《THE SECOND LIFE》
俺がネギの受け持つ3‐Aに赴任してから今日で四日目。半ば習慣化しつつあった部活動巡りも半ばを終えた今、俺は麻帆良大学工学部のとある研究室にいた。それも……泥だらけで。
ここに来る途中で川に流されていた猫を拾い塗れネズミとなり、木に引っかかった風船を取るために跳べば高さを誤って枝に激突し、何故かまとまり付いて来た園児と遊び、お婆さんを背負って歩道橋を上がったりと色々やったせいか、思い切り汚れてしまった。
「……衛宮先生。どうしたんですか?」
「ん? ――って、うわ!? へ、ヘルパー! 泥だらけじゃん! どしたの?」
雑多な資料やら機械などが乱立する部屋。そこにいた絡繰と葉加瀬が、入室する俺に気付いてそれぞれ反応する。
それに苦笑。まぁ話しても良いが笑われるのが目に見えているので、ここは黙っておこう。
「……なに。猫の餌やりでちょっと、な」
「あ」
椅子に座り色々なコードに繋がれていた絡繰が俺の台詞に口をポカンと開けた。
「衛宮先――」
「先生って柄じゃない」
絡繰の言葉を遮って、苦笑。
「気にするな絡繰。お前のマスターからの頼みを聞いただけだ」
「え?」
キョトンとする絡繰。その彼女と俺とを交互に見ると、葉加瀬はニコリと笑った。
「そだヘルパー」
「ん?」
絡繰に繋がれたコンピューターの一つへと歩いて行き、葉加瀬。画面へ視線を向けたまま、
「あのさ。ヘルパーって……何者?」
カタカタとキーボードを叩く音。チラリとこちらを見る葉加瀬の視線は真剣そのもの。
「超さんも気にしてました。何せ私たちが生み出した茶々丸をこうも簡単に破壊されたとあっては――」
「なるほど」
茶々丸は二人に生み出されたんだったか。つまり親であり、子……まぁ確かに正体不明の男に自慢の娘を傷付けられたとあっては黙っていられない、か。
「……かなり荒唐無稽な話になるが、良いか?」
腕を組み、壁に寄りかかって虚空を眺める。
……さてどうしたものか。
ネギのこともあるから俺の過去についてはあまり語りたくない。しかしある程度は情報を開示しないと彼女らは独自に調べ、そして無駄に危険な橋を渡らせることになるやも知れん。
そうなるぐらいなら、と触りだけ話すことにする。
「――五年前、」
……そうか、もう五年も前だったか。
「俺はこことは違う世界にいた――」
そして――語る。
俺がいた世界でのことを。
冬木市。聖杯戦争。“使い魔(サーヴァント)”。それから――
「――俺は聖杯を破壊して、この世界に来た」
……正確には“跳ばされた”。
宝石剣だの莫大な魔力を持つ聖杯の破壊だのが原因か。俺は気付けばもといた世界と似て非なる異世界にいた。
「俺が強い理由は――『これ』だ」
汚れたワインレッドのスーツを脱ぎ捨て、黒いワイシャツをはだけて見せる。
左腕に巻かれた真っ赤な聖骸布。
「『英霊』――伝説や神話に出てくる英雄達」
例えばアーサー王。
例えばクーフーリン。
例えばヘラクレス。
「俺の左腕はそういう連中のを無理矢理くっつけたものだ」
……まぁ連中みたいに有名かはともかく、一応『“エミヤ(あいつ)”』も英霊だしな。間違いではないはずだ。
「普段は“聖骸布(コイツ)”で力を封印してるが」
しかし……一度、その封印を解けば――
「……正直に言って、信じられません」
苦笑して葉加瀬を見る。まぁそうだろう。
「ですが、信じないにしても」
葉加瀬は言いながらチラリと絡繰を見た。
「……はい。現に私はあなたに敗北しました」
絡繰は頷き、俺を真っ直ぐに見た。
「なるほど……だからあの時『アーチャー』と」
絡繰の言葉に、苦笑を濃くする。
俺は……なんだってよりによってアイツのように名乗ったんだ?
「……いや。悪いが『アーチャー』はやめてくれ」
……柄じゃない。それは『先生』って以上に柄じゃない。
俺はアイツとは違う。アイツみたいにはならない。だからそう、衛宮士郎はやはり衛宮士郎らしく、
「『ヘルパー』で良い」
そうさ。俺は『“弓兵(アーチャー)”』じゃなくて『“助っ人(ヘルパー)”』で良い。
黒いワイシャツのボタンを締め、スーツを着る。
……さて、絡繰の調子も確認出来たしエヴァンジェリンの所に行くか。
葉加瀬と絡繰に背を向け、俺は研究室を後にした――。
◇◆◇◆◇
――まどろみの中を行く。
ゆったりと鈍重に。優しさと暖かさの中を行く。
夢。夢の中。
――……バカ。
声がして、視界が切り替わった。
そこは白い部屋――保健室で、ボクはそこに寝ていた。
白いベッド。視線を横にすると、少しだけ目を赤らめた不機嫌顔のアスナさんがいてボクを睨んでいた。
「バカネギ……。あんた魔法、使えなかったんでしょ……?」
弱々しい声。だから笑って口を開いた。
「でも……ボクは先生だから」
アスナさんにはいつでも元気に笑っていて欲しい。そう思って、体中痛いのを我慢して笑顔を作ったのに、
「バカ……!」
「えぅ……」
ひどいな。そんな泣きそうな顔をして言わなくても良いのに……。
「私が……どんだけ心配したか、わかってんの……!?」
「あ……」
ギシ、とベッドが鳴って、気が付くとボクはアスナさんに抱きしめられていた。
……痛い。全身が、痛い。
「女の子が……こんなにいっぱい、怪我して……」
アスナさんの声が震えていた。だからボクも、泣きそうになって、
「あ、アスナさん。そう言えば……テスト、は?」
話題を変えた。
そうだ……ことの発端は期末テストのことで図書館島の魔導書探しをして――
ゴーレムが現れて、
アスナさんがボクをかばって怪我をして、
それでボクは最後にエレベーターの前で、
「……あんたがこんなになってるのにテストなんて受けれないわよ」
「う……」
ごめんなさい……。そう呟いたら――デコピンされた。
「うぅ……! い、痛いですよアスナさん……」
ほら……デコピンが痛いから涙が出てきちゃったじゃないですか?
「ばか」
いっそう、抱きしめられる。
暖かい……優しさに包まれて、涙が止まらない。
「教えてよ……ネギ」
まどろみに包まれる中。
「あんたが頑張るわけ……教えてよ……」
全ては夢の中。
視界が白く、白くなって。
鈍重に、過ぎて行く。
――……眠っちゃった?
遠くで声がした。
――……ねぇ、オコジョ?
大好きな声。でも……誰だっけ?
――……“仮契約(パクティオー)”するとどうなるの?
思い出せない。ううん……考えられない。
眠い……。
暖かい……眠い……。
――……バカ!
声がして、また視界が切り替わった。
女子寮の大浴場――その脱衣場。
お風呂は嫌いだって言ったらアスナさんが怒って無理矢理ボクを引っ張って来た。
そして――見られた。
「……あ、あの、その」
脱衣場でボクの上に馬乗りになるアスナさんを多少引きつってるだろう笑顔で見上げる。
……だから、お風呂は嫌いなのに。
アスナさんはボクの裸を見て固まっていた。
いや――正確にはボクの体中に刻まれた、いくつもの傷跡を見て、固まっていた。
「……あんた、それ――」
「べ、別にいじめとかじゃなくて……!」
慌ててアスナさんの言葉を遮る。
そうだ……ボクの体の傷は全部、誰かにつけられたものじゃなくて、
自分で、頑張って、だから――
「き、気にしないで下さい! こ、これはあの――」
「バカネギ!」
「は、はいっ!」
アスナさんは……ボクにはよくわからない、怒っているのか悲しんでいるのかわからないような顔をして、
ボクを抱きしめた。
「あ……」
暖かい……。
眠い……。
まどろみが、視界を白く染めて行く……。
――……ばか。
遠くで声がした。
――ばか。
優しくて暖かい声がした。
うん……ボクは……ばか、みたいですね……。
――――ドクン!
『――――……大丈夫――――』
――ドクン!
視界が白から黒へ。赤へと切り替わった。
『――――■■■■は―――が守――――……から―――』
ザー――――……。
砂嵐のように不鮮明な視界。ノイズばかりで聞き取り難い、まるで耳に水が詰まった時のような聞きずらさ。
『――――来るぞ!』
ドクン! 声に胸が一際大きく鼓動を刻む。
これは……何? なんでボクは――“テレビの中に”いるの?
ドクン!
『■■■■――あんたは私が――――』
ザー――……。
ザー――……。
ザー――……。
『オイ、まだかっ!? 早くしろ!』
『――――うるさいわねぇ――私は――■■■■――』
ザー――……。
聞き取り難い。なに? 何て言ったの?
『――――……?』
あ、あれ……?
おかしいな……どうしてアスナさん――“真っ赤”な、の……?
『――――避けろ! 神楽坂――――!!』
『――――!』
――ビシャァアアア! 画面に、まるでバケツの水をかけるかのように『それ』はかけられた。
ドクン!
…………え?
画面が真っ赤で……見えないよ?
真っ赤……。
血が……。
アスナさん……?
アスナ……さん?
◇◆◇◆◇
寮に戻るや――絶句。あたしはリビングの扉を開けた、その格好で固まった。
目を剥くあたしの視線の先にいるの一人の少女。まるで鏡写しのようにあたしと瓜二つの容姿をし、まる一日居なかった上に全く音沙汰の無かったケイトがそこでぐったりとして座布団の上に体を横たえていた。
「……なんで」
呆然と、呟く。
ケイトがどこで何をしていたのは知らない。だけどこいつがぐったりしている理由はわかる。
一目瞭然と言ってもいい。
ケイトが体を横たえる赤い座布団。そしてこいつが着ている真っ赤な制服。その二つの染料を垂れ流す、ケイトの左胸の穴。
おそらくは致命傷。よく見ずとも、その傷が心臓まで届いていることぐらいわかる。
「お前……なんで……」
混乱する。思考がぐちゃぐちゃだ。それでもケイトの流血量が既に致死量を軽く超えていることぐらいはわかる。
それこそ――ケイトでなければ既に死んでいるだろうほどの傷。
「……ぁ、おねぇ……ちゃん………」
ッ!
掠れた声、焦点の合わない視線。いつ死んでもおかしくない、既に死んでいない方がおかしい、そんな状態でありながらケイトはあたしに微笑んで見せた。
「ケイト!!」
それだけで頭がいっぱいになった。
あたしはがすぐに鞄を投げ捨て、一も二もなくケイトへと駆け出し――
「――おっと、そこまでだ嬢ちゃん」
――肩を掴まれ、止まった。
っ!? 振り向く!
そこに蒼衣の男がいた。
「これは親切だ。そいつが大事なら動かさねー方がいいぜ」
男は肩をすくめ、目を剥くあたしの肩越しにケイトを見る。
「どういう体の作りをしてんのかは知らねえが、よく心臓を貫かれて生きてやがるな。恐れ入るぜ」
…………なんだコイツは?
「……呪いは……そろそろ、“解呪(ディスペル)”……できます」
「おいおい、そりゃどんな奇跡だ? 嬢ちゃんの方がよっぽどバケモンに見えるぜ」
呆然と二人の会話を眺める。
「……あなたに……言われたく……ない」
……なんだ?
なにがどうなってやがる?
「そうか? まあしかし、俺のマスターになるってんだからそうでなくっちゃいけねえわな」
俺は『ククク』と喉を震わせて笑い、横たわるケイトをそっと抱き起こす。
そして、男はまるで赤ちゃんを抱くようにケイトを横抱きにして抱え、振り向く。
「! な、なんだよ!?」
視線が合った。ただ、それだけで――わけもなく震えた。
な、なんだコイツ……!? 感覚が常人と大差ない今のあたしですらわかる。この男のバカでかい魔力――本当に何もんだ!?
「そう言えば、挨拶がまだだったな」
ギョッとするあたしに獰猛な笑みを向ける男。あたしはそれだけで体を竦ませ、一歩後退。
「初めまして、“主の主(グランド・マスター)”」
ダメだ……。コイツはもう、相対しただけで負けだ……。摩耗し錆び付いたあたしの中の生存本能ってやつが警笛を鳴らしっぱなしだ……。なんなんだよ、いったい!?
「……少し、黙っててくれますか? ――“ランサー”」
半ば茫然自失となっていたあたしを現実に引き戻すケイトの声。それにあたしはのろのろと視線をケイトへと向けた。
「……ごめんね、おねえちゃん」
ヒュー、ヒューという空気の漏れるような呼吸音を挟みながら、ケイト。青ざめた顔に大量の冷や汗を浮かべ、弱々しく笑って言葉を次ぐ。
「……驚かせて、ごめんなさい」
そしてそれにあたしが何かを言う前に、
「へえ、本当に“ゲイボルク”の呪いを解呪したのか」
男――ランサーがケイトを少し驚いたような視線を向けて言った。
「……“世界の定義(ルール)”への干渉はわたしの十八番ですから」
それにケイトは、先ほどとは打って変わった普通の声音で返す。
「……“因果の逆転(ゲイボルク)”事態はどうにも出来なかったけど、それによって与えられた“呪い(おまけ)”ぐらいなら問題ありません」
そして、さっきまで死にかけていたはずのケイトはランサーの手を離れ、自身の力で立って見せる。
「……世界への干渉力ならまだしも、自身への干渉力ならまだわたしでも対処出来ます」
額の汗を拭い、先ほどまで自分を抱えていたランサーへと向くケイト。
「忘れましたか、ランサー? あなたのマスターにしたことを」
あたしが本能的に怯え、何も言えなかった男を相手に不適な笑みを向けて告げる。
「いいや。忘れたわけじゃあねえ」
それに肩をすくめてランサー。ケイトから一歩離れ、リビングの壁へと背を預けて腕を組み、
「ま、俺としちゃあ、誰がマスターだろうと関係ねえ。せいぜい簡単には死んでくれるなよ嬢ちゃん」
獰猛に、まるで犬や狼のような殺意を乗せた笑みをケイトに向けて返す。
「もう……! 本当にあなたは発言が一々物騒ですねランサー」
それにため息一つ。間接的にその殺意を感じたあたしですら絶句するランサーの気迫を真っ向から受けて尚、ケイトは『八神ケイト』という“設定(キャラクター)”を崩さない。
……これが、人を超える者。
唐突に、思い出す。
『“英霊(サーヴァント)”』そして『“槍兵(ランサー)”』の呼称と、その意味。
おそらくは先日、あたしの記憶に刷り込まれたのだろう知識。
――今なら、わかる。
『英霊』に人は勝てない――それが、異世界のルールであり常識。
「なにが『ジャンケン』だ……!」
今ならわかる。
本気を出した衛宮教諭には絶対に勝てないと言ったケイトの言葉の意味が。
そしてそれを相性という言葉だけで片付けて見せたケイトの強さが。
世界の構成、定義、根底、根源、基本に基礎の情報――即ち、ルール。
「……おねえちゃん?」
そしてそれに干渉し、書き換える能力――『イデア・ハック』を使うケイトの異常さがようやく。その反則さが本当に、ようやくわかった。
次話/前話
俺がネギの受け持つ3‐Aに赴任してから今日で四日目。半ば習慣化しつつあった部活動巡りも半ばを終えた今、俺は麻帆良大学工学部のとある研究室にいた。それも……泥だらけで。
ここに来る途中で川に流されていた猫を拾い塗れネズミとなり、木に引っかかった風船を取るために跳べば高さを誤って枝に激突し、何故かまとまり付いて来た園児と遊び、お婆さんを背負って歩道橋を上がったりと色々やったせいか、思い切り汚れてしまった。
「……衛宮先生。どうしたんですか?」
「ん? ――って、うわ!? へ、ヘルパー! 泥だらけじゃん! どしたの?」
雑多な資料やら機械などが乱立する部屋。そこにいた絡繰と葉加瀬が、入室する俺に気付いてそれぞれ反応する。
それに苦笑。まぁ話しても良いが笑われるのが目に見えているので、ここは黙っておこう。
「……なに。猫の餌やりでちょっと、な」
「あ」
椅子に座り色々なコードに繋がれていた絡繰が俺の台詞に口をポカンと開けた。
「衛宮先――」
「先生って柄じゃない」
絡繰の言葉を遮って、苦笑。
「気にするな絡繰。お前のマスターからの頼みを聞いただけだ」
「え?」
キョトンとする絡繰。その彼女と俺とを交互に見ると、葉加瀬はニコリと笑った。
「そだヘルパー」
「ん?」
絡繰に繋がれたコンピューターの一つへと歩いて行き、葉加瀬。画面へ視線を向けたまま、
「あのさ。ヘルパーって……何者?」
カタカタとキーボードを叩く音。チラリとこちらを見る葉加瀬の視線は真剣そのもの。
「超さんも気にしてました。何せ私たちが生み出した茶々丸をこうも簡単に破壊されたとあっては――」
「なるほど」
茶々丸は二人に生み出されたんだったか。つまり親であり、子……まぁ確かに正体不明の男に自慢の娘を傷付けられたとあっては黙っていられない、か。
「……かなり荒唐無稽な話になるが、良いか?」
腕を組み、壁に寄りかかって虚空を眺める。
……さてどうしたものか。
ネギのこともあるから俺の過去についてはあまり語りたくない。しかしある程度は情報を開示しないと彼女らは独自に調べ、そして無駄に危険な橋を渡らせることになるやも知れん。
そうなるぐらいなら、と触りだけ話すことにする。
「――五年前、」
……そうか、もう五年も前だったか。
「俺はこことは違う世界にいた――」
そして――語る。
俺がいた世界でのことを。
冬木市。聖杯戦争。“使い魔(サーヴァント)”。それから――
「――俺は聖杯を破壊して、この世界に来た」
……正確には“跳ばされた”。
宝石剣だの莫大な魔力を持つ聖杯の破壊だのが原因か。俺は気付けばもといた世界と似て非なる異世界にいた。
「俺が強い理由は――『これ』だ」
汚れたワインレッドのスーツを脱ぎ捨て、黒いワイシャツをはだけて見せる。
左腕に巻かれた真っ赤な聖骸布。
「『英霊』――伝説や神話に出てくる英雄達」
例えばアーサー王。
例えばクーフーリン。
例えばヘラクレス。
「俺の左腕はそういう連中のを無理矢理くっつけたものだ」
……まぁ連中みたいに有名かはともかく、一応『“エミヤ(あいつ)”』も英霊だしな。間違いではないはずだ。
「普段は“聖骸布(コイツ)”で力を封印してるが」
しかし……一度、その封印を解けば――
「……正直に言って、信じられません」
苦笑して葉加瀬を見る。まぁそうだろう。
「ですが、信じないにしても」
葉加瀬は言いながらチラリと絡繰を見た。
「……はい。現に私はあなたに敗北しました」
絡繰は頷き、俺を真っ直ぐに見た。
「なるほど……だからあの時『アーチャー』と」
絡繰の言葉に、苦笑を濃くする。
俺は……なんだってよりによってアイツのように名乗ったんだ?
「……いや。悪いが『アーチャー』はやめてくれ」
……柄じゃない。それは『先生』って以上に柄じゃない。
俺はアイツとは違う。アイツみたいにはならない。だからそう、衛宮士郎はやはり衛宮士郎らしく、
「『ヘルパー』で良い」
そうさ。俺は『“弓兵(アーチャー)”』じゃなくて『“助っ人(ヘルパー)”』で良い。
黒いワイシャツのボタンを締め、スーツを着る。
……さて、絡繰の調子も確認出来たしエヴァンジェリンの所に行くか。
葉加瀬と絡繰に背を向け、俺は研究室を後にした――。
◇◆◇◆◇
――まどろみの中を行く。
ゆったりと鈍重に。優しさと暖かさの中を行く。
夢。夢の中。
――……バカ。
声がして、視界が切り替わった。
そこは白い部屋――保健室で、ボクはそこに寝ていた。
白いベッド。視線を横にすると、少しだけ目を赤らめた不機嫌顔のアスナさんがいてボクを睨んでいた。
「バカネギ……。あんた魔法、使えなかったんでしょ……?」
弱々しい声。だから笑って口を開いた。
「でも……ボクは先生だから」
アスナさんにはいつでも元気に笑っていて欲しい。そう思って、体中痛いのを我慢して笑顔を作ったのに、
「バカ……!」
「えぅ……」
ひどいな。そんな泣きそうな顔をして言わなくても良いのに……。
「私が……どんだけ心配したか、わかってんの……!?」
「あ……」
ギシ、とベッドが鳴って、気が付くとボクはアスナさんに抱きしめられていた。
……痛い。全身が、痛い。
「女の子が……こんなにいっぱい、怪我して……」
アスナさんの声が震えていた。だからボクも、泣きそうになって、
「あ、アスナさん。そう言えば……テスト、は?」
話題を変えた。
そうだ……ことの発端は期末テストのことで図書館島の魔導書探しをして――
ゴーレムが現れて、
アスナさんがボクをかばって怪我をして、
それでボクは最後にエレベーターの前で、
「……あんたがこんなになってるのにテストなんて受けれないわよ」
「う……」
ごめんなさい……。そう呟いたら――デコピンされた。
「うぅ……! い、痛いですよアスナさん……」
ほら……デコピンが痛いから涙が出てきちゃったじゃないですか?
「ばか」
いっそう、抱きしめられる。
暖かい……優しさに包まれて、涙が止まらない。
「教えてよ……ネギ」
まどろみに包まれる中。
「あんたが頑張るわけ……教えてよ……」
全ては夢の中。
視界が白く、白くなって。
鈍重に、過ぎて行く。
――……眠っちゃった?
遠くで声がした。
――……ねぇ、オコジョ?
大好きな声。でも……誰だっけ?
――……“仮契約(パクティオー)”するとどうなるの?
思い出せない。ううん……考えられない。
眠い……。
暖かい……眠い……。
――……バカ!
声がして、また視界が切り替わった。
女子寮の大浴場――その脱衣場。
お風呂は嫌いだって言ったらアスナさんが怒って無理矢理ボクを引っ張って来た。
そして――見られた。
「……あ、あの、その」
脱衣場でボクの上に馬乗りになるアスナさんを多少引きつってるだろう笑顔で見上げる。
……だから、お風呂は嫌いなのに。
アスナさんはボクの裸を見て固まっていた。
いや――正確にはボクの体中に刻まれた、いくつもの傷跡を見て、固まっていた。
「……あんた、それ――」
「べ、別にいじめとかじゃなくて……!」
慌ててアスナさんの言葉を遮る。
そうだ……ボクの体の傷は全部、誰かにつけられたものじゃなくて、
自分で、頑張って、だから――
「き、気にしないで下さい! こ、これはあの――」
「バカネギ!」
「は、はいっ!」
アスナさんは……ボクにはよくわからない、怒っているのか悲しんでいるのかわからないような顔をして、
ボクを抱きしめた。
「あ……」
暖かい……。
眠い……。
まどろみが、視界を白く染めて行く……。
――……ばか。
遠くで声がした。
――ばか。
優しくて暖かい声がした。
うん……ボクは……ばか、みたいですね……。
――――ドクン!
『――――……大丈夫――――』
――ドクン!
視界が白から黒へ。赤へと切り替わった。
『――――■■■■は―――が守――――……から―――』
ザー――――……。
砂嵐のように不鮮明な視界。ノイズばかりで聞き取り難い、まるで耳に水が詰まった時のような聞きずらさ。
『――――来るぞ!』
ドクン! 声に胸が一際大きく鼓動を刻む。
これは……何? なんでボクは――“テレビの中に”いるの?
ドクン!
『■■■■――あんたは私が――――』
ザー――……。
ザー――……。
ザー――……。
『オイ、まだかっ!? 早くしろ!』
『――――うるさいわねぇ――私は――■■■■――』
ザー――……。
聞き取り難い。なに? 何て言ったの?
『――――……?』
あ、あれ……?
おかしいな……どうしてアスナさん――“真っ赤”な、の……?
『――――避けろ! 神楽坂――――!!』
『――――!』
――ビシャァアアア! 画面に、まるでバケツの水をかけるかのように『それ』はかけられた。
ドクン!
…………え?
画面が真っ赤で……見えないよ?
真っ赤……。
血が……。
アスナさん……?
アスナ……さん?
◇◆◇◆◇
寮に戻るや――絶句。あたしはリビングの扉を開けた、その格好で固まった。
目を剥くあたしの視線の先にいるの一人の少女。まるで鏡写しのようにあたしと瓜二つの容姿をし、まる一日居なかった上に全く音沙汰の無かったケイトがそこでぐったりとして座布団の上に体を横たえていた。
「……なんで」
呆然と、呟く。
ケイトがどこで何をしていたのは知らない。だけどこいつがぐったりしている理由はわかる。
一目瞭然と言ってもいい。
ケイトが体を横たえる赤い座布団。そしてこいつが着ている真っ赤な制服。その二つの染料を垂れ流す、ケイトの左胸の穴。
おそらくは致命傷。よく見ずとも、その傷が心臓まで届いていることぐらいわかる。
「お前……なんで……」
混乱する。思考がぐちゃぐちゃだ。それでもケイトの流血量が既に致死量を軽く超えていることぐらいはわかる。
それこそ――ケイトでなければ既に死んでいるだろうほどの傷。
「……ぁ、おねぇ……ちゃん………」
ッ!
掠れた声、焦点の合わない視線。いつ死んでもおかしくない、既に死んでいない方がおかしい、そんな状態でありながらケイトはあたしに微笑んで見せた。
「ケイト!!」
それだけで頭がいっぱいになった。
あたしはがすぐに鞄を投げ捨て、一も二もなくケイトへと駆け出し――
「――おっと、そこまでだ嬢ちゃん」
――肩を掴まれ、止まった。
っ!? 振り向く!
そこに蒼衣の男がいた。
「これは親切だ。そいつが大事なら動かさねー方がいいぜ」
男は肩をすくめ、目を剥くあたしの肩越しにケイトを見る。
「どういう体の作りをしてんのかは知らねえが、よく心臓を貫かれて生きてやがるな。恐れ入るぜ」
…………なんだコイツは?
「……呪いは……そろそろ、“解呪(ディスペル)”……できます」
「おいおい、そりゃどんな奇跡だ? 嬢ちゃんの方がよっぽどバケモンに見えるぜ」
呆然と二人の会話を眺める。
「……あなたに……言われたく……ない」
……なんだ?
なにがどうなってやがる?
「そうか? まあしかし、俺のマスターになるってんだからそうでなくっちゃいけねえわな」
俺は『ククク』と喉を震わせて笑い、横たわるケイトをそっと抱き起こす。
そして、男はまるで赤ちゃんを抱くようにケイトを横抱きにして抱え、振り向く。
「! な、なんだよ!?」
視線が合った。ただ、それだけで――わけもなく震えた。
な、なんだコイツ……!? 感覚が常人と大差ない今のあたしですらわかる。この男のバカでかい魔力――本当に何もんだ!?
「そう言えば、挨拶がまだだったな」
ギョッとするあたしに獰猛な笑みを向ける男。あたしはそれだけで体を竦ませ、一歩後退。
「初めまして、“主の主(グランド・マスター)”」
ダメだ……。コイツはもう、相対しただけで負けだ……。摩耗し錆び付いたあたしの中の生存本能ってやつが警笛を鳴らしっぱなしだ……。なんなんだよ、いったい!?
「……少し、黙っててくれますか? ――“ランサー”」
半ば茫然自失となっていたあたしを現実に引き戻すケイトの声。それにあたしはのろのろと視線をケイトへと向けた。
「……ごめんね、おねえちゃん」
ヒュー、ヒューという空気の漏れるような呼吸音を挟みながら、ケイト。青ざめた顔に大量の冷や汗を浮かべ、弱々しく笑って言葉を次ぐ。
「……驚かせて、ごめんなさい」
そしてそれにあたしが何かを言う前に、
「へえ、本当に“ゲイボルク”の呪いを解呪したのか」
男――ランサーがケイトを少し驚いたような視線を向けて言った。
「……“世界の定義(ルール)”への干渉はわたしの十八番ですから」
それにケイトは、先ほどとは打って変わった普通の声音で返す。
「……“因果の逆転(ゲイボルク)”事態はどうにも出来なかったけど、それによって与えられた“呪い(おまけ)”ぐらいなら問題ありません」
そして、さっきまで死にかけていたはずのケイトはランサーの手を離れ、自身の力で立って見せる。
「……世界への干渉力ならまだしも、自身への干渉力ならまだわたしでも対処出来ます」
額の汗を拭い、先ほどまで自分を抱えていたランサーへと向くケイト。
「忘れましたか、ランサー? あなたのマスターにしたことを」
あたしが本能的に怯え、何も言えなかった男を相手に不適な笑みを向けて告げる。
「いいや。忘れたわけじゃあねえ」
それに肩をすくめてランサー。ケイトから一歩離れ、リビングの壁へと背を預けて腕を組み、
「ま、俺としちゃあ、誰がマスターだろうと関係ねえ。せいぜい簡単には死んでくれるなよ嬢ちゃん」
獰猛に、まるで犬や狼のような殺意を乗せた笑みをケイトに向けて返す。
「もう……! 本当にあなたは発言が一々物騒ですねランサー」
それにため息一つ。間接的にその殺意を感じたあたしですら絶句するランサーの気迫を真っ向から受けて尚、ケイトは『八神ケイト』という“設定(キャラクター)”を崩さない。
……これが、人を超える者。
唐突に、思い出す。
『“英霊(サーヴァント)”』そして『“槍兵(ランサー)”』の呼称と、その意味。
おそらくは先日、あたしの記憶に刷り込まれたのだろう知識。
――今なら、わかる。
『英霊』に人は勝てない――それが、異世界のルールであり常識。
「なにが『ジャンケン』だ……!」
今ならわかる。
本気を出した衛宮教諭には絶対に勝てないと言ったケイトの言葉の意味が。
そしてそれを相性という言葉だけで片付けて見せたケイトの強さが。
世界の構成、定義、根底、根源、基本に基礎の情報――即ち、ルール。
「……おねえちゃん?」
そしてそれに干渉し、書き換える能力――『イデア・ハック』を使うケイトの異常さがようやく。その反則さが本当に、ようやくわかった。
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