《魔法少女リリカルなのはStrikers〜postscript〜》
照明は消され、外からの光を防犯用の重厚なシャッターに遮られた店内は、今が昼だというのに薄暗かった。
すべては突如として現れた武装集団のせい。出入り口、通信設備、そして『AMF』による魔法封じといった念の入った工作を持ってレストランを占領した彼らは、
しかし、たった一人のイレギュラーを前に、皆凍り付いていた。
店内を満たす純然にして冷徹な殺意の奔流――その中心に佇むのは一人の少女。加害者、被害者問わず、すべての人間を凍り付かせたイレギュラー――月村雫は、しかし彼らなど見向きもしない。
彼女が注意を向けるのは最初からその一点のみ。店内隅の席に座し、このような状況下で尚優雅にコーヒーカップを傾けている子供が居るそこだけ。
「……アレは戦闘機人か?」
目深に被った大きな帽子と黒いサングラス。全身をすっぽりと隠す、まるで雨合羽のような赤いコートを纏ったその子供は、しかしそんな少女になど注意を払わない。
「……動きに機械的なものを感じない。おそらくは人造魔導師の類だろう」
子供は一人、誰にともなく呟いている。
「……だけどさ。アレから一瞬だけど『レリック』みたいな力を感知したよ?」
まるで話相手が複数居るように。
まるで自分自身と話すように。
子供は一人、口調を変えて呟き続けていた。
「……要するにアレが例のデバイス持ちなんじゃない? ……つまりは実験体だにぃ」
少女からの冷ややかな殺意を受けて尚、その子供は動じず、やはりこちらも先ほどから注意を向けている先を変じない。
「……厄介なぁ。……これじゃ本命の奪取も難しいにゃあ」
子供の視線の向かう先――一人佇む少女を眺めている高町ヴィヴィオは、しかし今はまだ気付いていない。
今は、まだ――。
第七話 原罪
――一年前。
その時の少女は、まだ強さに憧れていた。
「……………………ぅあ?」
ぼやけた視界に移るのは青空。体に感じるのは春の微風と草木の優しい香り。そして穏やかな陽気よりもなお穏やかな温もり。
「お、やっと起きた」
少女が目覚めたことにいち早く気付いたオレンジの髪の女の子――アルフは、そう言って満面の笑みになった。
「…………あ」
果たして、その言葉に少女が反応するより早く、少女の頭を膝に乗せた女性――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが、少女の顔を心配げに覗き込んだ。
「……ヴィヴィオ、ごめんね。どこか痛いところ無い?」
自分の頭を優しく撫でる彼女に、少女――高町ヴィヴィオは気持ち良さそうに瞳を細め、
そして、花が咲くように無邪気に笑って言った。
「うん! 大丈夫だよママ!」
――高町ヴィヴィオ、八歳。
好きな食べ物、ママが作ったキャラメルミルク。苦手な食べ物、ピーマン。
教会系列の魔法学校――St.ヒルデ魔法学院の初等部に通う、ちょっと特別な女の子。
「……本当? でも――」
「本当に大丈夫だよ」
――その日も片親であるフェイトママに魔法の基礎と空戦を一通り習い、
そしてアルフから実戦さながらの実技指導を受け、少女は着実にその力を伸ばしていた。
「……まぁた始まったよ。相変わらずフェイトママは心配性だねぇ」
「だねぇ♪」
――少女は強くなりたかった。
強くなるともう一人のママ――高町なのはと約束したから。
そして、何より――
「もう……。私はママなんだから心配性でもいいの――って、あ! アルフ、ヴィヴィオ。そろそろ病院に行く時間!」
「「あ!」」
――少女は見て欲しかったから。
「ああ〜どうしよう!? まだお見舞いの品って買って無いよねアルフ!?」
「ひゃっ!? フェ、フェイトママ……!? ヴィ、ヴィヴィオ、自分で歩けるよ……!?」
――ただ、そう。
少女はただ、年相応にそう望んだだけ。
「や、やっぱり酸っぱい物かな!? あ、でも病院ってちゃんと栄養バランス考えてるし余計なもの食べさせるのも駄目だよね!?」
「目ぇ……目が回るよ〜……」
「……あ〜、少しは落ち着こうフェイト。とりあえず小脇に抱えてるヴィヴィオを下ろしてからグルグル回ろう」
――ただもう少しだけ自分を見ていて欲しい。
もう少しだけでも自分だけのママであって欲しい。
「ど、どうしよう……!? や、やややっぱり母さんに聞いて――嗚呼! でも時間が……!?」
「…………き、気持ち……わる……」
「落〜ち〜着〜け〜って!」
――少女は強くなろうと思った。
「で、でもでも! わ、私はまだ、赤ちゃんなんて出来たこと無いし、出産の経験なんて――!」
――それは、
もう少しで生まれる『妹』のために……じゃない。
「落ち着けってばフェイト! まだなのはの赤ちゃんが生まれんのはずっと先だろう!?」
――それは幼い少女が抱くに相応しい、稚拙な独占欲の形。
幼い少女が自分なりに考えた『自分を見て』というアピールの形。
「ど、どどどうしようどうしようどうしよう!? ――ってヴィヴィオ!?」
「……マ、ママ。ヴィヴィオ、も、だめ」
――強くなりたかった。
少女――高町ヴィヴィオの動機なんてその程度のもの。
だけど、
……それでも――
「お、おいヴィヴィオ!?」
「ぁああ!? ヴィヴィオヴィヴィオヴィヴィオ……!?」
――――ヴィヴィオは決してヴィヴィオを赦さない。
決して――
◇◆◇◆◇
――店内に満ちる静寂は果たしてどれくらいだったのか。
数秒か、それとも数分か。どちらであれ、その静寂は唐突に終わりを告げた。
「ガキが! 舐めた口を――!!」
雫ちゃんが外見だけならただの子供なのだと気付いて逆上したのか、それとも雫ちゃんから発せられるプレッシャーに耐えられなくなったのか。
武装した集団の中の一人がいきなり叫び声を上げ、銃口を彼女へと向けたことで静寂と僅かばかりの均衡は崩れた。
「ぅ、ぅわぁああ――――っ!!」
「キャァアアア――――ッ!!」
悲鳴が、爆発する。
混乱が、狂騒が、店内を新たに染めて行く。
そして、
「――ぎゃぁあああ!!」
その騒乱の中心はやはり雫ちゃん。自分へと向けられた敵意を、その手の銃はおろかそれを持つ腕ごと斬って捨て、残像すら見えそうなぐらいの高速移動をしてテロリストの人たちを次々に潰して行く。
「ぁ゛ああああ!!」
小太刀二刀を手に駆ける雫ちゃんに対し、彼らの獲物は銃。それも魔力以外の力を使って小さな弾丸を高速で射出するタイプの、それこそ音速を優に超える速度を持つ殺傷兵器。
「ぅ、腕が!! 俺の腕がぁあああ!!」
しかし、それはただの一つとしてその真価を発揮出来ない。
弾速よりは遅いまでも普通の人ならすぐさま見失ってしまうだろう速度で駆ける雫ちゃんを彼らは捉えられない。結果、その向けられた銃口は明後日へと銃声を轟かせ、そしてその呼び声によって刀の洗礼を受ける。
「い゛ぎゃぁあああ!?」
まさに圧倒的。閉鎖的な空間に置いての対多人数、対AMF戦で雫ちゃんはその力の真価を発揮する。
「――御神流を前にしたことを不幸に思いなさい」
魔法が使えない空間など普通。相手が多数いようと関係ない。
銃を持った武装集団だろうが、雫ちゃんには勝てない。
「く、来るんじゃねぇ!!」
「ヒィ……!?」
例え、逆上した一人が人質を取ろうと――
「……愚か者」
――雫ちゃんは迷わない。
それがヴィヴィオだったら――躊躇っていた。
それがカローラちゃんなら――人質を前に降伏する道を選んだかも知れない。
だけど――雫ちゃんには通じない。
人質が居ようと居まいと関係ない。その前に敵として立ちふさがった時点で最後――そう告げるかのように、雫ちゃんは敢えてゆっくりと歩み寄り、
「どこぞの偽善者やここには居ない正義の味方ならいざ知らず。ただ敵対する輩を葬っているだけの私にそんな盾が有効だと思いますか?」
ニヤリと狂気すら宿る笑みを形作り、雫ちゃんはひたひたと人質を取る男へと近付き、
「く、くくく来るな……!」
「……あなたは馬鹿ですか? そもそも銃口を向けるのはそんなもので良いのですか? もしかして私に、それと一緒に殺して欲しいのですか?」
――それが、雫ちゃんの戦い方。
それが、雫ちゃんが見出した強さの形。
「では早く開始の合図を」
「あ、ああ、あ……!」
それが――雫ちゃんの守り方。
「どうしました? あながホイッスルを鳴らしてくれないと私はあなたを殺しに行けないんですよ?」
被害者を減らし、加害者を減らす――そのために最凶たらんと努め、すべての敵意を自分に集めるという戦い方。
「殺して欲しいのでしょう? 大丈夫、私はちゃんとあなたの腕を斬り、脚を貫き、腹を裂き、内臓を――」
「ぅ、ぅわぁああ――ッ!!」
悪行をより強大な悪行で正す。
諸悪を巨悪で改善させる。
「……死にたく無ければ武器を捨て、大人しくしていなさい」
雫ちゃんのプレッシャーに半狂乱に喚いていた男は、果たして一瞬の隙を突かれて昏倒。雫ちゃんに襟首を持たれ、呆然と彼女たちを見ていたテロリストの一人へと投げ飛ばされた。
「もう一度忠告します」
そして、誰も彼もが最早、言葉を失って雫ちゃん一人を注視するその中で、
「私に敵意を向ける者。未だに武器を手にする者を――」
ヴィヴィオは、誰かに呼ばれた。
「――私は、斬る。故に、命が大事と思う輩は、」
だから、呆然とそちらを見た。
「?」
ただ、ぼんやりと。
こちらを見る子供が、その瞳を隠す黒いサングラスを外すのを。
「『ィヴル・アイ』――悪夢に喰われろ」
そう小さく零して笑う子供の瞳を、ヴィヴィオは――
◇◆◇◆◇
――半年前。
白い、白い、病室で、高町ヴィヴィオは『それ』を見た。
「――――」
言葉を、失う。
視線を、逸らせない。
それは本当に、ごくごく普通の情景の一つ。
ただ、ヴィヴィオの母親である高町なのはが幼子を抱き、母乳を飲ませているというだけ。
「――――」
それだけ。ただそれだけの情景にヴィヴィオは言葉を発せず、ただ立ち尽くしていた。
……なんで? そう疑問に思いながら、しかし心を締め付ける幻痛に答えは自分にあるのだと知っていた。
体を縛る、目を離せない光景。それは紛れもない、母と子の光景で、
そしてそれは、ヴィヴィオが何よりも望んでいた場所だった。
……そん、な。
胸の痛みの正体に気付く。気付いて、さらに暗い気持ちになる。
心を締め付ける感情の正体は――羨望。ヴィヴィオは生後間もない妹に嫉妬していた。
…………いや。
ヴィヴィオは自身の抱く醜い感情に蒼白となる。
羨望と嫉妬。それらから派生した、妹の存在を邪魔に感じている自分自身に、ヴィヴィオは絶望した。
「……ヴィヴィオ? どうしたの?」
そう、こちらを心配そうに見やるなのはママの言葉に、
「な、なんでもないよ……!」
と慌てて返し、返せたことでようやく金縛りから溶けた。
――笑え。
首を傾げるなのはママに必死で笑顔を作って返す。
「あ、あのね! 今日ね、学校でテストがあってね……!」
――笑え。
笑え、ヴィヴィオ!
「ヴィヴィオね……! が、がんばっ……て……」
――泣くな!
泣いちゃダメだよヴィヴィオ!
「がん、ばっ…………」
――笑って!
笑って言わなくちゃダメ!
「…………ぅ、ぁ!」
笑え、と必死で言い聞かせる。泣くな、と自身を戒める。
「っ、ぁ…………!」
だけど――……もう、言葉が出ない。
ポロポロとこぼれ落ちる涙を止められない。
それでもどうにか嗚咽だけは漏らさないように努力する。
……早く泣き止め!
後ろを向いて、うつむく。
……お願いだから、止まって!
目を丸くしているなのはママにヴィヴィオはもう顔を向けられない。ぐしぐしと必死で擦っても、涙は止まってくれない。
「……ヴィヴィオ」
振り向けない。取り繕うだけの余裕が、ない。
心をぐちゃぐちゃに乱している今は、
ヴィヴィオは――
「っ!! ヴィヴィオ――!?」
なのはママの呼び声を無視して駆け出す!
荒れ狂う心を少しでも鎮めるために、ヴィヴィオはなのはママの病室を飛び出して――
赤ちゃんの泣き声を耳にして、固まった。
再びの金縛り。それは病室を出てすぐに――廊下に出てすぐに、まるでヴィヴィオを止めるようにして響いた泣き声。
…………逃げちゃ、だめ。
拳を握り、握りしめた拳を抱いて自分自身に言い聞かせる。
……ヴィヴィオは、強くなるの。
深呼吸を数回。涙の残滓を拭い去り、床に根を生やす両足をどうにか動かす。
……ヴィヴィオはもう――
お姉ちゃん、なんだから……。
笑え。泣くな。そう最後に言い聞かせ、ヴィヴィオは体を引き摺る思いでなのはママの病室へと戻った――。
◇◆◇◆◇
――悪夢を見出したのはいつからか。
何も無い、暗い広い空間で、ヴィヴィオは毎晩のように『それ』と対峙していた。
「――……よく、のうのうと生きていられるね」
黒い騎士甲冑を纏う、女の人――『聖王のゆりかご』内でなのはママと対峙した時の、ヴィヴィオの成長した姿の彼女はわたしに嘲笑を向けて告げる。
「何人もの人間を不幸にし、幾人もの魔導師を傷付けた忌むべき『器』――……それがあなたでしょう?」
『それ』は言うなればヴィヴィオの影。自身を嘲笑し罵倒し否定する、ヴィヴィオの暗部。
「……違うよ」
「違わないよ、『聖王の器』」
このヴィヴィオに否定は意味を持たず、言葉もまた意味を持てない。
ヴィヴィオはわたしに蔑みに満ちた視線を向け、僅かに笑みすら浮かべて返す。
「忘れたの? ヴィヴィオはあの人を傷付けたんだよ?」
彼女がそう言うや、今まで闇しか無かった空間に映像が浮かぶ。
「――――っ!」
その映像とは、ヴィヴィオが『聖王のゆりかご』内でなのはママと戦った時のそれ。ママの必死の呼びかけをすべて否定し、拳を、魔法を返事としていた時の記憶映像。
「ヴィヴィオは何度、あの人を傷付ければ気がすむの?」
この悪夢において対峙するヴィヴィオの言葉は、わたしの心を斬りつけるナイフのよう。
「……違うよ」
「どうして、あの人は病院に居るの?」
わたしの返事は意味を成さない。
これがわたしの悪夢であるからこそ、対峙するヴィヴィオに容赦など無い。
「…………それ、は――」
「ヴィヴィオが殺しかけたせいだよ」
わたしを否定するヴィヴィオ。そんなわたしを傷付けて愉悦に浸るヴィヴィオを見て、わたしはどうしょうもなく吐き気がした。
「ヴィヴィオは自分だけを見て欲しかったんだよ」
……違う。
「あの子が邪魔だったんだ」
…………違うよ。
「そうだよ、ヴィヴィオが強くなろうとしたせいだね」
……っ!?
ハッとしてヴィヴィオの顔を見る。
それに、
「ヴィヴィオは強くなって何がしたかったの?」
ヴィヴィオはどこまでも狂喜に満ち満ちた笑みを湛えて、問うた。
「わたし、は……――」
そしてその問いに対する答えを、わたしは持たない。
だけど――
「そんなの決まってるよ」
このヴィヴィオは笑って、言える。
「ヴィヴィオはママを独り占めしたかったんだ」
――だから、ヴィヴィオは強さを求めたんだよ。
なのはママに自分だけを見て欲しくて。
だから、ヴィヴィオは妹なんて疎ましいんでしょう?
いっそ居なくなって欲しいんだよね?
「わたし、は……――」
言葉に意味は、無い。
反論も、反感も、無駄。
傷付くことも、悲しむことも無意味。
「わたしは――!」
何故なら、
「ヴィヴィオなんて死んじゃえ」
そう笑って告げる彼女はヴィヴィオで、
これは紛れもなくわたしの夢、だから……――
前話
照明は消され、外からの光を防犯用の重厚なシャッターに遮られた店内は、今が昼だというのに薄暗かった。
すべては突如として現れた武装集団のせい。出入り口、通信設備、そして『AMF』による魔法封じといった念の入った工作を持ってレストランを占領した彼らは、
しかし、たった一人のイレギュラーを前に、皆凍り付いていた。
店内を満たす純然にして冷徹な殺意の奔流――その中心に佇むのは一人の少女。加害者、被害者問わず、すべての人間を凍り付かせたイレギュラー――月村雫は、しかし彼らなど見向きもしない。
彼女が注意を向けるのは最初からその一点のみ。店内隅の席に座し、このような状況下で尚優雅にコーヒーカップを傾けている子供が居るそこだけ。
「……アレは戦闘機人か?」
目深に被った大きな帽子と黒いサングラス。全身をすっぽりと隠す、まるで雨合羽のような赤いコートを纏ったその子供は、しかしそんな少女になど注意を払わない。
「……動きに機械的なものを感じない。おそらくは人造魔導師の類だろう」
子供は一人、誰にともなく呟いている。
「……だけどさ。アレから一瞬だけど『レリック』みたいな力を感知したよ?」
まるで話相手が複数居るように。
まるで自分自身と話すように。
子供は一人、口調を変えて呟き続けていた。
「……要するにアレが例のデバイス持ちなんじゃない? ……つまりは実験体だにぃ」
少女からの冷ややかな殺意を受けて尚、その子供は動じず、やはりこちらも先ほどから注意を向けている先を変じない。
「……厄介なぁ。……これじゃ本命の奪取も難しいにゃあ」
子供の視線の向かう先――一人佇む少女を眺めている高町ヴィヴィオは、しかし今はまだ気付いていない。
今は、まだ――。
第七話 原罪
――一年前。
その時の少女は、まだ強さに憧れていた。
「……………………ぅあ?」
ぼやけた視界に移るのは青空。体に感じるのは春の微風と草木の優しい香り。そして穏やかな陽気よりもなお穏やかな温もり。
「お、やっと起きた」
少女が目覚めたことにいち早く気付いたオレンジの髪の女の子――アルフは、そう言って満面の笑みになった。
「…………あ」
果たして、その言葉に少女が反応するより早く、少女の頭を膝に乗せた女性――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが、少女の顔を心配げに覗き込んだ。
「……ヴィヴィオ、ごめんね。どこか痛いところ無い?」
自分の頭を優しく撫でる彼女に、少女――高町ヴィヴィオは気持ち良さそうに瞳を細め、
そして、花が咲くように無邪気に笑って言った。
「うん! 大丈夫だよママ!」
――高町ヴィヴィオ、八歳。
好きな食べ物、ママが作ったキャラメルミルク。苦手な食べ物、ピーマン。
教会系列の魔法学校――St.ヒルデ魔法学院の初等部に通う、ちょっと特別な女の子。
「……本当? でも――」
「本当に大丈夫だよ」
――その日も片親であるフェイトママに魔法の基礎と空戦を一通り習い、
そしてアルフから実戦さながらの実技指導を受け、少女は着実にその力を伸ばしていた。
「……まぁた始まったよ。相変わらずフェイトママは心配性だねぇ」
「だねぇ♪」
――少女は強くなりたかった。
強くなるともう一人のママ――高町なのはと約束したから。
そして、何より――
「もう……。私はママなんだから心配性でもいいの――って、あ! アルフ、ヴィヴィオ。そろそろ病院に行く時間!」
「「あ!」」
――少女は見て欲しかったから。
「ああ〜どうしよう!? まだお見舞いの品って買って無いよねアルフ!?」
「ひゃっ!? フェ、フェイトママ……!? ヴィ、ヴィヴィオ、自分で歩けるよ……!?」
――ただ、そう。
少女はただ、年相応にそう望んだだけ。
「や、やっぱり酸っぱい物かな!? あ、でも病院ってちゃんと栄養バランス考えてるし余計なもの食べさせるのも駄目だよね!?」
「目ぇ……目が回るよ〜……」
「……あ〜、少しは落ち着こうフェイト。とりあえず小脇に抱えてるヴィヴィオを下ろしてからグルグル回ろう」
――ただもう少しだけ自分を見ていて欲しい。
もう少しだけでも自分だけのママであって欲しい。
「ど、どうしよう……!? や、やややっぱり母さんに聞いて――嗚呼! でも時間が……!?」
「…………き、気持ち……わる……」
「落〜ち〜着〜け〜って!」
――少女は強くなろうと思った。
「で、でもでも! わ、私はまだ、赤ちゃんなんて出来たこと無いし、出産の経験なんて――!」
――それは、
もう少しで生まれる『妹』のために……じゃない。
「落ち着けってばフェイト! まだなのはの赤ちゃんが生まれんのはずっと先だろう!?」
――それは幼い少女が抱くに相応しい、稚拙な独占欲の形。
幼い少女が自分なりに考えた『自分を見て』というアピールの形。
「ど、どどどうしようどうしようどうしよう!? ――ってヴィヴィオ!?」
「……マ、ママ。ヴィヴィオ、も、だめ」
――強くなりたかった。
少女――高町ヴィヴィオの動機なんてその程度のもの。
だけど、
……それでも――
「お、おいヴィヴィオ!?」
「ぁああ!? ヴィヴィオヴィヴィオヴィヴィオ……!?」
――――ヴィヴィオは決してヴィヴィオを赦さない。
決して――
◇◆◇◆◇
――店内に満ちる静寂は果たしてどれくらいだったのか。
数秒か、それとも数分か。どちらであれ、その静寂は唐突に終わりを告げた。
「ガキが! 舐めた口を――!!」
雫ちゃんが外見だけならただの子供なのだと気付いて逆上したのか、それとも雫ちゃんから発せられるプレッシャーに耐えられなくなったのか。
武装した集団の中の一人がいきなり叫び声を上げ、銃口を彼女へと向けたことで静寂と僅かばかりの均衡は崩れた。
「ぅ、ぅわぁああ――――っ!!」
「キャァアアア――――ッ!!」
悲鳴が、爆発する。
混乱が、狂騒が、店内を新たに染めて行く。
そして、
「――ぎゃぁあああ!!」
その騒乱の中心はやはり雫ちゃん。自分へと向けられた敵意を、その手の銃はおろかそれを持つ腕ごと斬って捨て、残像すら見えそうなぐらいの高速移動をしてテロリストの人たちを次々に潰して行く。
「ぁ゛ああああ!!」
小太刀二刀を手に駆ける雫ちゃんに対し、彼らの獲物は銃。それも魔力以外の力を使って小さな弾丸を高速で射出するタイプの、それこそ音速を優に超える速度を持つ殺傷兵器。
「ぅ、腕が!! 俺の腕がぁあああ!!」
しかし、それはただの一つとしてその真価を発揮出来ない。
弾速よりは遅いまでも普通の人ならすぐさま見失ってしまうだろう速度で駆ける雫ちゃんを彼らは捉えられない。結果、その向けられた銃口は明後日へと銃声を轟かせ、そしてその呼び声によって刀の洗礼を受ける。
「い゛ぎゃぁあああ!?」
まさに圧倒的。閉鎖的な空間に置いての対多人数、対AMF戦で雫ちゃんはその力の真価を発揮する。
「――御神流を前にしたことを不幸に思いなさい」
魔法が使えない空間など普通。相手が多数いようと関係ない。
銃を持った武装集団だろうが、雫ちゃんには勝てない。
「く、来るんじゃねぇ!!」
「ヒィ……!?」
例え、逆上した一人が人質を取ろうと――
「……愚か者」
――雫ちゃんは迷わない。
それがヴィヴィオだったら――躊躇っていた。
それがカローラちゃんなら――人質を前に降伏する道を選んだかも知れない。
だけど――雫ちゃんには通じない。
人質が居ようと居まいと関係ない。その前に敵として立ちふさがった時点で最後――そう告げるかのように、雫ちゃんは敢えてゆっくりと歩み寄り、
「どこぞの偽善者やここには居ない正義の味方ならいざ知らず。ただ敵対する輩を葬っているだけの私にそんな盾が有効だと思いますか?」
ニヤリと狂気すら宿る笑みを形作り、雫ちゃんはひたひたと人質を取る男へと近付き、
「く、くくく来るな……!」
「……あなたは馬鹿ですか? そもそも銃口を向けるのはそんなもので良いのですか? もしかして私に、それと一緒に殺して欲しいのですか?」
――それが、雫ちゃんの戦い方。
それが、雫ちゃんが見出した強さの形。
「では早く開始の合図を」
「あ、ああ、あ……!」
それが――雫ちゃんの守り方。
「どうしました? あながホイッスルを鳴らしてくれないと私はあなたを殺しに行けないんですよ?」
被害者を減らし、加害者を減らす――そのために最凶たらんと努め、すべての敵意を自分に集めるという戦い方。
「殺して欲しいのでしょう? 大丈夫、私はちゃんとあなたの腕を斬り、脚を貫き、腹を裂き、内臓を――」
「ぅ、ぅわぁああ――ッ!!」
悪行をより強大な悪行で正す。
諸悪を巨悪で改善させる。
「……死にたく無ければ武器を捨て、大人しくしていなさい」
雫ちゃんのプレッシャーに半狂乱に喚いていた男は、果たして一瞬の隙を突かれて昏倒。雫ちゃんに襟首を持たれ、呆然と彼女たちを見ていたテロリストの一人へと投げ飛ばされた。
「もう一度忠告します」
そして、誰も彼もが最早、言葉を失って雫ちゃん一人を注視するその中で、
「私に敵意を向ける者。未だに武器を手にする者を――」
ヴィヴィオは、誰かに呼ばれた。
「――私は、斬る。故に、命が大事と思う輩は、」
だから、呆然とそちらを見た。
「?」
ただ、ぼんやりと。
こちらを見る子供が、その瞳を隠す黒いサングラスを外すのを。
「『ィヴル・アイ』――悪夢に喰われろ」
そう小さく零して笑う子供の瞳を、ヴィヴィオは――
◇◆◇◆◇
――半年前。
白い、白い、病室で、高町ヴィヴィオは『それ』を見た。
「――――」
言葉を、失う。
視線を、逸らせない。
それは本当に、ごくごく普通の情景の一つ。
ただ、ヴィヴィオの母親である高町なのはが幼子を抱き、母乳を飲ませているというだけ。
「――――」
それだけ。ただそれだけの情景にヴィヴィオは言葉を発せず、ただ立ち尽くしていた。
……なんで? そう疑問に思いながら、しかし心を締め付ける幻痛に答えは自分にあるのだと知っていた。
体を縛る、目を離せない光景。それは紛れもない、母と子の光景で、
そしてそれは、ヴィヴィオが何よりも望んでいた場所だった。
……そん、な。
胸の痛みの正体に気付く。気付いて、さらに暗い気持ちになる。
心を締め付ける感情の正体は――羨望。ヴィヴィオは生後間もない妹に嫉妬していた。
…………いや。
ヴィヴィオは自身の抱く醜い感情に蒼白となる。
羨望と嫉妬。それらから派生した、妹の存在を邪魔に感じている自分自身に、ヴィヴィオは絶望した。
「……ヴィヴィオ? どうしたの?」
そう、こちらを心配そうに見やるなのはママの言葉に、
「な、なんでもないよ……!」
と慌てて返し、返せたことでようやく金縛りから溶けた。
――笑え。
首を傾げるなのはママに必死で笑顔を作って返す。
「あ、あのね! 今日ね、学校でテストがあってね……!」
――笑え。
笑え、ヴィヴィオ!
「ヴィヴィオね……! が、がんばっ……て……」
――泣くな!
泣いちゃダメだよヴィヴィオ!
「がん、ばっ…………」
――笑って!
笑って言わなくちゃダメ!
「…………ぅ、ぁ!」
笑え、と必死で言い聞かせる。泣くな、と自身を戒める。
「っ、ぁ…………!」
だけど――……もう、言葉が出ない。
ポロポロとこぼれ落ちる涙を止められない。
それでもどうにか嗚咽だけは漏らさないように努力する。
……早く泣き止め!
後ろを向いて、うつむく。
……お願いだから、止まって!
目を丸くしているなのはママにヴィヴィオはもう顔を向けられない。ぐしぐしと必死で擦っても、涙は止まってくれない。
「……ヴィヴィオ」
振り向けない。取り繕うだけの余裕が、ない。
心をぐちゃぐちゃに乱している今は、
ヴィヴィオは――
「っ!! ヴィヴィオ――!?」
なのはママの呼び声を無視して駆け出す!
荒れ狂う心を少しでも鎮めるために、ヴィヴィオはなのはママの病室を飛び出して――
赤ちゃんの泣き声を耳にして、固まった。
再びの金縛り。それは病室を出てすぐに――廊下に出てすぐに、まるでヴィヴィオを止めるようにして響いた泣き声。
…………逃げちゃ、だめ。
拳を握り、握りしめた拳を抱いて自分自身に言い聞かせる。
……ヴィヴィオは、強くなるの。
深呼吸を数回。涙の残滓を拭い去り、床に根を生やす両足をどうにか動かす。
……ヴィヴィオはもう――
お姉ちゃん、なんだから……。
笑え。泣くな。そう最後に言い聞かせ、ヴィヴィオは体を引き摺る思いでなのはママの病室へと戻った――。
◇◆◇◆◇
――悪夢を見出したのはいつからか。
何も無い、暗い広い空間で、ヴィヴィオは毎晩のように『それ』と対峙していた。
「――……よく、のうのうと生きていられるね」
黒い騎士甲冑を纏う、女の人――『聖王のゆりかご』内でなのはママと対峙した時の、ヴィヴィオの成長した姿の彼女はわたしに嘲笑を向けて告げる。
「何人もの人間を不幸にし、幾人もの魔導師を傷付けた忌むべき『器』――……それがあなたでしょう?」
『それ』は言うなればヴィヴィオの影。自身を嘲笑し罵倒し否定する、ヴィヴィオの暗部。
「……違うよ」
「違わないよ、『聖王の器』」
このヴィヴィオに否定は意味を持たず、言葉もまた意味を持てない。
ヴィヴィオはわたしに蔑みに満ちた視線を向け、僅かに笑みすら浮かべて返す。
「忘れたの? ヴィヴィオはあの人を傷付けたんだよ?」
彼女がそう言うや、今まで闇しか無かった空間に映像が浮かぶ。
「――――っ!」
その映像とは、ヴィヴィオが『聖王のゆりかご』内でなのはママと戦った時のそれ。ママの必死の呼びかけをすべて否定し、拳を、魔法を返事としていた時の記憶映像。
「ヴィヴィオは何度、あの人を傷付ければ気がすむの?」
この悪夢において対峙するヴィヴィオの言葉は、わたしの心を斬りつけるナイフのよう。
「……違うよ」
「どうして、あの人は病院に居るの?」
わたしの返事は意味を成さない。
これがわたしの悪夢であるからこそ、対峙するヴィヴィオに容赦など無い。
「…………それ、は――」
「ヴィヴィオが殺しかけたせいだよ」
わたしを否定するヴィヴィオ。そんなわたしを傷付けて愉悦に浸るヴィヴィオを見て、わたしはどうしょうもなく吐き気がした。
「ヴィヴィオは自分だけを見て欲しかったんだよ」
……違う。
「あの子が邪魔だったんだ」
…………違うよ。
「そうだよ、ヴィヴィオが強くなろうとしたせいだね」
……っ!?
ハッとしてヴィヴィオの顔を見る。
それに、
「ヴィヴィオは強くなって何がしたかったの?」
ヴィヴィオはどこまでも狂喜に満ち満ちた笑みを湛えて、問うた。
「わたし、は……――」
そしてその問いに対する答えを、わたしは持たない。
だけど――
「そんなの決まってるよ」
このヴィヴィオは笑って、言える。
「ヴィヴィオはママを独り占めしたかったんだ」
――だから、ヴィヴィオは強さを求めたんだよ。
なのはママに自分だけを見て欲しくて。
だから、ヴィヴィオは妹なんて疎ましいんでしょう?
いっそ居なくなって欲しいんだよね?
「わたし、は……――」
言葉に意味は、無い。
反論も、反感も、無駄。
傷付くことも、悲しむことも無意味。
「わたしは――!」
何故なら、
「ヴィヴィオなんて死んじゃえ」
そう笑って告げる彼女はヴィヴィオで、
これは紛れもなくわたしの夢、だから……――
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