《りりかるーぷ》
◇◆◇◆◇
ジリリリリ……! そんな目覚まし時計の音に瞼をあけた。
ぼやける視界。それでも朝の陽光に浮かび上がった我が家の天井は、『繰り返し』の度に眺める病院のそれとは違う一種の安らぎを俺に与えてくれた。
あー……うーん? 判然としない意識。半ば呆然としながら天井の木目を睨み、額に手を当てて考える。……えー、と。今日は『いつ』……だったか?
ゆったりと上体を起こ「ぅぐえ!?」そうとして、着ていた服の重さに驚き、ベッドへ。な、なんだ? てっきり普通の布だと思っていたそれは、なぜか少し鉛じみた重量を持ち、よくよく体周りを見回せば手首についてる黒のリストバンドやベルト、足首に巻かれたバンドまで重りのような――というか、事実、それらは重りのようだった。
俺……からだ、鍛えてたんだっけか? 再び身を起こし、額に手のひらを当てて考えこむ。……なんだ? どういうことだ?
視線を、ベッド脇の窓へ。そこに映る自身のしかめっ面を横目に、思う。
……おかしい。なんだ、この違和感は?
記憶を探る。俺は……川平雅樹。
今年で十七になる高校二年生。そして、なんで体を鍛えてるのかと言えば――
「ん?」
ノックの音に、顔を上げた。
果たして扉を開き、彼女は現れた。
「ぁ」
初めに見えたのは、その長い栗色の髪。それから少し驚いた顔。
着ているのは学校の制服で――……ん? 彼女のそれはいつも通りのもので、見慣れている、俺と同じ高校の制服なんだが…………なぜか、ひどく違和感を覚えた。
「あ……ご、ごめんね。もう起きてるなんて思ってなかったから……」
そう慌てて顔を引っ込めようとした彼女を――
「なのは?」
呼び止めた。
呼び止めてから、何を言おうかを考えていなかったことに気付いた。
「ん?」
首を傾げる、高町なのは。その左側に結ばれた長髪と、聖祥高の制服とを眺めながらこちらも首を傾げた。
……あれ? ガリガリと頭をかき、顔をしかめる。なんだ? なんだよ、この違和感は……!
おかしい。
朝、なのはが俺の家に来るのはいつものことだ。それから、家事全般が不得手な俺のために朝ご飯を作ってくれたり、一緒に登校したりすんのもいつものこと。それこそ、付き合い出した中学生の頃からの習慣で――
「……雅樹くん?」
なのはが、近寄ってくる。
なのはが。俺の、彼女が。
それが――
「にゃっ……!?」
気付いたら、なのはを抱き寄せてた。
「…………」
「ぇ、えと……雅樹くん?」
……わからない。なんだ、この違和感。この、胸をかきむしられるような痛みは!
わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからな「……大丈夫だよ」――なのはが俺の背に手を回し、言った。
「……大丈夫。大丈夫だよ」
何が? と、疑問に思わないほど、その優しい声には安らぎを覚えた。
「…………」
果たして、どれだけの間、そうして彼女を抱きしめていたのか。
俺はいつからか閉じていた瞳を開け、「……悪い」と一言。いまだ拭えぬ違和感の残滓を頭の片隅に、ようやくなのはから体を離し――
「ん?」
気付けば、目の前のなのはは、顔を真っ赤にしていた。
? なんだ? 僅かに首を傾げ、どういうわけか視線を合わせようとしないで恥ずかしそうにしてるなのはを「あ、あの。ま、雅樹くんのが……当たってる」――理解した。
「あ〜……」
今は、朝で。起きてすぐで。
俺は健全な青少年であり、なのはは俺に体を密着させていた。
つまり――
「あ、あのね……! ま、ままま、まだ時間あ、ある、からっ……!」
そう、これでもかと顔を蒸気させて言う美少女を前に、「だ、だから――きゃっ!?」……俺は、我慢なんて出来そうに無かった。
「あ、あのあの……。わ、私、代えの下着――ん!?」
今さら慌てだした彼女に口付けながら思った。……はは、まるで夢みたいだな。
――果たして、それは正しく夢だった。
◇◆◇◆◇
…………。
……………………。
…………………………………………おい。
むくりと体を起こし、たまらず嘆息。な、なんつー夢オチ。……俺、溜まってるのか?
「はあ〜……」
深く長いため息をもう一度。俺は頭を左右に振り、眠気を完全に「くぅん?」――小さな鳴き声に膝元を見ると、仔狐が一匹、つぶらな瞳で俺を見上げていた。
……えー、と? 俺は頭をかきかき、改めて自身の寝ていた場所を見回した。
「…………。知らない天井だ」
お約束な台詞を吐きつつ見上げたそこは、言葉通りに知らない天井。それもある意味で見慣れた病室の天井でなければ、もちろん自分の家のものでもない。
つまり、本当に、知らない、天井だった。
「……ここ、は?」
呟き、記憶を探る。俺は確かアルハザードを目指し、そして――
「――アルハザードだよ」
答える、声。
俺はそちらに振り向き――…………思い出した。
「よお、もう一人の俺」
そう挨拶し、体を起こす。
その動きで膝元にいた仔狐はトタトタと俺から離れ、部屋の入り口で佇んでいたソイツ――二十代半ばらしい容貌の、もう一人の川平雅樹の足下へ。……なんだ、コイツのペットか?
「……お前には、訊きたいことがたくさんある」
立ち上がり、ゆっくりと歩み寄りながら俺。一見してログハウスのような部屋を眺めて回し、問うた。
「……だろうな」
黒いジャケットに黒のスラックスのもう一人の俺は、ただ淡々とした物言いでそう返し、膝を折って仔狐を抱き上げた。……どうでもいいが、コイツ、『黒』が好きなのか?
「来い。食事の用意をしてある」
「ああ。――って、おい!」
部屋を出てすぐ、リビングらしいそこに付くやテーブル上の料理を見て思わず叫んだ。
「おまっ! お、俺のくせに料理なんて!?」
自慢じゃないが川平雅樹に料理スキルなんて無い。せいぜいでお湯入れて三分かレンジでチンする程度だ。
「……それは料理じゃない」
黒い俺は醒めた目を向けて呟き、「安心しろ。俺が作ったわけじゃない」と言ってテーブル脇の小さな椅子に仔狐を乗せた。
「原則として、ここでは俺の願いはすべて叶う」
呟き、悠然と四人掛けのその一つに腰を下ろすもう一人の俺。
「な、何をわけわかんねーこと――」
「とりあえず、だ」
遮り、黒ずくめの俺は俺に横目を向け、言った。
「話の前に、キミが連れてきたもう一人の客人を起こしてきてくれないか?」
…………は?
もう一人の客人?
俺は眉根を寄せ、「誰のことだ?」と疑問を口にした。
――と同時に、背後で扉の開く音が響いた。
「ふあ〜……。まだ眠い〜……」
…………おかしい。
背後から聞こえた、言葉通りに眠そうな幼女の声。それに足音。
……おかしい。
『背後』から、というのがおかしい。そもそも背後にある扉は一つだけだったはずであり、その扉はさっきまで俺が寝ていた部屋に通じていたはずだ。
つまり――
「……原則として、ここでの事象に時間的、あるいは空間的制約は殆ど無いものと思え」
ペタペタと。素足でフローリングを行く小さな足音と「あ、ごはん〜♪」と言って脇を過ぎて行く金髪幼女の存在に、俺は早くも思考が停止する思いだった。
…………ははは。なんだよ、そりゃ。
「原則として……ここでは科学的な考察は慎んだ方が楽だぞ?」
そう言って、向かいに元気よく座った幼女に――アリシア・テスタロッサに取り皿を渡す黒い俺を見て、
「……………………はぁ」
俺は心底疲れたとばかりに嘆息した。
◇◆◇◆◇
席に座り、とりあえず「お前は誰だ?」と訊いてみた。
「川平雅樹、だな。……もっとも、最後の姓は『神崎』だったが」
黒ずくめの俺は優雅に紅茶のカップを傾けながら答えた。
「『神崎』……?」
そんな姓のやつ、いたっけ? そう首を傾げる俺に一瞥をくれ、「……だろうな」と黒服の俺はカップを置いて軽く返した。
「見たところ、キミは『神崎一刀流』はおろか『御神流』すら修めてない。……おおかた、武器や魔導兵装で足りないチカラを補って戦ってたクチだろう?」
…………。
「図星、か。……まぁ、仕方ないさ」
もう一人の俺は軽く肩をすくめ、チラリと隣を見た。
俺もそれを視線で追い――……って、おい。果たしてそこに居た、さっきまで仔狐だったはずの、キツネ耳生やした金髪幼女の姿を認めて半目になる。
……まさか使い魔、か? 俺には魔力なんて無かったし、魔法も使えなかったはずだが――……って言うか、キツネ耳幼女の格好が巫女服モドキなのは黒スケの趣味か?
「何を勘違いしているのかは薄々わかるが、違う」
さすがはもう一人の俺。ただジト目を向けるだけで正しく俺の言いたいことを理解したらしく、即座に否定した。
「この子は妖狐の『久遠』。……俺の最後の連れ合いさ」
黒い俺はそう言ってキツネ耳の幼女――久遠の頭に手を乗せ、軽く撫でる。
それにキツネっ娘が「くぅん♪」と言って瞳を細める様を眺めながら、「…………このロリコンめ」と、蔑みの視線とともに言ってやった。
「……否定はしない」
対し、いい歳した大人であるはずの俺は軽く肩をすくめて返し、「――というより、おそらくそれはキミも同じだろう?」真っ向から同族だろ発言。
「ハッ!」
思わず鼻で笑う。悪いが、俺は幼女偏愛主義者じゃあ無い。チラリと横を見れば、口の周りをベタベタに汚して料理を頬張ってるアリシアが居るが……コイツは成り行きで連れて来ただけで、何も好きこのんでこんな幼女を連れてたんじゃない。
…………。とりあえずハンカチでアリシアの口周りを拭う。
「♪ ありがとー♪」
…………うん。可愛いジャマイカ。もとい、可愛いじゃないか。
「……あながち違うとも言い切れないようだが?」
「…………うるせー」
たまらず視線を逸らす俺。それを見て僅かに呆れ混じりの気配を向けながら、ロリコンだとカミングアウトした方の俺は静かに口を開いた。
「……何も外見が幼い女の子だから好き、という意味じゃない。単に、『俺たち』の精神年齢からしたら大抵の異性が年端も行かぬ女の子だから、という意味あいでの肯定だ」
ゆえにロリコン。
繰り返す俺――中身が爺である川平雅樹にとって、好きになる異性は大抵ジジイと孫ほどの差があると返す俺に、『まあ確かに』と思わないでもない。……精神年齢にあった相手となると、確かにババアってことだし、それなら俺だって美少女の方が好きだ。
「……ちなみに久遠は合法ロリだが」
「って、真性かよこの野郎!」
しれっと言った黒いのの台詞にたまらず突っ込む。……コイツ、人がせっかく納得して受け入れかけたものを。
「……まあ冗談だが」
どっちが!?
「いや。というより、真実、キミより久遠の方が歳上だぞ?」
…………は?
俺はゆっくり久遠へと視線を向け――……なんだかお腹いっぱいで早くも夢見心地っぽい幼女の緩んだ顔に、心の底からもう一人の俺はロリコンだと確信した。うん、間違いないね。
「……和みきった顔で何『自分はまともだ』なんてほざいてやがる」
対し、呆れ顔でロリコン。軽くテーブルに頬杖をつき、白けたような視線を寄越して言った。
「勘だが……キミ。まだ百年も生きてないだろ?」
俺の精神年齢――というか、繰り返しの人生はたしかにまだ六十年ほどだった。
「対して、久遠はこれでも百年は軽く生きてる真正の妖狐。……かく言う俺も、かれこれ三百年近く繰り返しを経験している」
…………。
……なん、だと?
「つ、つまり――エターナル・ロリータか!?」
「……他にもっと突っ込みどころは無いのか、もう一人の俺」
『くわっ!』と目を開けて叫ぶ俺に嘆息混じりに黒い俺。それらを「くぅん?」と言って可愛らしく首を傾げて眺めてる幼女に「……見てはいけません」と、何やら実にムカつくことを言い、
「……それで?」
質問はそれだけか? そう横目を向けて問うた。
「ハッ!」
対し、思わず鼻で笑い、「そんなワケねーだろ」と半ば睨むようにして言った。
「……最初の質問に答えろ」
お前は誰だ?
真っ直ぐに俺はもう一人の俺を睨み、問う。
「……俺は、川平雅樹」
果たして、ソイツは答えた。
「おそらく……キミの『前』の、ね」
◇◆◇◆◇
――最期の時を迎えよう。
最期の。
そして、始まりの時を。
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