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《りりかるーぷ》……どうにも納得できない出来になってしまったので、後日、大幅な加筆修正を加えつつ一話から新しいのを掲載しなおそうかと思います。
展開としては変わらず、アリサ編→すずか編→はやて編→なのは編→フェイト編→解決編です。
予定としては、もう少し無駄なシーンを省き、話数を20話前後へ。フェイト編以降は特に加筆修正を加えて、オチも変えるかと。
……時間はかかりそうですが、もう少々お時間をいただけますとありがたいです。
展開としては変わらず、アリサ編→すずか編→はやて編→なのは編→フェイト編→解決編です。
予定としては、もう少し無駄なシーンを省き、話数を20話前後へ。フェイト編以降は特に加筆修正を加えて、オチも変えるかと。
……時間はかかりそうですが、もう少々お時間をいただけますとありがたいです。
《りりかるーぷ》
◇◆◇◆◇
理由はわからない。
わからないが、なんとなく……俺はいつもとは違う帰り道を選択した。
「――でね。今度、保育園のお遊戯で」
「『しんでれら』やるのー♪」
ミラー越しに、最愛の妻と娘を眺め、口元を綻ばせる。
「へえ。そいつは、楽しみだな」
すずかと結ばれて、二人目の子どもができて。
そんなどうということはない、幸せな日常が……いつまでもいつまでも、続きましたとさ。
◇◆◇◆◇
――ただ、幸せになることを願った。
一途に。
何度も。
だから――叶った。
奇跡は、強い想いを好いていたから。
◇◆◇◆◇
ゴーン、ゴーンという鐘の音に早くも感無量の思いだった。
「嗚呼……」
鏡の前。これでもかと緩みきった俺の顔は本当に情けなく。それでいて着ている白服は、これでもかと俺を祝福しているようで。
つまりは結婚式当日だった。
「嗚呼……本当に、結婚出来るんだなぁ」
瞼を閉じて思い返す、最愛の人。小学生の頃から付き合っていたアリサと、俺は今日、ようやく式を迎えることになっていた。
「嗚呼……」
嬉しい。
嬉しすぎて、ダメだ。ダメすぎる。
だけど……嗚呼。俺は幸せのあまり表情を緩ませ続けていた。
そして、
「……あはは。まだ、泣くのは早いだろうに」
鏡に映った俺は、やはりどこまでも幸せそうに笑って涙していた。
……まるで、自分ではない誰かのように。その涙はなかなか止まってくれなかった。
◇◆◇◆◇
――始まりはいつだろう?
母が『助けて欲しい』と願った時か。
父が『せめて安らかなる眠りを』と安楽死させた時か。
それとも十年という間、見ていたかも知れない夢の中でか。
……答えはたぶん誰も知らないし、意味もないのだろう。
◇◆◇◆◇
気が付くと、俺はアースラに居た。
なんでも俺は『これから、アルハザードの門を開く』なんて大見得きってジュエルシードを使った挙げ句――失敗して気絶。結局、暴走させるだけさせた、すべてのジュエルシードはどういう理屈でか死んだはずのアリシア・テスタロッサを蘇生させ、消滅したらしい。
まったく、一歩間違えば次元断層すら引き起こしかねなかった――そう堅物の執務管は憤慨していたが、最終的に管理局への技術提供などでお咎め無しという形にしてくれたので、彼には感謝することしきりである。
やはり、ついでにプレシアの病気を治したり、破壊不能の最悪の魔導書――『闇の書』を直したりしたのが良かったのか。それともどこぞのマッドドクターの所在地をチクったり、秘密裏に脳みそ連中を処理したのが幸いしたのかは知らないが……何はともあれ、懸念していた『繰り返し』の期日を過ぎた今もこうして生きていられるのだから、正直どうでも良い。
……ただ、なんとなく。初めから、もう繰り返さないような気がしていたのが気にはなるが……考えても仕方がないさとばかりに、なるべく気にしないように勤めていた。
そして、
「ほら、起きてよ雅樹」
今年で二十一歳となる俺は、今日も今日とて幼なじみの少女――アリシアに叩き起こされ、朝を迎えた。
「ふぁ〜……。なんだ、今日は休みじゃないのか?」
欠伸をかみ殺し、局の制服着た少女を眺めやり、問う。
それに「私はともかく、雅樹は仕事でしょ?」と、アリシアは何が嬉しいのかニコニコしながら返し、
「せっかくだから私もフェイトに会いたいし、付いて行こうと思って」
――俺の仕事は、主に本局のデバイスマイスターとして量産品のデバイスやワンオフの魔導兵装なんかの制作、整備などであり、
特に三人娘やその友人知人に重宝され、よくよく呼び出されては彼女たちの愛機を調節してやっていた。
「……ったく。相変わらず、妹離れできないやつめ」
今日俺は、確かにフェイトに呼ばれていた。
それを、半ば俺の助手だと主張し、勝手に俺の周りをうろちょろすることが常の少女は当然知っていたし、始めから付いて行くつもりだったのだろう。……ご丁寧にも、昨日は久しぶりにプレシアのババアにクドクド『ウチの娘に手ー出したら殺すぞ?』と釘を刺されてもいた。ちくせう。
「えー? 別に好きなのは好きなんだから、我慢すること無いでしょー?」
『ぶー』と頬を膨らませ、ふてくされたような面でアリシア。それに「あーはいはい、そーですねー」と適当に手をヒラヒラやって返し、俺は布団から出た。
「むー……なんかスッゴいテキトー」
その通り、適当にあしらったのである。
……などと馬鹿正直に返したところでアリシアの機嫌が悪化するだけなのはわかっていたから、
「さぁて、じゃあ俺も我慢はやめるかな」
ニヤリと笑って言い、俺は頭二つ分低い位置にあったアリシアの額に口付けてみた。
「〜〜〜〜ッ!?」
それだけで、『ズザー』っと壁際まで後退するアリシア。真っ赤な顔して額をおさえ、口をパクパク。……はは、ホントいつまでも純情なやつ。
俺はここぞとばかりに着ていた上着の前を開き、ニタリ。それこそ獲物を前にした肉食獣のごとき笑みを浮かべて少女へとにじり寄ってみた。
「おやおや。こんなところに美味しそうな茹で蛸娘が」
言いつつ、ついでに『ヒッヒッヒ』と笑ってみた。うん。怯えてる怯えてる。
「ひぁっ!? あっ、アリシア、タコじゃないもんっ! 女の子だもん……!」
……いや、茹で蛸ってのはそーいう意味じゃないんだが。
俺はアリシアの返しに内心で苦笑し、なぜか壁に背を当てるだけでそれ以上逃げようとしない少女を捕獲。そーっと、そのふっくらとした頬をなぞり、真っ赤な顔してギュッと目を閉じた彼女の耳元に囁きかけた。
「じゃあ、狼さんの俺は、そんな可愛い女の子を食べちゃおうかな?」
と、脅して「……や」――あ゛?
「やっ、やさしく……して、ね?」
…………。
……………………。
…………………………………………。
「……いただきます」
ガマン、ヨクナイ、デース。
◇◆◇◆◇
――スタート地点は、消した。
あとは――
◇◆◇◆◇
白い世界が、崩れて行く。
ガラガラと、白い空にヒビが入り、崩れて行く。
崩れて。
……壊れて。
白い、白い。幻想の終着点が。願いが叶う、想いと記憶が最後にたどり着く場所が。
アルハザードが。
「……もう、良いか?」
そう言って、黒い甲冑を纏った青年は笑った。
笑って――……消えた。
それを見送り、ふと、下を向く。膝の上で眠る、一人の少年を見る。
その子の名前は――川平雅樹。
自身が解放されることを願い、誰よりも強くなろうとした者。誰よりも強い想いを抱いていた者。
そして、その願いのために……自身の記憶のすべてを使い果たした、者。
――ループを、崩してやる。
そう言って、彼は自身より上位にあたる次元に干渉し……書き換えた。
……『始まり』を、消した。自身のすべてを代償に。
だから、
「……くぅん」
空っぽの少年を抱きしめ、願った。
すべての記憶を代償に。ただ、一心に。
これを見ている『彼』に、願った。
――目覚めろ、と。
◇◆◇◆◇
…………。
……………………。
…………………………………………ぁ。
ゆっくりと開けた瞼。ぼやける視界の向こうに映る、見慣れてしまった天井。
にわかに騒がしくなる病室。その声を頭がはっきり言葉として認識する前に、思った。
……終わったんだなぁ。
知らず頬を過ぎいく涙は……果たして十年という月日をまたいで渇ききった俺の頬を優しく濡らし、零れていった。
前話
◇◆◇◆◇
理由はわからない。
わからないが、なんとなく……俺はいつもとは違う帰り道を選択した。
「――でね。今度、保育園のお遊戯で」
「『しんでれら』やるのー♪」
ミラー越しに、最愛の妻と娘を眺め、口元を綻ばせる。
「へえ。そいつは、楽しみだな」
すずかと結ばれて、二人目の子どもができて。
そんなどうということはない、幸せな日常が……いつまでもいつまでも、続きましたとさ。
◇◆◇◆◇
――ただ、幸せになることを願った。
一途に。
何度も。
だから――叶った。
奇跡は、強い想いを好いていたから。
◇◆◇◆◇
ゴーン、ゴーンという鐘の音に早くも感無量の思いだった。
「嗚呼……」
鏡の前。これでもかと緩みきった俺の顔は本当に情けなく。それでいて着ている白服は、これでもかと俺を祝福しているようで。
つまりは結婚式当日だった。
「嗚呼……本当に、結婚出来るんだなぁ」
瞼を閉じて思い返す、最愛の人。小学生の頃から付き合っていたアリサと、俺は今日、ようやく式を迎えることになっていた。
「嗚呼……」
嬉しい。
嬉しすぎて、ダメだ。ダメすぎる。
だけど……嗚呼。俺は幸せのあまり表情を緩ませ続けていた。
そして、
「……あはは。まだ、泣くのは早いだろうに」
鏡に映った俺は、やはりどこまでも幸せそうに笑って涙していた。
……まるで、自分ではない誰かのように。その涙はなかなか止まってくれなかった。
◇◆◇◆◇
――始まりはいつだろう?
母が『助けて欲しい』と願った時か。
父が『せめて安らかなる眠りを』と安楽死させた時か。
それとも十年という間、見ていたかも知れない夢の中でか。
……答えはたぶん誰も知らないし、意味もないのだろう。
◇◆◇◆◇
気が付くと、俺はアースラに居た。
なんでも俺は『これから、アルハザードの門を開く』なんて大見得きってジュエルシードを使った挙げ句――失敗して気絶。結局、暴走させるだけさせた、すべてのジュエルシードはどういう理屈でか死んだはずのアリシア・テスタロッサを蘇生させ、消滅したらしい。
まったく、一歩間違えば次元断層すら引き起こしかねなかった――そう堅物の執務管は憤慨していたが、最終的に管理局への技術提供などでお咎め無しという形にしてくれたので、彼には感謝することしきりである。
やはり、ついでにプレシアの病気を治したり、破壊不能の最悪の魔導書――『闇の書』を直したりしたのが良かったのか。それともどこぞのマッドドクターの所在地をチクったり、秘密裏に脳みそ連中を処理したのが幸いしたのかは知らないが……何はともあれ、懸念していた『繰り返し』の期日を過ぎた今もこうして生きていられるのだから、正直どうでも良い。
……ただ、なんとなく。初めから、もう繰り返さないような気がしていたのが気にはなるが……考えても仕方がないさとばかりに、なるべく気にしないように勤めていた。
そして、
「ほら、起きてよ雅樹」
今年で二十一歳となる俺は、今日も今日とて幼なじみの少女――アリシアに叩き起こされ、朝を迎えた。
「ふぁ〜……。なんだ、今日は休みじゃないのか?」
欠伸をかみ殺し、局の制服着た少女を眺めやり、問う。
それに「私はともかく、雅樹は仕事でしょ?」と、アリシアは何が嬉しいのかニコニコしながら返し、
「せっかくだから私もフェイトに会いたいし、付いて行こうと思って」
――俺の仕事は、主に本局のデバイスマイスターとして量産品のデバイスやワンオフの魔導兵装なんかの制作、整備などであり、
特に三人娘やその友人知人に重宝され、よくよく呼び出されては彼女たちの愛機を調節してやっていた。
「……ったく。相変わらず、妹離れできないやつめ」
今日俺は、確かにフェイトに呼ばれていた。
それを、半ば俺の助手だと主張し、勝手に俺の周りをうろちょろすることが常の少女は当然知っていたし、始めから付いて行くつもりだったのだろう。……ご丁寧にも、昨日は久しぶりにプレシアのババアにクドクド『ウチの娘に手ー出したら殺すぞ?』と釘を刺されてもいた。ちくせう。
「えー? 別に好きなのは好きなんだから、我慢すること無いでしょー?」
『ぶー』と頬を膨らませ、ふてくされたような面でアリシア。それに「あーはいはい、そーですねー」と適当に手をヒラヒラやって返し、俺は布団から出た。
「むー……なんかスッゴいテキトー」
その通り、適当にあしらったのである。
……などと馬鹿正直に返したところでアリシアの機嫌が悪化するだけなのはわかっていたから、
「さぁて、じゃあ俺も我慢はやめるかな」
ニヤリと笑って言い、俺は頭二つ分低い位置にあったアリシアの額に口付けてみた。
「〜〜〜〜ッ!?」
それだけで、『ズザー』っと壁際まで後退するアリシア。真っ赤な顔して額をおさえ、口をパクパク。……はは、ホントいつまでも純情なやつ。
俺はここぞとばかりに着ていた上着の前を開き、ニタリ。それこそ獲物を前にした肉食獣のごとき笑みを浮かべて少女へとにじり寄ってみた。
「おやおや。こんなところに美味しそうな茹で蛸娘が」
言いつつ、ついでに『ヒッヒッヒ』と笑ってみた。うん。怯えてる怯えてる。
「ひぁっ!? あっ、アリシア、タコじゃないもんっ! 女の子だもん……!」
……いや、茹で蛸ってのはそーいう意味じゃないんだが。
俺はアリシアの返しに内心で苦笑し、なぜか壁に背を当てるだけでそれ以上逃げようとしない少女を捕獲。そーっと、そのふっくらとした頬をなぞり、真っ赤な顔してギュッと目を閉じた彼女の耳元に囁きかけた。
「じゃあ、狼さんの俺は、そんな可愛い女の子を食べちゃおうかな?」
と、脅して「……や」――あ゛?
「やっ、やさしく……して、ね?」
…………。
……………………。
…………………………………………。
「……いただきます」
ガマン、ヨクナイ、デース。
◇◆◇◆◇
――スタート地点は、消した。
あとは――
◇◆◇◆◇
白い世界が、崩れて行く。
ガラガラと、白い空にヒビが入り、崩れて行く。
崩れて。
……壊れて。
白い、白い。幻想の終着点が。願いが叶う、想いと記憶が最後にたどり着く場所が。
アルハザードが。
「……もう、良いか?」
そう言って、黒い甲冑を纏った青年は笑った。
笑って――……消えた。
それを見送り、ふと、下を向く。膝の上で眠る、一人の少年を見る。
その子の名前は――川平雅樹。
自身が解放されることを願い、誰よりも強くなろうとした者。誰よりも強い想いを抱いていた者。
そして、その願いのために……自身の記憶のすべてを使い果たした、者。
――ループを、崩してやる。
そう言って、彼は自身より上位にあたる次元に干渉し……書き換えた。
……『始まり』を、消した。自身のすべてを代償に。
だから、
「……くぅん」
空っぽの少年を抱きしめ、願った。
すべての記憶を代償に。ただ、一心に。
これを見ている『彼』に、願った。
――目覚めろ、と。
◇◆◇◆◇
…………。
……………………。
…………………………………………ぁ。
ゆっくりと開けた瞼。ぼやける視界の向こうに映る、見慣れてしまった天井。
にわかに騒がしくなる病室。その声を頭がはっきり言葉として認識する前に、思った。
……終わったんだなぁ。
知らず頬を過ぎいく涙は……果たして十年という月日をまたいで渇ききった俺の頬を優しく濡らし、零れていった。
前話
《りりかるーぷ》
◇◆◇◆◇
俺の願いは、この無限地獄からの解放。おなじ時をめぐる輪廻の輪より外れ、終結を迎えることだ。
そのために、俺は数十年という時を使った。
そのために、数百人という人間を生み――壊した。
ただ、自分のために。
ただ、自分の望みを完遂するために。
そのために、俺はプレシア・テスタロッサに接触した。そのためだけに、俺はスカリエッティという名の悪魔に師事した。
すべては、ただ、繰り返さないために。二度と、『俺』として生まれぬために。
……死ぬ、ために。
短い人生。だけど長い――長すぎる記憶の連鎖。それを断ち切り、解放されるために。
そのためだけに――
「ははは! なんだ、その程度かよ!」
白い世界。
ようやくたどり着いたそこで。ようやくたどり着いた、アルハザードの入り口で。
俺は、俺と、対峙していた。
「ほらほらほら! どうしたよ、おい!」
凶笑を浮かべる、俺。
その世界の主であった、俺。
「ぐぅ……!」
――あらゆる願いが叶う世界。
あらゆる想いがたどり着く最果て。
それが――アルハザード。
「雅樹くん! 雅樹くん!!」
白き世界の、白き檻の中。
俺が連れて来てしまった、その時の俺の連れ合い――なのはは、すぐさまもう一人の俺に捕まってしまっていた。
そして俺は、彼女の目の前で――殺された。
「――……力が、無かったんだ」
暗く、暗い。暗黒をたたえた瞳を向けて、俺は語る。
「アルハザード。……その世界は、すべての願いが叶うが――しかし、より強い想いが優先されるようだった」
例えば、二人の想いがその世界に流れて来た場合。アルハザードはより強い願いを叶えるらしかった。
「……おそらくは、キミと一緒さ」
初めてアルハザードにたどり着いた時の俺は――その『前』の俺に、殺された。
『前』の、俺に。
たどり着いた、俺に。
「……本当にここが、アルハザードだという保証は無い。ただ、便宜上、俺はここをそう呼んでいる」
繰り返す者――川平雅樹。
いったい何人がそうだったのかは知らない。いったい何人がここを目指し、たどり着いたのかは知らない。
ここに――願いが行き着く、最果てに。
「九歳より生まれ、十九歳で終わる人生」
……どうして、俺の最初が九歳の誕生日なのか。
どうして、最後の最後が十九歳の誕生日なのか。
その答えが、ここにあった。
「……見ての通り、『俺』は複数存在する」
俺を殺した、俺。
殺し返した、俺。
そんな俺と対面し、こうして俺の話を聞いている俺。
「……あるいは、この世界がそれを望んだかのように」
強い想いを願ったのか。強い願いを望んだのか。
「……川平雅樹は、ここを目指す」
自身の解放を願い、アルハザードへ。その繰り返す時間の中で、想いを凝縮させて。
「川平雅樹は――忘れない」
すべてを。
俺の数少ない特技の一つ――『完全記憶能力』は、あるいはそのために。
「……並行世界か。もしくは、ここにたどり着くと記憶がリセットされるのかは知らない」
九歳の誕生日。初めて目覚めた俺は、何も覚えていなかった。
「その謎を解くために――俺は、待っていた」
……俺を、待っていた。そう言って俺は、九歳の俺を真っ直ぐに見た。
真の意味で、すべてを終わらせる、そのために――
◇◆◇◆◇
ここに来て、何故いきなり俺の意識が無くなったのか。どうして、気がついたらベッドで眠っていたのか。……その謎が、黒ずくめの俺の言葉で氷解した。
「悪いが、少し、キミの人生を覗かせてもらった」
…………。もしかして、夢で見たなのはとのイチャラヴライフはコイツの記憶か?
俺はすっかり綺麗になったテーブルの上に頬杖をつき、仔狐久遠と追いかけっこを始めたアリシアを横目に「別にいいさ」と返す。
「と言うより、やっぱり『どうやって』ってのが気にならないでもないが……気にしたところで意味は無いんだろ?」
黒いジャケットを着た黒い俺の台詞では、ここは『願いは叶う場所』らしい。
ならば、『何をどうやって』という過程は考えるだけ無駄なのかも知れない。
「アルハザードは、まあそういう場所さ」
食後の一服とでも言うのか、やっぱり優雅な所作でティーカップを傾けながら黒スケ。……と言うかコイツ、飯食ってねーし。
「……さて、閑話休題。さっそく始めるか」
「ああ」
果たして、俺たちは向かいあい、
「俺は、解放されるのか?」
「それを望むなら、叶えよう」
一問一答。
「お前も、やっぱり最初は九歳からか?」
「ああ。……さらに言えば、終わりは十九歳の誕生日。キミと同じだ」
ティーカップを手に、もう一人の俺は答え、
「目覚めたきっかけを、お前はどう思う?」
俺が、問う。
「……初めは、なのはとフェイトのせいだと思っていた」
それは歪な、自問自答。それはまだ、単なる確認作業。
「キミも知っての通り、その日――俺が目覚めた日は、二人がジュエルシードをめぐって争い、不完全ながらも発動させちまった日だった」
ゆえに、それがきっかけ。
「俺たちが昏睡状態となったのも、ジュエルシードのせいだ」
ゆえにこそ、ジュエルシードが原因。……そう思っていたが、
「おそらくは、違う」
もう一人の俺は、首を左右に振った。
「……俺は試しに、『俺』が生まれるきっかけを――川平雅樹が昏睡状態となる事件を無くしてみた」
不可能無き世界。望めば叶う世界で、もう一人の俺はいろいろと試したらしい。
「だが、結果は――今、目の前に居る」
そう言って俺を真っ直ぐに見る黒い俺。……ああ、つまり、俺の原点を消したのに、俺がこうしてここに居るから『昏睡する原因は他にある』、と。
「……並行世界か。あるいは既にキミという存在が生まれたあとだったからなのかは知らない」
原点――なのはが教えてくれた、ジュエルシードの暴走体による事件。突然現れた大樹を避けようとして俺の母親が起こした事故。それによって刻まれた、深刻な傷。
「だが、どちらにせよ……一つ、おかしな点があった」
真っ直ぐ俺を見つめ、俺の結果の一つである黒ずくめの男は告げる。
「俺は――なぜ、目覚めた?」
いや、正確には――
「俺は、なぜ――記憶できる?」
――俺が昏睡することになった、脳への傷。
それを知り、自身のことを調べれば調べるほどにわからなくなる疑問。
俺は何故、記憶野に致命的な怪我を負っていながら、完全記憶能力なんてものをもって目覚めたのか。
「昏睡することになった理由も、目覚めた原因も……無理やりにだが、ジュエルシードのせいだと言えなくも無かった」
だけど、それは違う。
今も額に刻まれた傷跡は、どう考えても俺が俺の記憶を持ち続けていられるわけのないものだった。
「転生のメカニズムも、ジュエルシードの――不可思議な何かのせいにすれば、話は簡単だった」
だが、違う。そう断言して見せる黒スケに、
「……つか、お前のその『あらゆる願いが叶う』っていうアルハザードミラクルでわからなかったのか?」
トントン、と。テーブルを指で叩き、問うた。
「……いや」
対し、首を左右に振って黒いの。手のなかのカップに視線を落とし、言った。
「アルハザードで願いを叶えるには、ある程度だが代価がいる」
その代価が――記憶。
何かを願い、叶えるには、それ相応の代価を――何らかの記憶を払う必要がある。
「……何を忘れるのかは完全にランダムらしいが、な」
って、待て。
「お前……そんな物騒な力使って、なに料理なんて無駄なものを」
呆れる。
目を丸くする。
「……いや、それ以前に」
チラリと。今も久遠と戯れているアリシアを見て、愕然とした。
「お前……そのチカラでアリシアを――」
「躊躇う理由なんて、無かった」
そう言って、もう一人の俺は――苦笑。
「川平雅樹。……キミが、キミで、良かったよ」
果たして、その台詞を最後に――
世界が、白く、白く、塗りつぶされた。
◇◆◇◆◇
目を、開けた。
青い空。そこを流れ行く白い雲。うっすらと見える複数の月。
ここは……ミッドチルダ、か?
俺は判然としない意識のままに記憶を探る。……なんだ? なんなんだ、この違和感は?
忘れることの無い俺。すべてを覚え、十年という時を繰り返してきた俺。
そして――解放され、二十歳になる、俺。
「……ん? 起きたんか?」
体を横たえた俺に、はやて。青い空を覆うように覗き込み、変わらぬ微笑を口元に浮かべて言った。
……どうやら、膝枕をされているらしい。俺は彼女の温もりを後頭部に感じ、そして体を起こ「ぃツっ!?」そうとして、体中に走った激痛に顔をしかめた。
「あ、あはは……。まだ、起き上がらへん方がいいよ」
……思い出した。
そうだ。俺は、たしか今日も彼女に「む? 起きたか」――声に振り向き、仏頂面のシグナムを睨んだ。
「……てめぇ。さっきはよくも――」
「油断した貴様が悪い」
ピシャリと遮られた。
そして、「……まあ、気持ちはわからなくも無いがな」と言って苦笑。
それに思わず『だったら斬るな!』と胸中で怒鳴りつけながら、ため息。……くそ。今日も勝てなかったか。
「あはは。でも、私が声かけんかったら勝ててたかも知れんし――」
「いや、まだまだだ」
はやての慰めの言葉を軽く遮り、いまだに痛み残る体を無理やり起こした。
「ツツツ……。っと、シグナム。今日はこれで終いにして良いか?」
問いつつ、傍らに落ちたままだったイグドラシル八式を回収。黒いブレスレットの待機状態に戻し、体の汚れを払う。
「ああ、そうだな」
見れば、シグナムもそのつもりだったのだろう。いつの間にかレヴァンティンは待機状態であったし、格好も局のそれであった。
そして、
「とは言え、だ。川平。このままだと間に合わんと思うぞ?」
ニヤリと笑って言った。
……コイツ、俺が気にしていることを。
つか、それをお前が言うのか?
「ハッ! ちゃ〜んと間に合わせてやるから安心しろ」
とりあえず虚勢を張ってみる。……うん。直前まで良いようにやられていただけに情けないな。
「つか、後はシグナム。お前だけなんだからな、覚悟しやがれ!」
ビシッと指差し、宣戦布告。
そうさ。あとはシグナムだけだ。
他のヴォルケンリッターには認めさせた。
他の家族には、認められたんだ。
だから――
「次こそは勝つ! 勝って、お前にも来てもらうぞ!」
俺とはやての結婚式に!!
そう高らかに告げる俺の背で、はやては少し大きくなり始めたお腹に手をやって笑っていた。
……いつものように。
いつまでも。
◇◆◇◆◇
――夢だと気付かなければ、それは現実で。
あるいは違いなんて、それだけのことなのかも知れない。
次話/前話
◇◆◇◆◇
俺の願いは、この無限地獄からの解放。おなじ時をめぐる輪廻の輪より外れ、終結を迎えることだ。
そのために、俺は数十年という時を使った。
そのために、数百人という人間を生み――壊した。
ただ、自分のために。
ただ、自分の望みを完遂するために。
そのために、俺はプレシア・テスタロッサに接触した。そのためだけに、俺はスカリエッティという名の悪魔に師事した。
すべては、ただ、繰り返さないために。二度と、『俺』として生まれぬために。
……死ぬ、ために。
短い人生。だけど長い――長すぎる記憶の連鎖。それを断ち切り、解放されるために。
そのためだけに――
「ははは! なんだ、その程度かよ!」
白い世界。
ようやくたどり着いたそこで。ようやくたどり着いた、アルハザードの入り口で。
俺は、俺と、対峙していた。
「ほらほらほら! どうしたよ、おい!」
凶笑を浮かべる、俺。
その世界の主であった、俺。
「ぐぅ……!」
――あらゆる願いが叶う世界。
あらゆる想いがたどり着く最果て。
それが――アルハザード。
「雅樹くん! 雅樹くん!!」
白き世界の、白き檻の中。
俺が連れて来てしまった、その時の俺の連れ合い――なのはは、すぐさまもう一人の俺に捕まってしまっていた。
そして俺は、彼女の目の前で――殺された。
「――……力が、無かったんだ」
暗く、暗い。暗黒をたたえた瞳を向けて、俺は語る。
「アルハザード。……その世界は、すべての願いが叶うが――しかし、より強い想いが優先されるようだった」
例えば、二人の想いがその世界に流れて来た場合。アルハザードはより強い願いを叶えるらしかった。
「……おそらくは、キミと一緒さ」
初めてアルハザードにたどり着いた時の俺は――その『前』の俺に、殺された。
『前』の、俺に。
たどり着いた、俺に。
「……本当にここが、アルハザードだという保証は無い。ただ、便宜上、俺はここをそう呼んでいる」
繰り返す者――川平雅樹。
いったい何人がそうだったのかは知らない。いったい何人がここを目指し、たどり着いたのかは知らない。
ここに――願いが行き着く、最果てに。
「九歳より生まれ、十九歳で終わる人生」
……どうして、俺の最初が九歳の誕生日なのか。
どうして、最後の最後が十九歳の誕生日なのか。
その答えが、ここにあった。
「……見ての通り、『俺』は複数存在する」
俺を殺した、俺。
殺し返した、俺。
そんな俺と対面し、こうして俺の話を聞いている俺。
「……あるいは、この世界がそれを望んだかのように」
強い想いを願ったのか。強い願いを望んだのか。
「……川平雅樹は、ここを目指す」
自身の解放を願い、アルハザードへ。その繰り返す時間の中で、想いを凝縮させて。
「川平雅樹は――忘れない」
すべてを。
俺の数少ない特技の一つ――『完全記憶能力』は、あるいはそのために。
「……並行世界か。もしくは、ここにたどり着くと記憶がリセットされるのかは知らない」
九歳の誕生日。初めて目覚めた俺は、何も覚えていなかった。
「その謎を解くために――俺は、待っていた」
……俺を、待っていた。そう言って俺は、九歳の俺を真っ直ぐに見た。
真の意味で、すべてを終わらせる、そのために――
◇◆◇◆◇
ここに来て、何故いきなり俺の意識が無くなったのか。どうして、気がついたらベッドで眠っていたのか。……その謎が、黒ずくめの俺の言葉で氷解した。
「悪いが、少し、キミの人生を覗かせてもらった」
…………。もしかして、夢で見たなのはとのイチャラヴライフはコイツの記憶か?
俺はすっかり綺麗になったテーブルの上に頬杖をつき、仔狐久遠と追いかけっこを始めたアリシアを横目に「別にいいさ」と返す。
「と言うより、やっぱり『どうやって』ってのが気にならないでもないが……気にしたところで意味は無いんだろ?」
黒いジャケットを着た黒い俺の台詞では、ここは『願いは叶う場所』らしい。
ならば、『何をどうやって』という過程は考えるだけ無駄なのかも知れない。
「アルハザードは、まあそういう場所さ」
食後の一服とでも言うのか、やっぱり優雅な所作でティーカップを傾けながら黒スケ。……と言うかコイツ、飯食ってねーし。
「……さて、閑話休題。さっそく始めるか」
「ああ」
果たして、俺たちは向かいあい、
「俺は、解放されるのか?」
「それを望むなら、叶えよう」
一問一答。
「お前も、やっぱり最初は九歳からか?」
「ああ。……さらに言えば、終わりは十九歳の誕生日。キミと同じだ」
ティーカップを手に、もう一人の俺は答え、
「目覚めたきっかけを、お前はどう思う?」
俺が、問う。
「……初めは、なのはとフェイトのせいだと思っていた」
それは歪な、自問自答。それはまだ、単なる確認作業。
「キミも知っての通り、その日――俺が目覚めた日は、二人がジュエルシードをめぐって争い、不完全ながらも発動させちまった日だった」
ゆえに、それがきっかけ。
「俺たちが昏睡状態となったのも、ジュエルシードのせいだ」
ゆえにこそ、ジュエルシードが原因。……そう思っていたが、
「おそらくは、違う」
もう一人の俺は、首を左右に振った。
「……俺は試しに、『俺』が生まれるきっかけを――川平雅樹が昏睡状態となる事件を無くしてみた」
不可能無き世界。望めば叶う世界で、もう一人の俺はいろいろと試したらしい。
「だが、結果は――今、目の前に居る」
そう言って俺を真っ直ぐに見る黒い俺。……ああ、つまり、俺の原点を消したのに、俺がこうしてここに居るから『昏睡する原因は他にある』、と。
「……並行世界か。あるいは既にキミという存在が生まれたあとだったからなのかは知らない」
原点――なのはが教えてくれた、ジュエルシードの暴走体による事件。突然現れた大樹を避けようとして俺の母親が起こした事故。それによって刻まれた、深刻な傷。
「だが、どちらにせよ……一つ、おかしな点があった」
真っ直ぐ俺を見つめ、俺の結果の一つである黒ずくめの男は告げる。
「俺は――なぜ、目覚めた?」
いや、正確には――
「俺は、なぜ――記憶できる?」
――俺が昏睡することになった、脳への傷。
それを知り、自身のことを調べれば調べるほどにわからなくなる疑問。
俺は何故、記憶野に致命的な怪我を負っていながら、完全記憶能力なんてものをもって目覚めたのか。
「昏睡することになった理由も、目覚めた原因も……無理やりにだが、ジュエルシードのせいだと言えなくも無かった」
だけど、それは違う。
今も額に刻まれた傷跡は、どう考えても俺が俺の記憶を持ち続けていられるわけのないものだった。
「転生のメカニズムも、ジュエルシードの――不可思議な何かのせいにすれば、話は簡単だった」
だが、違う。そう断言して見せる黒スケに、
「……つか、お前のその『あらゆる願いが叶う』っていうアルハザードミラクルでわからなかったのか?」
トントン、と。テーブルを指で叩き、問うた。
「……いや」
対し、首を左右に振って黒いの。手のなかのカップに視線を落とし、言った。
「アルハザードで願いを叶えるには、ある程度だが代価がいる」
その代価が――記憶。
何かを願い、叶えるには、それ相応の代価を――何らかの記憶を払う必要がある。
「……何を忘れるのかは完全にランダムらしいが、な」
って、待て。
「お前……そんな物騒な力使って、なに料理なんて無駄なものを」
呆れる。
目を丸くする。
「……いや、それ以前に」
チラリと。今も久遠と戯れているアリシアを見て、愕然とした。
「お前……そのチカラでアリシアを――」
「躊躇う理由なんて、無かった」
そう言って、もう一人の俺は――苦笑。
「川平雅樹。……キミが、キミで、良かったよ」
果たして、その台詞を最後に――
世界が、白く、白く、塗りつぶされた。
◇◆◇◆◇
目を、開けた。
青い空。そこを流れ行く白い雲。うっすらと見える複数の月。
ここは……ミッドチルダ、か?
俺は判然としない意識のままに記憶を探る。……なんだ? なんなんだ、この違和感は?
忘れることの無い俺。すべてを覚え、十年という時を繰り返してきた俺。
そして――解放され、二十歳になる、俺。
「……ん? 起きたんか?」
体を横たえた俺に、はやて。青い空を覆うように覗き込み、変わらぬ微笑を口元に浮かべて言った。
……どうやら、膝枕をされているらしい。俺は彼女の温もりを後頭部に感じ、そして体を起こ「ぃツっ!?」そうとして、体中に走った激痛に顔をしかめた。
「あ、あはは……。まだ、起き上がらへん方がいいよ」
……思い出した。
そうだ。俺は、たしか今日も彼女に「む? 起きたか」――声に振り向き、仏頂面のシグナムを睨んだ。
「……てめぇ。さっきはよくも――」
「油断した貴様が悪い」
ピシャリと遮られた。
そして、「……まあ、気持ちはわからなくも無いがな」と言って苦笑。
それに思わず『だったら斬るな!』と胸中で怒鳴りつけながら、ため息。……くそ。今日も勝てなかったか。
「あはは。でも、私が声かけんかったら勝ててたかも知れんし――」
「いや、まだまだだ」
はやての慰めの言葉を軽く遮り、いまだに痛み残る体を無理やり起こした。
「ツツツ……。っと、シグナム。今日はこれで終いにして良いか?」
問いつつ、傍らに落ちたままだったイグドラシル八式を回収。黒いブレスレットの待機状態に戻し、体の汚れを払う。
「ああ、そうだな」
見れば、シグナムもそのつもりだったのだろう。いつの間にかレヴァンティンは待機状態であったし、格好も局のそれであった。
そして、
「とは言え、だ。川平。このままだと間に合わんと思うぞ?」
ニヤリと笑って言った。
……コイツ、俺が気にしていることを。
つか、それをお前が言うのか?
「ハッ! ちゃ〜んと間に合わせてやるから安心しろ」
とりあえず虚勢を張ってみる。……うん。直前まで良いようにやられていただけに情けないな。
「つか、後はシグナム。お前だけなんだからな、覚悟しやがれ!」
ビシッと指差し、宣戦布告。
そうさ。あとはシグナムだけだ。
他のヴォルケンリッターには認めさせた。
他の家族には、認められたんだ。
だから――
「次こそは勝つ! 勝って、お前にも来てもらうぞ!」
俺とはやての結婚式に!!
そう高らかに告げる俺の背で、はやては少し大きくなり始めたお腹に手をやって笑っていた。
……いつものように。
いつまでも。
◇◆◇◆◇
――夢だと気付かなければ、それは現実で。
あるいは違いなんて、それだけのことなのかも知れない。
次話/前話
《りりかるーぷ》
◇◆◇◆◇
ジリリリリ……! そんな目覚まし時計の音に瞼をあけた。
ぼやける視界。それでも朝の陽光に浮かび上がった我が家の天井は、『繰り返し』の度に眺める病院のそれとは違う一種の安らぎを俺に与えてくれた。
あー……うーん? 判然としない意識。半ば呆然としながら天井の木目を睨み、額に手を当てて考える。……えー、と。今日は『いつ』……だったか?
ゆったりと上体を起こ「ぅぐえ!?」そうとして、着ていた服の重さに驚き、ベッドへ。な、なんだ? てっきり普通の布だと思っていたそれは、なぜか少し鉛じみた重量を持ち、よくよく体周りを見回せば手首についてる黒のリストバンドやベルト、足首に巻かれたバンドまで重りのような――というか、事実、それらは重りのようだった。
俺……からだ、鍛えてたんだっけか? 再び身を起こし、額に手のひらを当てて考えこむ。……なんだ? どういうことだ?
視線を、ベッド脇の窓へ。そこに映る自身のしかめっ面を横目に、思う。
……おかしい。なんだ、この違和感は?
記憶を探る。俺は……川平雅樹。
今年で十七になる高校二年生。そして、なんで体を鍛えてるのかと言えば――
「ん?」
ノックの音に、顔を上げた。
果たして扉を開き、彼女は現れた。
「ぁ」
初めに見えたのは、その長い栗色の髪。それから少し驚いた顔。
着ているのは学校の制服で――……ん? 彼女のそれはいつも通りのもので、見慣れている、俺と同じ高校の制服なんだが…………なぜか、ひどく違和感を覚えた。
「あ……ご、ごめんね。もう起きてるなんて思ってなかったから……」
そう慌てて顔を引っ込めようとした彼女を――
「なのは?」
呼び止めた。
呼び止めてから、何を言おうかを考えていなかったことに気付いた。
「ん?」
首を傾げる、高町なのは。その左側に結ばれた長髪と、聖祥高の制服とを眺めながらこちらも首を傾げた。
……あれ? ガリガリと頭をかき、顔をしかめる。なんだ? なんだよ、この違和感は……!
おかしい。
朝、なのはが俺の家に来るのはいつものことだ。それから、家事全般が不得手な俺のために朝ご飯を作ってくれたり、一緒に登校したりすんのもいつものこと。それこそ、付き合い出した中学生の頃からの習慣で――
「……雅樹くん?」
なのはが、近寄ってくる。
なのはが。俺の、彼女が。
それが――
「にゃっ……!?」
気付いたら、なのはを抱き寄せてた。
「…………」
「ぇ、えと……雅樹くん?」
……わからない。なんだ、この違和感。この、胸をかきむしられるような痛みは!
わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからな「……大丈夫だよ」――なのはが俺の背に手を回し、言った。
「……大丈夫。大丈夫だよ」
何が? と、疑問に思わないほど、その優しい声には安らぎを覚えた。
「…………」
果たして、どれだけの間、そうして彼女を抱きしめていたのか。
俺はいつからか閉じていた瞳を開け、「……悪い」と一言。いまだ拭えぬ違和感の残滓を頭の片隅に、ようやくなのはから体を離し――
「ん?」
気付けば、目の前のなのはは、顔を真っ赤にしていた。
? なんだ? 僅かに首を傾げ、どういうわけか視線を合わせようとしないで恥ずかしそうにしてるなのはを「あ、あの。ま、雅樹くんのが……当たってる」――理解した。
「あ〜……」
今は、朝で。起きてすぐで。
俺は健全な青少年であり、なのはは俺に体を密着させていた。
つまり――
「あ、あのね……! ま、ままま、まだ時間あ、ある、からっ……!」
そう、これでもかと顔を蒸気させて言う美少女を前に、「だ、だから――きゃっ!?」……俺は、我慢なんて出来そうに無かった。
「あ、あのあの……。わ、私、代えの下着――ん!?」
今さら慌てだした彼女に口付けながら思った。……はは、まるで夢みたいだな。
――果たして、それは正しく夢だった。
◇◆◇◆◇
…………。
……………………。
…………………………………………おい。
むくりと体を起こし、たまらず嘆息。な、なんつー夢オチ。……俺、溜まってるのか?
「はあ〜……」
深く長いため息をもう一度。俺は頭を左右に振り、眠気を完全に「くぅん?」――小さな鳴き声に膝元を見ると、仔狐が一匹、つぶらな瞳で俺を見上げていた。
……えー、と? 俺は頭をかきかき、改めて自身の寝ていた場所を見回した。
「…………。知らない天井だ」
お約束な台詞を吐きつつ見上げたそこは、言葉通りに知らない天井。それもある意味で見慣れた病室の天井でなければ、もちろん自分の家のものでもない。
つまり、本当に、知らない、天井だった。
「……ここ、は?」
呟き、記憶を探る。俺は確かアルハザードを目指し、そして――
「――アルハザードだよ」
答える、声。
俺はそちらに振り向き――…………思い出した。
「よお、もう一人の俺」
そう挨拶し、体を起こす。
その動きで膝元にいた仔狐はトタトタと俺から離れ、部屋の入り口で佇んでいたソイツ――二十代半ばらしい容貌の、もう一人の川平雅樹の足下へ。……なんだ、コイツのペットか?
「……お前には、訊きたいことがたくさんある」
立ち上がり、ゆっくりと歩み寄りながら俺。一見してログハウスのような部屋を眺めて回し、問うた。
「……だろうな」
黒いジャケットに黒のスラックスのもう一人の俺は、ただ淡々とした物言いでそう返し、膝を折って仔狐を抱き上げた。……どうでもいいが、コイツ、『黒』が好きなのか?
「来い。食事の用意をしてある」
「ああ。――って、おい!」
部屋を出てすぐ、リビングらしいそこに付くやテーブル上の料理を見て思わず叫んだ。
「おまっ! お、俺のくせに料理なんて!?」
自慢じゃないが川平雅樹に料理スキルなんて無い。せいぜいでお湯入れて三分かレンジでチンする程度だ。
「……それは料理じゃない」
黒い俺は醒めた目を向けて呟き、「安心しろ。俺が作ったわけじゃない」と言ってテーブル脇の小さな椅子に仔狐を乗せた。
「原則として、ここでは俺の願いはすべて叶う」
呟き、悠然と四人掛けのその一つに腰を下ろすもう一人の俺。
「な、何をわけわかんねーこと――」
「とりあえず、だ」
遮り、黒ずくめの俺は俺に横目を向け、言った。
「話の前に、キミが連れてきたもう一人の客人を起こしてきてくれないか?」
…………は?
もう一人の客人?
俺は眉根を寄せ、「誰のことだ?」と疑問を口にした。
――と同時に、背後で扉の開く音が響いた。
「ふあ〜……。まだ眠い〜……」
…………おかしい。
背後から聞こえた、言葉通りに眠そうな幼女の声。それに足音。
……おかしい。
『背後』から、というのがおかしい。そもそも背後にある扉は一つだけだったはずであり、その扉はさっきまで俺が寝ていた部屋に通じていたはずだ。
つまり――
「……原則として、ここでの事象に時間的、あるいは空間的制約は殆ど無いものと思え」
ペタペタと。素足でフローリングを行く小さな足音と「あ、ごはん〜♪」と言って脇を過ぎて行く金髪幼女の存在に、俺は早くも思考が停止する思いだった。
…………ははは。なんだよ、そりゃ。
「原則として……ここでは科学的な考察は慎んだ方が楽だぞ?」
そう言って、向かいに元気よく座った幼女に――アリシア・テスタロッサに取り皿を渡す黒い俺を見て、
「……………………はぁ」
俺は心底疲れたとばかりに嘆息した。
◇◆◇◆◇
席に座り、とりあえず「お前は誰だ?」と訊いてみた。
「川平雅樹、だな。……もっとも、最後の姓は『神崎』だったが」
黒ずくめの俺は優雅に紅茶のカップを傾けながら答えた。
「『神崎』……?」
そんな姓のやつ、いたっけ? そう首を傾げる俺に一瞥をくれ、「……だろうな」と黒服の俺はカップを置いて軽く返した。
「見たところ、キミは『神崎一刀流』はおろか『御神流』すら修めてない。……おおかた、武器や魔導兵装で足りないチカラを補って戦ってたクチだろう?」
…………。
「図星、か。……まぁ、仕方ないさ」
もう一人の俺は軽く肩をすくめ、チラリと隣を見た。
俺もそれを視線で追い――……って、おい。果たしてそこに居た、さっきまで仔狐だったはずの、キツネ耳生やした金髪幼女の姿を認めて半目になる。
……まさか使い魔、か? 俺には魔力なんて無かったし、魔法も使えなかったはずだが――……って言うか、キツネ耳幼女の格好が巫女服モドキなのは黒スケの趣味か?
「何を勘違いしているのかは薄々わかるが、違う」
さすがはもう一人の俺。ただジト目を向けるだけで正しく俺の言いたいことを理解したらしく、即座に否定した。
「この子は妖狐の『久遠』。……俺の最後の連れ合いさ」
黒い俺はそう言ってキツネ耳の幼女――久遠の頭に手を乗せ、軽く撫でる。
それにキツネっ娘が「くぅん♪」と言って瞳を細める様を眺めながら、「…………このロリコンめ」と、蔑みの視線とともに言ってやった。
「……否定はしない」
対し、いい歳した大人であるはずの俺は軽く肩をすくめて返し、「――というより、おそらくそれはキミも同じだろう?」真っ向から同族だろ発言。
「ハッ!」
思わず鼻で笑う。悪いが、俺は幼女偏愛主義者じゃあ無い。チラリと横を見れば、口の周りをベタベタに汚して料理を頬張ってるアリシアが居るが……コイツは成り行きで連れて来ただけで、何も好きこのんでこんな幼女を連れてたんじゃない。
…………。とりあえずハンカチでアリシアの口周りを拭う。
「♪ ありがとー♪」
…………うん。可愛いジャマイカ。もとい、可愛いじゃないか。
「……あながち違うとも言い切れないようだが?」
「…………うるせー」
たまらず視線を逸らす俺。それを見て僅かに呆れ混じりの気配を向けながら、ロリコンだとカミングアウトした方の俺は静かに口を開いた。
「……何も外見が幼い女の子だから好き、という意味じゃない。単に、『俺たち』の精神年齢からしたら大抵の異性が年端も行かぬ女の子だから、という意味あいでの肯定だ」
ゆえにロリコン。
繰り返す俺――中身が爺である川平雅樹にとって、好きになる異性は大抵ジジイと孫ほどの差があると返す俺に、『まあ確かに』と思わないでもない。……精神年齢にあった相手となると、確かにババアってことだし、それなら俺だって美少女の方が好きだ。
「……ちなみに久遠は合法ロリだが」
「って、真性かよこの野郎!」
しれっと言った黒いのの台詞にたまらず突っ込む。……コイツ、人がせっかく納得して受け入れかけたものを。
「……まあ冗談だが」
どっちが!?
「いや。というより、真実、キミより久遠の方が歳上だぞ?」
…………は?
俺はゆっくり久遠へと視線を向け――……なんだかお腹いっぱいで早くも夢見心地っぽい幼女の緩んだ顔に、心の底からもう一人の俺はロリコンだと確信した。うん、間違いないね。
「……和みきった顔で何『自分はまともだ』なんてほざいてやがる」
対し、呆れ顔でロリコン。軽くテーブルに頬杖をつき、白けたような視線を寄越して言った。
「勘だが……キミ。まだ百年も生きてないだろ?」
俺の精神年齢――というか、繰り返しの人生はたしかにまだ六十年ほどだった。
「対して、久遠はこれでも百年は軽く生きてる真正の妖狐。……かく言う俺も、かれこれ三百年近く繰り返しを経験している」
…………。
……なん、だと?
「つ、つまり――エターナル・ロリータか!?」
「……他にもっと突っ込みどころは無いのか、もう一人の俺」
『くわっ!』と目を開けて叫ぶ俺に嘆息混じりに黒い俺。それらを「くぅん?」と言って可愛らしく首を傾げて眺めてる幼女に「……見てはいけません」と、何やら実にムカつくことを言い、
「……それで?」
質問はそれだけか? そう横目を向けて問うた。
「ハッ!」
対し、思わず鼻で笑い、「そんなワケねーだろ」と半ば睨むようにして言った。
「……最初の質問に答えろ」
お前は誰だ?
真っ直ぐに俺はもう一人の俺を睨み、問う。
「……俺は、川平雅樹」
果たして、ソイツは答えた。
「おそらく……キミの『前』の、ね」
◇◆◇◆◇
――最期の時を迎えよう。
最期の。
そして、始まりの時を。
次話/前話
◇◆◇◆◇
ジリリリリ……! そんな目覚まし時計の音に瞼をあけた。
ぼやける視界。それでも朝の陽光に浮かび上がった我が家の天井は、『繰り返し』の度に眺める病院のそれとは違う一種の安らぎを俺に与えてくれた。
あー……うーん? 判然としない意識。半ば呆然としながら天井の木目を睨み、額に手を当てて考える。……えー、と。今日は『いつ』……だったか?
ゆったりと上体を起こ「ぅぐえ!?」そうとして、着ていた服の重さに驚き、ベッドへ。な、なんだ? てっきり普通の布だと思っていたそれは、なぜか少し鉛じみた重量を持ち、よくよく体周りを見回せば手首についてる黒のリストバンドやベルト、足首に巻かれたバンドまで重りのような――というか、事実、それらは重りのようだった。
俺……からだ、鍛えてたんだっけか? 再び身を起こし、額に手のひらを当てて考えこむ。……なんだ? どういうことだ?
視線を、ベッド脇の窓へ。そこに映る自身のしかめっ面を横目に、思う。
……おかしい。なんだ、この違和感は?
記憶を探る。俺は……川平雅樹。
今年で十七になる高校二年生。そして、なんで体を鍛えてるのかと言えば――
「ん?」
ノックの音に、顔を上げた。
果たして扉を開き、彼女は現れた。
「ぁ」
初めに見えたのは、その長い栗色の髪。それから少し驚いた顔。
着ているのは学校の制服で――……ん? 彼女のそれはいつも通りのもので、見慣れている、俺と同じ高校の制服なんだが…………なぜか、ひどく違和感を覚えた。
「あ……ご、ごめんね。もう起きてるなんて思ってなかったから……」
そう慌てて顔を引っ込めようとした彼女を――
「なのは?」
呼び止めた。
呼び止めてから、何を言おうかを考えていなかったことに気付いた。
「ん?」
首を傾げる、高町なのは。その左側に結ばれた長髪と、聖祥高の制服とを眺めながらこちらも首を傾げた。
……あれ? ガリガリと頭をかき、顔をしかめる。なんだ? なんだよ、この違和感は……!
おかしい。
朝、なのはが俺の家に来るのはいつものことだ。それから、家事全般が不得手な俺のために朝ご飯を作ってくれたり、一緒に登校したりすんのもいつものこと。それこそ、付き合い出した中学生の頃からの習慣で――
「……雅樹くん?」
なのはが、近寄ってくる。
なのはが。俺の、彼女が。
それが――
「にゃっ……!?」
気付いたら、なのはを抱き寄せてた。
「…………」
「ぇ、えと……雅樹くん?」
……わからない。なんだ、この違和感。この、胸をかきむしられるような痛みは!
わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからな「……大丈夫だよ」――なのはが俺の背に手を回し、言った。
「……大丈夫。大丈夫だよ」
何が? と、疑問に思わないほど、その優しい声には安らぎを覚えた。
「…………」
果たして、どれだけの間、そうして彼女を抱きしめていたのか。
俺はいつからか閉じていた瞳を開け、「……悪い」と一言。いまだ拭えぬ違和感の残滓を頭の片隅に、ようやくなのはから体を離し――
「ん?」
気付けば、目の前のなのはは、顔を真っ赤にしていた。
? なんだ? 僅かに首を傾げ、どういうわけか視線を合わせようとしないで恥ずかしそうにしてるなのはを「あ、あの。ま、雅樹くんのが……当たってる」――理解した。
「あ〜……」
今は、朝で。起きてすぐで。
俺は健全な青少年であり、なのはは俺に体を密着させていた。
つまり――
「あ、あのね……! ま、ままま、まだ時間あ、ある、からっ……!」
そう、これでもかと顔を蒸気させて言う美少女を前に、「だ、だから――きゃっ!?」……俺は、我慢なんて出来そうに無かった。
「あ、あのあの……。わ、私、代えの下着――ん!?」
今さら慌てだした彼女に口付けながら思った。……はは、まるで夢みたいだな。
――果たして、それは正しく夢だった。
◇◆◇◆◇
…………。
……………………。
…………………………………………おい。
むくりと体を起こし、たまらず嘆息。な、なんつー夢オチ。……俺、溜まってるのか?
「はあ〜……」
深く長いため息をもう一度。俺は頭を左右に振り、眠気を完全に「くぅん?」――小さな鳴き声に膝元を見ると、仔狐が一匹、つぶらな瞳で俺を見上げていた。
……えー、と? 俺は頭をかきかき、改めて自身の寝ていた場所を見回した。
「…………。知らない天井だ」
お約束な台詞を吐きつつ見上げたそこは、言葉通りに知らない天井。それもある意味で見慣れた病室の天井でなければ、もちろん自分の家のものでもない。
つまり、本当に、知らない、天井だった。
「……ここ、は?」
呟き、記憶を探る。俺は確かアルハザードを目指し、そして――
「――アルハザードだよ」
答える、声。
俺はそちらに振り向き――…………思い出した。
「よお、もう一人の俺」
そう挨拶し、体を起こす。
その動きで膝元にいた仔狐はトタトタと俺から離れ、部屋の入り口で佇んでいたソイツ――二十代半ばらしい容貌の、もう一人の川平雅樹の足下へ。……なんだ、コイツのペットか?
「……お前には、訊きたいことがたくさんある」
立ち上がり、ゆっくりと歩み寄りながら俺。一見してログハウスのような部屋を眺めて回し、問うた。
「……だろうな」
黒いジャケットに黒のスラックスのもう一人の俺は、ただ淡々とした物言いでそう返し、膝を折って仔狐を抱き上げた。……どうでもいいが、コイツ、『黒』が好きなのか?
「来い。食事の用意をしてある」
「ああ。――って、おい!」
部屋を出てすぐ、リビングらしいそこに付くやテーブル上の料理を見て思わず叫んだ。
「おまっ! お、俺のくせに料理なんて!?」
自慢じゃないが川平雅樹に料理スキルなんて無い。せいぜいでお湯入れて三分かレンジでチンする程度だ。
「……それは料理じゃない」
黒い俺は醒めた目を向けて呟き、「安心しろ。俺が作ったわけじゃない」と言ってテーブル脇の小さな椅子に仔狐を乗せた。
「原則として、ここでは俺の願いはすべて叶う」
呟き、悠然と四人掛けのその一つに腰を下ろすもう一人の俺。
「な、何をわけわかんねーこと――」
「とりあえず、だ」
遮り、黒ずくめの俺は俺に横目を向け、言った。
「話の前に、キミが連れてきたもう一人の客人を起こしてきてくれないか?」
…………は?
もう一人の客人?
俺は眉根を寄せ、「誰のことだ?」と疑問を口にした。
――と同時に、背後で扉の開く音が響いた。
「ふあ〜……。まだ眠い〜……」
…………おかしい。
背後から聞こえた、言葉通りに眠そうな幼女の声。それに足音。
……おかしい。
『背後』から、というのがおかしい。そもそも背後にある扉は一つだけだったはずであり、その扉はさっきまで俺が寝ていた部屋に通じていたはずだ。
つまり――
「……原則として、ここでの事象に時間的、あるいは空間的制約は殆ど無いものと思え」
ペタペタと。素足でフローリングを行く小さな足音と「あ、ごはん〜♪」と言って脇を過ぎて行く金髪幼女の存在に、俺は早くも思考が停止する思いだった。
…………ははは。なんだよ、そりゃ。
「原則として……ここでは科学的な考察は慎んだ方が楽だぞ?」
そう言って、向かいに元気よく座った幼女に――アリシア・テスタロッサに取り皿を渡す黒い俺を見て、
「……………………はぁ」
俺は心底疲れたとばかりに嘆息した。
◇◆◇◆◇
席に座り、とりあえず「お前は誰だ?」と訊いてみた。
「川平雅樹、だな。……もっとも、最後の姓は『神崎』だったが」
黒ずくめの俺は優雅に紅茶のカップを傾けながら答えた。
「『神崎』……?」
そんな姓のやつ、いたっけ? そう首を傾げる俺に一瞥をくれ、「……だろうな」と黒服の俺はカップを置いて軽く返した。
「見たところ、キミは『神崎一刀流』はおろか『御神流』すら修めてない。……おおかた、武器や魔導兵装で足りないチカラを補って戦ってたクチだろう?」
…………。
「図星、か。……まぁ、仕方ないさ」
もう一人の俺は軽く肩をすくめ、チラリと隣を見た。
俺もそれを視線で追い――……って、おい。果たしてそこに居た、さっきまで仔狐だったはずの、キツネ耳生やした金髪幼女の姿を認めて半目になる。
……まさか使い魔、か? 俺には魔力なんて無かったし、魔法も使えなかったはずだが――……って言うか、キツネ耳幼女の格好が巫女服モドキなのは黒スケの趣味か?
「何を勘違いしているのかは薄々わかるが、違う」
さすがはもう一人の俺。ただジト目を向けるだけで正しく俺の言いたいことを理解したらしく、即座に否定した。
「この子は妖狐の『久遠』。……俺の最後の連れ合いさ」
黒い俺はそう言ってキツネ耳の幼女――久遠の頭に手を乗せ、軽く撫でる。
それにキツネっ娘が「くぅん♪」と言って瞳を細める様を眺めながら、「…………このロリコンめ」と、蔑みの視線とともに言ってやった。
「……否定はしない」
対し、いい歳した大人であるはずの俺は軽く肩をすくめて返し、「――というより、おそらくそれはキミも同じだろう?」真っ向から同族だろ発言。
「ハッ!」
思わず鼻で笑う。悪いが、俺は幼女偏愛主義者じゃあ無い。チラリと横を見れば、口の周りをベタベタに汚して料理を頬張ってるアリシアが居るが……コイツは成り行きで連れて来ただけで、何も好きこのんでこんな幼女を連れてたんじゃない。
…………。とりあえずハンカチでアリシアの口周りを拭う。
「♪ ありがとー♪」
…………うん。可愛いジャマイカ。もとい、可愛いじゃないか。
「……あながち違うとも言い切れないようだが?」
「…………うるせー」
たまらず視線を逸らす俺。それを見て僅かに呆れ混じりの気配を向けながら、ロリコンだとカミングアウトした方の俺は静かに口を開いた。
「……何も外見が幼い女の子だから好き、という意味じゃない。単に、『俺たち』の精神年齢からしたら大抵の異性が年端も行かぬ女の子だから、という意味あいでの肯定だ」
ゆえにロリコン。
繰り返す俺――中身が爺である川平雅樹にとって、好きになる異性は大抵ジジイと孫ほどの差があると返す俺に、『まあ確かに』と思わないでもない。……精神年齢にあった相手となると、確かにババアってことだし、それなら俺だって美少女の方が好きだ。
「……ちなみに久遠は合法ロリだが」
「って、真性かよこの野郎!」
しれっと言った黒いのの台詞にたまらず突っ込む。……コイツ、人がせっかく納得して受け入れかけたものを。
「……まあ冗談だが」
どっちが!?
「いや。というより、真実、キミより久遠の方が歳上だぞ?」
…………は?
俺はゆっくり久遠へと視線を向け――……なんだかお腹いっぱいで早くも夢見心地っぽい幼女の緩んだ顔に、心の底からもう一人の俺はロリコンだと確信した。うん、間違いないね。
「……和みきった顔で何『自分はまともだ』なんてほざいてやがる」
対し、呆れ顔でロリコン。軽くテーブルに頬杖をつき、白けたような視線を寄越して言った。
「勘だが……キミ。まだ百年も生きてないだろ?」
俺の精神年齢――というか、繰り返しの人生はたしかにまだ六十年ほどだった。
「対して、久遠はこれでも百年は軽く生きてる真正の妖狐。……かく言う俺も、かれこれ三百年近く繰り返しを経験している」
…………。
……なん、だと?
「つ、つまり――エターナル・ロリータか!?」
「……他にもっと突っ込みどころは無いのか、もう一人の俺」
『くわっ!』と目を開けて叫ぶ俺に嘆息混じりに黒い俺。それらを「くぅん?」と言って可愛らしく首を傾げて眺めてる幼女に「……見てはいけません」と、何やら実にムカつくことを言い、
「……それで?」
質問はそれだけか? そう横目を向けて問うた。
「ハッ!」
対し、思わず鼻で笑い、「そんなワケねーだろ」と半ば睨むようにして言った。
「……最初の質問に答えろ」
お前は誰だ?
真っ直ぐに俺はもう一人の俺を睨み、問う。
「……俺は、川平雅樹」
果たして、ソイツは答えた。
「おそらく……キミの『前』の、ね」
◇◆◇◆◇
――最期の時を迎えよう。
最期の。
そして、始まりの時を。
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