嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》13

《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》









 照明は消され、外からの光を防犯用の重厚なシャッターに遮られた店内は、今が昼だというのに薄暗かった。
 すべては突如として現れた武装集団のせい。出入り口、通信設備、そして『AMF』による魔法封じといった念の入った工作を持ってレストランを占領した彼らは、
 しかし、たった一人のイレギュラーを前に、皆凍り付いていた。
 店内を満たす純然にして冷徹な殺意の奔流――その中心に佇むのは一人の少女。加害者、被害者問わず、すべての人間を凍り付かせたイレギュラー――月村雫は、しかし彼らなど見向きもしない。
 彼女が注意を向けるのは最初からその一点のみ。店内隅の席に座し、このような状況下で尚優雅にコーヒーカップを傾けている子供が居るそこだけ。
「……アレは戦闘機人か?」
 目深に被った大きな帽子と黒いサングラス。全身をすっぽりと隠す、まるで雨合羽のような赤いコートを纏ったその子供は、しかしそんな少女になど注意を払わない。
「……動きに機械的なものを感じない。おそらくは人造魔導師の類だろう」
 子供は一人、誰にともなく呟いている。
「……だけどさ。アレから一瞬だけど『レリック』みたいな力を感知したよ?」
 まるで話相手が複数居るように。
 まるで自分自身と話すように。
 子供は一人、口調を変えて呟き続けていた。
「……要するにアレが例のデバイス持ちなんじゃない? ……つまりは実験体だにぃ」
 少女からの冷ややかな殺意を受けて尚、その子供は動じず、やはりこちらも先ほどから注意を向けている先を変じない。
「……厄介なぁ。……これじゃ本命の奪取も難しいにゃあ」
 子供の視線の向かう先――一人佇む少女を眺めている高町ヴィヴィオは、しかし今はまだ気付いていない。
 今は、まだ――。








 第七話 原罪



 ――一年前。
 その時の少女は、まだ強さに憧れていた。
「……………………ぅあ?」
 ぼやけた視界に移るのは青空。体に感じるのは春の微風と草木の優しい香り。そして穏やかな陽気よりもなお穏やかな温もり。
「お、やっと起きた」
 少女が目覚めたことにいち早く気付いたオレンジの髪の女の子――アルフは、そう言って満面の笑みになった。
「…………あ」
 果たして、その言葉に少女が反応するより早く、少女の頭を膝に乗せた女性――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが、少女の顔を心配げに覗き込んだ。
「……ヴィヴィオ、ごめんね。どこか痛いところ無い?」
 自分の頭を優しく撫でる彼女に、少女――高町ヴィヴィオは気持ち良さそうに瞳を細め、
 そして、花が咲くように無邪気に笑って言った。
「うん! 大丈夫だよママ!」

 ――高町ヴィヴィオ、八歳。
 好きな食べ物、ママが作ったキャラメルミルク。苦手な食べ物、ピーマン。
 教会系列の魔法学校――St.ヒルデ魔法学院の初等部に通う、ちょっと特別な女の子。

「……本当? でも――」
「本当に大丈夫だよ」

 ――その日も片親であるフェイトママに魔法の基礎と空戦を一通り習い、
 そしてアルフから実戦さながらの実技指導を受け、少女は着実にその力を伸ばしていた。

「……まぁた始まったよ。相変わらずフェイトママは心配性だねぇ」
「だねぇ♪」

 ――少女は強くなりたかった。
 強くなるともう一人のママ――高町なのはと約束したから。
 そして、何より――

「もう……。私はママなんだから心配性でもいいの――って、あ! アルフ、ヴィヴィオ。そろそろ病院に行く時間!」
「「あ!」」

 ――少女は見て欲しかったから。

「ああ〜どうしよう!? まだお見舞いの品って買って無いよねアルフ!?」
「ひゃっ!? フェ、フェイトママ……!? ヴィ、ヴィヴィオ、自分で歩けるよ……!?」

 ――ただ、そう。
 少女はただ、年相応にそう望んだだけ。

「や、やっぱり酸っぱい物かな!? あ、でも病院ってちゃんと栄養バランス考えてるし余計なもの食べさせるのも駄目だよね!?」
「目ぇ……目が回るよ〜……」
「……あ〜、少しは落ち着こうフェイト。とりあえず小脇に抱えてるヴィヴィオを下ろしてからグルグル回ろう」

 ――ただもう少しだけ自分を見ていて欲しい。
 もう少しだけでも自分だけのママであって欲しい。

「ど、どうしよう……!? や、やややっぱり母さんに聞いて――嗚呼! でも時間が……!?」
「…………き、気持ち……わる……」
「落〜ち〜着〜け〜って!」

 ――少女は強くなろうと思った。

「で、でもでも! わ、私はまだ、赤ちゃんなんて出来たこと無いし、出産の経験なんて――!」

 ――それは、
 もう少しで生まれる『妹』のために……じゃない。

「落ち着けってばフェイト! まだなのはの赤ちゃんが生まれんのはずっと先だろう!?」

 ――それは幼い少女が抱くに相応しい、稚拙な独占欲の形。
 幼い少女が自分なりに考えた『自分を見て』というアピールの形。

「ど、どどどうしようどうしようどうしよう!? ――ってヴィヴィオ!?」
「……マ、ママ。ヴィヴィオ、も、だめ」

 ――強くなりたかった。
 少女――高町ヴィヴィオの動機なんてその程度のもの。
 だけど、
 ……それでも――

「お、おいヴィヴィオ!?」
「ぁああ!? ヴィヴィオヴィヴィオヴィヴィオ……!?」

 ――――ヴィヴィオは決してヴィヴィオを赦さない。

 決して――

 ◇◆◇◆◇

 ――店内に満ちる静寂は果たしてどれくらいだったのか。
 数秒か、それとも数分か。どちらであれ、その静寂は唐突に終わりを告げた。
「ガキが! 舐めた口を――!!」
 雫ちゃんが外見だけならただの子供なのだと気付いて逆上したのか、それとも雫ちゃんから発せられるプレッシャーに耐えられなくなったのか。
 武装した集団の中の一人がいきなり叫び声を上げ、銃口を彼女へと向けたことで静寂と僅かばかりの均衡は崩れた。
「ぅ、ぅわぁああ――――っ!!」
「キャァアアア――――ッ!!」
 悲鳴が、爆発する。
 混乱が、狂騒が、店内を新たに染めて行く。
 そして、
「――ぎゃぁあああ!!」
 その騒乱の中心はやはり雫ちゃん。自分へと向けられた敵意を、その手の銃はおろかそれを持つ腕ごと斬って捨て、残像すら見えそうなぐらいの高速移動をしてテロリストの人たちを次々に潰して行く。
「ぁ゛ああああ!!」
 小太刀二刀を手に駆ける雫ちゃんに対し、彼らの獲物は銃。それも魔力以外の力を使って小さな弾丸を高速で射出するタイプの、それこそ音速を優に超える速度を持つ殺傷兵器。
「ぅ、腕が!! 俺の腕がぁあああ!!」
 しかし、それはただの一つとしてその真価を発揮出来ない。
 弾速よりは遅いまでも普通の人ならすぐさま見失ってしまうだろう速度で駆ける雫ちゃんを彼らは捉えられない。結果、その向けられた銃口は明後日へと銃声を轟かせ、そしてその呼び声によって刀の洗礼を受ける。
「い゛ぎゃぁあああ!?」
 まさに圧倒的。閉鎖的な空間に置いての対多人数、対AMF戦で雫ちゃんはその力の真価を発揮する。
「――御神流を前にしたことを不幸に思いなさい」
 魔法が使えない空間など普通。相手が多数いようと関係ない。
 銃を持った武装集団だろうが、雫ちゃんには勝てない。
「く、来るんじゃねぇ!!」
「ヒィ……!?」
 例え、逆上した一人が人質を取ろうと――
「……愚か者」
 ――雫ちゃんは迷わない。
 それがヴィヴィオだったら――躊躇っていた。
 それがカローラちゃんなら――人質を前に降伏する道を選んだかも知れない。
 だけど――雫ちゃんには通じない。
 人質が居ようと居まいと関係ない。その前に敵として立ちふさがった時点で最後――そう告げるかのように、雫ちゃんは敢えてゆっくりと歩み寄り、
「どこぞの偽善者やここには居ない正義の味方ならいざ知らず。ただ敵対する輩を葬っているだけの私にそんな盾が有効だと思いますか?」
 ニヤリと狂気すら宿る笑みを形作り、雫ちゃんはひたひたと人質を取る男へと近付き、
「く、くくく来るな……!」
「……あなたは馬鹿ですか? そもそも銃口を向けるのはそんなもので良いのですか? もしかして私に、それと一緒に殺して欲しいのですか?」
 ――それが、雫ちゃんの戦い方。
 それが、雫ちゃんが見出した強さの形。
「では早く開始の合図を」
「あ、ああ、あ……!」
 それが――雫ちゃんの守り方。
「どうしました? あながホイッスルを鳴らしてくれないと私はあなたを殺しに行けないんですよ?」
 被害者を減らし、加害者を減らす――そのために最凶たらんと努め、すべての敵意を自分に集めるという戦い方。
「殺して欲しいのでしょう? 大丈夫、私はちゃんとあなたの腕を斬り、脚を貫き、腹を裂き、内臓を――」
「ぅ、ぅわぁああ――ッ!!」
 悪行をより強大な悪行で正す。
 諸悪を巨悪で改善させる。
「……死にたく無ければ武器を捨て、大人しくしていなさい」
 雫ちゃんのプレッシャーに半狂乱に喚いていた男は、果たして一瞬の隙を突かれて昏倒。雫ちゃんに襟首を持たれ、呆然と彼女たちを見ていたテロリストの一人へと投げ飛ばされた。
「もう一度忠告します」
 そして、誰も彼もが最早、言葉を失って雫ちゃん一人を注視するその中で、
「私に敵意を向ける者。未だに武器を手にする者を――」
 ヴィヴィオは、誰かに呼ばれた。
「――私は、斬る。故に、命が大事と思う輩は、」
 だから、呆然とそちらを見た。
「?」
 ただ、ぼんやりと。
 こちらを見る子供が、その瞳を隠す黒いサングラスを外すのを。
「『ィヴル・アイ』――悪夢に喰われろ」
 そう小さく零して笑う子供の瞳を、ヴィヴィオは――

 ◇◆◇◆◇

 ――半年前。
 白い、白い、病室で、高町ヴィヴィオは『それ』を見た。
「――――」
 言葉を、失う。
 視線を、逸らせない。
 それは本当に、ごくごく普通の情景の一つ。
 ただ、ヴィヴィオの母親である高町なのはが幼子を抱き、母乳を飲ませているというだけ。
「――――」
 それだけ。ただそれだけの情景にヴィヴィオは言葉を発せず、ただ立ち尽くしていた。
 ……なんで? そう疑問に思いながら、しかし心を締め付ける幻痛に答えは自分にあるのだと知っていた。
 体を縛る、目を離せない光景。それは紛れもない、母と子の光景で、
 そしてそれは、ヴィヴィオが何よりも望んでいた場所だった。
 ……そん、な。
 胸の痛みの正体に気付く。気付いて、さらに暗い気持ちになる。
 心を締め付ける感情の正体は――羨望。ヴィヴィオは生後間もない妹に嫉妬していた。
 …………いや。
 ヴィヴィオは自身の抱く醜い感情に蒼白となる。
 羨望と嫉妬。それらから派生した、妹の存在を邪魔に感じている自分自身に、ヴィヴィオは絶望した。
「……ヴィヴィオ? どうしたの?」
 そう、こちらを心配そうに見やるなのはママの言葉に、
「な、なんでもないよ……!」
 と慌てて返し、返せたことでようやく金縛りから溶けた。
 ――笑え。
 首を傾げるなのはママに必死で笑顔を作って返す。
「あ、あのね! 今日ね、学校でテストがあってね……!」
 ――笑え。
 笑え、ヴィヴィオ!
「ヴィヴィオね……! が、がんばっ……て……」
 ――泣くな!
 泣いちゃダメだよヴィヴィオ!
「がん、ばっ…………」
 ――笑って!
 笑って言わなくちゃダメ!
「…………ぅ、ぁ!」
 笑え、と必死で言い聞かせる。泣くな、と自身を戒める。
「っ、ぁ…………!」
 だけど――……もう、言葉が出ない。
 ポロポロとこぼれ落ちる涙を止められない。
 それでもどうにか嗚咽だけは漏らさないように努力する。
 ……早く泣き止め!
 後ろを向いて、うつむく。
 ……お願いだから、止まって!
 目を丸くしているなのはママにヴィヴィオはもう顔を向けられない。ぐしぐしと必死で擦っても、涙は止まってくれない。
「……ヴィヴィオ」
 振り向けない。取り繕うだけの余裕が、ない。
 心をぐちゃぐちゃに乱している今は、
 ヴィヴィオは――
「っ!! ヴィヴィオ――!?」
 なのはママの呼び声を無視して駆け出す!
 荒れ狂う心を少しでも鎮めるために、ヴィヴィオはなのはママの病室を飛び出して――

 赤ちゃんの泣き声を耳にして、固まった。

 再びの金縛り。それは病室を出てすぐに――廊下に出てすぐに、まるでヴィヴィオを止めるようにして響いた泣き声。
 …………逃げちゃ、だめ。
 拳を握り、握りしめた拳を抱いて自分自身に言い聞かせる。
 ……ヴィヴィオは、強くなるの。
 深呼吸を数回。涙の残滓を拭い去り、床に根を生やす両足をどうにか動かす。
 ……ヴィヴィオはもう――

 お姉ちゃん、なんだから……。

 笑え。泣くな。そう最後に言い聞かせ、ヴィヴィオは体を引き摺る思いでなのはママの病室へと戻った――。

 ◇◆◇◆◇

 ――悪夢を見出したのはいつからか。
 何も無い、暗い広い空間で、ヴィヴィオは毎晩のように『それ』と対峙していた。
「――……よく、のうのうと生きていられるね」
 黒い騎士甲冑を纏う、女の人――『聖王のゆりかご』内でなのはママと対峙した時の、ヴィヴィオの成長した姿の彼女はわたしに嘲笑を向けて告げる。
「何人もの人間を不幸にし、幾人もの魔導師を傷付けた忌むべき『器』――……それがあなたでしょう?」
 『それ』は言うなればヴィヴィオの影。自身を嘲笑し罵倒し否定する、ヴィヴィオの暗部。
「……違うよ」
「違わないよ、『聖王の器』」
 このヴィヴィオに否定は意味を持たず、言葉もまた意味を持てない。
 ヴィヴィオはわたしに蔑みに満ちた視線を向け、僅かに笑みすら浮かべて返す。
「忘れたの? ヴィヴィオはあの人を傷付けたんだよ?」
 彼女がそう言うや、今まで闇しか無かった空間に映像が浮かぶ。
「――――っ!」
 その映像とは、ヴィヴィオが『聖王のゆりかご』内でなのはママと戦った時のそれ。ママの必死の呼びかけをすべて否定し、拳を、魔法を返事としていた時の記憶映像。
「ヴィヴィオは何度、あの人を傷付ければ気がすむの?」
 この悪夢において対峙するヴィヴィオの言葉は、わたしの心を斬りつけるナイフのよう。
「……違うよ」
「どうして、あの人は病院に居るの?」
 わたしの返事は意味を成さない。
 これがわたしの悪夢であるからこそ、対峙するヴィヴィオに容赦など無い。
「…………それ、は――」
「ヴィヴィオが殺しかけたせいだよ」
 わたしを否定するヴィヴィオ。そんなわたしを傷付けて愉悦に浸るヴィヴィオを見て、わたしはどうしょうもなく吐き気がした。
「ヴィヴィオは自分だけを見て欲しかったんだよ」
 ……違う。
「あの子が邪魔だったんだ」
 …………違うよ。
「そうだよ、ヴィヴィオが強くなろうとしたせいだね」
 ……っ!?
 ハッとしてヴィヴィオの顔を見る。
 それに、
「ヴィヴィオは強くなって何がしたかったの?」
 ヴィヴィオはどこまでも狂喜に満ち満ちた笑みを湛えて、問うた。
「わたし、は……――」
 そしてその問いに対する答えを、わたしは持たない。
 だけど――
「そんなの決まってるよ」
 このヴィヴィオは笑って、言える。

「ヴィヴィオはママを独り占めしたかったんだ」

 ――だから、ヴィヴィオは強さを求めたんだよ。
 なのはママに自分だけを見て欲しくて。
 だから、ヴィヴィオは妹なんて疎ましいんでしょう?
 いっそ居なくなって欲しいんだよね?
「わたし、は……――」
 言葉に意味は、無い。
 反論も、反感も、無駄。
 傷付くことも、悲しむことも無意味。
「わたしは――!」
 何故なら、

「ヴィヴィオなんて死んじゃえ」

 そう笑って告げる彼女はヴィヴィオで、
 これは紛れもなくわたしの夢、だから……――









前話

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《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》12

《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》





  ◇◆◇◆◇

 雫ちゃんの台詞に絶句するヴィヴィオ。……死にたがってる? カローラちゃんが……? ……なんで?
 なかば呆然と向かいのカローラちゃんを見れば、カローラちゃんもカローラちゃんで呆然とした面持ちを雫ちゃんに向けていた。
「ミス・カローラ。あなたの目は脳の異常らしいですね?」
 言葉を無くす二人と違い雫ちゃんは喋るのを止めない。無表情の中に怒りを内包する雫ちゃんは淡々と続ける。
「詳しくは聞いてませんが……それは然るべき手術を受ければ改善されると聞きました」
 カローラちゃんは瞳を伏せ、顔を俯ける。
「……そして、その手術をあなたは――断った」
「っ!? な、なんで……!?」
 雫ちゃんの言葉にたまらず声をあげるヴィヴィオ。それに対し雫ちゃんは冷ややかな視線で一瞥し、またカローラちゃんを睨んで口を開いた。
「孤児であるが故にその資金が無かった。手術に際し弟の存在が気がかりだった等、当時の状況を鑑みるにその理由はある程度予想はつきます」
 ……あ。
 そうか。カローラちゃんの両親は事件に巻き込まれて……。
 ヴィヴィオは今さらながらに『孤児』という言葉の重みを痛感し、眉根を寄せた。……そうだよ。手術だってタダじゃないんだもん。それにカローラちゃんの弟くんのことを考えれば彼女が躊躇する理由ぐらい――
「それに何より、ミス・カローラ。あなたは“手術の成功を恐れた”」
 っ!? ギョッとして再び雫ちゃんを見た。
「親の残してくれた遺産によって手術代は賄える」
 雫ちゃんはカローラちゃんを睨んで続ける。
「しかし、あなたの目と引き換えにその額の半分以上は消えてしまう。それではこれから先、弟に何かあった時に心配だ」
 それが、如何に愚かな行為か。
 それが、どれだけ馬鹿げた思想か。
 雫ちゃんは瞳に敵意をありありと乗せて、言外に非難と罵倒を乗せてカローラちゃんを糾弾する。
「だから、あなたはこう考えた。“今すぐ強くなろう”と」
 ……あ。ヴィヴィオはようやく雫ちゃんの言わんとしていることに気付いた。
 そうか……ヴィヴィオがカローラちゃんの姿勢を『焦ってる』って感じた理由はそこなんだ。
 カローラちゃんは強くなりたいんじゃない。今すぐ『強い人』になりたかったんだ。
 焦ってるんじゃない。時間が無いわけでもない。
 カローラちゃんの目的が『今すぐ強くなりたい』だったから、カローラちゃんは傍目からは無理をしているように見えた。だから、焦ってるんだとヴィヴィオは勘違いした。
「……あなたは強くなって局に入るつもりだった」
 雫ちゃんは尚も淡々と告げる。
「強くなって――死にたかったのでしょう?」
 っ!? ヴィヴィオはまた目を丸くする。え? なんで……? どうしてそういう考えになるの……?
 わけがわからない。だからヴィヴィオは雫ちゃんからカローラちゃんへと視線を転じて――
「……だったら、なんですか?」
 ――再び、絶句。
「もしそうだとしても、あなたには関係ありません」
 カローラちゃんは――笑っていた。
「私が死のうが生きようがあなたには関係無いでしょう?」
 らしくない、暗く醜い笑みを浮かべて、
 陰りと諦めと寂しさの混ざる笑みを浮かべて、
「……雫さんにはわからない」
 カローラちゃんは吐き捨てるように、返す。
「…………わかりっこないんですよ。強い雫さんには絶対……! 弱い私の気持ちなんてわかるわけない……!!」
 言葉に敵意を、
 視線に羨望と嫉妬を乗せて、
「あなたに私の思いはわからない! 絶対!!」
 カローラちゃんは、告げる。
「……………………違う」
 対し、雫ちゃんは――
「ミス・カロ――……ローラ。あなたは私に――そうであって欲しいのでしょう?」
 ――敵意に、敵意で、返す。
「私にはわからない? わかりっこない? ――それはローラが私に、そうであって欲しいだけでしょう?」
 嘲笑には冷笑を、
 羨望には侮蔑を、
「私が強いからわからない? ヴィヴィオが強いからローラの思いを理解出来ない? ――それはあなたがそう望んでいるだけでしょう?」
 そして雫ちゃんは、ことの成り行きに呆然としていたヴィヴィオの肩をいきなり抱き寄せ、
「きゃっ!?」

「ヴィヴィオはローラの友達なのでしょう?」

 ――言った。
「ヴィヴィオは、少なくとも……そんな弱いあなたを理解したいと思っていますよ」
 それこそ、悪魔みたいな笑みを浮かべて、
「…………ぁ」
 それこそ、今にも泣き出しそうな顔になったカローラちゃんに、
「ローラ。やはり、あなたは間違えていますよ」
 雫ちゃんはどこまでもカローラちゃんの敵役のまま、
「だって――」
 声音だけを優しいそれにして、

「――……あなたはもう、ひとりでは無いのですから」

 静かに、告げた――。

 ◇◆◇◆◇

 ――言葉はきっと、誰もが使える魔法なんだと思う。
「ぅっ、ぅぅ……ぐす……!」
 たぶん、
 ……きっと、
 カローラちゃんはその魔法を待ってて、
「……ぅぅ……、ぅっ……!」
 だから、
 ……きっと、
 雫ちゃんはその魔法を知っていた。
「……ヴィヴィオ」
「ふぇ……?」
 雫ちゃんの言葉でとうとう泣き出しちゃったカローラちゃん。そしてそれに釣られて泣きそうだったヴィヴィオを、雫ちゃんはいつもの無表情で見つめて、
「そこの泣き虫を……頼めますか?」
 小さく、零すように言った。
 それに、「うん……!」とヴィヴィオは涙目だけど笑顔で頷いて、
「うん!」
 もう一回、大きく頷いて返した。
 ……ああ、雫ちゃんってやっぱり優しいなぁ。

 ――ヴィヴィオは感動してた。

 カローラちゃんの……たぶん、一番欲しかった言葉……なんだろうな、さっきの……。

 ――だから、雫ちゃんの言葉の真意を知るのに遅れた。

 ……うん! ヴィヴィオはカローラちゃんの友達だもん。

 ――だから、きっと……この後に起きることは、全部ヴィヴィオのせい。

 ……それに雫ちゃんのことだってヴィヴィオは――

 ――ヴィヴィオがやっぱり、この中で一番強くて……弱かったせい。

「ヴィヴィオ――」

 ――後になって、気付く。
 いつも。
 ……あの時も。
 そして……この時も――

「ん?」
 首を傾げている暇があれば、逃げれば良かった――……なんて後悔出来るのはヴィヴィオがまた、大切な人を傷付けた後で、
「――――」
 カローラちゃんの気配の変化に、どうして気付けなかったんだ――……そうやって自分を責められるのもやっぱり、ヴィヴィオが犠牲者を出した後で、
「――動かないで」
 その言葉も、
 いつの間にか椅子に座らず――傍目からは椅子に座っているようにしか見えない格好になっていた雫ちゃんのことも、
「あなた達は私が護るから――」
 ヴィヴィオがその意味を理解するのは――



「――てめーが『聖王の器』か?」



 ――……いつも、守られ、傷付けた後。

 ◇◆◇◆◇

 その男の人は、いつの間にかヴィヴィオの隣に立っていた。
「…………え?」
 呆然と振り向いて――思考が停止した。
 その人はたぶん魔導師で、着ている甲冑付きの灰色のコートは彼のバリアジャケット。歳は三十半ばぐらいでボサボサの茶色い髪と瞳が印象的な、たぶん強面と称される部類の顔。
 だけど、そんなことヴィヴィオには映っても映らない。まったく理解出来ない。
 わからない。
 どうしてこんな時に、この人がヴィヴィオの前に居るのか。なんでよりにもよって今なのか。
 ヴィヴィオはわからない。
「……どうやら本人みてーだな」
 店内の空気が――一変する。
「てめーがあの『JS事件』を引き起こした元凶なんだろ? ――『聖王の器』」
 今まで心安らげる音楽は警報へと変わり、
 今まで雑談を交わしていた人たちの声は悲鳴となり、
 照明が消え、出入り口はシャッターで塞がり、

 そして――店内に広がる『アンチ・マギリング・フィールド』。

「……ま、悪く思うな」
 ……わからない。
 わからないけど…………わかる。
 こんな見ず知らずの人が、なんでヴィヴィオに銃口を向けているのかは……わかる。
「オレもてめーの舟で仲間ぁ殺されてんだ」
 わかる。
 この人もきっと――……ヴィヴィオの被害者。
「だから死――」
 …………ヴィヴィオは瞳を、閉じる。
 ただ、「ごめんなさい」と心で呟いて――……わたしはこの裁きを甘受する。
 そして――



「――少しは空気を読んでいただけませんか?」



 ――雫ちゃんは動いた。
「なっ――!?」
 ヴィヴィオがその声に目を開けるのと、
 シャキィン、と。雫ちゃんの小太刀が彼の持つ銃を切り捨てるのが同時。
「――――」
 そしてまた――空気が、一変する。
「な、なんだぁてめーは!?」
「おい、まさかそのガキ……!!」
「ま、魔導師か!?」
 このレストランを占拠し、『AMF』を張った彼らからは驚愕混じりの敵意を、
「か、管理局の方ですか……!?」
「た、助けて下さいっ!!」
 そしてこの事件に巻き込まれた被害者たちからは安堵と期待の眼差しを、
「――失礼」
 雫ちゃんは一身に受けながら、臆さず慌てず、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、
「先に訂正を。私は管理局の魔導師ではありません」
 敵意を、期待を向けるすべての人間に隔てなく無表情を向けながら告げる。
「だ、だったらてめーはなんだ!?」
 対して直前までヴィヴィオに銃口を向けていた男の人は怒気も露わに怒鳴り返す。
「てめー……! こんなことしてただで済むと――」
 しかしその言葉を、
「失礼」
「――ッ!?」
 雫ちゃんは黙って聞いていない。テーブル一つ分の距離を瞬きの内に飛び越え、男へと肉迫。彼が駄目になった銃を捨て、懐に手を入れる間に――

「ただで済まないのはあなた方の方です」

 ――凛と、告げる。
「ごッ――!?」
 俊足の回し蹴り! それによって吹き飛ぶ男!
 ガシャァアアア――――ッ!! テーブルを、椅子を巻き込み、盛大に転がる彼を雫ちゃんは無表情に――だけどヴィヴィオには怒り心頭の表情に見える顔で見下ろし、
 そして――

 雫ちゃんから本気の殺意が放たれる!

「「――――ッ!!」」
 息を呑んだのは果たして誰だったか。
 狂騒が満たしていた筈の店内を満たす静寂。その原因たる冷気が錯覚だと気付けた人間が、果たして店内に居ただろうか。
「……ここに居るすべての人間に、先に申し上げておきましょう」
 その空気の中。その冷気を纏いし殺意放つ剣の輩は、凛と告げる。
「死にたくなければ動くな」
 帽子を脱ぎ捨て、長い髪を流し、
「私に敵意を向けた者から――斬る」
 その髪をゆっくりとした動作で結い上げながら、
「そこに例外はありません。この事件の首謀者、共犯者、被害者問わず――ここに居るすべての人間を、私は殺す」
 その一挙手一投足を、ただ眺めていることしか出来ない人たちに向けて、告げる。
「よく聞きなさい」
 そして月村雫は――笑う。
 冷ややかに、どこまでも冷ややかに、笑って告げる。
「私は正義の味方でも偽善者でも無い」
 すべての凍り付く観衆の中心で、少女は冷然と宣言した――。

「故に――誰に敵対したか、地獄で後悔しなさい」








次話/前話

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《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》11

《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》









 ランチタイムを過ぎているとは言え、そのレストランは未だ盛況であった。
「――……それがスバルさん?」
 そんな店内の中央、やや右寄りの席に座る少女――高町ヴィヴィオとその向かいに座る少女――カローラ・エルグランドは、周りの騒がしさなど嘘のように静かに、重く、言葉を交わしていた。
「…………なるほど」
 そしてそんな二人の、仕切りを挟んだ斜め後ろの席に座し、月村雫は小さく零した。
 いつもは一つにまとめて結い上げている黒い長髪を背に流し、白いニット帽と暖色系の上下を纏う彼女に、ヴィヴィオはともかくカローラは気付いていない。
 正確には、カローラは雫の存在には気付いているが、それが月村雫であるとは思っていない。そのために雫は気配からして別人を装っている上になるべく自然体となるよう心掛けていた。
 カローラの鋭敏な知覚は、特に敵意や一定以上の不自然な気配にこそ敏感だが、このように賑やかな場ではその認識力も鈍る。そして、仮に見つかったとしても常とは違う格好であれば視力の劣る少女には雫と気付かれない――そこまでを計算し少女ら二人を配したのは、他ならぬ雫に話を振ったヴィヴィオであった。
 ……ヴィヴィオも余計な苦労を背負う性格ですね。内心で僅かに苦笑し、若干冷めてしまった珈琲に口を付ける雫。
 彼女は先日の模擬戦でヴィヴィオに敗した。そしてこれは、その罰ゲーム――と雫は思っているが、ヴィヴィオには勿論そんなつもりは無い。
 勝つつもりであった模擬戦で僅差で負けた少女の再三に渡る再戦要求――それに辟易したヴィヴィオが、どうにかカローラと仲直りしよう、雫とカローラを少しは仲良くさせようと考え、そして現状へと至っていた。
「……そうです。そしてそれが……、私を今の私とした出来事です……」
 互いのことをもっとよく知り、仲良くしよう――それがヴィヴィオの狙いだが、
「……正直、想像し難いですね」
 雫はカローラの過去を聞き、率直な感想を漏らす。
 テロリストに対し自分は悲しいぐらい無力だった。そして助けが入ることが無ければ助からなかったと語るカローラ。
 対し、物心付く前から剣を手に雫は修練し続けていた。故に、同じ十歳児でも実力は雲泥。一年前の雫は既に並の成人男性が束になってもかなわないぐらいの実力を持っていた。
 そしてだからこそ、月村雫には無力を嘆くカローラ・エルグランドの苦悩と絶望を想像し難い。無力だったという両親や兄弟にしてもそう。雫の家族は皆、幼少の頃からの研鑽により人並以上の実力を有しいた。
 故にカローラの語る悲劇に対しての感想は『自業自得』という辛辣な一言のみ。強くなろうとする努力を怠ったが故の事故というのが雫の率直な感想であった。
「……じゃあ、前に言ってた、カローラちゃんの命をかけてでも守りたい、大切な人って――」

 ――しかし、雫はこうも思っていた。

「――……私は両親を殺してしまった。だから……私は、この身にかえてでも……ミラを、守らなくちゃ……いけないんです」

 ――その絶望に対する姿勢には共感出来る、と。










第六話 襲来








 瞳を閉じて、想像する。カローラちゃんのその時の思いを、その時からの思いをヴィヴィオは想像する。
 そして、そうして、ヴィヴィオはゆっくりと瞳を開けた。
「……でもね、カローラちゃん」
 ヴィヴィオは静かに、告げる。
「それでもやっぱり……、ヴィヴィオはカローラちゃんが間違ってると、思う……」
 ヴィヴィオは……否定する。
 カローラちゃんの思いを想像し、カローラちゃんを形作った過去を聞いてなお、ヴィヴィオは否定する。
「……そう、ですか」
 そしてそれを聞いて、カローラちゃんは僅かに苦笑した。『やっぱり他人にはわからない』と自嘲するように、儚く笑って言った。
「……いいんです。もともと私もヴィヴィオさんに理解して――」
 その諦め混じりの言葉を――
「――カローラちゃん、なんで焦ってるの?」
 ――遮って、問う。
「え……?」
 目を丸くするカローラちゃん。その驚愕と動揺に揺れる瞳を真っ直ぐに見つめて、言葉を重ねる。
「……カローラちゃんがどうして頑張ってるのか。どうして必死になって強くなろうとしてるのかは……なんとなくだけど、ヴィヴィオだってわかる」
 カローラちゃんは言った。死を前にして生を悟ったって。死ぬのならカッコ良く生きたいって。
 ヴィヴィオは想像する。
 無力を嘆いた少女が大切な家族を命懸けで守ろうと努力する。今度こそ自分が、憧れた存在のように弟を助けたい。
 そのために強さを渇望する。純粋に、そして貪欲に、あの日憧れた彼女の強さを求めて足掻く。
 ……そこまでは想像出来る。そう考えるようになる過程も納得出来る。
 だけど――

「…………なにか、隠してるよね?」

 ――その『焦り』の理由がわからない。

 カローラちゃんはまだヴィヴィオに『それ』を隠してる。
「……………………」
 『それ』は『線』。
 『それ』は他人に踏み込んで欲しくない、カローラちゃんの心への『境界線』。
 だから――
「……ヴィヴィオもね、強くなりたかった」
 ――ヴィヴィオは先に『それ』を示す。
「ヴィヴィオもね、すっごく辛くて、苦しくて……死んじゃうって――死んじゃいたいって時に助けてもらったんだ……」
 他人の心に踏み込む――その代価に、ヴィヴィオは自分の『罪』を語る。
「だからね、わかるよ……。ヴィヴィオも憧れたもん。強くなりたいって思ったもん……」
 ……そう。カローラちゃんの語る悲劇の発端――『JS事件』のヴィヴィオは……当事者。
 それもママたちの敵……。あの事件の、ヴィヴィオはたぶん要だった……。
 そしてヴィヴィオは……なのはママと、戦った。
 本気の本気で、ヴィヴィオはなのはママを……倒そうと、した。
 そして――

 ヴィヴィオはなのはママに救われた。

「……ヴィヴィオはなのはママの――本当の子供じゃない」
「――――ッ!!」
 息を飲むカローラちゃん。
「……だから、ってわけじゃない。そんなの、理由になんない」
 視線を外す。
 口元に浮かぶのは、たぶん自嘲の笑み。
「ヴィヴィオのママは強くて、カッコ良くって……だから純粋に、憧れた」
 瞳を閉じれば、いつも浮かんでいた憧れのママたち。
 なのはママもフェイトママも、ヴィヴィオの憧れで理想。ヴィヴィオが目指す、強くなりたい理由。
「強く、なりたかった。強くなるって、約束した。ママみたいになりたいって、思ってた」
 勿論、カローラちゃんの過去とは違う。絶望の質が違う。
 わかってる。どっちが辛かったかなんて考えてない。ヴィヴィオが辛かったからってカローラちゃんの思いを理解出来るなんて言わない。
 ヴィヴィオはカローラちゃんの過去を否定しない。カローラちゃんの過去と自分の過去とを比べたりしない。重ねたりなんて、しない。
 だからこれはヴィヴィオの過去。だからこれは、ヴィヴィオが想像して感じた差違。
 だから――
「……だから、強く、なったよ」
 ――それが『罪』だと感じるのもヴィヴィオだけ。
「……強く、なったんだ」
 ――そう、ヴィヴィオは強くなった。
 なのはママから直に空戦を。
 フェイトママから直にミッドの魔法を。
 アルフと何度も模擬戦をやって、ヴィヴィオは強くなった。
「……それこそ――」
 自嘲の笑みを浮かべて、告げる。

「――なのはママを殺しかけちゃうぐらい、ね」

 ◇◆◇◆◇

 ――強さを求めた、それが結果。
 他者を傷付けるちからを欲した、それが末路。
 分不相応な強さ。強すぎるちからは、それが強ければ強いほど、跳ね返れば大切な人を傷付ける原因になる。
 だから――ヴィヴィオは強さを求めなくなった。強すぎるちからを忌避するようになった。
「……ねえ、カローラちゃん。カローラちゃんは強くなりたい?」
 仄かに笑って、ヴィヴィオは言葉を紡ぐ。
「ヴィヴィオみたいに――ヴィヴィオなんかより、強くなりたい?」
 カローラちゃんの話を聞いても考えは変わらない。強くなりたいって思う動機は理解出来るけど、ヴィヴィオはもう強さを求めることを肯定出来ない。
 強くなりたい? 強くなって大切な人を守りたい?
 ……違う。そんなの、出来っこない。
 誰かを守るために求めるのは強さなんかじゃない。誰かを傷付けるちからを求めたって大切な人を守れっこない!
「ヴィヴィオ、さん……」
 言葉を無くすカローラちゃんを見つめて、ヴィヴィオは血を吐く思いで告げる。
「……強くなりたいっていうのはわかるよ。みんな、たぶんそう思ってるもん」
 ……だから本当は、間違ってるのはヴィヴィオなのかも知れない。ヴィヴィオだけが間違えたのかも知れない。
 だけど――
「……でも、カローラちゃんの姿勢だけは肯定出来ない」
 ――ヴィヴィオはそれを推して、否定する。
「カローラちゃんの目が良くないって聞いた」
 真っ向から、その眼鏡の奥を見据える。
「それはカローラちゃんが強くなりたいから――じゃない」
 彼女の『線』の向こうへ――

「強くなりたいなんていうのは目的じゃなくて――過程」

 ヴィヴィオは――踏み込む!

「カローラちゃんは強くなった先を、目指してる」

 キッカケは、聞いた。
 今のカローラちゃんを形作った事件も、聞いた。
 だから――踏み込める。
「カローラちゃんは焦ってる」
 想像出来る。
 共感出来る。
「それこそ、まるでもう……時間が無いみたいに」
 わたしたちは似てる。
「ミラちゃんが……理由、なんだよね……?」
 だからこそ、確信をもって言える。
 カローラちゃんが強くなろうとした理由。カローラちゃんが一番に考える存在。
 それがきっと――



「――失礼」



 ――そして、三人目の少女が現れた。
「――――っ!?」
 それを見て息を飲むカローラちゃん。いきなり二人の横に現れた長髪の少女を――月村雫ちゃんをギョッとした面持ちのまま見つめた。
 それに対しヴィヴィオは、
「…………………………………………あ」
 雫ちゃんの出現に目を丸くしつつ――『ポン』と、手を叩いた。
 そして――雫ちゃんの目が氷点下になりました。
「……ヴィヴィオ。あなた、まさか私の存在を――」
「あっ、あははー! しっ、雫ちゃんったらもう、いきなり現れてビックリしたよー!!」
 若干瞳を細めてヴィヴィオを睨む雫ちゃんから視線を逸らして口早に言う。うわぁ……そう言えば雫ちゃんのこと呼んでたよ……。カローラちゃんのことでいっぱいいっぱいだったから、すっかり忘れてた……。
 果たして雫ちゃんは、そんなヴィヴィオの内心を知ってか知らずか――……たぶん完全に気付いていながら雫ちゃんはヴィヴィオの心の声を聞き流して、さっさと二人の間にあった席へと着いた。
「……どうしましたか? なんだか格好が、いつもとは違うようですが……?」
 そんな雫ちゃんに対して早くも不機嫌なオーラを発しつつカローラちゃん。
「これは驚きました。まさか私のことをあなたがいつも見ていたなんて知りませんでしたよ、ミス・カローラ」
 対し真っ向から切り返す雫ちゃん。……ああ、やっぱりこの二人って犬猿の仲なんだぁ。視線が火花を散らしてる……。
「……まさか、喧嘩を売りにわざわざ来たんですか?」
 あぅ〜……どうしていきなり空気が一触即発の険悪ムードになってんのかなぁ……。
「……それこそまさかですね」
 果たして、睨み合う二人に頭を抱えんばかりのヴィヴィオを置いてきぼりに、
「私はただ、ヴィヴィオの『勘違い』を正しに来ただけですよ」
 カローラちゃんと雫ちゃんは口論し――って、え!?
「し、雫ちゃん!? ヴィヴィオの勘違いって――」
 目を丸くして雫ちゃんに詰め寄るヴィヴィオ。
 それを、
「――待って下さい!」
 一転して余裕を無くしたカローラちゃんの悲痛な声が遮った。
「え……?」
 その声が、あまりにも切羽詰まったものだったのでヴィヴィオは目を丸くする。
「……あなたは何を話すつもりですか?」
 地の底から響くような声でカローラちゃん。
 今までのどこか喧嘩腰だった態度から一転。カローラちゃんはまるで親に叱られる直前の子供みたいな目で雫ちゃんを睨みながら歯を食いしばって言った。
「あなたは……どこまでご存知なのですか……?」
 ……カローラちゃん?
 ヴィヴィオはカローラちゃんの態度に首を傾げ、視線を雫ちゃんへと向けた。
 そして――
「ヴィヴィオ、カローラ・エルグランドは焦ってなどいません」
 ――雫ちゃんは、告げる。
「雫さん!!」
「ヴィヴィオは彼女が強くなろうとした理由を勘違いしています」
 カローラちゃんの叫びを無視して、
「良いですか、ヴィヴィオ。そこの馬鹿は――」
 雫ちゃんは怒気も露わに、

「――ただ、死にたがってるだけですよ」

 少女の思いを糾弾した――。








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《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》10

《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》








 ◇◆◇◆◇

「――……それで、どうなったんですか?」
 明けて翌日の昼過ぎ。恒例の見学会も済ませたヴィヴィオとカローラちゃんは、今、近くのレストランで二人、向かい合わせの席に座って少し遅めの昼食をとっていた。
「えっとね……なんて言うか……」
 話題は昨日の、雫ちゃんとの模擬戦のこと。
「……勝ったのですか?」
 カローラちゃんと早く仲直りしたくて、今日は彼女を昼食に誘ったんだけど……なんで話題がこっち方面に行ったのかは察して下さい。
「……………………うん」
 ……ごめんなさい。話題に困ったヴィヴィオが口を滑らしちゃいました。
「一応、勝ったのはヴィヴィオ……みたい」
 歯切れ悪く、どこかぎこちない笑みを浮かべてヴィヴィオ。昨日の模擬戦の結果は……じつはあんまり覚えていない。特に雫ちゃんが本当に最後の土壇場で挑発してきた後なんて殆どサッパリ記憶に残ってない。
「えっと……ヴィヴィオは最後に雫ちゃんの攻撃に合わせて『聖ぉ――ぼ、『防御の魔法』を使いつつ魔力を拳に乗せて一撃。それでもともと防御力が低かった雫ちゃんはノックアウト――」
 ……したらしい。
「で、それと殆ど同時にヴィヴィオも気絶しちゃって――」
 ……雫ちゃん曰わく、僅差でヴィヴィオの勝ちなんだとか。
「……だから、じつはあんまり覚えて無いの」
 ……と言うか、雫ちゃんの挑発してきた後から既に記憶に全く無いんだけどね。
 ヴィヴィオは「あ、あはは……」と乾いた笑みを浮かべつつ頭をかく。う〜ぁ〜……カローラちゃんの瞳が微妙にジト目になってるような……。
 そして、どこか釈然としない面持ちをヴィヴィオに向けていたカローラちゃんは、
「……はぁ」
 果たして、重いため息を一つ吐き出し、
「やっぱり……ヴィヴィオさんは凄いです……」
 一転して、どこか眩しげな眼差しをヴィヴィオに向けて言った。
「あの雫さんに勝てるなんて……」
 やっぱり凄い。そう零して落ち込んで行くカローラちゃんに「ぇ、あ、でも……!」と少し慌ててヴィヴィオ。両手をぶんぶか振りつつ、ぎこちない笑みを浮かべて、反論。
「だ、だけど、ヴィヴィオが勝てたのはまぐれみたいなものだよ!? だ、だって雫ちゃん、なんだかんだでスッゴく手加減してくれてたみたいだし……!」
 ……そう。本気で行く――そう言いながら、雫ちゃんはずっと手加減していた。
 ただそれは、もしかしたら手加減とは違うのかも知れないけど――……少なくとも雫ちゃんはヴィヴィオを殺すつもりでは戦っていなかった。
 模擬戦だからじゃない。そんなのが理由になんてならない。
 だって相手はあの雫ちゃんだもん。模擬戦だろうと本気でやるからには真剣にやるはず。それでなくても雫ちゃんの使う剣術は一撃瞬殺を前提としたもののようにヴィヴィオには映ったし、そもそも威力より速さを追求している時点で長期戦を想定していないとわかるもん。
 だから雫ちゃんは手加減していた……と思う。模擬戦中、雫ちゃんから本物の殺気なんて感じなかったし、なんだかんだで注意を促してくれたりしてたから、たぶん本気じゃなかった……はず。
「……ですが、ヴィヴィオさんは……雫さんに、勝ちました」
 カローラちゃんはヴィヴィオの言葉を受けて尚、揺るがない。
「それが、どんなに大変かは……ヴィヴィオさんも、お気付きでしょう……?」
 おどおどとした自信無さげな物言いながら、カローラちゃんは自分の考えを翻さない。
「それは……」
 そしてそんな風に強い意志を持たないヴィヴィオは、それ以上の反論を出来なくなる。
「……そだね」
 ヴィヴィオはたまらず視線を逸らす。
 ……雫ちゃんに勝つという大変さ。
 カローラちゃんの言う通り、それはヴィヴィオも気付いてた。
 雫ちゃんに勝つ。彼我の実力差は言うに及ばず、恐らくはその場合で一番問題となるのが雫ちゃんの思考ロジック。
 勝利への飽くなき意志。
 勝つためには手段など二の次。勝利という結果を大前提とし、そのためならいくらでも外道な戦略をも取るというスタンス。
「……たしかに雫さんは、ヴィヴィオさんの言う通り……終始、手加減をされていたのかも……しれません……」
 たぶんカローラちゃんは、そんな雫ちゃんのスタイルをヴィヴィオなんかよりずっと理解してる。
「……ですが――それで雫さんが負けるのは……おかしい」
 だから、その言葉にヴィヴィオは反論出来ない。
「……雫さんが、自分で手加減を選んだのであれば……彼女はそれで勝つつもりだった……はずです……」
 ずっと、カローラちゃんは雫ちゃんを敬遠していた。どんなことをしてでも勝とうとする雫ちゃんを嫌悪すらしていたと思う。
 そしてそんな、正々堂々と戦って勝とうとする真っ直ぐなカローラちゃんを雫ちゃんも嫌ってた。二人はそれこそ犬猿と呼べるほどに嫌いあい、互いの信念を否定しあっていた。
 ……だけど、
「雫さんは……勝てると思っていたんです……。最後の、ヴィヴィオさんの攻撃を……受けるまでは……」
 そんな二人は、その信念の違いから互いを認めていた。時に互いにその思いを嫌悪しあうからこそ、その揺るぎない思考ロジックを認め合っていた。
 対照的――そうであるからこそ、二人は互いの思いを否定しあい、誰よりも深く知り合っていた。
「……ヴィヴィオさん」
 そして、
「ヴィヴィオさんも……そのことには、気付いていましたよね……?」
 その二人の関係と同じような位置に――ヴィヴィオも、居た。
「……そだね」
 苦笑する。……そだね。確かにヴィヴィオだって気付いてたよ。
「カローラちゃんの言った通りだと、ヴィヴィオも思うよ」
 カローラちゃんと雫ちゃんが、互いを深く知り合っているように――……ヴィヴィオも知り合ってからまだ間もないはずなのに、それでもわかる。
 カローラちゃんの意志を、
 雫ちゃんの信念を、
 その二人の思考ロジックを否定するが故に、ヴィヴィオは二人の思いをより深く捉えられていた。
「……たぶん、勝つつもりだったんだと思う」
 あの時、雫ちゃんが行った最後の挑発。そしてそれに対するヴィヴィオの反撃。
「……本当に、その最後の瞬間までは――」
 ため息を挟んでから、言葉を次ぐ。
「――ヴィヴィオの方が下だったんだから、ね」

 ◇◆◇◆◇

 私たちは似ている――そう言った雫ちゃんの思いを、今のヴィヴィオは、たぶん誰よりも理解出来た。
 少し前まで、ちょっとクールな従姉妹ぐらいにしか見えなかった月村雫ちゃん。この春からコッチの事情で話したり模擬戦をしたりして徐々に知り合うようになって、その認識は一変した。
 ――模擬戦やります。
 マンションの屋上での再会、そしていきなりの模擬戦。
 魔法を使えない。デバイスすら使わない。その上で二対一。そんな条件下にあって尚、その知略と戦術によって勝利して見せた雫ちゃん。
 ――同族嫌悪。……あの子は私と、よく……似ていますから…………』
 局の模擬戦中にヴィヴィオと話してくれた雫ちゃん。カローラちゃんのこと、カローラちゃんとのことを吐露し、教えてくれた雫ちゃん。
 ――ヴィヴィオ。あなたを私は――倒します!
 昨日の模擬戦。上位のミッド式魔法はおろか古・近代ベルカ式に空戦、レイジングハートを使った上に『聖王の鎧』まで使わされ、挙げ句にツクヨミモードまで使わされてしまった、本当に久しぶりの模擬戦と呼べる模擬戦で、
 ――あなたは感じませんか?
 余裕で空戦Bランク以上の力を出すヴィヴィオと互角以上に渡りながら雫ちゃんは言った。『感じませんか?』って――『私の意志を感じないか』って、訊いてきた。
 ――私たちは似ている。
 似てる。
 今ではヴィヴィオもそう思う。
 そして、それは――

 ――助けてもらった、その時に見た彼女が眩しくて……憧れた。

 カローラちゃんも、同じ。
 だから――

「――ねえ、カローラちゃん」
 ヴィヴィオはカローラちゃんを真っ直ぐに見つめて、問う。
「もしよければ……カローラちゃんが今のカローラちゃんになったわけを、教えて?」
 ――ヴィヴィオたちは、似てる。
 そしてたぶん、だからこそヴィヴィオたちはみんなこう感じてると思う。
「…………少し、長くなってしまいますが」

 ――そのキッカケこそが三人を三者三様とした理由。

 三人の思いをわけた、分岐。

 三人を近付けた、差違。

「……うん」

 ――だからこそ、わたしたちは知り合うことを望んでいた。

「……聞かせて、カローラちゃん」

 ――目の前の彼女はもう一人の自分だから、

「…………はい」

 ――聞きたい。

 どうしてこんなにも違ってしまったのかを。

 聞いて――否定したい。

 そう思いあい、感じあい、

「……今から三年ほど前」

 ――果たしてカローラちゃんは語り出す。

 もう一つの絶望のカタチを――。

 ◇◆◇◆◇

 ――新暦0076年。
 それは私――カローラ・エルグランドが十歳の時のある日。家族みんなで、初めて海外旅行に行った帰りのことです。
 それまで私たちはみんなで海外になんて行ったことがありませんでした。
 だから行きの飛行機も、帰りの大型客船も初めてで凄くワクワクして、移動だけでもとても楽しかったです。そして何より、旅行もそうですが、いつもいない両親と久しぶりにどこかへ行ける、ずっと一緒にいられる、そのことがとても楽しかったですね。
 私の両親は当時、局の地上部隊で二人とも管制官をしていました。これは贔屓目かも知れませんが、私の両親はともに真面目を絵に書いたような人たちで、頼まれれば休日だって出勤していました。
 だから、二泊三日というその旅行は輝いてました。楽しくて楽しくて、帰りの船へと乗る直前に少し泣いてしまうほど、その旅行は楽しかった。

 ――その帰りに、とあるテロリスト集団が客船をジャックしなければ。

 後から知ったことですが、たまたまその客船にはミッド地上部隊の偉い人がいたらしく、そして彼らはあの『JS事件』によって家族を失ったと言っていました。「『JS事件』は局が原因だ。局が報いを受けるのは当然だ!」と声高に叫んで……みんなの目の前で、その家族を殺しました。
 彼らはそして、残った、たまたま居合わせただけの旅行客全員を人質に、更に地上部隊の偉い人を呼ぶように脅したそうです。
 そして航路を変えさせ、局と交渉すること約半日。しびれを切らした彼らは見せしめとしてまた一人、なんの関係もない人を――殺しました。
 そしてそのことで、その殺された人の連れの、たぶん奥さんだろう女の人が半狂乱に叫びました。
 どうして彼を殺すんだ。彼は関係無い。全部局員が悪いのに。どうして彼が殺されたんだ、と。
 そして次の瞬間――その女の人も殺されました。
 理由は、うるさかったから。ただそれだけの理由で彼らは彼女を殺しました。
 ……こう言ってはなんですが、そこまでは他人事でした。確かにとても怖かったですが、まだ人質はたくさん居ましたし、私はまさか自分たちがそうなるなんて思ってもみませんでした。

 ――次の瞬間、周りの同じ人質の人たちが私たちを売るまでは。

 先にも言った通り、私の両親は確かに局員です。
 でもそれを理由に殺されるなんて思わなかった。それもよりによって同じ人質の方たちにテロリストへ売られるなんて思わなかった。
 私はその時、『他人事だった』というその認識を恥じました。
 それは究極的に、自分以外の人がどうなろうと、自分が大丈夫なら構わないという思考。
 ……それはなんと醜い。なんと浅ましい思考でしょう。
 私はそれまで、ただ死にたくなかった。
 だけどその日、その瞬間に生きるってことをなんとなく知りました。
 ……おかしく聞こえるかも知れません。殺されようとしている、その瞬間に生き方を悟るなんて。
 だけど、周りの、自分さえ助かれば誰が死んでも構わないという彼らを――自分の悲しみを他者を傷付けることでしか晴らせない彼らを見る内に、決めました。
 せめて潔く死のう。カッコ良く死のう、って。
 ……私は諦めていたんです。
 覚悟を決めたんじゃありません。死を受け入れたんでもありません。
 ただ私は、もう怖がるのが嫌で……彼らがあまりにも人を簡単に殺して見せるから、私は彼らに殺されることで現実から逃げようと思いました。
 だから私は、彼らに言いました。

 ――「やられたからやり返すなんて、まるで子供ですね」と。

 目に見えて激昂する彼らを前に、私は瞳を閉じました。
 だけど――私は死ななかった。
 母が私を庇ってくれたんです。
 そして父は、勇猛果敢にも彼らの一人へと特攻していました。
 その時、両親は言いました。
 生きて、と。ミラをお願い、と。
 ミラというのは私の四つ歳の離れた弟の名前です。……お恥ずかしい話ですが、そう言われて初めて、私は傍らで呆然と立ち尽くす弟の存在を思い出しました。
 ミラは震えていました。恐怖からでしょう。いつも元気いっぱいだったミラの顔色は蒼白で……私は今までこの子を放っていたことを心底悔やみました。
 そして、混乱が起きました。
 父がテロリストの一人から武器を奪って人質の方へ投げたようです。
 今にも死にそうな母は「今の内に逃げろ」と言いました。今まさに殺されようとしていた父も「逃げろ」と叫んでいました。
 だから私はミラの手を引いて逃げました。
 混乱と絶叫に背を向けてそこを出るのと、船が傾いたのはほとんど同時でした。
 どうやら船は大きな嵐にあって転覆しそうだったみたいです。
 私はぐらぐらと揺れる船内をがむしゃらに駆け回りました。
 テロリストが怖くて止まれなかった。同じ人質だった人だって信用出来ない。周りの人は全部敵で、小さな弟を守れるのは私だけ。
 外は嵐。船は沈みそう。周りの全部が敵。光源を失った暗い船内は軋みを上げ、不吉に揺れていて。
 ……狂いそうでした。
 正直、泣き叫びたかった。さっさと諦めて、いっそ終わってしまいたかった。
 でも弟のために我慢しました。弟に必死に笑いかけました。
「……大丈夫だよ、お姉ちゃんがついてる」
 ……その言葉にちからはありませんでした。
 その時の私には、これっぽっちもちからがありませんでした。
 それでも私は、両親のために弟を助けたかった。私の言葉で殺されてしまった両親のために、弟だけは死なせたくなかった。
 ……だけど、
「…………助けて」
 暗い通路で、
 弟を抱き締めて、
「……だれか、助けて」
 気付けば私は……涙を流して懇願していました。
「助けて……!」
 私はいいです。
「だれか……助けて!」
 弟を助けて下さい! ミラだけはどうか、助けてあげて下さい!
 ……だけど、
 果たして次の瞬間――

 私たちのいる通路にすごい勢いで水が流れて来ました。

「――――っ!!」
 死んだ、と思った。
 それでも、弟だけは守ろうってミラを抱き締めました。
 そして、
 本当に、間一髪のところで――

『――Protection』

 ――私は、青い奇跡に、出会いました。









次話/前話

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《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》9

《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》







 高町なのはの病室には今、部屋の主たる彼女とその兄の月村恭也、そしてアルフの三人が居た。
「……あ、あのね、お兄ちゃん? さすがに重しを着けたままヴィヴィオと模擬戦なんて無茶だと思うんだけど……?」
 呆れ顔でなのは。白いベッドで上体を起こすようにして座り、眼前に表示された映像を指差しながら隣の恭也に言う。
 それに軽く肩をすくめて、僅かに苦笑して恭也。
「……そうは言うがな、なのは。俺もだが、こちらで言う魔導師ランクというのがどれくらいの実力を示しているのかがイマイチわからないんだ」
 その上、初戦では『それ』を着けたままで圧勝していたしな。そう言ってなのはから画面へと視線を戻す。
 ……しかし、それにしても、だ。
 画面上の、藍色の円陣の上にて仁王立つ娘――雫を見ながら胸中で呟く。ヴィヴィオがそれなりに強いというのは聞いていたが……まさか雫がこうも早く奥の手を使うとは思わなかったな……。
「ま、確かにわかりにくいかもねぇ」
 そんな恭也の内心を知ってか知らずか、ケラケラと軽快に笑ってアルフ。「第一、所詮は目安だしさ」と両手を上げて首を左右に振り、『やれやれ』というジェスチャーをして、
「そーでなくっても、本来あの子は絶対に本気なんて出さないだろうしねぇ……」
 軽く肩をすくめて苦笑する。
「近代・古代のベルカ式にミッド式の推定魔導師ランクがそれぞれ空戦Aランク相当っても……ま、いつもは全部ひっくるめてCランクがせいぜいだし、さ」
 ……だから、珍しいんだよね。そう呟いて、アルフは少しだけ瞳を細める。
 三人は揃って画面を――現在、模擬戦の真っ最中である少女二人を映すそれを見る。
 そしてそこに映る少女の一人――高町ヴィヴィオが相手の黒衣の少女――月村雫によって地面へと落とされると、
「……そろそろ、かな」
 なのはが小さく、零すように告げた。
「久しぶりに見れるかも……。ヴィヴィオのフルパフォーマンスの魔法」









 第五話 ヴィヴィオ





 ひょんなきっかけで始まった、病院の中庭をまるまる使った模擬戦。
「……いたた」
 顔をしかめてヴィヴィオ。地面に膝を着き、強かに打たれた右肩を押さえて、思う。
 ……やっぱり、だ。
 額を流れる汗を拭って、空に居る雫ちゃんを睨み上げる。やっぱり、おかしい。
 ヨロヨロと立ち上がる。……やっぱり、痛いのは雫ちゃんに打たれた肩だけだ。
 さっきの落下によるダメージなんて皆無。そしてだからこそ、
「……すごい」
 頬を冷や汗が伝う。
 やっぱり……すごい。
 ヴィヴィオはバリアジャケットは勿論、虹色の光――『聖王の鎧』まで纏ってるのに……雫ちゃんはその防御を無視するみたいにダメージを当てて来た。
 その理屈はわからないけど……雫ちゃんの攻撃はこっちの防御を抜いてヴィヴィオにダメージを与えられるのはわかった。
 だから――
「はは……」
 ――笑った。
 楽しくて、笑えた。
 ワクワクして、ドキドキして、笑えた。
「はは、こんなの久しぶり!」
 楽しい。
 本気の魔法も、空戦も、『聖王の鎧』すらも雫ちゃんには通じない。
 そのことが――楽しい!
「……良いんだよね?」
 『ニィ』って笑って、雫ちゃんに訊く。
「良いんだよね? 本気でやって」
 ――ここには、雫ちゃんとヴィヴィオの二人しか居なくて、
 見ている人なんて、誰も居なくて、
「良いよね?」
 雫ちゃんは強くて、
 雫ちゃんなら、ヴィヴィオが本気でやっても、きっと――

「……勘違いなさらずに、ヴィヴィオ」

 その問いに、雫ちゃんは『ふっ』と僅かに微笑して、
「それを判断するのはあなたです、ヴィヴィオ」
 藍色の円陣の上に立ち、
「あなたが本気を出すか――それを判断するのは他者ではありません。その是非を決める権利は、他者には無いんですよヴィヴィオ」
 僅かに前傾姿勢となって、
「……だけど、そうですね」
 僅かに笑みを瞳に浮かべて、
「私は見てみたいです。あなたの本気を――ヴィヴィオの本当の思いを」
 そして、
「だから――」
 雫ちゃんは、

「――本気で行きますよ、ヴィヴィオ!」

 ――駆け出す!

「……そだね」
 瞬時に浮かぶ藍色の帯――『ウィングロード』と、そこを弾丸のように駆けて来る雫ちゃんを見ながら、
「……うん」
 笑みを浮かべて、
「そだね!」
 ――カートリッジ、ロード!
『Protection』
 ガキィン、と。雫ちゃんの一撃を受け止める障壁! そして――
「――ッ!?」
『Barrier Burst』
 ドン!! 即座にそれを爆発させて、
『Flash Move』
 高速で離脱! そして爆発の衝撃を受け流す雫ちゃんを見つめながら、
「久しぶりの『ツクヨミモード』――行くよ! レイジングハート!!」
 わたしは、笑顔で言った――。
『All right.“Thukuyomi Mode”,Drive ignition』


 ◇◆◇◆◇

 ――……そだね。
 きっと、本気になるとか、全力を出すとかっていうのは……たぶん雫ちゃんの言うとおり、本人が決めることなんだ。
 本人――……わたしが、決めてるんだ。
 これぐらいなら失礼じゃない。これぐらいの強さなら、嫌われない――……そういう線引きをしているのはわたし。そんな枠で囲んで、『ヴィヴィオ』っていう偶像を演じてるのは、わたし。
 そう……わたしが作ってるんだ。
 傷付けたくなくて、
 傷付きたくなくて、
 わたしはヴィヴィオを演じてる。
 強いヴィヴィオを封じ込めて、
 弱いわたしを演じて、
 ――相手に、合わせる。
 強過ぎないように、
 弱過ぎないように、
 相手が、望む……そのままに――。

 ◇◆◇◆◇

 ――白かったバリアジャケットは黒を貴重としたそれへ。
 長かったスカートを短いものへ。ジャケットの上着は消え、レイジングハートの形状も変わる。
「……それが答え、ですか?」
 距離にしておよそ十メートルと少し。雫ちゃんは緊張を一切緩めず、二刀を構えたままで問う。
「……そだよ」
 対して、こちらも笑顔で返す。
「これが、雫ちゃんに対するヴィヴィオの答えの形――レイジングハート『ツクヨミモード』だよ」
 ツクヨミモード――なのはママが主眼に置いている防御力を削って、フェイトママが主眼とする敏捷性上げる、レイジングハートとバルディッシュの間の子のようなこれこそが、ヴィヴィオの答え。防御を抜く、高速戦を主にする雫ちゃんに対する、これがヴィヴィオの本気の形。
「――行くよ!」
 そしてこの形態の最大の利点が――
『Sonic Move』
 ――フェイトママの魔法をレイジングハートを介して使えるってこと!
「!」
 僅かに目を剥く雫ちゃんに一瞬で肉迫! そして、
『Flash Impact』
 レイジングハートに圧縮魔力を乗せて、刺突!
「――面白い!」
 ほんの数センチという差で、完璧に避けて雫ちゃんは――笑った。
「ヴィヴィオ! あなたは面白い!」
 どこまでも自然に。
 本当に、らしくないまでの無防備さで。
「ふふ!」
 雫ちゃんは無邪気に、
 年相応に、
 楽しそうに、笑っていた。
 そして、
「――父様が私をこちらに連れて来た理由が、ようやくわかりましたよ」
 その笑みに、戦意を乗せて、
「ヴィヴィオ。あなたを私は――倒します!」
 二刀を――走らせる!
「っ!!」
『Defenser』
 それをどうにか弾いて――
「――あなたは感じませんか?」
 っ!? ディフェンサーが――切り裂かれた!?
『付加――AMS』
 即座に高速離脱を選択するヴィヴィオ。その瞬間に、また小さな電子音声が聞こえて、
『Sonic Move』
 雫ちゃんの足下に、また瞬間的に浮かぶ夜色の円陣が見えて、
「雫ちゃん!?」
 離した間合いは二十メートルほど。
 だけど――
「私たちは――似ている」
 ――そんな間合いは、雫ちゃんには無いに等しくて、
「強さを忌避するヴィヴィオ」
 瞬時にその距離を詰める雫ちゃん。
『Restrict Lock』
 その動きをバインドで止めようとして――
「強さを求めるミス・カローラ」
『発現――AMF』
 ――一瞬、雫ちゃんを中心として張られた高出力のAMFによって消された! ッ!? マズい! やっぱり雫ちゃんは――
「そして――」
 ――ジャキン! 瞬時にカートリッジをロードし、『聖王の鎧』を強化!

「――強さに縋る、私」

 雫ちゃんの小太刀二刀が閃き、
「……感じませんか、ヴィヴィオ?」
 ギギィ、と。それを『聖王の鎧』で受け――ぐぅ!? や、やっぱり衝撃を通して来る!?
「あなたは本当は――全力を出したいのでしょう?」
 痛みに顔をしかめつつ、僅かに後退。
「手加減などせず、相手のレベルを気にせず――本気を出したいのでしょう?」
 ヴィヴィオは雫ちゃんを睨んで、
「……ヴィヴィオはいつだって本気で――」
『Sonic Move』
 その背後へと回って、
『Flash Impact』
 魔力を乗せた一撃を彼女に――
「――では、ヴィヴィオはこう言うつもりですか?」
 ――雫ちゃんは紙一重でそれを避けて、
「この程度があなたの本気だと――」
 ニヤリと、意地悪く笑って、

「あなたの母親はこんなに弱いのだと」

 告げた。

「あなたが病院送りにしたなのはママは、この程度のヴィヴィオに負けたのだと言うのですか?」

 ――――ッ!?

「……違うと言うのなら示しなさい」

 雫ちゃんは一切の躊躇無く剣先をヴィヴィオへと突き出し、

「あなたの本気を――私に!」

 そして、
 それをヴィヴィオは――









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