※ 前書き
この作品は『魔法少女リリカルなのは』、及び『Fate/stay night』という作品のキャラクターを『魔法先生ネギま!』という作品に登場させるという形のクロス小説です。途中、この三作品をご存知ない方には非常に解り難い表現が含まれていますので、それを承知の上でご覧下さい。
また、作中に著者による独自解釈、設定、世界観、オリジナルキャラなどが描かれていますが、こちらも事前にご了承の上でご覧になって下さい。
《THE SECOND LIFE》
女子寮の各部屋に備え付けてあるシャワーを浴び、バスタオルを体に巻いただけという平時なら有り得ないほどだらしない格好のままリビングに戻る。……ま、どうせ居るんはケイトだけだし、そのケイトは今、あたしになってんだから気にする必要なんてねー。そう気楽に考え、体に巻いたバスタオルと頭をふく用のタオルだけという半裸状態で居間に行くと、
「――……そう。なら引き続き、監視レベルはイエローのままで。……うん。よろしく」
コタツに入り机上に展開させたモニターやらキーボードなんかを弄っているケイトを見つけ、目を丸くした。
ケイトが……通信? ……珍しい。
他の局員ならいざ知らず、このケイトという奴は諜報や局の暗部の仕事を基本的に任されてる。そのせいかは知らんが、コイツはいつも『念話』で報告や指示なんかを済ませてるはずだが……今回に限って、なんでわざわざ端末を介したやりとりなんてしてる?
そんなあたしの思考が顔に出てたのかケイトの奴がこちらにウィンクを寄越して手招き。……ちっ、やっぱり気付いてたか。
「…………つか、あたしの顔でウィンクすんな」
苦い顔をして言いつつ、興味津々な内心をひた隠してケイトの隣へ。「どれどれ……」と正面に表示されている比較的メインのディスプレイっぽいやつを覗き込み――絶句。
「なっ――!?」
そこに映し出されていたケイトの通信相手――ではなく、夜の桜並木。そしてその中心にいる少女たちと、彼女らの略歴と――“魔力値”。
慌てて視線をディスプレイの左上――おそらくは録画したのだろう繰り返し再生される動画へと向け、さらに驚愕。
「お、おい……嘘だろ?」
それはまさに魔導師同士の戦い。それはまさに素人では有り得ない戦い。
視線をまた彼女らの“情報(ステータス)”が表示されていた方へと戻す。
「……………………」
衛宮士郎――推定魔導師ランク及び危険性『SS−』。
ネギ・スプリングフィールド――推定魔導師ランク『AA+』。危険性『S』。
エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル――推定魔導師ランク『A+』。危険性『S』。
「……なんだよ、おい」
絡繰茶々丸――推定魔導師ランク『測定不能』。危険性『A』。
神楽坂明日奈――推定魔導師ランク『測定不能』。危険性『A』。
桜咲刹那――推定魔導師ランク『測定不能』。危険性『B』。
「…………これって、なんだよ」
呆然と、呟く。
喉が乾上がる。
冷や汗が頬を伝う。
「――……はい。では『彼女』を最優先で調査して下さい」
驚愕に目を向くあたしをチラリと見て、ケイトはキーボードを叩き、あたしの眼前に別のディスプレイを表示する。
『危険性「α」≠最低魔導師ランク「α」以上、小隊以上の部隊でのみ戦闘を許可』
それはケイトなりに現状を正しくあたしに知らせるための配慮なのだろうが――おかげで風呂上がりだというのに一気に凍えるような思いとなった。
……お、おい、ちょっと待て。じゃあ何か? “衛宮士郎(あいつ)”をどうにかしようと思ったら“最低でダブルSマイナーの魔導師の、小隊以上の部隊”で事に当たる必要があるってのか? ……ふざけんなよ! そんな部隊なんてねーだろうが!!
あたしは苦い顔をケイトに向ける。
「……どうすんだよ、これ」
現状を理解し、理解させられたが故にディスプレイを指差しながら告げる。
ケイトはその指差した先を、
推定魔導師ランク及び危険性が『SS−』と表示されたディスプレイの――
「――……うん。最悪、『彼女』の相手は、」
――“その真上に表示された”それを眺めて告げた。
「――……わたし一人で行う」
AAA、S、SS、SSS――そして、“その上位ランク”。数億からなる時空管理局の局員の中にすら片手の数でたりる“規格外”の魔導師。
その名を――“大魔導師”。
それは『オーバー・トリプルS』という埒外にして、もはや戦艦にすら匹敵する単体魔導戦闘能力か、その主砲クラスの大質量の魔力を行使出来る魔導資質を持つとされる化け物たちの総称。
教科書や記録の中にのみ存在する著名人にしか冠することの出来ないだろうその名を、何故か『彼女』は名前や略歴とともに表示されていた。
「――……大丈夫。わたしは負けませんから」
そう言って微笑むケイトを、しかしその時ばかりは信じられなかった。それほどの衝撃があった。
「……………………」
無言で視線をそれへと戻す。
――“近衛このか”。
推定魔導師ランク、
及び危険性、
――『“大魔導師(バケモノ)”』。
「……うそ、だろ?」
結局、ケイトの通信相手の声はおろか姿すらわからなかった。
そしてそれ以上に、
あたしが、今や完全に外野なのだと改めて思い知って、
「……………………っ」
ショック、だった――。
◇◆◇◆◇
――どくん、と一際大きく心臓が鳴った。
「あ……アス、ナ……さん…………?」
手の中の彼女は傷だらけだった。
「アスナさん……? アスナさん! アスナさんっ!!」
――ボクはアスナさんの事が大好きだった。
彼女が今は遠い故郷に居るお姉ちゃんに似ているからだけでは無い。
出会った当初は乱暴で怖い人だと思っていた。ガサツで勉強の苦手な、だけど人一倍元気で活発な女の人。
魔法使いだと知られ、知り合って、一緒に暮らすようになって、ボクは神楽坂明日菜という女性に自然と惹かれるようになった。
優しくて強くて頑張り屋のお姉さん。そんな彼女がボクは大好きだった。
「――少しばかり来るのが遅かったな、先生」
声に、ゆっくりと振り向く。
収縮した視界に嘲りの笑みを浮かべる少女が映って、
――フラッシュバック。
切り替わる視界。過去と現在が反転し、そしてボクの視界に広がった光景は――……焼け、滅びる街と嘲う悪魔とそして傷つき倒れる大切な人達。
……頭の中が、真っ白になった――。
「――……ほほう? それで貴様は教え子を殺そうとした、と?」
「えぅ……!」
――気が付くとボクは保健室にいた。
どうやらボクはエヴァンジェリンさんに向かって“魔力(チカラ)”一杯『稲妻の暴風』を打ってしまい気絶したらしい。
しかもアスナさんやこのかさん、桜咲さんが近くにいるのを気にせずに、だ。
とっさにエヴァンジェリンさんが空へと逃げてくれなければ余波で桜通りは吹き飛んでいたかも知れない。
「あの、その……すみません」
だから素直にエヴァンジェリンさんに謝る。
ボクを睨み、腕を組んでベッドにあぐらをかいていたエヴァンジェリンさんはそれで一応は納得してくれたのかため息を吐いて視線を外した。
「……で? 衛宮士郎」
「何だ?」
入り口に佇み、壁に寄りかかって腕を組んでボクたち二人を見ていたシロウ。エヴァンジェリンさんはボクに向けたのとは比べものにならないくらい冷たい視線を向けて口を開いた。
「貴様……茶々丸をどうした?」
? 茶々丸さんってウチのクラスのかな?
エヴァンジェリンさんの問いかけに無表情を向けてシロウは口を開いた。
「……時間が無かったので破壊させてもらった」
「「なっ――!?」」
奇しくもエヴァンジェリンさんと声が重なった。
は、破壊したって……え? そんな……!? えーっ!?
ボクがあまりの言葉に頭をパニクらせていると、エヴァンジェリンさんがベッドを蹴ってシロウへと掴みかかった。
「き、貴様――!?」
「――とりあえず二、三日動けないようにしただけだ。命に別状は無い」
エヴァンジェリンさんの言葉を遮ってシロウ。それにエヴァンジェリンさんは口をパクパクと開閉して絶句。
そんな二人を見ながら、気付く。
……シロウ。顔には出してないけど、申し訳なく思ってる。それに、エヴァンジェリンさんも気付いたみたいで何も言えなくなってる。
知らず、眉をハの字にしてシロウを見つめていた。それに気付いてか、彼がコチラを向く。
「すまない、ネギ。君の生徒を傷つけてしまった」
……どう応えたら良いんだろう?
『ううん』と否定すれば良いのか、『それは良くない』と彼を叱れば良いのか。
わからない。だからボクはうつむいてしまう。どんな顔をしたら良いのかもわからないから、シロウから表情を隠す。
「――衛宮先生が謝る必要はありません」
凛とした声がかかり、ボクもシロウやエヴァンジェリンさんもそちらを向いた。
「桜咲さん……」
「ネギ先生も、です。謝る必要はありません」
言って桜咲さんは一歩エヴァンジェリンさんへと近付く。
エヴァンジェリンさんはシロウから離れ、桜咲さんへと視線を向けて――嘲う。
「……ほほう」
二人の視線が絡み合う。
……はぅ!? な、なんか空気がピリピリするぅ!?
エヴァンジェリンさんの視線やプレッシャーに臆することなく桜咲さんは――嘲って返す。
彼女は手に下げた野太刀をスッと引き抜き、エヴァンジェリンさんに向けて立つ。
て、ちょっ――!?
「さ、桜咲さ――!?」
「――小娘は黙っていろ」
ヒッ!? ボクはエヴァンジェリンさんの視線に身を竦ませてしまう。
……こ、怖い。
気付いた時にはペタンと尻餅をついていた。
そんなボクを一瞥すると、エヴァンジェリンさんは桜咲さんへと視線を戻した。
「これは何の冗談かな? 京都神鳴流の桜咲刹那嬢」
「なに、冗談のつもりはないさ、桜通りの吸血鬼エヴァンジェリン殿」
い、一触即発ですか!? な、なんかもの凄く険悪なムードなんですがっ!
ボクは『あぅあぅ……』と慌てふためきながら救いを求めるようにシロウを見た。
また壁によりかかって腕を組んで佇んでいたシロウは苦笑して『チラリ』と視線を横に向けて見せる。
? とりあえずボクはシロウの視線を追って――『あ』と気付いた。
「じゃあ何かな? これはもしかして、さっきの続きを希望なのか?」
どうやらエヴァンジェリンさんも『それ』に気付いているのかニヤニヤと笑っていた。
「ああ、そうだ。あなたはこのかお嬢様を傷付けた。だから許し――っ!?」
「せっちゃ〜ん!!」
抱き! 今までそろりそろりと足音と気配を殺していたこのかさんが桜咲さんに抱きついた。
「〜〜〜〜っ!!」
音が出るぐらい急激に顔を真っ赤にする桜咲さん。その背に抱きつき、実に嬉しそうな顔で桜咲さんに頬ずりするこのかさん。
さっきまでの抜き身の刃みたいな雰囲気はどこへやら。桜咲さんは真っ赤な顔で固まる。
あ、あれ? このかさんと桜咲さんて仲良かったのかな?
「くくく! どうした桜咲刹那? 私と“戦(や)”り合うのでは無かったのか? くははは!」
二人をおかしそうに笑うエヴァンジェリンさん。とそれで我に返る桜咲さん。
赤い顔をそのままに――ついでに腰に抱きつくこのかさんもそのままに、桜咲さんは野太刀をエヴァンジェリンさんに振るう。って、ちょっと!?
「「――――」」
睨み合う二人。桜咲さんは冷ややかに、エヴァンジェリンさんは嘲笑を浮かべて。
野太刀はピタリとエヴァンジェリンさんの首筋に当てられ――しかし二人は微動だにしない。
「……どういうつもりだ?」
刃先を動かさず桜咲さん。
対し、ニヤリと笑ってエヴァンジェリンさん。
「……なに。今日のところは貴様達の勝ちだからな」
言って一歩、桜咲さんとの距離を詰める。それによって首筋に当てられていた刃先がエヴァンジェリンさんを刺してしまうが、二人は気にしない。
ボクは息を飲み、そんな二人の空気に飲まれて絶句する。
「……そうか」
無表情に呟き、桜咲さんは野太刀を持つ手に力を――
「……せっちゃん」
――その手を、このかさんの手が包んだ。
ハッと振り向く桜咲さん。このかさんは彼女に優しく微笑み、首を左右に振った。
桜咲さんはすまなさそうな顔をして野太刀を鞘へ納める。
「良いのか?」
薄く笑ってエヴァンジェリンさん。対し、桜咲さんは殺意すらこもった視線で一瞥し、さっさと部屋を出て行く。
「せっちゃ――」
「近衛このか」
桜咲さんを追いかけようとしたこのかさんをエヴァンジェリンさんが呼び止める。
このかさんは彼女に不思議そうな顔を向け、エヴァンジェリンさんは薄い微笑のままに口を開く。
「良いのか? 私はお前や、お前の友人を傷付けたのだぞ?」
挑むように、試すようにエヴァンジェリンさんは笑って問う。
それにこのかさんは微笑み、腰を折ってエヴァンジェリンさんと視線を合わせて、
「ほんでも、ウチやアスナを助けてくれたんもエヴァちゃんや」
スカートのポケットからハンカチを取り出し、このかさんはエヴァンジェリンさんの首筋を拭う。
キョトン、と。その笑顔と行為を呆然として見ていたエヴァンジェリンさんだが、しだいにクツクツと笑い出した。
「くくく……! それでは、これは貸しにしといてやる。くははは! 貴様は大したやつだよ近衛このか!」
微笑むこのかさんとおかしそうに笑うエヴァンジェリンさん。
ボクはそんな二人を見てホッと胸を撫で下ろした。
……良かった。これで万事解決かな。
「ああ、そうだ近衛このか」
笑いを引っ込め、意地悪くこのかさんを見上げてエヴァンジェリンさん。
「呼び止めておいて何だが……桜咲刹那が大事なら今すぐ追うが良い。さもなくば二度と会えなくなるぞ?」
「え!? ほ、ほんならウチはせっちゃん追いかるわ!」
エヴァンジェリンさんの言葉に慌てて保健室から出て行こうとするこのかさん。と、部屋を出て行く直前にこちらへ――ボクやエヴァンジェリンさんへと笑顔を向け、
「また明日な、ネギちゃんっ! エヴァちゃん!」
「あ、はい!」
手を振って部屋を出て行くこのかさんに手を振り返して、ボクは見送った。
これで部屋に残るのはボクとエヴァンジェリンさん――そして今はベッドに眠るアスナさんの三人になった。
って、あれ? シロウはいつの間に部屋を出て行ったんだろう?
「――それで?」
内心、首を傾げていたボクなんて無視して、エヴァンジェリンさんはアスナさんの眠るベッドへ――それを仕切り、遮る白いカーテンへと視線を向けて口を開いた。
「貴様はどうする? 神楽坂明日奈」
エヴァンジェリンさんの問いに白いカーテンが――開いた。その向こうで額に包帯、全身に湿布とバンソーコーを貼った満身創痍のアスナさんが立っていた。
今まで眠っていたとばかり思ったのでギョッとするボク。とアスナさんはそんなボクを不機嫌顔で一瞥し、それからその表情のままにエヴァンジェリンさんを睨んだ。
「……あんたをやっつけたのはネギ? それともヘルパー?」
「いいや。倒したのは――お前だ、神楽坂」
ニヤニヤと嘲いながらエヴァンジェリンさん。アスナさんはその台詞に怪訝顔で『何それ?』と呟き、視線をボクに向けた。
……あ。なるほど。
ボクはエヴァンジェリンさんの言葉にポンと手を叩いて頷いた。
「そっか……アスナさんがボロボロになったから」
このかさんはシロウを呼んで、
その時に長瀬さんに伝言を頼み、
長瀬さんはそれを念のために桜咲さんにも伝えて、
桜咲さんがエヴァンジェリンさんを抑えてくれている間にボクが駆けつけて、
「くっくっく……! まあ納得出来んようならまたいつか私に挑むが良い」
ボクの言葉に益々怪訝な顔をするアスナさん。それをおかしげに笑い、エヴァンジェリンさんは保健室を出て行こうと歩き、
「あんた――いや、エヴァンジェリン」
「ん?」
アスナさんに呼び止められて振り向く。それも実に面白そうな笑みを浮かべて。
「『いつか』じゃないわ。『いつ』にするの?」
それに負けず劣らずニヤリと笑ってアスナさん。
「何なら今からにする?」
「ほう? その無様な格好でか?」
完全に振り返り、腕を組んで嘲笑するエヴァンジェリンさん。それにやはり不敵に笑って返し、一歩前に出るアスナさん。
一触即発。室内をまたものすごい緊迫感が包んだ。
あわわわわ! ど、どうしようっ!? こ、ここは先生らしく生徒にビシッと――
「一週間後」
ボクが何かを発する前に放たれた言葉。
三人の視線が保健室のドア――その前に立ち苦笑しているシロウへと向いた。
「神楽坂もエヴァンジェリンも今は全力を出せないだろう? だから一週間後」
途端に不機嫌顔になるエヴァンジェリンさん。シロウを睨み、
「……何故、貴様の指図を受けねばならん? 貴様には関係な――」
「茶々丸の修理に一週間かかる」
遮り、シロウ。
「それにお前。今、さっきのネギとの魔法の撃ち合いで立ってるのもやっとだろう?」
言いながら、エヴァンジェリンさんを――抱き上げたぁーっ!?
「なっ!? き、貴様、何を――!」
「と言うワケで神楽坂。勝負は一週間後な」
「私を無視するな!! と言うか下ろせっ!」
シロウにお姫様だっこをされて運ばれて行くエヴァンジェリオンさん。真っ赤な顔でジタバタと暴れる彼女を呆然と見送り、ボクらは同時に一言。
「緊張感ぶち壊し……」
「良いなぁ……」
……アスナさんに白い目で睨まれた。
◇◆◇◆◇
『――どうやらこのか殿の危機のようでござるよ』
そう長瀬から聞いて駆けつけて見れば確かに。このかお嬢様はエヴァンジェリンさんにより木に縛られ、神楽坂さんは血を吸われる寸前であった。
助けて、と泣き叫ぶお嬢様。それを見て頭に血が昇った。
助けて。その後に私を呼んでくれたお嬢様。
私は――歓喜した。
いつかの時とは違う。私にはお嬢様を助けてあげられる力がある。
だからエヴァンジェリンさんを斬るのに躊躇わなかった。
だけど――真帆等学園中等部の保健室。白いカーテンに白いベッドのその一室で、私が彼女に刃を向けると、
「――……はぁ」
ため息が漏れた。
――お嬢様が私を止めた。
それは別におかしな事では無い。お嬢様はお優しい。だから私を止めるのもわかる。
「だけど……」
……見られてしまったから。
エヴァンジェリンさんとネギ先生の激突。その余波から離脱する際に私は禁忌たる我が身の正体を見せてしまった。
だから――
「――……すまなかったな、近衛を巻き込んで」
っ!?
振り返る。
そこには長身痩躯の男――衛宮先生が無表情で立っていた。
「すまなかったじゃありません!」
頭に血が昇った。
彼の接近に気付かなかった自分に。これからの事に。現状に。そして、自分を助けてくれなかったこの男に。
腹が立った。
涙が出そうだった。
「もし私があの時このちゃ――お嬢様をかばわなければどうなっていたか!! 先生ならおわかりかと思いますがっ!?」
詰め寄る。
自制出来ない。彼が悪く無いことをわかっていて衛宮先生にくってかかっる。
原因は数分前の吸血鬼事件での事。
桜通りに満月の夜現れると噂された吸血鬼――3‐Aのクラスメイトにして真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその担任であるネギ・スプリングフィールドの抗争に二人の女生徒が巻き込まれかけた。
今はベッドに寝かされているだろう神楽坂明日奈さんは、額に包帯、頬に絆創膏、体中には湿布という満身創痍の体だが辛くも衛宮先生に助けてもらい――そして二人目の少女、このかお嬢様は私が助けた。
そう、助けてあげられた――そのことは良いのだ。
「……すまない」
詰め寄る私に衛宮先生は瞳を閉じ、頭を下げて謝罪。
「――――っ!!」
彼に非はない。衛宮先生が謝罪する理由も、それに掴みかからんばかりに身を乗り出して反論する理由も無い。
私が怒る理由なんて無い。私が責める理由なんて無い。それをわかっていて――それでも私は、顔を憤怒の赤に染め、今にも切りかからんばかりに手に持つ野太刀――夕凪に力が入る。
「どうしてくれるんですか先生っ!?」
衛宮先生の襟首を掴み、
「わ、私……このちゃんに、羽……鳥族の…………」
段々と尻すぼみになって行く声。それに比例して顔を俯かせて行く。
正体を知られたら姿を消さねばならない――それが鳥族の掟だ。だから私はこのかお嬢様の下から去らねばならない。
だから――肩が……どうしようも無く、震え始めた。
「――……そんなに近衛が信用出来ないか?」
――ポン、と。震える肩に手を乗せて、衛宮先生は問う。
顔を上げる。彼は苦笑を浮かべて私を見ていた。
「……そういう問題では――」
「信じろ、桜咲」
反論しかける私の声を遮る。
……反則だ。
衛宮先生を見つめていられない。だから俯く。
……なんて優しい顔で――
「…………っ!」
静かに腰を折り、
下から俯く私の顔を見上げて、
「お前が何であれ、近衛はお前を嫌ったりしない」
衛宮先生は――微笑む。
「……でっ、ですからっ! そういう問題では……!」
くしゃり、と頭を撫でられる。思わず目を丸くして彼を見た。
……反則、だ。
衛宮先生は優しい、まるで兄か父親のような慈愛に満ちた微笑を浮かべて私を見ていた。
「それだけ、だろ?」
「……え?」
先生が、振り返る。
私もそちらを見て――絶句。
「お前が気にすべき事はそれだけで良いんだよ」
お嬢様が、いた。
衛宮先生が浮かべる優しい微笑に似た笑みを浮かべる、このかお嬢様が。
「魔法使いとか鳥族とか……そんな事より、桜咲刹那が気にすべき事は――」
……反則だ、その顔は。
今すぐここから離れなきゃいけないのに、動けない。
止められて、しまう。抱き止められて、しまう。
優しく、暖かく。その微笑に。
「近衛このかとこれからも仲良く居られるのか――その事だけを気にしていれば良いんだ」
呆然と衛宮先生を見る。口が言葉を紡ごうと開閉するが声にならない。
先生は笑っていた。お嬢様も、笑っていた。
私はゆっくりと顔を俯ける。
…………反則だ。
「大丈夫。お前と近衛は互いを嫌いにはならない。だからまぁ――」
「……先生」
ニコリと笑う衛宮先生を、戸惑い顔で見つめた。
そして、
「…………すみませんっ!」
反転。そして瞬ど――ガシ! 衛宮先生に腕を掴まれ、止められた。
「――逃げるな」
力が、抜ける。
「せっちゃん……」
俯く。
近く――気配からして背後に立っているだろうこのかお嬢様の声に、うなだれる。
もう……振り返れない。振り向けない。
お嬢様はきっと私を――
「ウチはせっちゃんが――」
……私のような化け物をきっと――
「――大好きや」
――ブチ! 緊張や緊迫感などの張り詰めた糸が、音を立てて切れた。
「……このちゃん」
――お嬢様をこう呼ぶのはいつ以来か?
私は衛宮先生に腕を掴まれ、俯きながら――“翼”を、出した。
禁忌の白き翼。災いの化粧。人外の化け物。
「……私は、」
肩が、震える。
声が、震える。
「…………化けも――」
「天使や」
ポス、と。背後から抱きしめられる。
「キレーなハネ……」
っ!
「せっちゃんはキレーなハネの天使や」
「…………ぅ……!」
――ずっと、怖かった。
「…………ぅ……うっ……!」
――ずっと、寂しかった。
「ぅ……あ……ぁ!」
――拒絶されるのが当たり前で、
――忌避されるのが当然で、
だから――
「せっちゃん……」
顔をみっともなく歪めて、
振り向いて、抱きついて、
泣いた。
泣いた……。
「このちゃん……! こ、の……ちゃん…………!」
あぁ……やっぱり。私はこのちゃんに依存してしまう。
好きだから。大好きだから。
「き、らぃ……なら……んとぃ、てぇ…………!」
泣く。
鳴く。
大切な人の胸を借りて……みっともなく、泣き喚く。
「こ、の……ちゃぁん!」
「……せっちゃん」
強くなった、つもりだった。
だけど…………まだまだだ。
だけど――今は良いや。
私はこのちゃんの胸でいつまでもいつまでも泣き続けた――。
次話/
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