嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

魔法少女リリカルなのはSS ep7 1-2

※ 前書き

 この作品は『魔法少女リリカルなのは』という作品のアニメシリーズと原作版のクロス小説です。途中、『魔法少女リリカルなのは』という作品をご存知ない方には非常に解り難い表現が含まれていますので、それを承知の上でご覧下さい。
 また、作中に著者による独自解釈、設定、世界観、オリジナルキャラなどが描かれていますが、こちらも事前にご了承の上でご覧になって下さい。

 ◇◆◇◆◇

《なのは’s View》

 ……わたし、高町なのはは少しだけ変わった家庭で育った……多分、ごくごく普通の女の子。
 好きな科目は理系全般。苦手なのは体育。
 趣味はゲーム全般。それからカメラやビデオでの色んなものの撮影で、特技はAV機器の取扱い全般。
 今習っているのは学習塾が一つと、休みの日に帰って来るフィアッセさんに英会話教室をしてもらってます。
 そしてわたしの夢は……――

 ――お嫁さんになること、です……。

 ◇◆◇◆◇

「――……それで結局、なのははみんなに発表したの?」
 時刻は既に正午過ぎのお昼休み。
 雲一つ無い初夏の青空の下。わたしは友達の槙原檸檬ちゃんこと、檸檬ちゃんと屋上にてランチの真っ最中。
 二人並んでベンチに座ってお弁当を広げています。
「………………うん」
 会話の中身は今朝のこと。
 我が家で起こったなのはの将来の夢についての一騒動の顛末について。
 結局、わたしはあの後、好奇心によって根掘り葉掘り聞いてくる家族の質問攻めに真っ赤になって固まってしまい、そのまま時間切れ。帰ったら続きを話す、ということになりました。
「……すごく恥ずかしかった〜」
 今思い出しただけでも顔から火が出る思い。
 なにせ夢が『お嫁さん』。
 それを家族に発表した上に帰ったらまた質問攻めが確定。……穴があったら入りたい心境とはこのことだよ〜。
「で、でもね檸檬ちゃん! な、なのはも何も考えないでお嫁さんになりたいって思ったわけじゃなくてね、ちゃんと考えて……それまで一番なりたかった『翠屋』の二代目さんとか、他の、例えば映像監督さんとか……お嫁さんなら色んな夢のお仕事と兼任ができるからなの!」
 真っ赤な顔で檸檬ちゃんにまくし立てるわたし。それに檸檬ちゃんはふんわりと柔らかい微笑を向けて一言。
「そっか……」
 それだけ。
 檸檬ちゃんは綺麗な瞳を細めてなのはに微笑み、昼食を再開し始めます。
「……うん」
 わたしも照れくさくなりながら昼食を再開しつつ、隣の檸檬ちゃんを見ます。
 ……檸檬ちゃん。
 長くて綺麗な金の髪をリボンで左右に結んだ、笑うとすっごく綺麗ななのはの友達。
 檸檬ちゃんは去年の夏休み明けに、なのはのクラスに転校して来た。
「檸檬ちゃんの夢は?」
 ……初めは、ぜんぜん笑わない子だった檸檬ちゃん。
「……わたし?」
 クラスの子に話しかけられても、いつもビクビクしてて……わたしも最初は、ちょっと暗い子だなーって思ってた彼女。
「……わたしは――」
 でも今、わたしの隣にいる檸檬ちゃんは――
「…………お医者さんに、なりたい」
 はにかむように、それでも花が咲くようにふんわりとわたしに笑ってくれる。
「それって、フィリスさんみたいな?」
 フィリスさんというのは、おにーちゃんがたまに迷惑をかけているお医者さんでレンちゃんの主治医さん。
 ちなみに檸檬ちゃんの義理の姉であるリスティさんとフィリスさんは血の繋がった姉妹らしいけど親は違っていて……でも檸檬ちゃんにとってはフィリスさんともお姉さんと妹みたいな関係……らしいんだけど、ちょっとその辺は複雑っぽい。
「……うん」
 ……でも多分、血の繋がりとかは関係ない。
 うちの晶ちゃんやレンちゃんみたいに、きっと仲が良ければ(……二人は仲良しだよね?)家族になれるんだから。
 檸檬ちゃんはフィリスさんが大好きで、憧れだって言ってたし、フィリスさんだって檸檬ちゃんのことは好きだと思うから……だから二人は姉妹で、家族なんだ。
「な、なのははやっぱりクロノくんのお嫁さん?」
「――――――っ!」
 照れ隠しだろう、檸檬ちゃんの一言に固まるわたし。
 あ〜う〜……そ、そう言えば檸檬ちゃんにはなのはの気持ち、前に相談してたっけ〜……!
 にゃ――――! は、ははは恥ずかしいよ――――!!
「……なのは?」
 穏やか午後の昼下がり。
 わたし、高町なのははまた真っ赤になって硬直し続けるのでした。……まる。

 ◇◆◇◆◇

《恭也’s View》

 夕暮れ時、大学から帰り着替えてリビングに降りると晶とレンの二人がいつものように言い争いをしていた。
「……なんだとてめー。もういっぺん言ってみろ、このカメっ!」
「ほっほっほー。何度でも言うたるわ、おさるー」
 ……口喧嘩もとい、本格的な喧嘩に移行しそうだな。
 ため息混じりにそんな二人を眺め、それから……いつもならこんな二人の喧嘩を止めるだろう妹を探す。
 ……ふむ。とりあえず家にはいないな。
 時計を見れば既になのはの学校は終わっているような時間だ。
「……なるほど」
 そう言えば、なのはは帰ったら今朝の続きを話す約束をしていたな。
 チラリとリビングでうたた寝している美由希を(殺気を込めて)睨む。
「――――ッ!?」
 ガバッと飛び起きる美由希。……ふむ。寝ていてもちゃんと気配を掴めるようにはなってるようだな。
 何やらひどく怯えた様子の美由希を無視してリビングを出る。
 ……さて、なのはを迎えに行くか。
「はぁあああああああ!!」
「ほい! はっ!!」
 ドカ! バガン!! ダン!
 ……家が壊れる前に。

 ◇◆◇◆◇

 ……まぁなんとなく、ここにいるような気はしたが。
 優しい風の吹く草原。そこは一人の少女がよく友達と遊んでいた丘。
「あ、おにーちゃん」
 今だ制服姿の妹とそして一度家に帰ったのだろう、なのはの友達の少女を見つけ俺は黙って近付く。
「あ、あの……こ、ここここんにち、は……!」
「……ああ」
 黒のワンピースを着た少女……確か槙原さん所の……檸檬、ちゃん……だったか?
 俺がなのはに近付くのに対し、少々怯え混じりに挨拶する少女に苦笑。……何度か会っているのだが、今だに怖がられているな。
「……なのは」
 とりあえず当初の目的通り、妹のもとへ歩む。対しなのはは困ったような顔で檸檬ちゃんの後ろへ。……おい。檸檬ちゃんが固まってるぞ妹よ。
 ため息を一つ、往生際の悪い妹の首根っこを掴もうと手を伸ばす俺。すると――
「ウー……!」
 何やら唸っている子犬が一匹。檸檬ちゃんの持つリードに繋がれたそいつが俺を睨み威嚇する。
「あ、みかん……!」
 そんな子犬のリードを引いてどうにか黙らせようとする檸檬ちゃん。
 俺は彼女の飼い犬らしきそいつを見る。
 ……ふむ。オレンジ色の毛並みに犬というよりは狼のそれに近い外見だが……なんて種類の犬だ? それに何故、額に赤い宝石をつけている?
 俺は唸る子犬と怯えて固まる少女とを交互に見て苦笑。彼女の背に隠れるなのはへと視線を向けて、口を開く。
「……もう日も暮れるぞ」
 我ながらぶっきらぼうにしか聞こえない声で言って背を向ける。
「あ。待っておにーちゃん!」
 それに少し慌てたような声でなのはが応じ、少女の背から出てくる。
 ……ん?
 背を引っ張られる感覚に振り向くと、バツの悪そうな顔を向けてこちらを見上げるなのはと目があった。
「……おにーちゃん。帰ったらやっぱり――」
 少しだけ頬を染めて困ったような笑みのなのは。俺はその台詞の途中でなのはの頭に手を置き、膝を折って視線を合わせた。
「……今朝も言ったが、言い難いのなら話さなくていい。それに……話したくなかったからと言って、帰って来ない方が問題だ」
 なのはを目をまっすぐに見て言う。
「……うん」
 それに小さな声で頷くなのは。
 ……ふむ。素直でよろしい。帰ったらとりあえず、こんななのはを困らせた馬鹿弟子に制裁をするか。
「……帰るか」
「うん! ……あ」
 俺の言葉にようやく元気な返事をするなのは。そしてそのまま俺の手を取り帰ろうとして――慌てて振り向く。
 俺もなのはの向いた先を見て……苦笑。キョトンとした表情で俺たちを見ていた檸檬ちゃんと目が合う。
「檸檬ちゃん! 今日はごめんねっ、心配かけて! それから、ありがとー!」
 そんな彼女に元気一杯で手を振るなのは。
 対して檸檬ちゃんもふわりと柔らかく微笑んでなのはに小さく手を振る。
 俺はそんな二人を微笑ましく眺め(しかし表情は変えず)家路へと向けて一歩を――
「また明日ー! 檸檬ちゃ――」
 ――即座に反転。
 同時、なのはから手を離して――神速!
 モノクロ無音の、まるで空気がコールタールのように感じる高速世界で俺は彼女に向かって駆ける!
「――――ッ!?」
 そして――
 なのはの驚愕を余所に――
 今だ気付かぬ檸檬ちゃんの微笑を余所に――
 何かを察したらしいオレンジの子犬を余所に――

 ――夕焼け空の下、身の丈三メートルを越す巨大なカマキリが彼女へと襲いかかる。

 ◇◆◇◆◇

 巨大カマキリの鎌が少女に迫った瞬間――
「……下がっていろ」
 間一髪、どうにか檸檬ちゃんを抱えて避けることに成功した。
「え? え、え……?」
 混乱する少女を背後に庇い、カマキリと対峙し――ッ!? しまった!
 カマキリの向こうで尻餅をついてこちらに涙目を向けるなのはを見つけて歯噛みする。
 ……不味い。今、檸檬ちゃんの前を離れるわけには――
「あ、あ、あ、あ……!」
 心底すくみあがるなのはは涙目をカマキリに向けて驚愕の声を発する。
 それにカマキリが反応。腰が抜けて動けなくなったなのはに振り向き、そして――

「――『ストラクル・バインド』!」

 今まさになのはに向かって振り下ろされたカマキリの鎌。それを絡め取り、あまつさえ完全に動きを封じる緑色の鎖。
 なのはに向かって駆け出しかけていた俺は、その鎖を放った第三者へと視線を向けて――ギョッとした。
 緑の鎖。それはソイツの手のひらの先に浮かぶ――
「……ま、ほう?」
 呆然となのはが呟く。
 ……そう、それは魔法だ。
 その緑色の鎖が生み出されるソレ。異国の服を纏う少年の、手のひらの先――緑色の魔法陣を、呆然と見つめる。
「く……! 何をしているんですか!? 早く逃げて!」
 少年の言葉に我に帰る。と、ほぼ同時に――
「ま、待って――!!」
 なのはの叫びを無視して、
「――『封時結界』!」

 ――少年と巨大カマキリの姿は、虚空に消えた。

 ◇◆◇◆◇

《檸檬’s View》

 いきなり現れた大きなカマキリ(……かな?)に襲われて。……だけどなのはのお兄さんに助けてもらって。……それから、よくわからない、多分同い年くらいの男の子が来て、それで……もう、なにがなんだか。頭ぐちゃぐちゃ……と言うか、ここどこ?
 わたしはみかんを抱いてキョロキョロ。さっきまでなのは達と居た平原と同じ景色の……だけど何かはわからないけど絶対にさっきの場所とは違う場所にわたしはいた。
 なんだか……ちょっと、怖い。知らず、草原の上にペタンと尻餅を着きながら、わたしは更に周りを見回し――硬直。
「ウー……!」
 みかんが唸るその先に、さっきわたしに襲いかかって来た巨大なカマキリがいた。
 ……あ、あ、あ……!
 泣きそうになりながら辺りを見る。……っ!? な、なのはもなのはのお兄さんも……いない!? どうして……!?
 わたしの心を恐怖が鷲掴み、腰が抜けたのか立てなくなる。
 ……ど、どどどどうしよう!? こ、このままだとわたし――
「――ごめん! こんなことに巻き込んで!」
 混乱するわたしに、さっきの男の子の声が上からかかった。
 ……上?
 呆然と見上げる。とほぼ同時に、わたしの目の前に少年の背中が。……降って来た!?
「ぇあ、あ、あなたは――」
「――とりあえず……はぁ、……説明は、後で――!!」
 ――ガキィィィィイン!!
 彼の背から前を見て息を飲む。
 彼の手に握られた赤い宝石。そしてそこから(……だと思う)発せられた(らしい)緑の魔法陣(のようなの)と、それによって防がれているカマキリの鎌! どこからどう見ても二次元以下の魔法陣なのに、どういうわけか三次元のものを受け止められている、そんな常識外れの現象に目を丸くする。
「……はぁ、はぁ……! だ、駄目だ……バリアを保たせられない……!」
 少年の魔法陣とカマキリの一撃との均衡は、そんな彼の苦しそうな呟きを合図に崩れる!
 ――パキィン! 
 まるでガラスが割れるような音を立てて少年の魔法陣が砕ける。
 自身を守るべき盾を失い、しかし少年はわたしの前から退かず。
 ――……ザシュッ!!
 結果、彼はカマキリの凶刃をその身で受けた。
「………………ぁ?」
 赤い血しぶき。
 舞う衣服の切れ端。
 盾が消えた瞬間にそうなることぐらいわかっていただろうに……それなのに少年は決してそれを避けようとはせず、そしてボロ切れのようにわたしの方へと倒れた。
 ……わたしは呆然と、それを見ていた。
 あまりにも現実離れしたこの光景に、心のどっかが壊れてしまったのかも知れない。
 胸に倒れて来た少年を見る。
 中性的で綺麗な顔をした、多分同い年くらいの男の子。
 ……あ、レ?
 少年のお腹は裂けていた。
 少年のお腹から血が流れていた。
 少年の血でわたしの手が濡れていた。
 少年の赤で頬が濡れていた。
 少年の瞳がわたしに向いていた。
 そして――
「…………」
 わたしが怪我してないことを心から喜ぶようにして――
 笑った。

 ――とくん、と。心臓の鼓動が早く、強くなる。

「――――」
 少年の手から離れた宝石を拾う。
 宝石――これが多分、魔法の発動体。
 前を見る。カマキリがこちらに向けて鎌を振り上げ、
 そして――

『――protection』

 金色の光に弾かれた。
 カマキリが驚愕のためかわたしから離れる。
 それを覚めた目で見つめながら、手元の宝石へと意識を向ける。
「…………うん、わかった」
 何をどうすれば良いかは手元の宝石が教えてくれる。だからわたしはただ思えば良い。想像すれば良い。
「……我、使命を受けし者なり」
 自然と口をついて出る宝石の――魔法の“発動体(デバイス)”の起動呪文。
「……契約の下、その力を解き放て」
 溢れる金色の――魔力。
 知らないはずの――よく知っている魔力を感じながら、どこか遠くから自身を見るような感覚で意識を研ぎ澄ます。
「風は空に、星は天に……」
 ああ……わたしはこの感覚を知っている。覚えていないけど、体が知っている。
「そして、不屈の心――」
 懐かしいような。
 暖かいような。
「――この胸に!」
 悲しくて、
 寂しくて、
 痛くて、
 切ない。
「この手に魔法を」

 これをわたしは――

「レイジングハート――セットアップ!」

 ――“覚えて(忘れて)”いる!

PageTop

魔法少女リリカルなのはSS ep7 1-1

※ 前書き

 この作品は『魔法少女リリカルなのは』という作品のアニメシリーズと原作版のクロス小説です。途中、『魔法少女リリカルなのは』という作品をご存知ない方には非常に解り難い表現が含まれていますので、それを承知の上でご覧下さい。
 また、作中に著者による独自解釈、設定、世界観、オリジナルキャラなどが描かれていますが、こちらも事前にご了承の上でご覧になって下さい。

 ◇◆◇◆◇

《なのは’s View》

 ――そこは出会いと別れの丘。
 お日さまの当たる、草原。
「えっと……こう?」
 優しい風の吹くそこで今日もわたし、『高町なのは』は大切なお友達、『クロノ・ハーヴェイ』くんと遊んでいます。
「にゃーっ!?」
 今はわたしが持って来たポータブルのオセロで対戦中――……だったのですが、板状には既にわたしの置ける場所がなくなってます。
「……ま、負けました〜」
 ガックリ、とうなだれるわたし。ぅぅ……さっきまでルールを教えられてたはずのクロノくんに惨敗だよ〜。
「惜しかったね、なのは」
 ……あううう。なのはは完膚なきまでに圧倒的な差で負かされたと思うのですが?
「やっぱり……敗因は六手目と八手目、かな?」
 ……ふえ?
「そこまでは僕も、まだ完全にゲームを把握出来てなかったから見逃してたけど……この二手はちょっと、致命的だったね」
 そう言ってクロノくんはなのはとの対局を一から並び直して解説してくれてますが……――
「――にゃ、にゃははは……!」
 わたしは乾いた笑いを浮かべて背中にオセロの他に持って来ていた囲碁や将棋、そしてチェスを隠すのでした。
 ……あ、アナログゲームで勝てる気がしないよ〜。
「あ、あのねクロノくん! つ、次はこれで勝負しよ?」
「……ん?」
 白と黒の駒を並べて解説するクロノくんを呼び止めて手に持った携帯ゲーム機を見せた。
 中身は『それゆけジェットくん』という、あの忍さんにすら負けたことのない、わたしが最も得意とするゲームの一つです。
 ……か、勝てないからと言って、全くの初心者相手に自分の得意とするフィールドに持って行くのは卑怯かもですが、なのはにも一応のプライドというものがあるので……にゃ〜! ご、ごめんなさねクロノくんっ!
「…………ごめん、なのは」
 そんなわたしの内心を知ってか知らずか、クロノくんは優しく微笑んで立ち上がりました。
「……もう、行かなきゃ」
 ポカンと見上げるわたしに申し訳なさそうにそう言って、クロノくんはわたしに背を向け――

 ――行かないで!!

 とくん、と胸が鳴り、わたしは気がつくと立ち上がってクロノくんに右手を伸ばしていました。
「…………嫌っ!」
 だけど……わたしの手はクロノくんには届きません。
 彼は目と鼻の先にいるのに、どういうわけか全く手が届かないのです。
「……どこにも、行っちゃだめ! 行かないで!」
 ――わたしは、知ってるから。
 彼がわたしを置いて遠くに行っちゃうって知ってるから……。
 だから――ここで呼び止めにかゃだめ……!
「クロノくん!」
 わたしはついに、背を向けるクロノくんに向かって駆け出すわたし。
「クロノくん……!」
 だけど……ぜんぜん追いつけない。辿りつけないよ……。
 距離にして僅か一メートルと少しだけの……たった一歩だけでも近付ければ手が届く距離にあって、わたしの右手は彼に届きません。
「やだよ……! 嫌……嫌だ! 行かないでクロノくん……!」
 ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
 胸が苦しくて、痛くて……それでも必死に右手を伸ばす。
 この手が……わたしの想いが届くことを願って。
「クロノくん……!」
 彼の名を呼び、彼に手を――
「……なのは」
 それにクロノくんが振り返って、
 そして――
「僕は……ずっと、君のそばにいるよ」
 クロノくんは優しく微笑んで、わたしに手を伸ばして、
 そして――

 ――わたしの手は、彼の確かな温もりに包まれました。

 ◇◆◇◆◇

「――……おにーちゃん、おはよう」
 目を覚ますと、わたしの顔をいつもの無表情で見つめるおにーちゃんがいた。
 無意識に伸ばされたなのはの右手を握りしめ、ちょっとだけ心配そうな目でわたしを見つめる彼、『高町恭也』さんは一見すると冷たくて怖そうに見られがちだけど、本当はすごく優しい、なのはの大好きなおにーちゃんです。
「……『クロノ』、と呼んでいたようだが……なのははあの子に何かされたのか?」
 おそらくはうなされてたのだろうなのはを気遣ってか、おにーちゃんは一瞬だけ剣呑な雰囲気を纏って、それでも優しい(おにーちゃんをよく知らない人にはわからないだろういつもとは微妙に違う)声で問う。
 ……う〜ん。なにかされたかというのは……なんと言いますか……、当たっているようでいて……実は根本的に的外れなような……?
 おにーちゃんの問いに苦笑を浮かべて左右に首を振るわたし。……たぶんだけどここで間違っても首を縦に振ってたら……クロノくんが帰って来たその日に、おにーちゃんは彼を切っちゃう気がします。
「……そうか。それならいい」
 わたしの返事に(やっぱりわからない人には絶対わからないだろう、すんごい小さく)微笑んでわたしの頭を撫でてくれました。
 ……うん。やっぱりおにーちゃんは優しい。
 わたしは瞳を細めてしばらく撫でられるがままになっていましたが――
「…………さすがに俺も、なのはの友達は切りたくなかったからな」
 ――おにーちゃんの呟きに機嫌悪化。
 頬を膨らませて上目使いに睨み付けます。ジ―――――……。
「…………………………冗談だ」
 対して明後日を向いておにーちゃん。なのはから離れてさっさと部屋を出て行こうとします(……逃げた?)。
 それを膨れて見送るわたし。
 おにーちゃん……さっきの絶対、冗談じゃなかったよね?
 はぁ、とため息を一つ。
 ……おにーちゃんは優しくて、でも時々とても意地悪です。
 それに……おかーさんと忍さんの言う通り、ちょっと(……かなり?)女の子の気持ちには鈍感みたい。
「…………クロノくん」
 夢に見た彼、クロノくんのことを思い出して俯くわたし。
 クロノくんはなのはが春先に出会った男の子。
 わたしと同い年の、わたしの大切なお友達で……たぶん、わたしが初めて好きになった男の人。
 彼と離ればなれになって一ヶ月と少し。その間にわたしは、今日みたいな夢を何度も何度も見ています。
 夢の中でわたしはクロノくんに必死に手を伸ばして……だけど、その手が届くことなんてほとんど無くて……。
 ……だけどごくごくたまに、今日のように――
「――……顔、洗って来よう」
 苦笑する。
 たぶん、今のわたしはすごく情けない顔をしていると思うから。
 ……次に会った時はきっと、前より強い自分を見て欲しい。
 わたしはおにーちゃんが握っていてくれた右手を抱きしめて、決意を新たに部屋を出ました。

 ◇◆◇◆◇

 高町家には料理の達人が三人います。
「そう言えば、なのちゃんは結局、将来の夢って何て書いたん?」
 その一人で中華料理の達人さんであり我が家の居候さん鳳蓮飛さん――通称、レンちゃんが自分で作った薬膳料理を並べながら聞いてきました。
「あ、それ、オレも気になってた」
 それに追々する形で問うのは、我が家の二人目の居候さんで日本食の達人さんである城島晶さんこと、晶ちゃん。
 こちらも自分の作ったお味噌汁などを運びつつわたしに聞いてきました。
「……えっと」
 二人は同じ学校、『私立海鳴中央』の先輩後輩で、晶ちゃんが三年生、レンちゃんが二年生です。
 そして二人が言っているのは昨日のわたしの宿題である、わたしの『将来の夢について作文を書きましょう』という作文の内容で……そう言えば、昨日はまだ中身が決まってなくて二人にも相談してたんだっけ。
 わたしはちょっと困ったように笑って明後日を向きます。
「やっぱりなのはは喫茶『翠屋』の二代目店長さんかな?」
 その視線の先で、制服姿のおねーちゃんがなのはに微笑みかけていました。
 ここ、高町家の長女さん――『高町美由希』さんは、私立風芽丘の二年生さん。
 いつも優しい、なのはの大好きなおねーちゃんです。
「うにゅぅ……。いちようそれも将来のビジョンの一つではあるんだけど……」
 三人の視線から俯く形で視線を逸らすわたし。そのままちらちらと向かいに座るおかーさんを伺います。
「あるんだけど?」
 わたしのおかーさん――高町桃子さんは、この家の第三の料理名人であり、駅前の喫茶店『翠屋』の店長兼お菓子作り職人さんです。
 お料理が本当に上手で、いつも笑顔で優しい、なのはの大好きなおかーさん……なんだけど――
「……うにゃ〜」
 ニコニコしながらわたしを見つめるおかーさんから視線を逸らすわたし。
 ……ぅぅ……。自分で書いた夢ながら、いざ発表するとなると恥ずかしいよ〜。
「……別に言いにくいのであれば無理に話す必要はないぞ」
 そう、困っていたわたしに助け舟を出してくれるおにーちゃん。
 我が家のおにーちゃん、高町恭也さんは、この春風芽丘を卒業して、現在は少し遠くの大学一年生さん。
 普通の人が見れば怒ってるような顔をしているけど……我が家のおにーちゃん、高町恭也さんはこれがノーマル状態。
 あんまり気持ちを顔に出さないし、ちょっと怖かったり厳しかったり、いじわるだったりするけど……――
「……おにーちゃん」
 ――けっこう、優しいの。
「……かーさんも美由希も、なのはに変なプレッシャーを与えるのはやめろ」
 ジロリとおかーさんを一瞥しておにーちゃん。晶ちゃんからよそってもらったご飯を受け取り、一人さっさと朝食へと箸を伸ばします。
「う〜……だ、だけど恭也だって気になるでしょー?」
 おにーちゃんの視線に若干怯みながらおかーさん。……なのはが言うのもあれですが、どっからどう見ても大人気ないです。
 ちなみにおにーちゃんはおかーさんの主張を無視して箸を進めています。……相変わらずおにーちゃんの方が大人みたい。
 おかーさんはそれでも諦め切れないのかおねーちゃんに向けて目配せ。それに今度はおねーちゃんがおにーちゃんに向かって口を開きました。
「そ、そうだよ恭ちゃんっ。も、もしなのはの夢が――」
 若干引きつったような顔をしながらのおねーちゃんの台詞に一瞥をくれて黙らせるおにーちゃん。……おねーちゃんは基本的におにーちゃんに頭が上がらないので泣きそうな顔になっておかーさんを見ます。
「……えっと……」
 おかーさんと、そして晶ちゃんとレンちゃんはそんなおねーちゃんに(おにーちゃんには気付かれないよう細心の注意を払った上で)無言のエールを送ります。……おねーちゃんはもっと泣きそうになりました。
 そしておにーちゃんはそんなおねーちゃんの存在そのものを無視したように一人で朝ご飯を食べています。
 ……あ、なのはも食べよう。いただきま〜す。
「だ、だからね……も、もしかしたらさ……!」
 ……もぐもぐ。あ、この漬け物おいし〜。
「な、なのはの夢がさ……!」
 ……あ、おにーちゃん、お醤油とってー。ありがとう。
 テンパっているおねーちゃんの言葉を無視して食事を続けるわたしとおにーちゃん。
 そして――

「な、なのはが……お、お嫁さんになりたいって言ったら!?」

 ――おねーちゃんの爆弾発言に食卓が凍りつきました。

PageTop