嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

《ケイト〜knight of nightmare〜》8

《ケイト〜knight of nightmare〜》






『敬人!?』
 私の叫びと同時、
 視界が――切り変わった。
『ッ!? これは――!?』
 数瞬前までカラスの背からなのは達を見ていたハズの敬人の視線が、今や――
「ケイトさん……!?」
「けいとちゃんっ!?」
 なのは達の前――カラスを迎え討つような、暴走体に対して真正面の位置に。
『これは――高速転移!?』
 でも、どうして敬人が……?
 頭を捻る。
 もともと敬人は魔法が使えないはずで、
 そして今、彼はアリシアの姿をしていて、
 では、アリシアの魔法かと聞かれれば、おそらく答えなノーであり、
 つまり――
『ッ! まさかジュエル・コアが……!?』
 驚愕する。そして同時に納得。
 今、敬人はジュエル・コアを二つ使っていて、
 そしてジュエル・コアとは、つまりは願いを叶える魔石だ。
『ッ! 敬人っ! 前っ!!』
 高速で突進してくるカラス。
 それに対して敬人は、
「…………」
 あろうことか、その両手を眼前に翳して、
 腰を落として、真っ向から迎える構え。
『――ッ!! 敬人逃げて! 早く!!』
 血の気が引く。そして私の悲鳴混じりの叫びと同時、

 ――ガガガギィィイイイー――――ン!!

 敬人と暴走体が激突!
 それを見て、弾かれたようになのはのお母さんが娘を抱いて横に跳び、
 間髪入れずにその横を敬人ケとカラスが突き抜けて行く。
 マズイ! 『ソニック・フォーム』はバリアジャケットとしては防御力に乏しい……! このままじゃ――!!
『敬人!!』
「…………」
 叫ぶ!
 しかし彼は何故か私の声に反応せず、
 そのまま、殺気すら込もった視線を暴走体に向けて無言。
 そして、

 ――メキ……!

 カラスの突進に、遂に耐えられなくなったのか。ケイトの右手の鉄甲が砕けて消え、更にその手首の骨を粉砕!
『――――!!』
 血潮吹きが舞い、
 弾かれるように両手が開き、
 カラスの鋭い嘴がケイトの薄いバリアジャケットに届き、
 そして――
『敬人ー――っ!!』

 ――ズゥゥウウウー―ン……!

 塀に、暴走体は突っ込み――停止。
 その嘴に貫かれた敬人は、上半身をはだけた格好で――壁に縫いつけられた。

 ◇◆◇◆◇

「……ゴホッ!」
 咳き込み、吐いたのは大量の血。胸を貫くのは怪鳥の嘴。感覚の無い右腕。
 ……ああ、赤だ。血の赤だ。
 震える左手を持ち上げる。鉄甲を染める俺の血が、映る。
 ぼやける視界に、カラスの背後で青ざめた顔をしている親子を見付け、
 俺は知らず、安堵の溜め息を吐いていた。
 ……また、俺は人を助けられた。
 良かった……。
 これで死んでも……、悔いは無い、かな…………。

 ――意識が闇に堕ちた。

 ◇◆◇◆◇

『敬人っ!!』
 叫ぶ。
『敬人! しっかりして!! 敬人!!』
 いくら呼んでも反応が無い。
 恐らく既に意識が無いのだろう。視界は瞼が落ちたのか、暗い。
 まずい、このままじゃ……!
 焦る。このままでは失血死かショック死か――いずれにせよ命に関わる。
 だから、私は――
『……ごめんね、敬人』
 一言謝り、彼の意識と

 ――入れ替わった。

「――――っ!!」
 意識の表層が彼と転じた事により、体内で発する激痛を感じるのは私となる。
 ……痛い、けど、敬人がケガしたのは私のせいだから。
 ともすえば、即座に気を失いかねない激痛に歯を食いしばるようにして耐える!
 これぐらい、我慢しなきゃ……!
 涙に濡れた瞼を開ける。
 意識を集中し、同調しているジュエル・コアを僅かに起動。その力のすべてを敬人のケガの修復に回――

 ――……ズルッ。

 私の行動を察したのだろう。暴走体は私の体を貫いていた嘴を引き抜いた。
「――――っ!!」
 その、あまりの激痛に今度こそ気絶するかと思った。
「カ、ハッ……!!」
 目の奥で明滅する火花。飛び散る鮮血。まずい……意識が…………。
「――……はぁ、はぁ」
 視界は霞掛り、
 五感はその機能を失いかけているが、
 そんなのには構わない。
 ……ここで、敬人を……殺すワケには、行かない。
 すべては私の責任。
 私が彼を巻き込んで、
 私の撒いた災厄が元凶で、
 だから――
「はぁ……、はぁ……」
 ――今はもう、
 目の前で嘴を高く構える暴走体等、
 気にもかけず、
 そして、

「――そこまでだ」

 ――それは、怒気を孕んだ男の声。

「――――?」

 それは、“彼(か)”の巨鳥すら怪訝にその動きを止めるような、場を支配する強烈な――殺気。

「……母さんとなのはが帰って来ないもんだから出て来て見れば――何だ、お前は?」

 見つめるのは奇怪なカラス。そして、今まさに喪われようとしている幼い命。
 それはさっきまで彼――高町 恭也さんやその妹と一緒にお風呂まで入った少女。
「……母さん。なのはと一緒に家の中へ」
 静かに、告げる。
 それになのはのお母さん――桃子さんは逡巡するように視線を敬人と恭也さんへと向け、
「でも、」
「早く!」
 遮る怒声。
 それで今度こそ親子はそそくさと室内へと待避した。
「お、お兄ちゃん……」
 最後になのはが心配そうに彼を見たが、恭也さんは視線を巨鳥から動かさず、頷いたきり。
 そして、
「……その娘から離れろ」
 一歩。
 その踏み出した一歩に、巨鳥は脅えたように後退さった。
「…………」
 ――それは彼我の力関係を考えるに有り得ない行動。
「――っ!!」
 また一歩。恭也さんが進み、巨鳥は大きく後退した。
 そして、
「……もう、大丈夫だから」
 そう言って、恭也さんは少女に――私に向かって微笑んだ。
「…………」
 私はそれを朧気に見つめ、
 視線だけで『ソレ』を示した。
「……判った。これは借りる」
 私の視線の意味に気付いたのか、恭也さんは足下に転がっていた『ソレ』――一時的に切り離して作った、ジュエル・コアの『剣』を拾った。
「…………さて、」
 刃渡り五十センチを切るまでに圧縮された、
 私のデバイス――バルディッシュのザンバーフォームを模した『剣』を手に持ち、
 軽く構え、視線を巨鳥に移し、

 ――瞬間、空気が凍った。

 先ほどまでは漠然と辺りを漂っていた殺気が、その一点――恭也さんの持つ『剣』に集中する。
「――――ッ!!」
 それに声無き悲鳴を上げる巨鳥。

 ――彼我の力関係はここに来て明確となった。

「……父さんに誓ったんだ」

 恭也さんの声は、さながらこの聖域に置ける審判者のそれ。

「『家族を泣かせる全てのものから……』――」

 死刑台に立たされた哀れな囚人に、神の“詞(ことば)”を司る司祭は郎郎と告げる。

「――『俺が家族を護る』、と」

 刹那。
 常人には追えない速度で踏み込んだ彼を、捉えることのできた者が、
 果たして、この場に居ただろうか?

「この、『御神流』で……」
「――――っ!?」

 走った剣閃は、むしろ残像。
 極限まで研磨せし、人の神技がここに顕現す――。

「……終わりだ」

 ――哀れ、その前に立ち塞がりしは愚の骨頂。
 なれど、“彼(か)”の事実に戦慄せしは、ただ、それを観する者のみで。
 全ては、あの世の果てにて後悔し、
 全ては、“彼(か)”の神童を敵に回すが愚かなり。

 果たして、巨鳥は自分が斬られた事に遂に気付かずに、消滅した。





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《ケイト〜knight of nightmare〜》7

《ケイト〜knight of nightmare〜》







 『ソイツ』――ジュエル・コアの暴走体は空から来た。
「――ィィイイン!」
 高速で迫るソイツは、大きなカラスの姿をしていた。
 前回が巨大ネズミだったせいか、俺の頭上に現れるや旋回し、コチラを狙うように睨み付けているソイツを見ても大して驚かない。
「……フェイトさん。空って飛べます?」
 今やその姿を青いリスから黒鉄色の戦斧へと成り代わったフェイトさんに向けて、問う。
『うん。今、飛行の術式を展開――完了! いつでも行けるよ、ケイト』
 ……流石は本家本元の魔法使い。
 …………ただ、ですね、
「ぅをっ!? とっとっと! う、わっ、バラ、ンス、がっ!」
 初めての飛行に俺が付いて行けてません。
『大丈夫、前を向いて』
 中空でわたわたとしていた俺にフェイトさん。
『初めは戸惑うかも知れないけど、魔法はイメージ。飛んでいる自分を強く強く思い描くの。あとはコッチで――……え?』
 馴れた。
「……成程、コツは掴めた。行くよ、フェイトさん!」
『えっあっ……う、うん!』
 ……あれ? フェイトさんが何か戸惑ってる?
「……どうかした、フェイトさん?」
『ううん。敬人にはもしかしたら魔法使いの才能があるのかも知れないな、って思っただけ』
そう?
「――っと、来た来た、巨大カラスが来た!」
 コチラに気付いた巨大カラスが高速で近付いて来る。
「全長三メートル超、翼長八メートル前後ってとこかな?」
 こりゃまた凄いのが来たなぁ。そう苦笑して呟く俺に、
『凄い……。敬人、前にも思ったけど、凄く落ち着いてるね』
 感嘆の声を漏らすフェイトさん。
 それに、思わず肩をすくめる。
「……そうでも無いけどね」
 っと、言う間に突進してくる怪鳥。俺は前回のネズミの時みたく、マタドーラよろしく、その突撃をすんでのところで避け、
 すれ違い様、持っていた戦斧を――フルスイング!
 と、同時、
『っ! 敬人!!』

 ガギィィイイイー――ン!!

 カラスの眼前に突如出現した魔法陣。それにキズ一つ付けられず、高い音を響かせて弾かれる戦斧。
「ぅをっ!?」
 驚愕は一瞬。
 状態が崩れ、衝撃に体が硬直するのも一瞬。
「――――ッ!!」
 しかしその刹那の間に、

 ――怪鳥は再び俺に向けて突っ込んで来た。

「ガ、はッ!!」
『敬人!?』
 俺はそれを避け損ね、脇腹を強かに打たれる。
 ……ツツツ。これは……折れたかも。
『……大丈夫?』
「うん、何とか……。っと、来たよ!」
 心配そうなフェイトさんに口早に言って、再び構える。
 ……さて、どうする?
 旋回し、また突っ込んで来るカラス。
 その突進力は猛スピードで疾走する軽トラック並。避けられなければ命に関わる。

 ――と、

『――……「ソニック・フォーム」』

 ――それは俺の世界を加速させる、魔法の言葉だった。
「――――っ!?」
 フェイトさんの呟きに合わせて、俺の格好が即座に変わる。
 手の中の戦斧が消え、
 服装が黒いレオタードにスパッツのような格好へと替わり、
 鉄色の手甲が現れ、
 四肢に金色の翼が生え、
 そして視界が、知覚が――猛烈に加速する。
『高速移動に特化した、防御力の薄いバリアジャケット。それがこの「ソニック・フォーム」』
 加速する世界。
 加速する体。
 高速で迫るカラスに対し、
 尚、高速で答える。
「……速い。これなら!」
 空中を縦横に駆け、
 カラスの横っ面に、鉄甲で覆われた拳を――振り下ろす!

 ――ギィィィイイイ!

 またも魔法陣に弾かれる。固い……。
「……フェイトさん?」
『……どうやら防御魔法を使えるみたい。というより、半自動的に展開されるようね』
その間にも、二度三度と拳を振るうも効果無し。
「破る手立てはある?」
『……うん。やってみる』
 高速で旋回する怪鳥に対し、さらに高速で回避及び攻撃をする俺。
 ……この速度なら絶対に追い付かれないし、当たらないな。代わりに、コチラには決定打が無いけど。
 夜空を切り裂く二つの閃光。
 響き渡るは裂空の悲鳴。
 高く澄んだ音を奏でる打撃。
 そして、
「…………あれ?」
 それは幾度目の攻防か。
 俺の振り上げた拳にはいつの間にか金色の光と紫電とが纏われ、徐々にだがカラスへとダメージを与え始めていた。
 ……フェイトさんの仕業かな?
 次第に纏う光が強まっていく拳。そして、それに比例するように威力を増していく打撃。
『「サンダーアーム」。今の敬人だと魔力の最大出力が足り無いから、ちょっと危ないけど同調してるジュエル・コアの方から魔力を引き出してる最中なの』
 ……良く判らないけど、
「成程!」
 要するにジュエル・コアを使ったドーピングで無理矢理強化してるってことかな?
 それだけを聞けば確かに危なそうだけど……ま、何はともあれ、
「これなら行けるかも!」
 と、言う間に、

 バキゥィィイイイー―っ!!

「良し! 魔法陣を貫いた!」
 やっと一撃を入れた。
 それは何度も何度も同じ箇所を集中的に殴って、初めて数センチのキズを入れたという程度だったけど――これにより、相手の優位性が崩れた事に替わりは無い!
「――っと、何処へ?」
 勝利を確信するのも束の間。カラスはいきなり転身。俺から距離を取る――というか、逃亡!?
「あれ? 逃げた?」
 首を傾げる。ま、逃げても追うんですが――
『いけない! あっちは――!!』
 ――っ! あれは、
「なのはちゃん!? って、カラスの狙いはもしかして彼女!?」
 カラスが一目散に目指す先。
 そこに居るのは家から道路に出て、コチラを見上げるなのはちゃんとそのお母さん。
「な、何で外に――って、あ〜……そう言えば俺、二人の目の前で魔法使って飛んで来た気がする」
 ……そりゃあ、気になって外に出て来るよねぇ。
 そうしみじみと呟く間も有らばこそ、
『――っ! そうか、この鳥の狙いはなのはなんだ! 敬人! 急いで止めて!!』
「了解!」
 ……とは言え、
「……何で今頃、なのはちゃんの元へ?」
 頭を捻る。
 彼女が俺と同じジュエル・コアの適正者で、暴走体に狙われる可能性が高いことは聞いていた。そして、だからこそ俺はなのはちゃんのもとへ訪れたんだけど……てっきりジュエル・コア二つを持ってる上に攻撃してくる俺を優先すると思ってたんだけどなぁ。
 などと考えてる間にも怪鳥に殴りかかり、少しずつではあるがキズを増やす。しかしカラスは尚も俺を無視して滑空し続ける。……まずいな、このままじゃ――
『……多分、なのはのリンカーコアが狙いなんだと思う。幼いながらも、この世界のなのはの魔力は今の私達はおろか暴走体をも上回ってるから!』
 ……それは凄い。
「そう言えば、フェイトさんの居た世界にもなのはちゃんは居るんだっけ? やっぱりなのはちゃん――さんも魔法を?」
 攻撃の手は止めてない。
 傷だった入れてる。
 だけど――
『うん。前の世界で、なのはは私より魔力があっ――っ!? 駄目っ! 止まらない!!』
「ぅをっ!! これは流石に……――」
 マズイ、とは続けられなかった。

「――――ッ!!」

 ――……ドクン。

 血流が、知覚が、感覚が、記憶が、精神が、

 ――……ドクン。

 加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する加速する……――。

「――…………ろ」

 視点が固定され、

 視界が反転し、

 時間が巻き戻り、

 記憶が――再生される。

(――……わく……から)

 ――ドクン。

「…………ヤ……メ、ロ」
 怪鳥が狙うは一組の親子。
『……敬人?』
 怖がって母にすがる少女。
娘に対して言っているだろう言葉。

 ――ドクン。

 それは遠く日の、

(――……大丈夫、)

 朱イ景色二染マル――。

「ッ!!!!」

(……怖く無いから)

 ――ドクン。

(だからね、敬人……)

 ドクン!

(――ままと一緒に、)

 ドクン!!

「――ヤメロォォオオオオー――っ!!」



(死んで)



 ――……世界が、弾けて消えた。




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《ケイト〜knight of nightmare〜》6

《ケイト〜knight of nightmare〜》







 玄関のチャイムを鳴らして待つこと数秒。すぐに、は〜い、という年若い女性の声と共に玄関の扉が開けられた。
「こんばんは。あの、なのはちゃん居ますか?」
「はい、こんばんは。……あら、あなたはなのはのお友達?」
 玄関を開けたのはどうやらなのはって子の母親らしい。
 彼女は、外見だけを見れば娘と同じ歳頃の少女である俺の、やけに大人びた雰囲気を感じ取ってか不思議そうにしていた。
 ……ま、中身中学生だしね。
「初めまして。私はケイト・テスタロッサ。こんな時間にすみません」
 内心で苦笑を浮かべつつ、そう笑顔で言って一礼。頭の両脇で束ねられた金色の髪がサラリとその動きに合わせて流れた。
「あの、今日はウチのリスがお宅のなのはちゃんにお世話になりました件で、お礼を言いに来ました」
 言って、俺は肩に乗っているリス――フェイトさんを示した。
「なのはが……お世話?」
 首を傾げるなのは母。ま、その気持ちをわからないでもないけど、
「はい。ウチのフェイトって、いっつも目を離すとどこかに行っちゃうんです。それで今日も町中を探して歩いていましたら、お宅に入る所をご近所の方が見たって。なので、失礼かと思ったのですが勝手にお邪魔させて頂いたんです。そうしたら、寝ているなのはちゃんの横でフェイトも一緒に寝ていたんです。なのはちゃんを起こすのも悪いと思いましたので、その時はそのまま私は帰りました。それで、お世話になった、というよりご迷惑をおかけしたなのはちゃんに一応ご挨拶したいと思いまして、この度はお邪魔させて頂きました次第です」
 ザーっと相手に言葉を挟ませ無いよう嘘を並べ立てる俺。それから、言い終わった頃合を見計らって、フェイトさんが俺の肩から跳び降りた。
「あっ、フェイト!」
 そのままフェイトさんはなのはって子の元へ走って行く。……うん、作戦通り。
「あっ、あのっ……」
 若干、涙目になってなのは母を見あげた。
 それに、
「はい、どうぞ」
 まったくこちらを疑うことなく中へ導くなのは母。しかも、
「……ごめんなさいね、玄関で長話させちゃって。さ、さ、上がってちょうだい」
 などと、初対面でありながらやけに友好的な態度で言った。
 ……おや? どうやら信用してもらえた模様。
「し、失礼しますっ!」
 慌てた風を装って、俺は室内へと上がらせてもらう。
 それとほぼ同じタイミングで、遠くから『ふぇいとちゃんだぁ』という女の子の声が聞こえた。
「ケイトちゃんて日本語お上手ねぇ。何処から来たの?」
「いえ、私はこの国で生まれたんです。両親の出身はアメリカの……」
 そこまで言って、首を傾げる。
 ……あれ? アメリカって、なんて都道府県があったっけ?
「え〜と、たしか……『ミッドチルダ』?」
 ……嘘じゃない、はず。
 俺はあたかも申し訳なさげな微笑を浮かべて言った。
「……すみません、今度確認しておきますね」
「いえ、良いのよ気にしなくて。そう、日本で生まれたの。まだ小さいのに言葉使いが丁寧で、偉いわねぇ」
 ……まぁ、中身は十四の純日本人ですから。
「ありがとうございます」
 俺は笑顔を作って答えた。

 ――あ、ちなみに現在俺は、フェイトさんに変身しています。

 ◇◆◇◆◇

 ……女の人って、どうしてこう、一緒にお風呂に入りたがるんだろう?

 夕暮れ時にフェイトさんのお願いを聞き、俺はフェイトさんに変身して高町家へとお邪魔する事にした。
 流石にぶかぶかの制服や、まして男ものの下着なんかをはいて訪れるワケにもいかないので、それらを事前に調達&着替えて、とりあえず見れる格好にしてから来た。
 正直、子供――それも女の子の服なんてよくわからなったが、そこはそれ、フェイトさんの意見を鵜呑みにするというかたちで事なきを得た。
 そして現在、それらは他の衣類と同じく脱衣所の籠の中。
 つまり、俺は今――真っ裸であった。
「……長居するつもりは無かったのになぁ。ぶくぶく……」
 薄靄のかかる高町家の湯舟につかりながら、呟く。
 眼前ではなのはちゃんがフェイトさんの体を洗っていた。両者、とても楽しそうだ。
「こ、こらっ、なのはっ。じっとしてないと背中が洗えないだろうっ」
 その、全く動きを止めない少女の体を四苦八苦しながら洗おうとしているのは高町 恭也さん。今年、高校に上がった、なのはちゃんのお兄さんだ。
 そもそもの事の起こりはなのはちゃんの、『ふぇいとちゃんとけいとちゃん、一緒にお風呂入ろう?』という言葉から始まった。
 それをやんわりと断ろうとしたら、なのはちゃんのお母さんが何故か乗り気になってしまって、あれよあれよという間に『じゃあ夕飯も食べて行ってね』という事になってしまった……。
 賑やかで和やかや夕食。家族の団欒。
笑顔が場を満たす、暖かな空間。
それは、

 ――俺の知らない、『家族』の一時。

 夕食後、どうにかそのまま御暇しようと思ったのに……なのはちゃんのお母さんに捕まった。
 諦めて一緒に入る事にした俺だが、そこへ更になのはちゃんのお母さんまで入ると言い出してさぁ大変。
 本調子じゃないなのはちゃんをお客様であるケイトさん一人に押し付けるワケにはいかない、というのがその理由。
「……でも、中身は男……ぶくぶく」
 ……紆余曲折の末、どうにか保護者を恭也さんに出来たのは我ながら頑張ったと思う。
「『死んだお兄ちゃんに似てるから……』我ながらナイス演技……ぶくぶく」
 ……今日一日でどれだけの嘘をついただろう?
 仲の良い二人と一匹を視界に、俺は湯舟につかる口元に苦笑を刻んだ。

◇◆◇◆◇

「すみません、長居してしまって」
 そう言って、俺は玄関まで見送りに来ていたなのはちゃんとそのお母さんにお辞儀した。
「いえ良いのよ。またいつでも来てね、ケイトさん」
「バイバイけいとちゃん、ふぇいとちゃん」

 ぶんぶか大きく手を振るなのはちゃんに手を振り、俺はそれでは、と言って玄関から一歩外へ出た。

 ――その時だった。

『っ! 敬人!!』

 脳内というか、俺の身の内から響くフェイトさんの緊迫した声。
「ぅをっ!? ふぇ、フェイトさん?」
 突然キョロキョロし始めた俺になのはちゃん達が首を傾げているのが見えた――って、それはともかく、
「……な、何?」
 二人には聞こえないよう小声で俺は肩に乗ったフェイトさんに問うた。
『来る……!』
 ……は?
 首を傾げる俺を無視して、ソレは高速で来た。

 ――キィィイイイー―っ!!

「――っ!?」
 空気を切り裂くその音で、俺もようやくソイツの襲来に気付けた。






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《ケイト〜knight of nightmare〜》5

《ケイト〜knight of nightmare〜》








 放課後。夕日に包まれ、オレンジが染める道を俺は常人よりゆっくりと歩いていた。
「……薫と恵は、一体部活を何だと思ってるんだろう?」
 呟く台詞の内容は、先程交した会話の事。帰宅する準備をしていた俺に恵が、『今からバッティング・センターに行こう』と誘って来た時の事だ。
 それを耳にした同じクラスの薫は、『良し、敗けた奴は翠屋のパフェをおごりな!』何て乗って来た。
 今日は部活無いのか、と聞いたら二人して、サボるとか言うし……。

「片や、女子ソフト・ボールのエースで四番。片や、男子野球部のキャプテンでピッチャー」
 ……あの二人は周りにどれだけ期待されてるかを判って無い。
 というワケで、俺が両クラブのマネージャーに頼まれていた、その役割を果たす事になった。即ち、『部活出ろ』という説得。
「……聞き分けが良いのは単純に楽で良いけど。複雑だよなぁ」
 俺は苦笑を浮かべつつ、不自由な左足を引きずって歩く。
「……さりげ無くバッティング・センターに誘う辺りに同情が見え隠れしてるんだけど、」
 純粋に、その心遣いは嬉しい。
「……とは言え、これからを考えると放課後の交遊は避けるべきかなぁ?」
 これから――つまり、フェイトさんとのジュエル・コアの探索。
 フェイトさんの話では、ある程度まで近付けば判るというんで、今日から俺は、晴れて藤見町周辺のパトロールを義務付けられたってワケだ。

「……ま、やる事は散歩なんだけどね」

 ◇◆◇◆◇

 ――私のお友達になって下さい。
 その私の言葉に、なのはは本当に嬉しそうな顔をして笑った。
「うんっ! ふぇいとちゃんはなのはのお友だちだよ!」

 ――……それから、私はなのはとたわい無いお喋りや、お絵書き等をして遊んだ。

 お昼には、なのはが電子レンジで温めたお粥を一緒に食べて、
 薬のせいか眠そうにしているなのはに本を読んで聞かせて、
 一緒の布団に横になり、
 そしてその間、なのはは終始笑顔で、
 とても、嬉しそうだった。
「……この時代のなのはは、一人の時間が多い時のなのはなんだね」
 安らかな寝顔を見つめて、私はそっと呟いた。
 前になのはから聞いた事がある。なのはがまだ小さい頃、父親が生死を別けるような事故に合い、父親は長く入院し、母親は夫の見舞いと喫茶店、兄と姉は学校と父親の見舞い、それから店の手伝いで忙しく、必然的になのはが一人になる事が多くなった時期があったと。
「……まだ、アリサやすずかに出会う前。ユーノや私と出会う前の、一人の時のなのは」
 それが今、私の目の前で眠る、幼いなのはなのだろうか?
 そして、もしそうなら――……ううん。もし、そうでなくても、 
「……私は、なのはの友達になりたい」
 そう、思った。

 ◇◆◇◆◇

「――『平行世界』?」
「……うん」

 藤見町にある商店街。夕暮れ時の雑踏を肩にリスを乗せて歩く奇妙な少年が歩いていた。……と言うか、フェイトさんと俺なんだけどね。
「……私も、前に少しだけ文献で読んだ事しか無いから自信は無いんだけど、多分間違い無いと思う」
 現在、目下精力的にジュエル・コア探しの巡回中。
「『平行世界』……これまで机上の空論とされ、在ると言われながら誰一人それを立証出来なかった無限に連なる、同時空、異位相の世界。こことは似ているけど、違う世界。もう一人の自分が居る世界」
 ……うわぁ、また難しい事を仰ってます。
「……それが俺の住む世界って事?」
「うん。ケイトの居るこの世界は、なのはの住む世界の同時空、異位相の世界だと思う」
 はい、チンプンカンプンですね。
「……ふ〜ん。良く判らないけど、とりあえず一個質問。『なのは』って誰?」
 内心のハテナマークをおくびにも出さずに問う。正直、わからないことだらけだけど、『説明されてもどうせわかんないし』と半ば諦めモードの俺。あはは、馬鹿っていうなよ。泣いちゃうぞ?
「……前に居た位相の世界で私と同じ学校に通ってた大切なお友達。……そのなのはが、ここにも居るの」
「は?」
 フェイトさんの台詞にさすがの俺でも間抜け面になるのを禁じえなかった。……え〜と、確かフェイトさんは異世界から来た魔法使いで、言動から察するに前の世界――要するに俺の居る世界とは違う世界で同じ学校に通う友達がなのはさんで、それがここにも居るとすれば、
「……ど、『ドッペルゲンガー』?」
 煙を吹きそうなぐらいに頭をフル回転させて俺。そこ、笑うな! 俺だって半信半疑なんだよ、必死なんだよ、頭悪いんだよ! ……泣きそう。
「多分、近いけど違うと思う。ここに居たなのはは、私の知ってるなのはより十歳は幼いから」
 そんな俺の内心を知ってか知らずかフェイトさん。またもや意味不明なことを仰いました。
 ……ええと、要するに、
「フェイトさんは……『タイム・トラベラー』?」
 自分で言っといてなんだけど……恥ずかしいなあ。
「……それも近いけど、違う」
 え、近いんですか!?
「私達魔法使いは『時』に関する魔法を今だに使えないから。時空を跳べても、時限は跳べないの。……だからここは別の時間軸を進む、なのはの世界と全く同じで、でもなのはの世界とは異なる位相の世界――『平行世界』だと思う」
 …………頭が痛いかも。
「……あれ? でもさっき『平行世界』は机上の空論だって言ってなかった?」
 ショート寸前の頭でそう問い返す俺を、誰か褒めてはくれまいか?
「……うん。私達は今だに別の時空には行けても、異位相の世界へは行けないし、そもそも世界に異なる位相があるのかすらも判っていなかったから」
…………う〜ん?
「……俺には『位相』と『時空』、それに『時限』の違いが良く判らないんだけど?」
 ごめん、俺って馬鹿だから。……心の中で滂沱の涙を流すようですよ。
「……えっと、じゃあケイト。この先に流れる川を見て」
 言われた通り、俺は視線を川へと移す。 
「その流れる速さを『時間』の流れとするの。……川は速さが一定じゃないけど、ここでは一定の速さで流れていると考えて。それで、その川に浮かぶ船が私達だとすると、私達の使う転移魔法――『時空』を越える魔法で行けるのは『真横だけ』という事になるの。真横に流れている別の川――別の世界。前や後ろという川の流れに逆らった『時限』を越える術は無いの」
 ……なんとなく理解して来た。
「じゃあ、異なる『位相』って言うのは川に対してどっちにあるの?」
「縦」
 ……は?
「真上と真下に無限に同じ川が連なっているの。……あくまでもこれは例えだし、立証されてない理論では、の話になるんだけど」
「……要するに“川(時間) ”に浮かぶ“船(俺達)”には別の“川(時空)“には行けても“空や水中(異位相)“には行けないし、フェイトさん達魔法使いにも川の流れに逆らう事は出来ない、と」
 おや? 俺が頭よさそうですよ? ……ま、いい加減慣れたってだけだけどね。
 俺はフェイトさんの言葉をどうにか整理、理解しようと勤めて、
 そして、その矛盾に気付いた。
「……あれ? そうなるとドチラも行けないんだから、もし行けたとしても『時限』を越えたのか『位相』を越えたのか何て判らないんじゃないの?」
 その俺の問いに、
「……うん。本当ならそう」
 そう答えたフェイトさんは……とても哀しい目をしていた。
「……なのはは小さい頃、一人で居る時が多かった、って話してくれた事がある」
 それは、遠い眼差し。
懐かしむような、遠い遠い、もしかしたら時間すら越えているかも知れない、哀しい視線。
「……そのきっかけは、なのはのお父さんが生死を別けるような酷い事故にあったからだって教えてくれた」
 …………なんとなく、先が読めた。
「……でも、ここで出会ったなのはの家に『ソレ』を見付けた。私の知ってるなのはの家には、あるハズの無い物」
 それが『時限』と『位相』とを区別する決定的な差異。
「なのはのお父さんの――」

 ――遺影。








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《ケイト〜knight of nightmare〜》4

《ケイト〜knight of nightmare〜》








「――んで、●●●●を□□□で▲▲▲▲するんだけど、これがまた凄いんだって」
 昼休み。先程から俺の机の前で毒電波を垂れ流してんのは、いわゆる幼馴染であるところの“館川 薫(たてかわ かおる)”だ。
 人目を引く、色素の薄い茶髪に童顔、中性的な整った顔は誰が見ても美少年と称する、黙っていればモテるというのを地で行く、歩くセクハラ電波。
「……オイ、聞いてんのか?」
「いや、聞き流してる。というか、その伏せ字だらけになりそうな発言はどうにかしてくれ」
 俺の席は教室の端、窓際の列の真ん中なんだが……こいつのおかげで今や教壇に立っているみたいにクラス中の注目を集めていた。ああ……他人のふりって以外と難しいのね。
「ハッ! 何を仰る、敬人さん! 思春期真っただ中の中学生がエロを語らずしてどうする!?」
 憂鬱になる俺に対し、その元凶たる薫は、そう声高に叫んでくれやがりました。……泣いて良い?
「つーか、健全な男子脳内の九十パーセントは桃色パラダイスに決まってるだろうがっ!!」
「……うわぁ、なんかキレてるし。というか、言い切ってるし」
 ……って、あっ。
「――……ちなみに、残り一割は?」
「遊び!!」
 背後からの問いかけに即答する薫。それからハッとして振り返るも、遅い。
「ちったぁ、真面目に勉強しやがれ、この破滅的バカがぁあああ!!」
「ゲぴぉギゃひーっ!!」
 鉄拳制裁。木の葉のように舞う薫。……南〜無〜。
「ったく、この馬鹿が。まぁた廊下で会った子に『薫さんを何とかして下さい!』って泣き付かれちゃったじゃないのよ!」
 そう言って、文字通り『何とか』したのは薫の双子の姉、“館川 恵(たてかわ めぐみ)”。
 彼女はベリーショートにしている、薫と同じく茶色の頭髪をガリガリとひっかいて溜め息。双子というだけあって顔立ちはそっくりだが、薫が美少年に対し、恵の場合は目つきの鋭さと併さってボーイッシュでカッコイイと称される美少女だ。
「って、そんなのは良いんだ、敬人。悪い、待たせたか? ほら、弁当」
 薫に対する態度から百八十度反転。背後に花びらを背負うような恋する乙女モードに切り変わる恵。
「ありがとう。いつも悪いね、恵」
「いや、良いんだ。好きでやってる事だしな」
 そう言って微笑み、自分の弁当を取り出す恵。
 ……あぁ、クラス中に注目されてるのが判る。なんだか羨望と嫉妬の粘着質な視線が突き刺さる。
「……テテテ。いきなり何すんだよ、メグ姉! つーかいきなりデレるな!!」
「チッ、生きてたか」
 頬を押さえての薫の抗議に舌打ちで応える恵。俺に対する視線とは違い、冷たくてトゲトゲしい目で弟を一蔑すると、彼女は何事も無かったかのように自分の弁当の包みを解いた。
「……まぁた、良くわからん単語をほざきやがって。何だ、『デレる』って? ……いや、いい。説明はしなくていい。どうせロクでも無い事に決まってる」
「うわ、ひっでぇ! 僕がいつロクでも無い事言ったよ?」
「四六時中。年中無休でセクハラ電波を垂れ流してるだろ?」
「それのどこがロクでも無いんだ敬人!! つーか、メグ姉! 僕には弁当無いの!?」
「自覚の無い馬鹿はこれだから……。あたしが何でアンタなんかに弁当作ってやる必要がある? というより、自分で作れ。……あたしより料理上手いだろうが」
「当〜然! メグ姉みたいにソフトしか取り柄の無いスポーツ馬鹿とは違って、僕は何でもこなす天才ですから! つーか、料理教えたの僕だし!!」
「うわぁ、馬鹿馬鹿! それは言っちゃ駄目って言ったろうが!! それに、誰がスポーツ馬鹿だ、コラあああっ!!」
「ゲぷしぁーっ!!」
 …………ああ、賑やかだ。お陰で注目度、三割増しって感じですよ。
「……恵、おいしいよ弁当」
「そ、そうか!」
 俺のセリフにパァッと笑顔を咲かせる恵。
「そう、ソレ! その態度が『デレ』なんだよ!! ちなみに今日のおかずの半分は僕が手を貸してます!」
 薫復活。……ほんと、相変わらず高い生命力だなぁ。
「うわぁ! だ、だから、ソレは言わないでくれって頼んだじゃないか!!」
「ハッ! 何を仰る、恵さん! そんな中途半端な愛妻弁当を褒められたぐらいで頬を染めるなんて笑止! 悔しかったら、早く自分一人でフライパンを使ってみやがれってんだ!! 消し炭になった材料の処理は大変なんだぞ!」
「だから、ソレを言うなって……! 言った……のに……」
 段々と声が小さく震え出して来た恵。……あ〜あ、やっちゃったよ。
「ぐす……、酷い……、言わない、って……、約束……、したのに……」
 そこでハッと我に返る薫。その顔から血の気がサーっと音を立てて退いていく。
「ヒィっ! め、メグ姉? わ、悪かった! 僕が全面的に悪かった! 謝る! 謝るから――」
「薫」
「許し、……って、なんだよ敬人。今、僕は忙しいんだから用なら後で――」
「もう手遅れっポイ」
 なぁああにぃいいいー――っ!? と叫んで、高速で恵に振り向く薫。
 と、同時、
「薫ちゃんの馬鹿ぁあああああー――――っ!!」
「ドチュパルとー――っ!!」
 恵の、何処から取り出したのか判らないような、いつの間にか手にしていた金属バットによるフルスイングが薫の腹部に決まり、吹き飛ばした。煌めく涙の滴は、果たしてどちらの物か?
「注。この行為は大変危険です。薫以外の人間にするのは絶対にやめましょう」
 僕にもするな、という死にかけの男による突っ込みは無視するとして、
「……恵。弁当、ご馳走様」
 俺は食べ終った弁当を恵に返した。……あれ? 金属バットは何処に?
「う、うん……。あ、あのな、敬人。あ、あたしだって前よりは料理出来るようになったんだぞ? 後は火加減なんだ。それだけだから、薫に少し手伝ってもらったのも本当だが、半分はあたしが作って――」
 何やらしどろもどろな弁解をしている恵を遮って、
「恵。ありがとう。美味しかったよ」
 一瞬の膠着の後、笑顔を咲かせる恵。
「っ! そ、そうか! うん、明日も作るから楽しみにしていてくれよ! 何たってあたしは――」

 ――敬人の彼女なんだから。

 ◇◆◇◆◇

 私の目の前に居るのはなのはで間違い無いハズだった。
「……こんにちは」
 コンコン、と窓を叩いてとりあえず声をかける。
 それにノロノロと起き上がるなのはは、私が初めて出会ったなのはより三、四歳幼い。
「わぁ……! リスさんが喋ってる〜」
 こちらへと顔を向けて破顔する少女は間違いなくなのはで、
「あなたは……なのは?」
 だけど、確信が持てなくて、問う。
「……うん、なのははなのはだよ」
 それに微笑んで返す少女は――……ああ、やっぱりなのはで間違いなかった。
「リスさんのお名前は?」
 トロンと潤んだ大きな瞳、赤い頬、熱い吐息。パジャマ姿におでこに貼られた熱冷ましのシート。どうやらなのはは風邪をひているみたいだった。
「私は、……フェイト」
 なんとなく、姓を名乗るのは憚られた。だから、若干口早に話題を変える。
「……なのはは風邪なの?」
 私の問いに、うん、と頷き、なのはは窓をひどくゆっくりとした動作で空けて、私の方へその小さな手を伸ばした。
「……ふぇいとちゃんは頭がいいね」
「…………」
 私はなのはに撫でられるがままになりながら……現状を把握した。
「……なのは」
「うん?」
 そして、だからこそ、ここで私が言う台詞はこれ以外に無かった。
「……初めまして」

それから――

「――私のお友達になって下さい」









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