ姫とアルビオン皇太子――ウェールズは恋仲だった。
 自分をこの任務を与えた際のアンリエッタの様子や、手紙に対するウェールズの態度で薄々はそうだと思っていた。そしてだからこそ、ルイズは彼らの関係を確認するや反射的にトリステインへの亡命をウェールズに勧めた。
 しかし、アルビオンの皇太子である彼はそれを――拒んだ。
「……そんなに、死にたいのかしら?」
 ため息とともに呟く。
 わかってる。彼が死にたいのではなく、名誉のある敗北のために残ることを望んでいることぐらい、わかってはいる。
 だけど――納得できない。
 ルイズだって貴族の端くれだ。名誉というものが如何に大事かということぐらい知っている。それこそ、貴族の名誉が命よりも重いということぐらい痛いほどわかっている。
 だけど、
 ……それでも、
「…………姫さまは逃げてって言ってるのに」
 アンリエッタとウェールズは恋仲だった。愛し合っていた。
 だから、ルイズは彼の意向を理解は出来ても納得など出来ない。何より、大切な者に先立たれるものの痛みを知るが故に、少女は胸が苦しい。
「……愛する人より大事なもの、か」
 わかっている。
 大して考えもせずにさっきはウェールズに亡命を勧めたが、しかしそれによって訪れるだろう未来にぐらいルイズにも見えた。
 レコン・キスタ――ハルケギニアの統一を望み、アルビオンの内戦を引き起こした組織。そいつらが次の標的にトリステインを選ぶ可能性を思えばこそ、安易に亡命など勧めてはならない。安易に、トリステインへと攻め入る理由を与えられない。
 一介の学生たる自分にわかって、皇太子である彼がそれに気付かない訳が無い。故に、ウェールズは亡命を断ったのだろう。愛する者を守るため、せめて一矢報いる覚悟で彼は明日、死地に挑むつもりなのだろう。
「……わかってる」
 手紙から視線を外し、天井を見上げた。
 わかってる。
 ウェールズの思いにぐらい気付いている。その覚悟にぐらい気付いている。
 わかってる。
 彼が亡命を断る理由も。彼が姫さまの恋文を返した理由も。
 ……わかってる。
 だけど、
 それでも……!
「――ねえ、アリス」
 アンリエッタ姫の想いを思えばこそ、黙ってられない。
「例えば、わたしが……ウェールズ皇太子を亡命させたら、どうなると思う?」
 視線を天井から左へと向ける。
 そこに、
「……まず間違いなく、トリステインがアルビオンの戦争に巻き込まれます」
 赤いてるてる坊主――アリスは嘆息混じりに返した。
 相変わらずの神出鬼没。扉を開けるでもなく、いきなり部屋へと現れた少女は、ベッドに横たわるルイズの横に『ちょこん』と腰掛けて言葉を次ぐ。
「もっとも……遅かれ早かれ、彼らはトリステインへと戦を仕掛けるでしょうが」
 チリィン、と。アリスの動作に合わせて鈴が鳴る。
 ……どうする?
 そう視線で問う少女にルイズはため息を一つ。未だに手の中にあった手紙へと視線を戻し、口を開いた。
「……選択肢は、わたしの手の中、か」
 ぼんやりと、手の中の手紙を眺める。
 アルビオン皇太子であるウェールズに手紙を渡し、当初の依頼を達した。だから、自分はこのまま、手の中の手紙を持ってトリステインへ帰れば良い。
 それが一番単純で、最も大事な選択。
 本来なら悩む必要なんてない。独断で亡命を勧め、母国を戦火に巻き込むのは絶対にいけない。
 わかってる。
「……ねぇ、アリス」
 これから自分がしようとしていることが、
「わたしは――」
 間違っているということにぐらい、
 わかってる。
 それでも、
「――見殺しには、出来ない」
 彼らに意地があるように、
 彼らが逃げないように、
 わたしも――
「――対価は?」
 アリスは問う。
 すべての前提を根底から覆せる魔女が、問う。
 それに、
「払わないわ」
 キッパリと、返す。
「……怖いの?」
「まさか!」
 アリスの再度の問いにニヤリと笑う。
「あんたの力は――借りないわ」
 そう答えて、
 そして、そう答えてから――
「ウェールズ皇太子には亡命してもらうわ」

 ――覚悟を、決めた。

「……トリステインを戦火に巻き込むの?」
 それは苦笑を孕んだ問い。アリスはわたしの覚悟を試すように真っ直ぐに瞳を覗き込んで訊いた。
「巻き込むわ」
 それに表情を引き締めて返す。
「……なぜ?」
 アリスは尚も問う。
 しかしそれには答えず、視線を再び手紙へと向ける。
「……アンリエッタ姫がそれを望んだから?」
「いいえ」
 少女の問いに考え、答えてから――
「では、彼らのために? 彼らがそれを望んでいないのを知りながら?」
「そうね」
 曖昧な思考が、
 朧気だった道筋が、

 ――見えて、来た。

「これはわたしのわがままよ」

 ――覚悟すべき事柄が、実像を結んだ。

「自己満足……。わたしはただ、目の前で誰にも死んで欲しくないだけ。もう誰にも、大切なものを失って……泣いて欲しくないだけ」
 言葉にすれば、それだけのこと。本当にそれだけのことのために、わたしは今までウジウジと悩んでいたのだ。
「誰も死なせない。死んで欲しくない!」
 それは、わたしのわがまま。ただの自己満足。
 わかってる。それが間違っていることぐらい、わかってる。
 自分のわがままに国を――たくさんの人を巻き込むことの罪深さにぐらい、気付いている。
「それは大層な目標ですね」
 そんなわたしに嘲笑を向けてアリス。『あなたにそれが出来ますか?』とでも言いたげな見下しきった視線を向けて少女は嘲笑う。
「そうね」
 対してわたしも嘲笑で返す。
 ……本当に、そうね。
 アリスのような常識外の異能も無く、エリオとも離れ離れになったわたしに出来ることなど限られている。
 わかってる。それこそ、彼女に対価を払って願いを叶えてもらった方が楽で確実なのだろうことも理解している。
 だけど、これは他人の力を借りてまで成さなければならない事柄ではない。どんなに綺麗な言葉で着飾っても、所詮はわたしのわがまま。わたしがわたしのために――ただの自己満足のためにしたいこと。
 だから――
「もう一度言うわ。あんたの力は借りない」
 わたしは迷わずそう言い切り、
 そして、
「……では、ルイズさんはただの自己満足のために戦争をするんですか?」
 アリスは容赦なく、その矛盾点を指摘する。
 それにわたしは――

 ◇◆◇◆◇

 翌朝。ニューカッスルの中にある礼拝堂に三人はいた。
「では、式を始める」
 その内の一人。始祖ブリミルの像の前で王族の象徴たる明るい紫のマントとアルビオン王家の象徴、七色の羽飾りのついた帽子を被るという礼装に身を包んだウェールズが言った。
 その前に立つのはルイズとワルドの二人。子爵はともかく、少女は魔法学院の黒マントではなく純白のマントを纏い、頭に清楚可憐な花飾りのついた冠を乗せていた。
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか?」
 ワルド発案の結婚式。
 これから死地に赴くウェールズに子爵は婚姻の媒酌を頼み、皇太子はそれを快く了承。ルイズも彼の言葉を断らず、今に至っている。
「誓います」
 現在、礼拝堂には三人意外いない。皆、正午とともに始まる戦に備えているのだ。
 故に――これが最後のチャンス。
 ルイズは終始俯けていた顔を上げ、子爵の返答に『にこり』と笑って頷いたウェールズへと向く。
「新婦、ラ・ヴァリエール侯爵三女、ルイズ・フランソ――」
 朗々と紡がれる皇太子の詔を、
「――殿下」
 遮る。
 ルイズは目を丸くする二人をとりあえず無視して言葉を次ぐ。
「殿下、失礼を承知で再度申し上げます。トリステインに亡命なされませ」
 その言葉に再び虚をつかれたように目をしばたくウェールズ。そしてすぐさま怪訝顔となり、子爵と少女へと蔑み混じりの視線を向けて口を開いた。
「……なるほど。そのために君たちは――」
 自分に最後の説得を行うため、まんまと嵌められた――そう思ってのウェールズの言葉を、
「そんな――!」
「違います」
 再び遮り、何かを口にしかけた子爵へと顔を向けるルイズ。
「子爵、これを」
「――――!?」
 少女は懐から、先日ウェールズから返却された手紙を取り出し、目を剥く子爵へと手渡した。
「ルイズ……何を――!?」
「子爵、申し訳ありませんがわたしは今、あなたと結婚は出来ません」
 戸惑う二人を置き去りに、ルイズは続ける。
「殿下……殿下が危惧する通り、今アルビオンの王党派の皆がトリステインに亡命なされば、『レコン・キスタ』が攻め入る格好の口実を与えることになりましょう。しかし、殿下! もし殿下が亡命をせずとも遠くない未来、ハルケギニア統一を掲げる『レコン・キスタ』がトリステインへ攻め入るは必至! それをおわかりですか!?」
 固い表情を向けるウェールズに詰め寄り、必至の剣幕でまくし立てるルイズ。
 対して皇太子は苦い顔をしつつも毅然と返す。
「わかっているさ! だからこそ我らが彼らに示すのだ! 勇気と名誉を!」
「それは勇気ではありません!」
 それをキッパリと否定する。
「考えてもみて下さい殿下! もし今の殿下とアンリエッタ姫の立場が逆であったなら! 殿下はそれを勇気と受け取りますか!?」
 もはや、相手がどんな立場の人間だろうと関係ない。
「名誉ある敗北? お言葉ですが、それが愛するものに先立たれたものを癒やしてくれますか? 殿下はアンリエッタ姫を泣かせるおつもりですか!?」
 不退転の覚悟を決めたルイズはもう、止まらない。
 ここからは意地だ。信念と信念のぶつかり合い。覚悟と覚悟の比べ合いだ。
「しかし! 今、私たちが我が身可愛さで敵に背を向けたとあっては先に死んでいった者たちに顔向けができん! 何より! 今日、この戦のために残った者たちの覚悟を否定などできようか!?」
「一時の恥を甘受するのもまた、勇気です殿下!」
 一歩も退かない。ここで相手に譲歩するつもりは、微塵もない。
「殿下! 殿下は勝たなければいけないんです! 先に逝った英霊たちのため! そして――アンリエッタ姫のために!!」
 その言葉にウェールズは目を丸くする。
 当然だ。彼は皆のため、そして姫のために命を賭けると心に決めていたのだから。
「姫の、ため……」
「そうです殿下。殿下が本日、討ち死にされれば敵の次なる標的はトリステインとなりましょう。つまりその時、彼らと戦うのは誰ですか? 当然、王女であるアンリエッタ姫もです殿下!」
「――――!」
 だからこそ――その信念を、砕く。
「し、しかし――!」
「殿下が守るべきは名誉だけに非ず! 本日の敗戦が名誉ある敗北? ――否!」
 反論は許さない。
 相手が大国の皇太子だろうが関係ない。もはやそんな身分の違いに頓着しているだけの余裕など――無い!
「殿下! 近い未来、愛するものが戦に巻き込まれると知りながら先に逝くなど言語道断! 愛する者を守れずして逝くことの何が名誉かっ!?」
「――――ッ!!」
 絶句する皇太子。
 ルイズは彼から視線を、半ば呆然と事の推移を見守っていたワルドへと向けて言葉を次ぐ。
「ワルド。あなたはすぐにここから出て、姫さまに手紙を届けて」
「! ルイズ、きみは――!?」
 再び驚愕に目を剥く子爵に対し、もはやルイズは迷いなく返す。
「わたしたちは殿下に代わり、敵軍を抑えます」
 絶句する二人を置いて、ルイズは歩き出す。
 ――……では、ルイズさんはただの自己満足のために戦争をするんですか?
 わかってる。
 誰かを助けるために、誰かを傷付ける。誰かを守るために、より多くの誰かに犠牲を強いる。
 その矛盾。そんなのはわかっている。
「……それでも、わたしは――」
 呆然と見送る二人。
 それを置き去りに、新婦の格好のまま礼拝堂の出口へと向かい、

 ――ガコン、と。扉はひとりでに開き、

 そして――

「――お待たせ、ルイズ」

 世界最強の使い魔の笑顔に、

「――それでも、大切なものを守ってみせるわ」
 ルイズは笑顔を向けて、呟いた――。

 ◇◆◇◆◇

 無茶苦茶だ、とシルフィードは思った。
 エリオを背に乗せ、幾多の竜騎兵となし崩し的に激突したのが昨日の深夜。その内の幾人かからウェールズ皇太子の居場所を聞き出したのが日の出前。そして、

 ――ニューカッスルに居るすべてのメイジを縛り上げたのがついさっき。

 ……お、お姉さまも無茶苦茶だけどエリオのはもっとひどいのね! きゅいきゅい!
 礼拝堂の外。扉の隅の、暗い廊下に隠れるように潜みつつシルフィードはため息。青い髪を押さえ、サイズの合わないアルビオン貴族の軍服を纏った体を折ってうずくまる。
 韻竜の使える先住魔法の一つ。それを使い、シルフィードは今、青い髪の少女の姿をしていた。
「き、きみは――!?」
 声に振り向く。扉の向こう――礼拝堂にいた紫のマントを纏った男がエリオに問う。
「はじめまして、ウェールズ殿下。僕はルイズの使い魔です」
 それに青年は常の笑顔を向けて返す。
「使い魔、だと……?」
「殿下。彼は『ガンダールヴ』です」
 怪訝顔で問い返すウェールズにルイズが答える。
 ……『ガンダールヴ』?
 何やら驚愕している皇太子とは違い、シルフィードは少女の台詞に首を傾げる。
「殿下。それと、申し送れましたが、わたしは伝説の『系統魔法』――『虚無』の使い手です」
「――――ッ!!」
 ウェールズ、再び絶句。
 そして、
「それから、殿下」
 ルイズは、それはそれは悪女然とした嘲笑を口元に浮かべて言った。
「言い忘れていましたが、トリステイン亡命の件――あなたに拒否権など初めからないわよ」
 雰囲気と口調をガラリと変えてルイズ。それに唖然呆然とするウェールズを小馬鹿にするようにくつくつと喉を震わせるようにして笑い、言葉を次ぐ。
「王軍総勢三百余名。既にその全員を、わたしのガンダールヴが潰したわ」
 っ!
 再び絶句するウェールズ。
 『ガンダールヴ』に『虚無』の使い手。にわかには信じがたいが、もし本当ならば千の軍勢を壊滅させたという伝説の使い魔であるならば、あながち不可能だとは思えない。
「……きみたちは、まさか――」
 腰の杖に手を伸ばす。
 そして、

 ――ウェールズは傍らの男による奇襲に合い、くずおれた。

「なっ――!?」
 驚愕に目を剥くルイズ。
 その視線の先で、今し方皇太子を気絶させた男――ワルドは苦笑を浮かべて口を開いた。
「まさか、この僕が道化となるとはね」
 そう言って視線を青年を向ける子爵。対してエリオは苦笑し、未だに状況が飲み込めていないルイズの前へと出ながら口を開いた。
「痛み分け、です」
 その台詞に『フッ』と笑い、ワルドは出口へ向かって歩き始めた。
「なるほど。では、この決着はいずれつけさせてもらうとしよう」
 そしてすれ違い様、目を白黒とするルイズへと視線を向けて告げる。
「残念だよ、ルイズ」
「ワルド……?」
 首を傾げる少女にそれ以上は構わず、ワルドはさっさと礼拝堂から出て行く。
 それを見送り、さり気なくデルフリンガーへと伸ばしていた左手を戻してエリオは少女の肩に手を置き、
「さあ、ルイズ。僕らは僕らのやるべきことをしよう?」
 笑顔で告げる。
 それにルイズはハッと我に返り、
「エ、エリオ!」
 突然顔を真っ赤にして、叫んだ。
「え、えっと……、こ、ここここれからわたしと、け、けけけ結婚式しましょう!?」
 そして、
「……………………はい?」
 エリオは思い切り首を傾げたのだった――。

 ◇◆◇◆◇

「――ま、こうなるような気はしてたけどな」
 アルビオン大陸上空。ニューカッスルの城の直上数キロ。地上の人が豆粒以下のもはや模様にしか見えないようなそこで赤いてるてる坊主と銀髪黒スーツにサングラスの少年はいた。
「……忠告をことごとく無視しますか」
 ため息混じりにアリス。対してニヤニヤと軽薄そうな笑みを顔に貼り付けてカオルは返す。
「ま、ほら。彼はあのなのはさんの教え子だしな」
「…………それで納得出来てしまう辺り、如何なものかと」
 はあ、と。再び疲れきったため息を吐くアリス。それにカオルは『おっ!』と何かを思い出してか人差し指を一本立てて口を開いた。
「そう言えば、こっち来てたななのはさん」
 その台詞にアリス、再び嘆息。
 ……言ってはなんだけど、なのはさんが関わると大事件になりそうで怖いんだよね。
「つか、アリスは何してんだ?」
 カオルの問いに赤いてるてる坊主は心底どうでも良さそうに、
「ジャミング」
 軽く、返した――。








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冬休みも終わりましたね……

 どうやら長期休暇よりも授業のある平日の方が筆が進むらしいです。やはりアルバイトや遅い時間まで遊べる休日より、授業という退屈な時間の方がいろいろと書けて良いみたいです。いや本当に、携帯って便利ですよね〜。

 さて、次回は《ゼロの使い魔〜雷槍の騎士〜2》更新予定です、ご期待下さい。

 『ナイト・ウィザード』リプレイ 、《THE SECOND LIFE》は不定期更新です。
 『ヴィヴィオの話(仮)』及び『雷槍の騎士改訂版』は《雷槍の騎士2》が完結し次第、掲載します。
 他SSは現在休載中です。

 コメント、感想お待ちしています。 
 それでは。 

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『NW2』リプレイ2

『NW2』リプレイ2



GM:さて、ではリサーチフェイズに移行しま〜す。
一同:は〜い。


◆リサーチ1



 チャイムの音と共に生徒達のテンションは切り替わり、サトリの受け持つクラスもまた、常の騒がしさを取り戻していた――


GM:え〜(ノートを見つつ)……では放課後です。
雪治:あ、(挙手して)GM、その前に是非お昼休みのシーンをやりたいんだけど……?
聖司:(首傾げ)?
司:(何かに気付いてかニコニコしている)♪
サトリ:(視線を逸らしている)……。
GM:あ〜、だからこそ放課後です。今日はテストだったので授業は午前だけでした。

 ※ 本当は翌日からテスト期間にする予定だったのが雪治と司の掛け合いにより変更。

司:あ、じゃあじゃあ転校生の聖司くんと仲良くなるために「聖司くん、一緒にご飯食べよっ♪」って誘います。
聖司:え?
雪治:ちなみに速水くんは弁当持参です。
聖司:!(ようやく気付いた)そ、それで昼休みのシーンを……(笑)

 ※ 聖司のライフパスは『超☆味音痴』であり、その料理の腕は破壊的なのである。

サトリ:俺は既に、一人で学食に居ます。
司:あ、じゃあみんなで学食に行って「あ、先生! よかったら一緒にご飯を――
サトリ:(遮って)学食をかき込んでさっさと食堂を出ます。
雪治:……サトリ、ノリ悪い。
GM:(ポン、と手を打ち)あ〜、だからサトリは聖司と知り合いって設定を……。
司:――って、逃げるためぇ!?
サトリ:チッ……なら食堂を出る途中で聖司に話がある」って感じで目配せする。
聖司:え? じゃあ、それに気付いて食堂を――
雪治:(遮って)聖司は去り際に「ごめん、弁当食べる?」と司に訊く。
司:わたしに食べろと!?(笑)
雪治:「僕はこれから行くけど、良ければ」……そう言って聖司は去る。
聖司:て言うか、台詞取られた!?
司:え、えっと……聖司くんにそう言われたら「うん! 是非!!」って言うしかないよ〜(笑)
聖司:いや、言ってないし!!
GM:(笑いつつ)あ〜、じゃあ聖司はそう言って去った、と。壊滅的な味の弁当を残して(笑)
雪治:……さて、司(司をじーっと見つめる)
司:う〜あ゛〜……わ、わぁ、美味しそ……(聖司を見つつ)う?
聖司:えっと……(少し考えて)じゃあ見た目は物凄く美味しそう、ってことで(笑)
雪治:なるほど……まさにトラップ。
サトリ:……俺も昔、あの見た目に騙されたんだよなぁ(遠い目)
司:う〜わ〜、それは食べるしかないですね〜。では「いっただっきま〜す♪」って言って食べて――倒れます(笑)
聖司:倒れるんだ、僕の弁当食べると(笑)
雪治:(淡々とした口調で)あ、倒れた。
サトリ:……人がせっかく助けてやろうとしたのに。
GM:(笑いつつ)さて、ではこの辺でシーンを変えようか。


◆ リサーチ2


サトリ:GM。せっかくだから放課後に休んでる生徒の家に家庭訪問したいのだが?
GM:うぃ。では、それで。


 ――放課後。
 サトリと聖司の二人は連続昏睡事件の被害者である生徒の一人の家へと向かった。


GM:――と言うわけで木鈴邸前です。
サトリ:休んでる奴多いのに敢えて木鈴邸を選択したのか、俺(笑)
聖司:あ、ちなみに僕は家には入らず、何かあった時用に待機しています。
GM:うぃ。ではサトリがインターフォンを鳴らすと家の奥から「は〜い」という女性の声が。そして、ややあってから玄関を開けて出て来る木鈴母「あら、先生?」
サトリ:ん? (少し考えて)ああ、なるほど。そう言えば俺は担任だから、親御さんと面識があってもおかしくなかった。
GM:うぃ。――で、木鈴母はサトリ先生に怪訝顔を向けて言う。「あ、あの……、家の娘がなにか……?」
その場にいない雪治:……娘なんだ。
GM:娘です(キッパリ)
その場にいない司:では名前はA子で(笑)
GM:せっかくのヒロイン候補に変な名前つけるなぁああああ!!(一同爆笑)
サトリ:(笑いつつ)まだヒロインを諦めてなかったのか。
その場にいない司:わたしがヒロインやるって言ってるのに(笑)
聖司:いや、司は……もう良いや。とりあえず木鈴英子で話を進めようGM。
GM:く……(物凄く悔しそう)
サトリ:(笑)じゃあ木鈴母に「いえ。最近、休まれる生徒が多いので、今日はその件で」――て、あ!(ハタと何かに気付いた)げ、GM? この場合、「娘さん、昏睡されてます?」って訊くのは人として如何だろう?
隠れてる聖司:確かに(笑)
GM:あ〜、まあ良いんじゃない?(超適当) ……どうせ英子母だし。
その場にいない雪治:根に持ってる根に持ってる(笑)
サトリ:うぬぅ……まぁGMがそれで良いってんならそれでいこう。で、「すみませんが娘さんの様子を見せてもらってもよろしいでしょうか?」と親御さんに訊く。
GM:では「……申し訳ありませんが、娘は今、病院にいますので」と木鈴母は返す。
一同:は? 病院?
その場にいない司:そんなGM! 何も英子って名前がイヤだからって追い出さなくても!
GM:違う! 昏睡事件の被害者はみんな病院に――て、あ。

 ※ 被害者が病院にいるという情報は、家庭訪問という手段ではその情報を得るために他の家庭も訪問しなければ得られないはずだったが、うっかり口を滑らせるGM。

サトリ:そうか、みんな病院なのか(笑)
隠れてる聖司:(笑いつつ)いろいろと手間が省けたね。
GM:く……(物凄く悔しそう)
サトリ:まぁプレイヤーはともかくサトリは知らんだろうから、この後も順繰りに家庭訪問をした、ということで。
隠れてる聖司:そうだね。それで明日、病院に行く。
サトリ:うむ。ではついでに倒れる前の状況や、子供が倒れた原因に心当たりが無いかを聞いて回ろう。それで共通点はGM?
GM:では知力で判定を――
サトリ:(遮って)『みんな病院』ってのには気付いたんだよな、GM?
一同:脅迫!?(爆笑)
サトリ:失礼な! ただ貸し借りを無しにしようとだなぁ(笑)
聖司:(笑)いや、それ間違いなく脅しだから。
GM:あ〜、じゃあ気付いたってことで(なげやり)。ついでに事前に昏睡する兆候なんかは無くて、共通して寝たら起きない、ってのにも気付いたってことでいいよ。
その場にいない司:げ、GM!? そんないじけなくても……。
GM:いや、もう判定で気付くかどうかって情報は先に暴露しちゃったから、どーでも(超適当)。――さて、気を取り直してシーンを切り替えようか。
隠れてる聖司:シーン短っ!?


◆リサーチ3


GM:ちなみに司はどれくらい倒れてる?
司:あ、じゃあ夕方までで(笑)
GM:雪治はどうする?
雪治:私は司と一緒にいる。
GM:うぃ。では、それで。


 ――日が落ち、空がオレンジへと代わる頃。
 保健室の白いベッドに眠っていた司はようやく目を覚まして、言った。


司:あ〜、美味しかった♪
一同:何でやねん!!(爆笑)

 ――速水聖司。
 彼の料理を口にした者は意識とともにその味すら忘れさせる。
 故に、リピーターが多いとか――

司:――という冗談はともかく、GM。今はもう放課後なんですよね?
GM:うぃ。もう授業は終わってるよ。どうする?
司:(少し考えて)じゃあ、木鈴さんのお見舞いに行きます、友達なので♪
一同:は?
GM:(ハタと気付いて)あ、ハンドアウトの?
司:はい♪


◇ 司用ハンドアウト

コネ;クラスメイト←名前は好きに決めて良い(関係;友人)

 君のクラスの、君の友人である彼が休んだ。
 君は彼が入院し、最近話題の、原因不明の昏睡事件の新たな犠牲者だということを知っている。
 君は彼のために、事件を解決したい――そう思った。


GM:うぃ。じゃあ、木鈴さんと司は友人である、と……(メモメモ)
司:はい! 英子ちゃんはわたしの友達! だからわたしは早速病院に――(ハタと気付いて)ってGM?
GM:英子……英子かぁ……(遠い目)
家庭訪問中のサトリ:(苦笑)ヒロインはまぁ……諦めろ、GM。
雪治:……大丈夫。司がヒロイン。
GM:はぁ(ため息)。じゃあ、シーンは変更。


 ――夕暮れ時。保健室で目覚めた司と雪治は慌てて友人である少女の眠る病室へと向かった。


GM:――って、面会時間過ぎてる気が!?
司:あ、じゃあわたしはクラスメイトみんなのお見舞いを毎日してて、看護婦さんにいろいろと計らってもらってるってことでお願いします。
GM:うぃ。では、それで!


 ――その日も、少年は顔見知りの看護婦さんの計らいに助けられ、クラスメイトのお見舞いをして回った。
 そして――


GM:――て、あ!

 ※ ここでGMはまたもポカミス。うっかり司の発言を採用させてしまったため、本来ならこの場では気付かれないようなことに気付かれることに。

雪治:今度は何?
GM:ぅあ……いや、なんでも(ごまかし)


 ――白い、部屋。
 そこは意識の無い少年少女たちしかいない、眠りの森。
 そこにいて動くのは――二人。
「――今日もテストだったんだよ」
 そう言って微笑みかける可憐な容姿の少年と、
「……司は今日も散々だったんだよ」
 そう無表情に語る少女だけ――


司:――って、姐さん酷っ!?
一同:(笑)
家庭訪問中のサトリ:それより、一般の病室なのか? てっきり個室かと思ってたが……。
雪治:あ、そう言われれば確かに。原因不明の昏睡事件なのに、どうして……?
GM:ああ、それはこの昏睡事件の被害者が多い過ぎるからだよ。それこそ個室より、ね。
その場にいない聖司:そんなに!? ……それはちょっと予想外だったかも。
GM:ちなみに今入院してるのは最低限の検査のためだけで、それが済めばすぐに自宅療養になる。
司:(少し考えて)……GM。もしかしてクラスメイトの数――減ってます?
一同:は?
GM:うわ、鋭い……。
家庭訪問中のサトリ:――って、本当に減ってるのか!?
司:(顎に手を当て、真剣な顔で)……原因不明の連続昏睡事件。その規模と『最近話題』というキーワードからして――つまり、最近の昏睡事件しか話題にならないんですね?
雪治:あ(気付いた)。もしかして――プラーナ……!

 ※ 『プラーナ』とはそのものがそこに存在するための根源的なエネルギーのこと。ちなみにこれを失った人は死亡していたことになったり、行方不明とされたり、もしくは元からいなかったことにされたりする。そしてそうなった場合、一般人はそのことに違和感を覚えない。

GM:……まさか大したヒントもなく、それに気付くとは思わなかった(苦笑)
その場にいない聖司:て言うか、司が頭が良い!?(爆笑)
司:ふっふっふ。勉強意外はできる子なんです♪
雪治:GM。それで、消えた人数は?
GM:司や雪治の知る限り――この場合はクラスメイトや同学年ね――では、十四、五人。クラスメイトに限れば三人だね。
司:三人……(また顎に手を当てて考える)それは友達同士ですか?
GM:そう。よく連む、もしくは一緒に遊んでいる三人だね。
雪治:消えたのは、いつ?
GM:クラスメイトに限って言えば『今日』だね。それも親が学校に連絡してから、司が病院に来るまでの間の話。他は調べようが無いからなんとも。

 ※ 本来ならこの日、クラスメイトが消えたことにすら気付かないはずが、司の発言とGMのポカミスによりいろいろと発覚。

家庭訪問中のサトリ:ん? GM、それに気付いたのは司と雪治だけか?
GM:そう。何故なら消えた人間は存在を失う――つまり書類上には残らない。
その場にいない聖司:あ、そうか! 僕たちは名簿を頼りに回ってるから……!!
GM:そう。記憶を頼りにすべてのクラスメイトのお見舞いをしてる司と違って、サトリたちはどうしても気付き難い。――と、この辺で一旦情報を整理しよう。
家庭訪問中のサトリ:まずは原因不明の連続昏睡事件について、だな。今までにこちらがわかっているのは、昏睡事件の原因は不明。事前兆候は無しで、いきなり目覚めなくなる、と。ついでに校長の勘によれば原因はエミュレイターだということだが……にわかにその可能性が高まったな。

 ※ 異世界からの侵略者――エミュレイターは、しばしば人間のプラーナを奪い、自身の力として吸収することがある。

その場にいない聖司:GM。ちなみに僕らが回った家に、自宅療養中の生徒は?
GM:勿論、何人かはいた。そしてその子らはみんな、司と雪治がいる病室の子たちと状態が同じ――ってことに気付けるのは司と雪治だけかな。
雪治:? みんな意識不明なのに? 自宅療養中子と病院の子の状態が……同じ?
司:あ!(気付いた) GM! 病室にいる子は勿論点滴をしてますよね!?
GM:うぃ。それは当然、昏睡中の患者さんは自力では栄養補給なんて出来ませんから。
家庭訪問中のサトリ:! ちょっと待て! さっき自宅療養ってのは検査入院の後って言ってたよな!? それなのに――
司:(遮って)みんなの血色は!?
GM:良好。それこそ点滴の必要のないほどに元気そうです。
雪治:……ちなみに表情は?
GM:笑顔……に近い、かな? なんかこう、良い夢見てるなぁ的な表情、って言えば想像出来る?

 ※ 余談だが、この時点で雪治はだいたい、事件解決への糸口に気付いていたが敢えて語らずに流している。その理由は後ほど語られます。

司:(少し考えて)……じゃあ知り合いのお医者さんに医学的な見地から見てこの昏睡事件はどう思うかを訊きます。
GM:医学的な見地からすれば……と言うより、原因不明だからこそのニュースだし、治しようがないからこその自宅療養だと思って欲しい。
その場にいない聖司:……やっぱりエミュレイター絡みかな?
雪治:……そうね。もしかしたら……情報規制とかも