嗣希創箱の消閑

小説、落書き、二次創作、etc…。 あなたの暇潰しのお供にどうですか♪ 

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Re:助けて 【目次】

Re:助けて




○ ジャンル

 オリ主、TS、転生、原作知識アリ、魔力アリ、なのはのクラスメート、なのはの友達、クラスの人気者……etc.
 テンプレ設定過多につき注意。













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あけましておめでとうございます (遅っ!?

 まずは、この度の大震災によって被害に遭われました皆様にこころよりお見舞い申し上げます。

 はじめまして、お久しぶりです、こん○○は、嗣希創箱です。

 今回は生存報告も兼ね、なるべく早く、元気を与えられるような、軽い気持ちで読めるような作品を、と思い書きはじめました《Re:助けて》。いかがだったでしょうか?

 ……はい、ぜんぜん早く書き上げられてませんね。申し訳ない。

 いちおうネタは既存のネット小説ではテンプレ過ぎてもはや地雷臭すらただよってそうな、『オリ主TS転生、原作知識アリ』を用い、設定自体もありきたりからありきたりへと走りまくって考える時間を短縮し、読者さまへの説明も減らして感情移入に必要な文字数も削る努力はしました。シナリオも、そんなオリ主の苦悩を描き、わたしなりのテンプレの料理の仕方……みたいなのを売りにするという、それこそ時間がかからないものにし、プロットもそこそこに書き始めました。

 そして――頭を抱えました。

 まず、テンプレ設定による説明や感情移入させるための文章量の軽減とか、書き出してみたらむしろ逆効果すぎて泣けました。

 誰だよ、TSってテンプレ乙とか、ゆとり設定とか思ってたバカは。……まぁ私ですが。とにかく男→女の転生っていう時点で説明が難しい。これで性同一性障害だのホルモン的などうとかならともかく、精神と肉体はいたって正常なのに生まれつき男だった人生の経験を有してる女の子とか……精神構造的にどうなってんの? それ、むしろ私の方が知りたいし! と、これがまず頭を抱えた理由、その1。

 次に、それら記憶を持っての転生について。この設定も、考えれば考えるほど、これだけを主軸に長編が書けそうなほどキツかった。先述のTS設定も併せて、主人公の内面描写、周りからの見え方、葛藤、成長とか……考えれば考えるほど二次の必要性がなくなっていく不思議。それを『原作知識アリ』ってことで無理やり二次小説としての必然性を上げてみるも……この設定だって考えれば考えるだけ話が膨らんでいくという。

 アニメ世界に現実世界から転生する。これだけを見ればよくある設定に映りますし、書くまで私自身も気づきませんでしたが……この「次元を超えた転生」って、深く掘り下げればやっぱりこれまた長編として立派に描けるだけのテーマ性を孕んでます。

 住まう世界はアニメ世界。周りすべてはアニメのキャラ。そんななかでの自身の必然性。アイデンティティ。シナリオを知っているのなら尚更、主人公は苦悩するでしょう。葛藤することでしょう。それを描くだけでも小説としては成り立つことに書くまで気づかなかったダメ作者……。

 私は、書くまではキャラの背景や主要キャラと主人公の相関図などにいたるまでテンプレでもって文字数は減らせると思ってましたし、見せ方にしても「作者がそれなりに考えた、微妙に新しい切り口でのテンプレ」という短編で十二分に表現できるだろう範囲で設定し、書くタイムテーブルにしたって執筆時間はかからないと思ってました。

 それなのに、なんという予想外。テンプレ設定のくせに、内包するテーマ性、ドラマ性の多さ、高さと言ったら! かなり勉強させてもらいましたよ、はい。っていうか、むしろこの設定をうまく料理した長編があるなら私の方が読みたいし――と、まあ長々とした言い訳&愚痴でした。

 はい、そんなわけで。作者がわりと真剣に、ときには七転八倒しながら書きました《Re:助けて》。楽しんでいただければ幸いです。

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6

 ◇◆◇◆◇

 ――きっと、こんなはずじゃなかった。

 金森 尚人の記憶が無ければ。

 わたしがあの日、調子にのってエッチなDVDを見なければ。

 その夜、『俺』に陵辱される『わたし』の夢を見なければ。

 わたしさえ居なければ……きっと、こんなことにはならなかった。

 だから――
「どう、して……?」
 夕方。帰宅途中だろう少女は呆然と問う。
「なんで、いきなりそんな――」
 視線は、わたしが取り出したカッターナイフに向け。わけがわからない、というより、聞き間違いかな? って感じの表情での問いを、
「やり直したいから、ですよ」
 遮り、いつものごとく無意味に笑う。
「この世界は間違ってるです」
 にこにこ。
 ニコニコ、と。じつに滑稽に笑う。
「この世界に佐々岡 蜜柑は必要ないです」
 夕日を背に。潮騒をBGMに。海道沿いの遊歩道にて道化の少女が無様に笑い、今さらなことを語る。
「この世界に、『俺』なんて要らなかったんです。前世の記憶を持った『わたし』なんて、居たらいけなかったんですよ」
 佐々岡 蜜柑は間違いで。
 この世界には不必要だからこそ排除すべきで。
 そして、消し去るのなら、元から無かったことにすべきだ、と。最初の最初っから、佐々岡 蜜柑なんて生まれなかった正しい世界に戻すべきだ、と。
 そのためにジュエルシードをもらう。力づくでも。たとえ、あなたを殺してでも、と。まっすぐに彼女の目を見て告げる。
「み、みかんちゃん? どうしたの? なにかあったの?」
 対するこの世界の救世主たる彼女は、わたしの言葉に混乱しながら問いを重ねる。
「そんな、いきなり自分のこと間違いなんて――」
「わたしの知る『原作』に、『佐々岡 蜜柑』なんてヘンテコなのは出てこないです」
 彼女の言葉を、その困惑ごと遮ってわたしは告げる。
「だから、わたしなんて要らないです。わたしなんて居なくても――……居ない方が、世界はきっと上手く回るです。わたしなんて存在は、初めっから無かったことにすべきだって――」
 そんな一方的な言葉を、

「それは違うよ」

 少女は――高町なのははキッパリと否定しながら遮る。
「みかんちゃん。わたしは、みかんちゃんみたいに大人じゃないし、みかんちゃんが見たっていうアニメのことも知らない」
 でもね、と。もともと数メートルしか離れてなかった距離を手を伸ばせば届くんじゃなかいというぐらいに詰め、わたしの持つあからさまな凶器など眼中に無いとばかりになのはちゃんは言う。
「間違ってるのは、きっとみかんちゃんが見たっていう『そっち』だよ」
 だって、



「なのははみかんちゃんのこと、大好きだもん」



 ……………………え?
 なのはちゃんの、笑顔での言葉に今度はわたしの方が困惑する。
 な、なにを言ってるです?
 『原作』の方が間違い? わたしのことが大好き? ……なんです、それ。意味わかんないですよ。
「……わたしなんて、なのはちゃんに好かれる価値のない人間ですよ」
 ため息を一度。笑みに自嘲の色を乗せ、わたしはことさら優しく、諭すように告げる。
「わたしはね、なのはちゃん。もともと最低な男だったです。根暗でニートで引きこもりで……。そんなだから友だちも居なくって。だから、わたしはこんなふうに『出来てる』ですよ」
 いいですか? と、断り。わたしは『わたし』という性格もしゃべり方も考え方も、行動指針のすべてを前世の自分が適当に作ったものだと話す。
 ……なのはちゃん。
 なのはちゃんが見ているわたしは、だから虚像なんですよ。『俺』が考えてつくった偶像なんです。演技なんです。嘘っぱちなんですよ。
 だから、こんなのははじめっから間違いで――
「嘘だよ」
 ……ふみゅぅ?
 わたしはなのはちゃんの言葉にキョトンとして首を傾げる。
 はい、ですから『嘘』だって言ってるですよ? と、そんなわたしの視線になのはちゃんは苦笑し、そうじゃなくて、と首を左右に振って、
「みかんちゃんの全部が演技っていうのは、嘘だよ」
 少女は、やはりキッパリはっきり迷いなく言い切る。
 って、はい? なに言ってるですかこの子は……?
 ……あれですか? もしかしてなのはちゃん……わたしの言ってることがわかんないぐらい国語がダメダメおばぁかさんだったりし――
「今、なんか失礼なこと思ってるよね?」
 わたしの可哀相な子を見る視線に気づいてか、ジト目になってなのはちゃん。もはや完全にわたしがカッターナイフを手に『ジュエルシード寄越せー!』ってしてるのを忘れてるみたいな態度である。
 って、いやいやいや!
 ちょっと待つです! こ、ここはわたし的に一番シリアスなシーンなはずです。オリ主だったら見せ場なはずですよ。それがどうして、こんなにもアレな空気になってるです?
「い、いいから、とっととジュエルシードを出せやゴラぁですよー!」
 とりあえず仕切り直そう。そう思って、改めてカッターナイフの刃先をなのはちゃんに向けるも、
「やだ」
 なのはちゃん、即答。
 ……これにはわたし、『orz』ってなっても仕方ないと思うです。くずおれて膝と両手を地面に着いてもいいと思うですよー。
「あ、あれ? ……おかしいな、悲しくないのに涙が出るですよー」
 せっかくのシリアスが。人生最大の見せ場が、とうなだれるわたし。
 対してなのはちゃんは、よしよし、とわたしの頭を撫でてくれながら、
「にゃはは。だって、みかんちゃんは――……なのはに、止めて欲しかったんでしょ?」
 サラリ、と。本当に簡単に言ってくれた。

 ◇◆◇◆◇

 思えば、きっと彼女は、初めっからわたしに止めてもらいたかったんだろう。
 きっと、ジュエルシードを使ってやり直したいって思いもたしかにあって。
 だけど、それに伴うリスクも彼女は知っていて。
 だから、わたしのところへ来た。
 他の、わたしがまだ見つけていないジュエルシードを使うのではなく。魔法を使われれば簡単に止められるだろうわたしのもとに。自分はジュエルシードを狙っている、だから止めてほしい、ってメッセージを体現するかのように――と、わたしがみかんちゃんの態度から読み取った事柄を理路整然と説明すると、
「な、なんか、なのはちゃんが頭良さげなことを仰有ってるですぅ!?」
 ひどく失礼な驚き方をみかんちゃんはしてくれました。
 ……うん。ここはわたし、怒ってもいいよね?
「ねえ、みかんちゃん? なのはね、今、新しい魔法を考えててね?」
 その的になってくれないかな? と、ニッコリ微笑んで問うと、ごめんなさいですよー、ってみかんちゃんは土下座。それこそ本気で怯えてるみたいに体を震わせて――って、そこまで怖がるのって逆に失礼じゃないかな!?
「…………もう」
 わたしはため息を一つ。対面する彼女に、それで? 何があったの? と、改めて問う。
「……わたしは、男のひとに触られるとパニックになるです。泣いて泣いて……自分でもわけわかんないぐらい泣いちゃうです」
 果たして、それでようやくみかんちゃんは答えてくれた。
「それがたとえ、お父さんでも。わたしの家族は、わたしがそんなだからバラバラになったです」
 ぜんぶ、わたしのせいなんです。と、そう自嘲するように影のある笑みを浮かべて言う彼女にわたしはたまらず、でも! と反論。
「みかんちゃん、いつも言ってたじゃん。いつかまたみんなで一瞬に暮らしたい、って。そのために内緒でお父さんに会いに行ってるって!」
 いつかは――と、その台詞の途中で。
「その『いつか』がッ! もう来ないんです!!」
 ――初めてわたしは、みかんちゃんの心からの叫びを聞いた気がした。
「お母さんが、再婚するって言ったです。だからもう、お父さんとお母さんとわたしでなんて暮らせないです。そんな『いつか』なんて来ないんです!」
 だから、と。ここで初めて、彼女は笑顔を消す。ここで初めて、わたしは彼女の激情を目にする。
「ジュエルシードでやり直すです。初めから! わたしなんて居なかった世界に! そのために――」
「ッ!? みかんちゃん――!!」
 走る、ナイフの軌跡。
 それを弾く、レイジングハートが自動で張ってくれた桃色の障壁。
「わたしが! わたしなんて生まれなければ!!」
 金属同士を削りあうような音が響く。
 何度も何度も、火花を散らすように少女の手のなかの刃が閃く。
「っっっ! そ、そんなことない!」
 魔法を使うか、躊躇う。
 友だちに、自衛以外の力を振るうことを躊躇する。
「わたしは! みかんちゃんが居たから、アリサちゃんやすずかちゃんと仲良くなれたって――」
「違う!!」
 どうにか否定しようと声を張り上げ――逆に否定される。
「佐々岡 蜜柑なんて居なくても! なのはちゃん達は友だちになれた! そうなった世界を『俺』は知ってる!」
 だから! と、彼女はなおも執拗にカッターナイフを振り回し。
 だから、と。火花散らす刃の煌めきに、彼女の流した思いの滴が混じり出す。
「……わたしに、生きる価値なんてあるですか?」
 少女は凶器を振るう。
「わたしが存在する理由って何ですか……?」
 何度も。何度も。
「わたしは間違いで……」
 その内に溜め込んでいたコトバを吐きながら。知るがゆえの疑問と葛藤を白刃に乗せ、無意味と知りながら腕を動かし続ける。
「嘘つきで……」
 そして――願う。
「作りもので……」
 違うよ、と。否定して欲しいと願い。
 間違ってるよ、と。否定して欲しいと願う。
「……わたしは、お父さんとお母さんを傷つけたです。わたしなんて居なければ、きっと二人はずっと幸せだったです。わたしなんて……」
 わたしなんて、と。涙する彼女を見て――改めて、気づく。
 ……ああ、そうか。
 いつも笑ってた彼女は、ずっと悩んでたんだ。いつもたくさんのお友だちと笑ってたみかんちゃんは、その裏でたくさんの葛藤を抱えてたんだ、と。
「わたし、なんて……」
 ――佐々岡 蜜柑は、もう一つの可能性を知っている。
 自身が居なかった世界を知っている。そんなアニメを知っている。
 だからこそ、この世界をアニメだと思っている。だからこそ、自分の存在が間違いだと思っている。
 そして、両親の離婚が自分のせいだと悩み、苦しんでいる。そんな自分に価値なんて無いと思い、泣いている。
 だから――
「わたしが……! わたしさえ居なければ、みんな――」



「違うよ」



 わたしは否定する。
 否定して――魔法の障壁を解除した。
 それで頬を浅く切られ。みかんちゃんは目を剥くけど――気にしない。
 そんなことなんてどうでもいい、とわたしは笑う。笑って、茫然自失となっている彼女を抱きしめる。
「……教えてあげる」
 え? と。心ここにあらずみたいな声を出す女の子に、
 走らせたカッターナイフをそのままに、怯え固まっている友だちに、
 佐々岡 蜜柑に――高町なのはの『親友』に、告げる。
「今から、それを。みかんちゃんの価値を、教えてあげる」
 そしてわたしはまた、ニコリと笑いかけ。少女の頬を過ぎる涙をそっと拭って、だからね、と彼女に言った。
「ちょっとみかんちゃんの携帯、貸して?」

 ◇◆◇◆◇

 習い事は、けっこうな数すずかと同じものがあって。だからこの日、学校は休んでおきながら当たり前みたいに顔を出してきた彼女を別段不思議には思わず。むしろ蜜柑のことを聞き、電話もメールも返さない彼女のことを同じように不安に思って話し合えている現状は有り難いとすら思っていた。
 だから――というわけではないが。わたしはひどく驚いた。
「…………え?」
 蜜柑から、いきなりメールが来た。
 それも件名に『助けて』なんてついたメールが。
 その内容こそ、先にすずかから聞いてた蜜柑のお母さんの再婚のことであり。そのことで彼女が深く傷ついてたと聞いていたからこそ、メールの『自分のせいで両親は離婚した』や『わたしはお母さんの再婚は嫌だ』という内容にはある種の納得があり、『わたしはお父さん、お母さんとまた一緒に暮らしたいと思ってた』や『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』という言葉には涙しそうになった。
 ……そう言えば、あの子の携帯の待ち受け画面は。と思い出し、いつだったかに聞いた、内緒でお父さんと会って話してるです、って笑ってた彼女の内心にようやく思いいたった。
「アリサちゃん」
 隣席でそう声を潜め、こちらを見るすずかと目線を交わせば、彼女のところにも同じように蜜柑からのメールが届けられたのだろうと知れる。
「…………はぁ」
 ゆえに、ため息。
 果たして泣きそうな顔のすずかに頷きを一つ。わたしは立ち上がり、急用ができたからこれで失礼する、というような内容のことを早口に言って部屋を出ていく。
 ……ああ、もう! これ、あとでママやパパに何て言おう? って言うか、やっぱり怒られるかな?
 無断で、勝手に習い事の途中で帰るなんて。と、自身の振る舞いに呆れながら、その実、後悔なんて微塵もしていない。
「……だめ。やっぱり電話通じない」
 そしてそれは、隣を行くすずかも同じか。彼女はわたしと同じく携帯電話を片手に眉を潜め、一向に蜜柑へと繋がる気配が無いことに歯噛みしていた。
「っっっ! もうっ! なんだってこんなときに!」
 わたしは、焦る。
 彼女からのメールの本文もそうだが、何より件名の『助けて』っていうのがわたしから冷静さを無くさせる。
 ……あの蜜柑が助けを求めるなんて。
 いつも笑ってて。どんなときでも、大丈夫ですぅ、って締まらない顔してた彼女が。あの日、苦手だと言ってた男のひとに無理やりくっつけたときでも『助けて』なんて言わなかったのに! と、わたしはもうパニック寸前にすら陥っており――
「あ、蜜柑ちゃんもそこに居るの?」
 すずかの言葉に、思わずその手の携帯電話を奪いたくなった。
「え! ちょ――!?」
「そっか、よかった。蜜柑ちゃん、なのはちゃんと一緒に居るんだね」
 慌てふためくわたしに、すずか。冷静に、とばかりにわたしの手を握り、それこそわたしに聞かせるように若干声を大きくして言った。
「それで、蜜柑ちゃんからのメール――……え? さっきのってなのはちゃんが出したの!?」
 は?
 ……え? 『さっきの』って、やっぱりさっきの『助けて』ってメール?
 それをなのはが出したぁ?
「……うん。……うん」
 なにやら聞き入ってるらしいすずかにわたしは気が気でない。……あーもう! どうしてわたしが電話してないの!? と、それこそ意味もなく地団太を踏みそうだった。
「……わかった。じゃあ、アリサちゃんと今から行くね!」
 そして、だからこそ、そう言って携帯電話をしまい、突然わたしの手を引いて駆け出すすずかに、ちょっ!? いきなり何!? と、わたしは目を白黒させた。
「今からなのはちゃんのところに行くよ」
 そう走ることを止めず、すずか。それこそ説明している間ももったいないとばかりに急ぎながら言う。
「さっきのメール。あれ、なのはちゃんが出したんだって。それも、一斉送信で!」
 は?
 って、『一斉送信』て、まさか――
「たぶん、その『まさか』だよ。なのはちゃん、蜜柑ちゃんの携帯に登録してあるメールアドレス全部に『助けて』って送ったんだって」
 すずかは言う。それも、なぜだか楽しそうに笑って。
「って、ちょっと待って!」
 そ、それって、かなりおおごとなんじゃ――と、わたしが慌てて言えば、だからだよ、とやっぱりすずかは笑う。
「きっとね。これは『おおごと』なんだと思うし、『おおごと』にしなくちゃいけないことなんだよ」
 駆けながらだからか、待機させてた車のところにはすぐに着き。ぜえ、はあ、とすずかに半ば引きずられるみたいに走ってたわたしは、搭乗の際にはもうグロッキーに近くて、まともに疑問を言葉に出来なかった。
「蜜柑ちゃんは、さ。前世の記憶があって、この世界をアニメで見たって言ってたでしょ?」
 幸いにも、わたしが息を整えてる間にもすずかは話してくれる。
「それってさ。考えたら、すごく怖いことなんだと思うの」
 想像してみて、と彼女は言う。
 もし、ここが昔見たアニメのなかなら。
 もし、昔見たアニメを覚えていて、自分の一挙手一投足でそのエンディングを変えられると言うのなら。
 それはどれだけ、自分の行動に責任を持たされるのか? それはどれだけ、プレッシャーを与えられるのか?
「それも、ただでさえ前世の記憶があって、自分が自分だって思えない蜜柑ちゃんからしたら……現実味なんて、あるのかな?」
 想像する。
 蜜柑は、前の自分を知っている。
 前の自分が生まれ、男として生きてきた二十余年という月日を覚えており。今の、女の子として生を受けた瞬間から、自身を客観視できた彼女のことを思う。
 そして、男のひとが苦手で、触れただけで泣き叫んでいた彼女の心を思い、今さらに顔から血の気が引いていった。
「……もしかしたら、現実味が無かったからこそ耐えられたのかも知れない」
 知らず震えだしていたわたしの手に、すずかは自分の手を重ねて言葉を続ける。
「だけど、ここは現実で……。蜜柑ちゃんが生きてるこの世界は、彼女にとってもやっぱり現実でしかなくって……」
 この世界は、彼女の前世からしたらアニメの世界で。
 この世界は、だけど今の彼女からしたら紛れもなく現実の世界でしかなくて。
 だから、
「蜜柑ちゃんにとって、きっと親の離婚とか再婚は……それほどのことじゃなくって。むしろ問題なのは、今まで蜜柑ちゃんがたった一人で、誰にも話さずに、頼らずに貯め続けてきたその疑問の方だったんじゃないかな?」
 すずかの言う、蜜柑の貯め続けてきた『疑問』。それこそが、きっとなのはが皆に送ったメールの最後に付けた問いかけ。
 つまり、
「『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』なんて……今さら、そんなの考えるまでもないでしょうに」
 わたしは、笑う。
 知らず流れていた涙を拭い、隣のすずかと笑いあう。
「あのバカに、教えてあげましょうすずか。あんたは、何くだらないこと聞いてんのよ、って怒鳴って――」
 それで、みんなでまた笑いあいましょう。と、わたしはいつもの誰かさんのように無邪気に笑って言った。

 ◇◆◇◆◇

 件名は、『助けて』。本文は、要約すると『離婚悲しい、再婚イヤン☆』って感じのメールを――なんで一斉送信なんてしてくれちゃうですかーッ!?
「え?」
 って、なに不思議そうな顔してるですぅ!? と、わたしの剣幕に対してキョトンとしてるなのはちゃんにすがりつく。な、なんで!? どうして!? わたし、何か悪いこと――って、ハッ! ま、まさか、さっきのことで怒ってるですか!?
「え?」
「って、違うんかい!? 違うんかいぃぃぃ!!」
 はい、大事なことなので二回言ってみたです。
 って、それどころじゃないです! わたしはとりあえずなのはちゃんは無視し、にぎゃー! と、改めて頭を抱える。
「はわわ、はわわわ! ど、どどど、どうするです? どうしようですぅ……!?」
 焦る。考える。悩む。
 今から、さっきのは間違いでした、って送るです?
 ……いや、でも。内容自体はほとんどわたしの本心ですし。離婚したのがわたしのせいで、またお父さんお母さんと一緒に暮らしたいって思ってるのも本当。それに自分の生きる意味を見失ってるのも――
「あ、メール」
 果たして、なのはちゃんの呟きにハッとする。あ、そうでした。まだなのはちゃんにわたしの携帯電話貸したままでした。
「って、さっそくメールですか!?」
 な、ななな、なんて書いてあるですぅ!? と、こちらに携帯を差し出すなのはちゃんに涙目を向け、おずおずと手を伸ば――
「あ、電話」
 ギャース!!
 わたしはいきなり鳴りだした携帯電話を思わず取り落とした。
「な、ちょ、待っ……!?」
 思考が、止まる。

 ――このときのわたしは、まだ、それがどうしてかはわからなかった。

 心臓が、バクバクと鳴ってうるさい。

 ――どうして自分が、こんなにも慌てているのかわからない。

 地面に転がった携帯電話に伸ばした手が、震える。

 ――何に対して心を乱しているのか、わからない。

 喉が、干からびる。

 ――わからない。

 頭が、真っ白になる。

 ――それが『わからない』からこそなのに、気づけてなかった。

 着信を告げる携帯電話を手に、固まる。
「――――ッ」
 動けない。考えられない。わけがわからない。
 着信音が、すっかり日の落ちた街道に鳴り響く。すっかり暗くなった世界で、携帯電話のディスプレイの光が着信相手の名前を浮かび上がらせる。
「…………」
 出る勇気なんて無い。
 ……わからない。
 なんて話したらいいか、わからない。
 わからないから、出られない。……出なければいけないと知りながら、出られない。
 だから…………正直、ホッとした。
 遂に沈黙した携帯電話を手に、わたしは安堵の吐息を一つ。そうしてからすぐに自己嫌悪し、顔をしかめ、自分はどうしちゃったんだろう? と、うなだれる。
「……わたしは、なに、してるです?」
 自嘲の笑みを浮かべる。
 その間にも、再び手のなかの携帯はメールが来たことを、着信を光で知らせ、鳴り続ける。
「……どうした、です?」
 果たして、どれだけの時間をそうやって無為にしたのだろう。
 果たして、どれだけの応えをそうやって無視してしまったのだろう。
「……早く出るです」
 だってせっかくメールをくれたです。電話してくれてるです。
 引きこもりで対人関係がダメダメだった金森 尚人ならいざ知らず。今は前世の自分を反面教師として生きると決めた佐々岡 蜜柑です。
「だから、早く電話に出るですよ蜜柑」
 しかし、言葉とは裏腹に、体は動かない。
「蜜柑は、彼のできなかったことをするです」
 わたしは、ずっとまえに決めていた。
 佐々岡 蜜柑が産まれ、生まれたことを認識してすぐに決めた。
「蜜柑は、彼の理想を体現するって決めたです」
 前世の自分を心の底から嫌っていたからこそ。生まれ変わった今は、金森 尚人のときにできなかったことをしよう。彼にできなかったことを平然とこなせる、理想の自分というものに今度こそなろう。
 そう決めて、そのために何もかもを作り替えてきたはずで。心のなかでは何度も挫けそうになりながら、それでもずっと貫いてきた誓いで。その『嘘』を本当にするために、わたしはいつも『嘘』をついて来たのだから――
「……だから」
 だから。
 だから!
「だから、早く! とっとと電話に出るですよ佐々岡 蜜柑!!」
 そう叫び、
 涙すら浮かべて叫んで、
 そして――



 バチン、と。なのはちゃんに頬をはたかれ、尻餅をついた。



「……え?」
 呆然と、彼女を見上げる。
 なんで? と、頭のなかを真っ白にさせながら見上げた先で、なのはちゃんは真剣な目をして口を開く。
「痛い?」
 問いに、頬を押さえて頷き。
 なのはちゃんはそんなわたしを見て微笑み、
「目、覚めた?」
 問う。
「わかった? ここはね、みかんちゃん。アニメのなかじゃなくて現実なんだよ」
 告げる。
「ここではね。ぶたれたら痛いし、ひとにひどいことしたら心が痛くなるの。それが当たり前なの」
 たった九歳の女の子が。生きた経験だけなら三十を優に越えているわたしに、告げる。
「ここは現実なんだよ、みかんちゃん」
 まっすぐ、わたしの目を見て。
 まっすぐ、わたしの心に届かせようと、言の葉を紡ぐ。
「それなのに、みかんちゃんはいつまで寝ぼけてるのかな? いつまで、夢の世界に居るつもりなのかな?」
 潮騒と行き交う車と着信音をBGMに。
 ようやく浮かび上がった月と星の光の下で、栗色の髪の少女は仁王立って問う。
「さっき言ったよね? みかんちゃんの価値を教えてあげる、って」
 その圧倒的なまでの存在感に、気圧される。
 その揺るぎなき意志を宿す瞳に、黙らされる。
「これが――答えだよ」
 少女はわたしを――わたしの手のなかの携帯電話を指差して告げる。
「さっきの、みかんちゃんからの助けを求めるメールを読んで、応えてくれるひとが居る。たくさん、居る」
 この世界の中心だろう少女は、語る。
 それがみかんちゃんの価値だよ、と。その全員が、みかんちゃんのこれまでに対する答えだよ、と。
 他の誰でもない。佐々岡 蜜柑が今日まで生きてきた証。佐々岡 蜜柑の価値。それがこの返答だ、と高町なのはは告げる。
 だから、
「…………違う、です」
 否定する。
「わたしは嘘つきです。みんな騙されてるだけです」
 笑い、嘲って、返す。
「わたしは、本当はクズでどうしょうもない男です。そんな自分が心底嫌いで……。そんな自分に恐怖して……。それで男のひとを怖がって、家族をバラバラにした大バカ野郎です」
 だから、みんな騙されてるだけです。みんな、わたしの真実を知らないだけです、と笑いながら彼女の言葉を否定する。
「それに、わたしはユーノくんの助けを呼ぶ声を無視したですよ? ……それなのに自分は『助けて』とか。そんなのを求める権利も! 価値も! あるわけないんです! わたしに生きる価値なんて――」
 そんなの無いに決まってるです、と。叫ぼうとして、



「あるに決まってんでしょうが!」



 突然の、第三者の声に遮られる。
 ……って、え? あ、アリサちゃん?
 果たして振り向き、いつの間にか居たアリサちゃんとすずかちゃんを見つけて呆然とする。
「ど、どうして……?」
 なんで彼女たちが? と目を白黒させるわたしに、はあ? と、むしろそんなわたしの反応こそがおかしいとばかりの態度でもってアリサちゃん。それこそ、何を当たり前なことをとばかりに、
「そんなの、あんたが助けてってメール寄越したからに決まってんでしょう?」
 キッパリと、言い切った。
「わたし達はね。蜜柑ちゃんの疑問に答えるために来たんだよ」
 そして、すずかちゃんも。どうしてだかとても優しい微笑を浮かべて言った。
 って、わたしの疑問?
「? それって――」
「『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』」
 なんのことだろう、というわたしの疑問に被せて、アリサちゃん。それからすぐ、……なんて当たり前なこと訊いてんのよバカ、と不機嫌さを隠さず腕を組み、
「あんたは、わたしの――わたし達の友だちなのよ」
 わたしへと歩み寄り、告げる。
「あんたはね。わたしの、はじめての友だちなのよ! わたしにはじめて声をかけてくれて! わたしがはじめて友だちになりたいって思った子なのよ……!」
 一歩。また一歩。
 アリサちゃんは歩を進め、わたしに近づくごとに表情を歪めていく。
「『わたしに生きる価値なんてあるのかな?』なんて……なにくだらないこと訊いてんのよ! そんなの……あるに決まってるでしょ!? あんたは、だって友だちなんだから!!」
 一歩。一歩。
 不機嫌なそれから泣き顔へと変えながら、アリサちゃんは遂にはわたしの目の前に来て言った。
「……アリサちゃん」
 その言葉は……嬉しい。
 だけど、彼女に声をかけたのは……ただの寂しさからで。金森 尚人ではできなかったことだからで。べつに彼女だからというわけではなくて……。
 どうせ『原作』では、遅かれ早かれなのはちゃん達と友だちになれたのだから……。『原作』には、佐々岡 蜜柑なんて存在しないのだから……。
 だから――
「いつだったか、蜜柑ちゃんは言ってたよね? 『すずかちゃんが居たからアリサちゃんとなのはちゃんと友だちになれたです』って」
 声に、振り向く。
 変わらず優しい笑みを浮かべていたすずかちゃんに顔を向け、彼女の言葉に思い出す。
 ……ああ、そう言えば。はじめて保健室に運びこまれて、すずかちゃんと話して。その次の日から、なぜかなのはちゃんとアリサちゃん、すずかちゃんの三人が仲良くなってて。そのなかに自分も入れてくれた彼女に、わたしはそんなことを言った気がする。
 言った気はするが――
「? それが、どうしたです?」
 それまでなのはちゃんとは別段深く付き合っていたわけではなくて。アリサちゃんに至っては、前日のことを引きずってかよそよそしさが倍増していて。
 だから、そんな二人との仲を取りもってくれたのはすずかちゃんで。だからわたしは、彼女が三人と仲良くなれたキッカケだと思っていて。
 だから、
「わたしはね。蜜柑ちゃんの真似をしただけなの。蜜柑ちゃんの誰とでも仲良くなれるところは……わたしにとってはすごく、すごく、眩しくって憧れだったから」
 彼女の言葉に、目を丸くした。
「そんな……。そんなのは――」
 勘違いだ、と。そう見せかけているだけだ、と否定しようとして、
「わたしは、蜜柑ちゃんみたいになりたかった」
 すずかちゃんは告げる。
「蜜柑ちゃんはクラスの中心で。いつもみんなを笑顔にしてた。たくさんのお友だちが居た」
 そして、少女もまた一歩、一歩とわたしへと近寄る。
「蜜柑ちゃんは他の子なら読んでくれないようなご本でも読んでくれた。わたしが勧めた本は全部読んでくれた。いつも面白いって言ってくれた!」
 それがどれだけ嬉しかったかわかる? と。いつも笑顔で趣味の話ができるということがどれだけ楽しいかわかる? と、すずかちゃんは笑顔をだんだんと歪めませながら問う。
「……蜜柑ちゃんが居たから、わたしは変わろうって思った。蜜柑ちゃんみたいに……、学校を楽しいって思わせてくれるような子に……、わたしもなりたいって……」
 だから、と。だんだんと近づく彼女にわたしは、
「違う!」
 叫び、頭を振って否定する。
「わたしは! わたしはそんな大層なひとじゃないです! 勘違いです! 騙されてるだけです! わたしは最低の嘘つきで――」
「それでもいいよ!」
 遮られる。
 目を丸くし、すずかちゃんを見る。
「関係ない! いいんだよ、わたしの勘違いで。蜜柑ちゃんにとっては嘘でも……わたしにとっては本当だから!」
 叫ぶように。自分の思いを吐露する彼女に、気圧される。
「わたしが変われるキッカケをくれたのは! わたしに友だちができたのは! みんなみんな、蜜柑ちゃんのおかげなんだよ!!」
 ……いつから、だろう。
 最初はあんなにもオドオドしていた彼女が。あんなにも自分の思いを言葉にすることを怖がっていた少女が、いつからこんなにも強くなっていたんだろう。
「だから、わたしは、蜜柑ちゃんにはすごく感謝してるんだよ……? わたしは、だから、蜜柑ちゃんのことが大好きなんだよ……?」
 果たして、すずかちゃんは笑って告げる。
 涙を流して、それでも綺麗な笑顔を浮かべて告げる。
 だから、
「……わたし、は」
 だけど、
 ……それでも。
 彼女たちとの出逢いも、これまでも……それらが嘘だと知っているわたしは、やっぱり自分に自信なんて持てない。自分のせいでバラバラになった家族を思い、自分が居ない『原作』を知るがゆえに佐々岡 蜜柑の必然性を認められない。
「わたし、は――」
 目の前の、なのはちゃんから視線を逸らし。
 目の前の、アリサちゃんから視線を逸らし。
 目の前の、すずかちゃんから視線を逸らし。
 そして――気づく。
「…………え?」
 呆然と、見る。
 彼女たち三人意外の、今まさにこっちへと駆け寄ってくる影に。その彼ら彼女らの見知った顔に。その人数に。わたしは目を剥き、言葉を失った。
「蜜柑!」
「みかんちゃーん!」
「蜜柑ー!!」
 どうして? と、疑問が浮かぶ。だってもうけっこう遅い時間だ。それなのに、たかがメール一通でどうして? というか、どうしてみんなはここを知ってるです?
「なん、で……?」
 呆然と。
 呆然と呟いて、
「わかったかな? これがみかんちゃんの価値だよ」
 高町なのはは至極簡単だとばかりに告げる。
「……ねえ、みかんちゃん。そろそろ始めようよ。新しい自分を、さ」
 たくさんのひとに抱きつかれ。押し倒され。無様に、地面に尻餅をついたわたしに、この世界の主人公であるはずの少女は、告げる。
「みかんちゃんの――……わたし達のすべては、まだ始まってもいない」
 それは、どこか、聞き覚えのある台詞で。
「だから、ここから。本当の自分を始めるために……古い自分を終わらせよう」
 それは、だけど、他の誰でもない自分のために彼女が考え、今、口にしてくれた言葉。
「もう、逃げるのは止めよう、みかんちゃん」
 だから――考える。
 考える。自分の価値を。
 考える。自分のためにこうして駆けつけてくれたみんなのことを。
 考える。これまでのこととこれからを。
 考える。そして――
「……わたしに、生きる価値なんてあるですか?」
 問う。
 なのはちゃんに。アリサちゃんに。すずかちゃんに。みんなに。
「わたしは、生きてたですか?」
 ――生まれたとき、自分が『産まれた』ことを理解して。佐々岡 蜜柑の名前を覚え、自身の現状を考え、アニメ絵にしか見えない世界を認識して始めた第二の生。
「わたしは……生きてても、いいんですか?」
 ――現実実なんてなかった。テキトーだった。
 だから、あの日の悪夢で、はじめて自分が無力な女の子だと気づかされて。男のひとの怖さを知っているからこそ、怖くて。……本当に怖くて。
 ただ生きることがどれだけ怖いのかに気づいて。自分が生きているんだと気づいて。
 だけど、自分の存在に自信が持てなくて。自分が本当に生きてていいのかわからなくなって。
 だから――

「いいんだよ」

 この日、なのはちゃんの笑顔に、救われた。
「当たり前よ」
 こうしてアリサちゃんに言葉で肯定してもらって、はじめて救われた。
「わたしは、蜜柑ちゃんとこれからもずっとお友達でいたいよ」
 こうして、すずかちゃんに言ってもらって、
 周りの子みんなに肯いてもらって、はじめて――
「…………うん!」
 ――わたしは、頷く。
 金森 尚人の理想とした女の子の反応だからではなく。
 佐々岡 蜜柑が理想とした父親の笑顔を浮かべるでもなく。
 わたしははじめて、わたしの意志と想いで、頷く。
 彼女の言うとおり、『ここ』からまた始めよう、と。自然と浮かべていた笑顔でもって、
「みんな……ありがとうです!」
 そう言って、はじめて笑い、
 涙をぽろぽろとこぼして笑って、
 たくさんの感謝を笑顔でもって言葉にして、
 そして、わたしは――ここから始めようと思った。
「……もしもし?」
 わたしは、今だ鳴り止んでなかった電話に出る。
『…………。やっと出たわね』
 電話の相手は、奇しくもわたしのお母さんだった。
「……お母さん。わたしね、お母さんにずっと言いたかったことが――聞いてほしいことが、あるです」

 ――さあ、始めよう。

 わたしの物語を、ここから。

 みんなと一緒に、笑顔を咲かせて。











魔法少女リリカルなのは SS

《Re:助けて》


-fin-

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5

 ◇◆◇◆◇

 ――それは入学してすぐの頃。
 まだ友だちと呼べる子がクラスに居らず。寂しいと素直に言えず、友だちづくりも苦手に思っていた頃。
「あ。おはよーです、アリサちゃ~ん!」
 そう言って屈託なく笑い、全身で喜びを表現するかのように抱きついてくる彼女のことが、わたしにとって唯一の救いだった。
「ったく。あんたはすぐそーやって抱きついて」
 暑苦しい。抱きつくな。そう言いながら、わたしはこのスキンシップを嫌がってない。
「ふみゅぅ……。でも~、アリサちゃんてあったかいから~、抱きついてたいんです~」
 ……ガキね。と、笑った。蜜柑を嘲笑ってた。
「ア~リ~サ~、ちゃ~ん♪」
 ――その頃のわたしは、本当に子どもで。懐いてくる蜜柑を、まるで家の犬のように見ていて。
「あ。すずかちゃんです」
「ぁ……」
 わたしは……子どもだった。
 子どもだから、独占欲が強くて。子どもだから、蜜柑には自分以外に笑顔を向けてほしくなくて。
 だから――……蜜柑を、泣かせた。
 彼女の苦手なものを訊いて。わざわざそれに押し付けるようにして。……まるで犬を躾るみたいな気持ちで。
 ほんと……我ながら最低だった。
 蜜柑は泣いていた。あー、あー、と赤ちゃんみたいに泣いていた。
 そして、それを見つけて、まずなのはが怒った。どうしてそんなことするのか、と怒り、ただふざけてただけ、と答えたらビンタされた。
「……痛い? でもきっと友だちにイヤなことされたこの子の方が、ずっと痛かったと思う」
 はっきりとその言葉はわたしのなかに残った。
 ……そうかも知れない。だっていつも笑ってた蜜柑が、今もずっと泣いてる。いつもどこか余裕のあった蜜柑が、どうしてだかずっと……。
 だから――……だけど、こんな何も関係のない子に言われたくない。っていうか、なにいきなりぶつのよ! と、わたしはキレた。
「――――ッ!」
「っっっ!!」
 そして、そこからは言葉なんて無かった。
 わたしとなのはは取っ組み合い、ただ、お互いを痛めつけた。
 だけど……そうして、気づく。
 打たれて痛い。掴まれた髪が痛い。
 だけど、泣くほどじゃない。
 きっと、相手の方が正しい。だって蜜柑を泣かせた罪悪感の方が、この子に対する怒りより大きい。……苦しい。痛い。
 だから――
「やめて!」
 ……正直、いつの間にか居た彼女――すずかにとめてもらえて助かった。
 だって、

「――ああ……うん。それはそうかも」

 そう言って、今ではこうしてなのはと笑いあえるのだから。
「ほんと、あのときはひどいめにあったわ……」
「って、どうしてなのはが悪いみたいに言うのかな……?」
 今はもう三年生。
 あの日、ケンカして。
 あのとき、仲直りして。
 話して。知り合って。仲良くなって、三年目。今ではこうしてお昼を一緒にとってる仲っていうのが不思議と言えば不思議ね。
「……あれ?」
 屋上のベンチに並んで座って昼食を、っていうのが恒例なんだけど、今日に限ってはなのはと二人。……蜜柑は今日退院するらしいから仕方ないにしても、すずかってばぜったいズル休みよね。
 …………わたしも休めばよかったかな?
 なんて、ちょっと不良みたいなことを考えていると、
「ねえ、アリサちゃん」
 なのはが、まるで今気づいたとばかりの不思議そうな顔をして、
「そう言えば、さ。あのときって、どうしてあんなにみかんちゃんは泣いてたの?」
 問うた。
「はあ? どうして、って……それはわたしが、蜜柑に意地悪したからでしょ?」
 ……って言うか、まさかそれすら気づかずわたしに平手かましたの? と、わたしが眉をひそめて返すと、そうじゃなくって、となのはは首を左右に振った。
「みかんちゃんて、だって中身、なのは達よりずっと年上なんだよね?」
 そうね。たしかに三十過ぎとか言ってたわね――って、そんなふうに見えないんだけど。むしろ年下でしょ、わたしなんかよりガキでしょアレは。
「あー……うん。そうかも――って、そうじゃなくって!」
 ?
 わたしはなのはが何を言いたいのかわからず首を傾げる。っていうか、普通に今、なのはも肯定したわね、あの子がガキっぽいって。
「あのね。これ、もしかしたらなのはだけかも知れないんだけど……」
 果たして、なのははそう断ってから、
「……みかんちゃん、どうして泣いてたのかな?」
 再び、問うた。
「わたしね。そう言えば、みかんちゃんが泣いてるの見たの、あのときとこのまえ――みかんちゃんが怪我したときだけだなぁ、って」
 ……みかんちゃんて、いつも笑ってるイメージがあるから。ぜんぜん、弱いところを見せてくれないから、と。すこしだけ寂しげな微笑を浮かべて言葉を継いだなのはに、わたしはようやく、……ああ、そういうことね、と彼女の疑問がなにを指しているのかを察する。
 そっか。まだ、なのはには言ってなかったんだっけ。と、小さくこぼしてから、
「なのは」
 一度、目を閉じ。開けて、こちらを見つめるなのはに苦笑を向けて、
「蜜柑てね。じつは――」

 男のひとが、大の苦手なのよ、と。

 そう、彼女の見たことのある蜜柑の涙の理由を明かした。

 ◇◆◇◆◇

 ――佐々岡 蜜柑は、男のひとが怖い。

 それを聞いたのは、まだ出会ったばかりの頃で。それが本当なんだって知ったのは、アリサちゃんとなのはちゃんがケンカしてる横で、蜜柑ちゃんがずっと泣いているのを見たとき。
 ああ、こんなにも苦手なんだ、と。わたしが二人のケンカをとめても、アリサちゃんが謝っても泣き止まない蜜柑ちゃんを見て、思った。

 ――……すこしまえに、怖い夢を見たです。

 けっきょく、蜜柑ちゃんは泣き疲れて眠るまで涙を流し続けて。
 そんな彼女をみんなで保健室まで運んで。話して。仲良くなって。
 それからすこしして、わたしは思いきって彼女に聞いた。

 ――夢のなかで、わたしは男のひとに乱暴されるです。イヤだって泣いても、ウソだ、って笑われて。やめて、って言っても笑って……笑って。

 蜜柑ちゃんはそう言いながら自分のからだを抱きしめて。笑っているのに、泣いてるみたいな顔をしていて。
 だから――わたしは抱きしめた。
 もういいよ。もう怖くないよ、って。わたしは蜜柑ちゃんに囁いて。頭を撫でて。すこしでも安心してほしいと願って、大丈夫だよ、って言い続けて。

 ――……すずかちゃん。男のひとは……怖い。怖いんですよ、すずかちゃん。

 そう言って、それでも蜜柑ちゃんが笑顔をつくっているのを見て…………わたしの方が泣けてきた。
 ……どうして?
 どうして蜜柑ちゃんは笑ってるの? と、そこではじめて、いつも笑顔でいる彼女に疑問をもった。
 蜜柑ちゃんがどうしていつも笑っていたのか。
 その理由は――
「…………。ねえ、ノエル。ひとは、どうして笑うのかな?」
 ふと、瞳を閉じて。車が止まるや飛び出した蜜柑ちゃんから視線を逸らして、いつの間にか立っていた傍らのメイドに――ノエルに話をふった。
「嬉しいから、かな? それとも楽しいから? 面白いから?」
 すこし遠くで聞こえる、大切な友だちとその父親との談笑に顔を曇らせて。
 見なくてもわかる、少女の浮かべているだろういつもの笑顔を脳裏に浮かべて。
「それとも――」

 ――大丈夫です、って伝えたいから。

 思い出す、彼女の答え。

 ――蜜柑は幸せですよー、だから心配ないですよー、って伝えたいから。

 それは……誰に?

 ――……お父さんに。

「だから――練習するの?」
 だから、我慢するの? 我慢してるのを隠すの?
 そうやってずっと笑ってるの?
「――……『嘘を吐くなら、最初から最後まで、ずっと。そうして吐き続けられれば、いつか嘘は本当になる』」
 呟く、彼女の答え。
 それこそが佐々岡 蜜柑の笑う理由。それがきっともう一人の自分を殺し続けてきた理由。
「だけど、そんなのは――」
 なんだか悲しいよ、と。そう言って思わず零した涙を、

「――笑ってほしいんですよ」

 ノエルが指先で拭い、ニコリと微笑んで言った。
「きっと。誰かが笑顔を浮かべるのは、誰かにも同じように笑ってほしいから、ではないでしょうか?」
 …………ああ。
 そうか。蜜柑ちゃんは、だから……。
「じゃあ……うん。それなら、笑ってないとだよね」
 わたしは、笑う。
 笑顔で友だちの姿を見る。ずっと一緒にいたくて、でもたまにしか会えない父親に、なんとか笑顔をつくって話しかけてる女の子を見つめる。
「……頑張って、蜜柑ちゃん」
 果たして、その願いは――届かない。
「え?」
 わたしは呆然と、見つめる。
 二人のもとに現れた、第三の家族の存在を――蜜柑ちゃんの母親を、わたしは。
 それによってもたらされる破滅を、わたしは……ただ、呆然と、見ていることしかできなかった。

 ◇◆◇◆◇

「お父さーん!!」
 わたしの呼びかけに、佐々岡 蜜柑の父親はニコリと笑う。
 その、今年で四十路に突入するだろうに青年みたいな若々しい笑みにわたしも笑顔を浮かべ、彼の手前二メートルぐらいのところで立ち止まって口を開いた。
「お久しぶりですよー、お父さん♪」
 本来なら、ここで抱きつくなりすべきなんだろうけど……できない。というか、割と向かいあってるだけでも胸がしめつけられるように痛かったり。
 うう……。か、顔、引きつってないです? 声、震えてないです? 大丈夫です?
 なんて、わたしの心配をよそに、彼はいつものお日さまみたいな笑顔のまま、
「はい、お久しぶりですね、蜜柑」
 ――はい。じつはこのひとがわたしの人格形成に強い影響を与えてます。
 っていうか、ぶっちゃけ丸パクりです、本当にありがとうございましたー。
「今日はどーしたですかー?」
 ――お父さんとは、めったなことがないと会えない。
「はい。今日は蜜柑の退院の日と聞きましたので、そのお祝いをと」
 ――それはわたしが男のひとを怖がるから。
 そのせいでお父さんとお母さんは離婚して。お父さんはわたしに会ってはいけないって約束させられたから。
「どうです? これから私と美味しいケーキ屋さんに行きませんか?」
 ――お父さんは優しい。
 優しいから、『あの日』以来、わたしに不用意に近づこうとしないし、ぜったいに触れようとしない。
「わあ! それってデートのお誘いですかぁ♪ 行くです行くです、行きたいですよー☆」
 ――お父さんのことは、変わらず好きで。たぶん異性のなかではダントツで大好きで。
 だから――
「はは。本当に蜜柑は甘いものが大好きですね」
「はいです! スイーツは女の子の主成分なんですよ~♪ スィ~ツ(笑)」
 ――……だけど、怖い。
 お父さんは優しくて。
 彼のことを蜜柑は大好きで。
 だから、本当は彼に帰ってきてほしい。
 また一緒にご飯を食べて。一緒にお風呂に入って。一緒のお布団で寝て、お休みなさいですって言って、朝はおはよーですって起きたい。一緒に居たい――って、そう言いたい。
「ああ、でも。晩ご飯はちゃんと食べられるように加減しましょうね?」
 だけど――……言えない。
「大丈夫です、別腹ですよー」
 笑顔を浮かべて、ただ話すだけでせいいっぱいで。ただ、お父さんとこうして向かい合っているだけでも背中に嫌な汗が浮かんで、指先が震える。
 ……ずっと一緒に居てほしい。またお母さんと三人で暮らしたい。そう思っていて、それを口にしても…………きっと彼を悲しませるだけで、変わらない。
 わたしが異性に怯えている限り、優しいお父さんはわたしとの距離を縮めようとはしないから。
「ふふ。でも、その別腹にためていると、いつかぷにぷにになって女の子は泣いてしまうらしいですよ?」
 お父さんが好き。
 お父さんの優しい声が好き。暖かい笑顔が好き。
 だけど――怖い。
 男のひとが怖い。
 男のひとの匂いがダメ。男のひとに触られるとパニックになって、自分でもわけわかんないぐらい泣いてしまう。
「ぶーぶー! それはタブーです禁句ですよー!」
 だから、近づかない。
 だから、近づけない。
 お父さんは優しいから。
 優しいお父さんを傷つけたくないから。
 わたし達はこの、たった三歩ほどの距離を詰められない。
 だから――

「あんた達は、そこで何をしてるのかしら?」

 ――不意の横風に、わたし達の間の暖かい空気は、簡単に吹き飛ばされる。
「あ。お母さん……」
 声に振り向き、青ざめる。
 ……ま、まずいです。
 いろいろといっぱいいっぱいだったせいか、彼女が自分のすぐ横に来るまで気づかなかった。
 ……ど、どどど、どうしようですぅ!?
 見れば、お父さんがわたしとの距離を少し離していて。見れば、お母さんはすごく怖い顔をしていた。
「あ、あのあの……! こ、これは――」
 違うです、と。なにはともあれ、何かを否定しようと慌てて。本当なら会っては行けないお父さんのことをなんとか庇おうとして、
「あんたには聞いてないわよ」
 わたしはお母さんに突き飛ばされ、黙り込む。
「っ。お、お前はまた――」
「今のあんたに『お前』呼ばわりされる言われはないわよ」
 ……まずいです。
 お母さんが怒ってるです。わたしのせいで、お父さんが怒鳴られてるです。
「だいたい、あんたは何? コレとはもう他人でしょ? 警察喚ばれたいの!?」
 ……お母さんはわたしのことが嫌いだから。
 わたしがわけわかんない子だから。わたしがある日いきなりパニックになって、泣き出して、意味不明なことを喚いて困らせたから。
 わたしのせいでお母さんはお父さんと別れるハメになって。わたしのせいでお母さんの人生はめちゃくちゃになって。
 だから――
「……そうだね。うん。私が悪かった」
 今日は帰るよ、と。お父さんが寂しげに微笑んで言うのに……わたしは涙が出そうになった。
「あ。ま、待っ――」
 だから、本当に慌てて引き止めようとして――



「あたし、再婚することにしたから」



 遮られる。
 それも、わたしにとって最悪なコトバで。
「……………………え?」
 呆然と、する。
 お母さんに突き飛ばされ尻餅をついたまま。お父さんを引き止めようと中途半端に手を伸ばした姿勢で、固まる。
 ……再、婚?
 思考が空転する。耳はなにも音を拾わず、背景から色彩が消失する。
 ……サイコン?
 お父さんとお母さんが離婚した理由。お父さんが独りになった理由。お母さんが夜のお店で働くようになった理由。理由。理由。理由理由理由理由理由理由理由理由理由理由理由理由理由理由理由理ユウ――

 否。それは『理由』ではなく。

 それは――元凶。

 そして元凶は――

「…………………………………………は」
 うつむく。
 わらう。
「はは……。ぁハハハ……」
 わらう。
 自分の浅はかさをワラう。再婚という、至極当然の帰結と現実をまえに絶望する。
「……そう、です。当たり前、です」
 頬を涙が伝い。いつの間にか、お父さんもお母さんも居なくて。うなだれるわたしを誰かが揺すっているのに、わたしはワラう。
 ワラう。いつか、お父さんとお母さんを仲直りさせて……。それで、ぜんぶ無かったことになんて出来ないって……。また、お父さんとお母さんが笑いあって……、幸せに笑いあって……、そんな都合のいい未来なんて……無いって、知っていて。それでも『いつか』って夢みて…………。
 それで、けっきょく――
「…………わたしって、」
 やっぱり、ばかですねぇ、と。それこそ今さらすぎる事実に、わたしは笑いながら涙し続けた。

 ◇◆◇◆◇

 習い事があるというアリサちゃんと別れ、わたしは一人、考えながら帰路を行く。
 ……やっぱり、訊かなきゃ、かな?
 思い出す、先日相対したもう一人の魔法少女のこと。黒い衣服と金の髪の、たぶんわたしと同い年ぐらいの女の子。
 彼女とは、すずかちゃんの家に遊びに行ってみつけたジュエルシードを巡ってぶつかり。みかんちゃんがケガしてからずっと、わたしなりの全力で磨いてきた魔法も通じず……、けっきょくわたしは何もできず、何も訊くこともできずに気を失って……。
 だから、考える。今日、訊くまで気づけなかった、みかんちゃんの苦手なもの。聞くまで知らなかった、あのときのことをアリサちゃんがまだ気にしてたなんて……。
 訊くまで、気づけなかった。
 聞くまで、知らなかった。
 だから、訊くべきなのかな?
 このまえ出会った魔導師の女の子のこと。彼女がどうしてジュエルシードを欲するのかを、みかんちゃんに訊ねるべきなのかな?
 ……訊いて、いいのかな?
 ユーノくんは言った。訊いたら、みかんちゃんは答えてくれるだろう、って。だけど、そのせいで巻き込むかも知れない、って。
 普通なら知りえない、彼女しか知らない事柄を教わって。それが彼女の知る『原作』を変え、彼女の知る未来を変えた場合……その責任を彼女に背負わせるだろうって。
 ……正直、わたしにはよくわからなかったけど。ユーノくんはジュエルシードが危険なものだからこそ、これ以上みかんちゃんを巻き込みたくないって言ってて。そしてそれは、わたしも同じ意見で……。
 だから…………迷う。
 訊かなきゃわからない。だけど、訊いたら巻き込んじゃう。
 教えてくれないとわからない。だけど、それに伴う責任を押し付けちゃう。
 だから――

「ヤッホーですぅ」

 わたしのことを待ってたらしいみかんちゃんを見つけ、一瞬、言葉を失った。
「あ、あれ? み、みかんちゃ――」
「待ってたですよー、なのはちゃん」
 どうして? と、問おうとして遮られ。いつもと同じ、にっこり笑顔の彼女の雰囲気の違いに、ようやく気づく。
「? みか――」
「今日はお願いがあって来たですよ」
 にこにこ。夕焼けの橙色に照らされ、長い影を背負った少女は告げる。

「ジュエルシードをくださいです」

 ――それが、彼女からの宣戦布告だった。

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4

 ◇◆◇◆◇

 信じるかどうかは後回しで。とりあえず話の続きを聞こう、と僕となのはは彼女の言葉を待った。
「……たとえば、ですね。この世界での出来事を前世で、アニメーションでみた、って言ったら……お二人は信じるですか?」
 果たして、佐々岡 蜜柑は告げる。
「アニメの題名を――『魔法少女リリカルなのは』」
 それはひどく荒唐無稽な話。
「内容は、ある日、主人公の少女が傷ついたフェレットと出逢い。暴れる怪物から街を守るために魔法のチカラを手に入れる、っていうところから始まる熱血バトルもの、です?」
 だけど、それは――聞き覚えのある話。
「それで、その主人公の名前をなのは。フェレットの名前をユーノ」
 それは僕らの話。
「危険な青い宝石を集めるために、主人公の少女と友だちのフェレットは頑張る――そんなお話を、わたしはアニメでみた記憶があるです」
 それはだから、本当に信じられないような話。
 だから、僕となのははポカンとして彼女を見て。だから、蜜柑自身もどこか冗談めかしたような雰囲気を漂わせていて。
「……あはは。まぁ信じられないですよね」
 だから――
「うん。わたしでもちょっと信じられ――」
 ――だけど。

「信じるよ」

 蜜柑の言葉に、なのははキッパリと言い放った。
「なのはは信じる。だって蜜柑ちゃんが話してくれたことだもん」
 だから、信じる。信じられる、と彼女はふんわりと微笑んで断言した。
 ……うん。まぁ、なのはならそう言うと思ったよ。僕は肩をすくめ、僕も信じるよ、と。一転して今度はポカンと口を半開きにして固まってる蜜柑に言った。
「まあたしかに信じられないような内容だったけどさ。でも、きみが言うなら信じてもいいかなって」
 少なくとも、これで彼女が僕のことを知っていたわけがわかった。少なくともこれで、さっきまでの『前世の記憶があるから僕らのこと知っている』理由も知れた。
 あとは信じられるかどうかで。それを信じるかどうかってだけで――つまりはもう彼女のことを信じないっていう発想が僕らには無かったってだけの話。
「ぅえ!? いっ、いやいやいや! ちょっと待ってくださいです!」
 果たして、どうして? と、慌てるのはむしろ蜜柑の方で。自分の言った言葉がどれだけ胡散臭いかを理解しているからこそ、なぜ僕らが信じてくれるのかわからないと目を丸くして言った。
 だから――僕となのはは顔を見合わて笑う。
「どうして、って」
「ねえ?」
「ぅえーッ!? な、なんでさも当たり前みたいな顔してわたしのことみるですかー!?」
 なんでですかー? と、クスクス笑いあう僕らに心底わけがわからないと首を傾げて問う彼女は、きっと気づいてない。
 なぜ、こうして彼女に会いに僕らがきたのか。どうしてあの日、彼女の怪我になのはが慌てたのか。あのとき、僕が魔法を使おうとしたのか。
 佐々岡 蜜柑という少女は、きっと気づかない。
 なまじ前世の記憶なんてものがあるせいで。なまじ自分を卑下するきらいがあるせいで。
 彼女はきっと、自分がどれだけ他人に想われているかに気づけない。
「ぅぅ……。二人が意地悪さんですぅ」
 そう言って唇を尖らせ、ちまちまとケーキを切り分けながら口に運ぶ蜜柑に、プッ、と吹き出してから。すっかりいじけてしまってる彼女に、僕は一転、まじめな声をつくって問う。
「――それで、だ。蜜柑。もしかしてきみ、これまでのことはおろか『これからのこと』も知ってたりするんじゃない?」
 先の話が本当なら。
 本当に蜜柑がこの世界のことを一つの物語としてみていたというなら。
 ジュエルシードを巡る、僕となのはの『これから』を彼女は知っているんじゃないだろうか?
「きみの言う危険な青い宝石――ジュエルシードを僕らはたしかに探してる」
 彼女の言うアニメが本当にあったのなら。きっと今の僕らの状態は、まだ物語の途中であり。おそらく始まりがジュエルシードを巡って、というのなら、最後はそれを集めきっている状態を指すのだと思う。
「だからもし、蜜柑がジュエルシードのありかを知っているのなら」
 教えてほしい、と。僕は頭を下げる。
「…………。一つ、ユーノくんに聞いていいですか?」
 そんな僕に対するは、問いかけ。
「まず結論から言っちゃうと、ですね。はい、わたしはお二人の『これから』をすこしだけ知ってますし、ジュエルシードの場所も知ってるのもあります」
 本当に、と。顔をあげて蜜柑を見れば、彼女も彼女で真剣な目を僕に向けて、ですが、と言葉を重ねる。
「ユーノくん。ジュエルシードって、一つでも使い方を誤って暴走させたら……どうなるです?」
 それは……、と。そこからさきは言葉にならない。
 ……ジュエルシードは次元干渉型の高純度の魔力結晶。だからもし、それを暴走なんてさせたら――
「もしも、わたしが教えて。もしも、それを暴走させてしまったら――わたしは、どうしたらいいです?」
 …………そう、か。
 首を傾げての蜜柑の問いに、僕はようやく気づく。……そうか。未来を知り、教えるっていうのは……きっと、未来を変革する覚悟と責任がいるんだ。
 そしてそれを聞くっていうのは、彼女をも巻き込むことに他なくて。なのはと話した、もう蜜柑を――他の誰も巻き込まないよう頑張ろうっていうのに反することで。
 だから、
「まあ、でも……うん。訊かれて答えるぶんには――」
「ごめん、やっぱりいい」
 僕は自分で訊いといて、彼女の言葉を遮った。
「ごめん」
 果たして謝罪をもう一度。ごめん、こっちがあまりにも考えなしだった、と。もう蜜柑を巻き込まないから大丈夫、と。僕も僕で、彼女に習うように笑顔をつくって言った。
「……こっちの方こそ、ごめんなさいですよ」
 対して、蜜柑も笑って謝る。
「わたし、ユーノくんの声……無視したです」
 ……え?
「ユーノくんが助けを求めた声を、わたしは……。聞こえたのに……」
 ごめんなさいです、と。頭を下げる蜜柑に、僕は思い出す。
 ……そうだった。彼女も僕の念話を聞いたって、前になのはが……。
「――でも、みかんちゃんは、それで眠れなかったんでしょ?」
 どう答えようかと僕が悩んでる間に、なのは。うなだれてる蜜柑の顔を上げさせ、真剣な顔をして言葉を重ねる。
「あの夜。みかんちゃんは不安だったんじゃないの? ずっと考えてたんじゃないの?」

 ――蜜柑は、なのはが僕の声に応えることを知っていた。

「……あの日。みかんちゃん、なのはの顔をみて『よかった』って言ってくれたよね?」

 ――蜜柑は、なのはに魔法の力があることを知っていた。なのはなら大丈夫だと知っていた。

「……みかんちゃんは知ってたんだよね」

 ――蜜柑は、自分が居なくても大丈夫だと知っていた。むしろ、自分が居ない方がいいと知っていた。

「みかんちゃんは、だから――」
「だけど、それを気にしてくれてたのなら、僕は嬉しいよ」
 にこり、と。なのはの言葉を次ぐように、僕は告げる。
「ありがとう、蜜柑」
 ありがとう。そう言って頭を下げると、蜜柑は目を丸くし。それから、あはは、と照れたように笑って言った。
「大丈夫です。もうすこししたら管理局が来るです。なので、大丈夫ですよユーノくん」
 ……きっと蜜柑は、言うとおりすべてを知っているのかも知れない。
 そう思わせる優しい笑みをまえに、僕たちはまた笑顔を咲かせるのだった。

 ◇◆◇◆◇

 普通、信じないですよー、と。自分が如何に数奇な運命を背負っているかを話してくれたみかんちゃんは、それこそ簡単に信じてみせたわたしやユーノくんに心の底から不思議そうにしていた。
 そこで、じゃあアリサちゃん達にも言ってみたら? と提案し。たぶん簡単に信じると思うよ、って冗談めかして言ったのはわたしだけど――……まさか本当に話すとは思わなかった。
「前世の記憶、ねぇ。……うん。なんか納得だわ」
「そうだね。なんかそう言われると、そんな感じだよね」
「――って、だからなんで信じるですかー!?」
 夜。お稽古ごとが片付いた帰りにお見舞いに寄ったアリサちゃんとすずかちゃん。
 そしてその二人に席を勧めるや、さっそく、じつはわたしには前世の記憶があるんですー、と告白するみかんちゃんは、代わらずベッドで上体を起こす格好で居り。わたしもわたしで、けっきょくずっとそんな彼女のベッドの横に並べられた丸椅子の一つに座っていた。
 って、いきなり衝撃の告白!?
 それをあっさり信じてる二人もだけど。みかんちゃんも、本当に信じられないことするなぁ。……っていうか、みかんちゃんにとって『前世の記憶』云々て、じつは聞けば簡単に答えられるようなことだったのかな?
「いや、だって。蜜柑てかなりバカっぽいのにテストの成績だけはいいじゃない? それがなんでだかようやくわかったって言うか、納得したって言うか?」
 って、アリサちゃん……。
 その物言いはちょっとひどくない? みかんちゃん、膝抱えて『の』の字書いてるよ?
「……そう言えば、蜜柑ちゃんて一年生のころとかでも、普通に漢字がいっぱいの小説とか貸してもしっかり読んでくれてたもんね」
 す、すずかちゃん?
 それは貸す方も貸す方ですごいんじゃないかな……?
「? なのはちゃんにもあとで貸そうか? 『羅生門』」
「あ。それならこの『銀河鉄道』とかどーです? 面白いですよ~♪」
 …………。
 どうしてかな? みかんちゃんとすずかちゃんの好意が、なのはにはとっても痛いんだ。
「って、ちょっと蜜柑。そんなの、漢字がダメダメのなのはじゃなくても普通に読めないわよ」
 せめてイラストのあるライトノベルぐらいにしなさいよ、と。呆れ混じりのアリサちゃんの言葉も何気に突き刺さるんだけど……。
「いやいや、最近のラノベだって漢字いっぱいですよ?」
「じゃあ童話?」
「絵本とかどうかな?」
 み、みんながなのはのこといじめるよ~。と、若干涙目で抗議すると――
「そりゃあ、あんたもあんたで魔法なんて面白そうなものをわたし達に隠してるからよ!」
 アリサちゃんは、ビシ! と、なのはの隣でお見舞い品のリンゴの皮を剥いていたユーノくんを指差して告げた。
 ――……じつは、みかんちゃんのことを告白するのと併せてわたしとユーノくんも魔法とかジュエルシードのこととかを説明しました。
 間違ってもみかんちゃんと同じような被害者を出さないため。そして何より、これから先、魔法とわたしがどう付き合っていくかを考えるために家族と友だちには話しとくべきだ、ってみかんちゃんが言うから話したんだけど……。
「いや、あのね。いちおう、『魔法』に関しては秘匿する義務が――」
「わたしには魔力っていうの? は、あるのかしら?」
 ユーノくんの言葉をアリサちゃんはスルー。よっぽど魔法っていうのに興味があるのか、レイジングハートを貸して貸してって、さっきっから妙にハイテンションだった。
「やっぱり『魔法』って、時間を止めたり、変身したり、何かを出したりとかってできるのかな?」
 それはすずかちゃんもなのか。レイジングハートを手に起動ワードを唱えてるアリサちゃんを、瞳を輝かせて見ていた。
 ……ちなみにアリサちゃんとすずかちゃんは魔力を持ってないようで、レイジングハートは無反応でした。
「う~ん……。時間を止めたり、っていうのはできないかな」
「変身ならできるですよね、なのはちゃん♪」
 すずかちゃんの問いにユーノくんとみかんちゃん。って、えー!? なのは、今からセットアップするの? みんなのまえで!?
「で、何かを出したりっていうのは――」
「なのはちゃん、ビームなら出せると思うですよー」
 にゃー!? ちょ、ちょっとみかんちゃん、やめて! アリサちゃんとすずかちゃんのまえでセットアップするだけでも恥ずかしいのに、魔法なんて――
「は? 魔法少女なのに……『ビーム』?」
「? もっとこう、キラキラしてるハートとかお星さまとかじゃないの?」
 ……訝しげなアリサちゃんと不思議そうなすずかちゃんの言葉が微妙にグサリとくるなぁ。
「あー、うん……。たしかになのはの『ディバインバスター』って、端目には光学兵器とかに見えるかも」
 にゃー!? ゆ、ユーノくんもそこを肯定しないでよ。っていうか、『ディバインバスター』って名前で若干引いてるよね、すずかちゃん。アリサちゃんはアリサちゃんで、『魔法』の『大砲』で魔砲少女』か、って変な納得してるし!
「ふみぃ? むしろ『かめはめ波』とか『波動砲』とかって感じです? ビルとか吹っ飛ばしちゃう威力的に」
 み、みかんちゃん? そこでどうして『威力』とか言っちゃうのかな?
「……なのは」
「なのはちゃん……」
 う、うわーん!

 ◇◆◇◆◇

 二人で、話したかった。
 だから、数日後。蜜柑ちゃんの退院の日。わたしは学校を休んだ。
「それで、すずかちゃん? 話ってなんです?」
 彼女の退院に併せて、メイドのノエルに回してしてもらった車の横で。今日もやっぱり普段着が空色ジャージの蜜柑ちゃんと二人、周りに人気がなくなったのを確認して口を開いた。
「蜜柑ちゃんは、この世界のことをアニメで見た……んだよ、ね?」
 まずは、確認。
「だから、なのはちゃんが魔法を手にしたことも。ユーノくんが魔法使いの男の子だったことも知ってた」
 それを前世で見たから。アニメとして見て、知っていたから。
 だから――
「じゃあ…………わたしのことは?」
 問う。
 なのはちゃんのことを知っていた蜜柑ちゃんに。
 ユーノくんのことを知っていた蜜柑ちゃんに。
 それこそ本当になんでも知っていそうな彼女に、問う。
 ……わたしには、秘密がある。
 そしてそれは、知られてはいけない秘密。知られたら記憶を消してでも秘匿しなければならない秘密。
 だから――
「蜜柑ちゃんは、わたしの――」
 ――だけど、その問いの途中で。
「知ってるって答えたら、すずかちゃんはわたしの記憶を消してくれるです?」
 蜜柑ちゃんは微笑んで、問う。
「すずかちゃんはわたしの前世を……無かったことにしてくれるですか?」
 問う。
 蜜柑ちゃんは、微笑み。空を仰いで、昼の陽光に瞳を細めて言葉を重ねる。
「……すずかちゃん。もし、すずかちゃんに前世の記憶があったら……どうするです?」
 もし、生まれたときから大人の記憶があったら。
 もし、生まれたとき、自分以外のひとの心があったら。
「すずかちゃんは両親のことを、ちゃんとお父さん、お母さんて思えるです?」
 その問いに、今さらながらに想像する。
 前世の記憶。それは生まれるまえの記憶。もう一人の、べつの人間として生きた記憶だ。
 だから、もし、そんな記憶があったら……。もし、もう一人の自分の記憶があったのなら――……って、あれ?
 ふと、気づく。あれ? 待って。もし、『前』の自分から『今』までの記憶が地続きに連なってるのなら――

 それは、もしかして『今の自分』なんて存在しないのではないか。

 想像する。もし仮に、今の自分が死に。生まれ変わり。死ぬまえまでの記憶をもっていたら――

 赤子は赤子たりえず。親は親たりえないのではないか。

 なぜなら、自分が生まれ、育ち、自分を『自分』とした記憶が、すでにあるのだから。
「……待って」
 血の気が引く。
 もし自分が、と想像し。想像するたびに寒気が増す。
「それで、もし、すずかちゃんが男の子に転生したら……どうです?」
 ……待って。
 わたしは目を剥き、蜜柑ちゃんを見た。
 ……そうだ。わたし達はたしかに蜜柑ちゃんには前世の記憶があるって聞いた。その記憶には『この世界のことがアニメでやっていた』なんてとんでもないものもあった。
 だけど――待って。
 わたし達はたしかに蜜柑ちゃんの、そんな信じられないようなお話を聞いた。どうして信じるです? と、不思議そうにする蜜柑ちゃんに、信じるに決まってるよって笑った。
 だけど――……聞いてない。
 たしかに、訊いてない。

 蜜柑ちゃんの前世の性別を――聞いてない。

「わたしの前世の名前は『金森 尚人』。性別は男で、死んだのは二十六のとき」
 蜜柑ちゃんは簡単に言うけど――…………待って。
 待ってよ、蜜柑ちゃん。そう、心の準備ができてなかったわたしは慌てて声をかけようとして――
「金森 尚人は、最低のクズでした」
 蜜柑ちゃんは謳うように告げる。
「性格は陰湿で根暗で。いっつもオドオドしてたから小学校、中学校でイジメられ、卒業を待たずに引きこもり。高校には行かず――」
「待って」
 たまらず遮ろうとして、
「それからずっとパソコンのまえ。オタクでニートで、おまけにメタボ。日がな一日、エッチな動画サイトを――」
 だけど、蜜柑ちゃんは構わず言葉を続けて。
「ま、待ってよ、蜜柑ちゃん!」
 だから、少しだけ声を荒げて。

「――『俺』は、ロリコンだった」

 蜜柑ちゃんは、告げる。
 そう言ったらどうするです? と、驚くわたしに選択を迫る。

 ◇◆◇◆◇

 正直なところ、すずかちゃんのことを知っているか、って訊かれたら……あんまり知らない、としか答えられない。
 たしか『魔法少女リリカルなのは』の原作? だったかな? に、PCゲームがあって。それにすずかちゃんのお姉さんのルートがあって。月村家には秘密があって、それを知ったら記憶を消される……みたいなノリ、だったかな?
 なんか、そういう設定があったような無いような気がしたんで、とりあえず知ったかぶってみたら……微妙にビンゴだったらしいですねぇ。
「『ロリコン』って……え? そんな……」
 果たして先の言葉に、さすがに動揺しているらしいすずかちゃんに微笑み、彼女の選択を待つ。
 さて、すずかちゃんはどうするです?
 わたしの前世の記憶を消す? わたしとはもうお話をしない?
 ……っていうか、なんでそんな簡単に信じるです?
 混乱し、わずかに距離を置く少女を眺めて不思議に思う。このまえのなのはちゃん達もですが……どうしてこんなにも荒唐無稽で胡散臭い話を信じられるです?
「あー……そう言えば、わたしのはじめての友だちってすずかちゃんだったんですよねぇ」
 ふと、振り返り。小学校に入学し、クラスどころか目に入る子ども全員に声をかけていた頃を思い出して呟く。
 ……そう言えば、あの頃、クラス内で『普通』に話せたのってすずかちゃんぐらいでしたからねぇ。
 別段、周り全員が子どもで嫌だったとか疲れたとかってわけじゃなく。ただ、やっぱり同じような目線で話せる子っていうのは、話すのも接するのも楽しいし面白かったってだけで。……まぁそれもそれでおかしいんですが。アリサちゃんやなのはちゃんも、あの頃は多少、周りより大人びた言動をしていたけど……それでも金森 尚人の目線からすれば、他の子より話が通じる程度でしかなかったですしねぇ。
 だから、
 わがままを言わせてもらえれば、
「もしすずかちゃんがわたしの記憶を消せるなら……もう一回、わたしのお友だちになってほしいです」
 果たして、それが最後の言葉。
 正直なところ、月村家の秘密なんて覚えてないけど……。それでももし彼女がわたしの記憶を消すのなら……今度こそちゃんとしたお友だちになりたい。そう本心から思った。
 だから、
「……もう一回だけ聞くよ、蜜柑ちゃん。蜜柑ちゃんはわたしの秘密を……知ってる、の?」
 すずかちゃんの問いに、わたしは素直に答えた。
 月村家に秘密があって、知られたら記憶を消す習慣があることなら知ってる。だけど具体的にどんな秘密があったかは覚えてない、と。これまた胡散臭いこと極まりないことをバカ正直に。
 そして――だからこそ、少女は笑ったのかも知れない。
「ぷっ。あははは」
 月村すずかは可笑しそうに、笑う。
 笑って、わたしに記憶を消すチカラなんてないよ、と。わたしは魔法を使えないよ、と。すべてを冗談にしようと笑って言う。
 だから、
 笑って言うから、
「あ、そうなんです?」
 じゃああれは夢だったですね、と。わたしも笑う。笑い話にする。
 ……それでいいの? とは、問わない。
 だってすずかちゃんは、わたしの前世がどういう人間だったかを聞いてなお、わたしの手をにぎってくれたから。さあ、蜜柑ちゃんのお家に行こう? って、変わらぬ態度で接してくれたから。
「ところで、蜜柑ちゃんて今もロリコンなの?」
「うーん……どーなんでしょう?」
 まるで笑い話のように。今までと同じ、ただ友だちと笑って話すように。
「わたしが、ほら。女の子ですし? だから、佐々岡 蜜柑を金森 尚人の視点でみれば愛でれるですが……わたしはわたしですからねぇ」
 ……昔は、そんな『遊び』をしていた。
 金森 尚人の記憶と人格を持っていながら、それを発する場に巡り会わなかったから。『俺』の性格をひた隠し、『わたし』になろうとしていたから。何より、目にする光景すべてに現実味を感じず、ストレスを感じていたから。その発散として、『俺』として『わたし』を弄りまわして遊んでいた。
 …………だけど、
「知ってますか、すずかちゃん。ひとの趣味嗜好って、意外と肉体に依存するんですよ」
 けっきょく、なにをどうしたところで……わたしはわたしでしかなかった。『俺』なんてどこにも居なかった、と笑う。
「たとえば、好きな食べ物は舌に依存してて。たとえば、好きな子は、たぶんホルモン的な何かから」
 金森 尚人は酒が好きだった。塩辛いものが好きで、年端もいかない少女を偏愛していた。
 だけど、佐々岡 蜜柑は甘いものが好きで。幼い女の子は同性で。同じ子どもで。裸をみたところで興奮せず、当たり前として恋愛の対象とは見ない。
「……これで性同一性障害とかだと違うんでしょうが、佐々岡 蜜柑はそうじゃなかったみたいですね」
 あはは、と笑って。すずかちゃんの後に続くように車に乗る。
 乗りながら、でもすずかちゃんは好きですよー、とふざけて抱きつく。
「あはは。もう、蜜柑ちゃんたら」
 そう言いながら、頭を撫でてくれるすずかちゃん。
 ……思えば、金森 尚人のことをこんなにも話したのは彼女がはじめてで。だからこそ、わたしは少女の胸に顔をうずめて隠し、
「すずかちゃんは……気持ち悪くないですか?」
 問う。
「わたしのこと……気持ち悪いって、思わないですか?」
 問う。
「わたし、前世の記憶があるですよ。わたし、もとは男です。ロリコンでデブでオタクで変態で……」
 金森 尚人は最低の男だった、と話し、わたしのことを気持ち悪いと思わないのかと問う。
「……本当のことを言ってほしいです」
 わたし、気持ち悪いでしょう? 変でしょう?
 もともと男だったですよ? それなのにこんなナリして。こんな性格で。こんなしゃべり方で。……やっぱり、気持ち悪いでしょう?
「やっぱり、こんなのとお友だちになんて――」
 果たして、その言葉は――

「わたしは、蜜柑ちゃんのこと好きだよ」

 ――少女の優しい声に遮られた。
「…………うそ、です」
 わたしは苦笑し、顔を上げて。
「うそじゃないよ」
 すずかちゃんはにっこり笑って言った。
「わたしは蜜柑ちゃんとお友だちになれてよかったって思ってる。蜜柑ちゃんとお友だちになれたから、アリサちゃんやなのはちゃんともお友だちになれた。蜜柑ちゃんのおかげで毎日学校が楽しいって思ってるんだよ」
 それは…………違う。
 それは勘違い。
 だって、『原作』には――佐々岡 蜜柑は出てこない。
 だけど、彼女たち三人は笑っていて。
 本来なら、彼女たち三人だけでも十分で。
 だから――
「…………そう言ってもらえると嬉しいです」
 わたしは笑顔で答える。
 目の前で微笑む、優しい優しい少女のために。わたしなんかに暖かい言葉をくれる彼女のために。
「あ。そろそろつくですね?」
 わたしは、笑顔を浮かべる。
 笑顔ですずかちゃんから視線を逸らし、見え始めた、古めかしい木造アパートを眺めて――
「……んにゅ? あれって……――ッ!?」
 気づく。
 目を剥く。
 絶句する。
 車が止まるのと同時に駆け出す。
 そして――



「お父さん!!」



 果たして、わたしの呼びかけに、彼は――佐々岡 蜜柑の父親はゆっくりと振り向いた。

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